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貸出の檻  作者: メタル
第六章 もうひとりの美咲
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第三節 掃除屋

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// 第三節 掃除屋

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―― センター/ラボ ――


白色灯に照らされたラボの奥。

透明な培養槽から、ゆっくりと液が抜かれていく。

その中で、ひとりの中年女性が静かに目を閉じていた。


「……345876番のクローンは完成したか?」

現場責任者が低く問いかける。


「はい。丸ごと一体の複製はあまり例がありませんが、生成プロセス自体に問題はありません」

報告する職員の声は、どこか乾いていた。


やがて搬送台に横たえられた“新しい美咲”が、隣に並べられる。

片方は意識を失った本体。

もう片方は、記憶を持たない真新しいクローン。


「……同じおばさんが二人、並んでるのは……ちょっと初めてで変な感じですね」

若い係員が小声で漏らした。

「クローン工場の見学に行ったことがありますけど、あそこは若くて綺麗なモデルばかりが並んでいて……。

 こういうのは……ちょっと」


責任者は顔をしかめ、無感情に言い捨てる。

「くだらん感想はいい。作業を進めろ」


コンソールには、人格プログラムの一覧が表示されていた。

【標準家政婦プログラム】【育児補助】【介護特化】――用途別に無数の人格テンプレートが並んでいる。


「……どれを焼き込む?」


「依頼者の要望に合わせろ。従順で、余計な記憶は不要だ」


クリック音が響き、プログラムの選定が確定する。

新しい人格が、空っぽの器へと書き込まれていく準備が始まった。


書き込み装置のランプが点滅し、短い電子音が室内に響いた。

人格プログラムの転送は、あまりにもあっけなく完了を告げる。


「……終了。立たせてみろ」


係員がクローンの肩を支えて起こす。

ゆっくりと瞼が開き、無表情のまま立ち上がった。


「……どうだ?」


「反応は……あります。声も、指示には従うようです」

だが若い係員の眉間には深い皺が寄っていた。


「……ただ、なんというか……人間というより、機械に近い反応です。

 完全クローンから直接プログラムを書き込むのは前例がありませんから……こういうものなんでしょうか」


責任者は一瞥しただけで頷いた。

「依頼者には十分だ。従順さえあれば問題ない」


クローンは命じられた通りに、ぎこちなく首を縦に振る。

その姿は、生きている人間というより精巧な人形に近かった。


責任者は端末に視線を戻し、別の指示を下す。

「……もう本体の方は不要だ。掃除屋を呼べ」


「処分でよろしいですね?」


「ああ。機密案件だ。確実にな」


沈黙の中、係員が静かに端末へ連絡を入れる。

その背後で、返却カプセルに眠る“本物の美咲”は、誰からも振り返られることなく取り残されていた。


センターの裏口。

白いバンが静かに横付けされ、二人組の掃除屋が無言で降りてきた。

薄汚れた作業着に、どこか人を寄せ付けない雰囲気をまとっている。


責任者が書類を渡しながら低く言った。

「今日はこの辺りの廃棄部品一式と……廃棄1体だ。

 こいつは特に気をつけて処理してくれ。……機密案件だ」


「了解っす」

掃除屋のひとりがにやりと笑い、ストレッチャーごと“本物の美咲”をバンの荷台へ押し込んだ。


―― 掃除屋の事務所 ――


夜。薄暗い工場跡を改装した掃除屋の事務所。

埃っぽい空気の中、二人の男が缶コーヒーを片手に、積み上げられた部品の山を検分していた。


「……今日の部品は売れそうなもんが少ねぇな」

「まあ、いつものガラクタだ。チップも焼けてるし」


視線がふと、隅の担架に置かれた“丸ごと1体”に向かう。

ビニールシートの下からは、中年女性の輪郭がのぞいていた。


「なぁ、この丸ごと一体ってなんだ? 珍しいよな」

「金持ちの道楽だろ。丸ごと交換して、新しいボディでも仕立てたんじゃねぇのか」


シートをめくったひとりが、肩をすくめる。

「ああ――おばさん、だな」


「若い女でも期待してたのかよ、がっかりだな」

二人は乾いた笑いを交わす。


しかし、その笑いの裏で、別の算段もすでに動き始めていた――。


薄暗い事務所の片隅で、若い作業員がシートをめくりながらにやついた。


「……おれ、意外と熟女って嫌いじゃないんですよね」


「はぁ? おまえ、おばさん好きなのかよ?」

年長の男が呆れたように笑う。


若い作業員は肩をすくめ、悪びれもせず続けた。

「いや、最近流行ってるんですよ。“熟女系”ってやつ。

 あのセンターも若い子より、むしろこっちの方が人気高いんですって」


男は一瞬黙り、やがて口元を歪めた。

「……おいおい、まさか」


「ちょっとくらい借りてもいいですよね?」


「……ほどほどにしとけよ」

年長の男は苦笑混じりにタバコへ火を点ける。


やがて奥の部屋から、微かな物音と笑い声が漏れ出す。

詳細は闇に飲み込まれ、ただ「楽しんでいる」ことだけが伝わってきた。


しばらくして、若い作業員が汗を拭いながら戻ってくる。

「……いやぁ、体は完全でしたよ。まるで生きてるみたいだ」


年長の男は鼻を鳴らし、担架をちらりと見やった。

「ったく……だが確かに出来はいいな。これならマニアに高く売れるかもしれん」


二人は視線を交わし、にやりと笑った。

廃棄のはずだった“本物”は、この瞬間から商品へと姿を変えていた。


―― ドール中古店倉庫 ――


薄暗い倉庫に搬入された“美咲”。

担架の上で静かに眠るその体を見て、店主らしき男が口を開いた。


「……こいつを買取ってほしい、ってわけか」


掃除屋のひとりが頷く。

「おう。ワケありだ。表には流せねぇ」


店主は無造作に手袋をはめ、女の体を丁寧に確認していく。

「……ふむ、三十五歳ぐらいか。状態は……悪くないな。

 筋肉の張りも残ってるし、皮膚も損傷なし。臓器反応も正常だ」


端末でチェックを進める。

「……記憶は削除済み、と。なるほど……」


しばらく沈黙したあと、男は手を止め、低く告げる。

「それじゃあ――〇〇〇万円、現金で。どうだ?」


掃除屋が目を細めて笑った。

「……まあ、そんなもんだろ」


店主から封筒をうけとりながら釘を刺す。

「ただし――くれぐれも我々から購入したことは内密にな。……お互い命が惜しいだろう?」


その言葉に、若い作業員が吹き出す。

「命がけって……www そういうネタでしょ? 流石にそこまでヤバくはないでしょw」


場の空気が一瞬だけ和らぎ、しかし次の瞬間、また倉庫の闇に沈んでいった。


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