第一節 通知は名前を奪う
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// 第一節 通知は名前を奪う
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フェミナ・ライフサポートセンターでのカウンセリングから数日後。
私のスマホに、一通のメールが届いた。
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【貸出決定通知】
発行元:独立行政法人 女性自立促進機構
国民番号:345876番
指定日時:○月○日 午前十時
指定施設:女性自立促進棟 第三区画
本通知に基づき、所持品を伴わず、単身で来所すること。
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硬質な文字列を何度もスクロールし直す。読むほどに、胸の奥でざらりとした違和感が広がっていった。
――カウンセリングで聞かされたのは「国民庁フェミナ・ライフサポートセンター」の制度。
なのに差出人は「独立行政法人 女性自立促進機構」。初めて見る名前だ。
外郭に逃がして、責任の所在をぼかす
――そんな勘繰りが頭をかすめる。
さらに「所持品を伴わず、単身で来所」。財布も携帯も着替えも不要。
必要なのは“身体そのもの”だけ。
――通知には「国民番号」しかなく、名前はどこにもない。
まるで名前すら“持ち物”の一つであり、現場に持ち込む必要はないと言われているようだった。
個人としての証は剥ぎ取られ、番号でしか呼ばれない。
そう思った瞬間、皮膚の内側まで粟立つような気持ち悪さに襲われた。
変えの下着すら求められていないことに、思わず息が詰まる。
普通なら、宿泊の研修等であれば最低限の着替えは指示されるはずだ。
だがここでは違う。
「人」ではなく体だけが「資源」として扱われる。
無言のうちにそう宣告を受けたようで、背筋が冷たくなる。
だが通知を閉じた瞬間、脳裏に浮かんだのは娘・咲良の顔だった。
まだ七歳。大きなランドセルに背中を揺らしながら歩く姿。
これから先、学費や習い事といった数字の列が押し寄せる未来。
本来なら成長は喜びのはずなのに、私にはただ重たい負担にしか見えなかった。
夫に頼ることはできない。稼ぎは薄く、支出の責任はいつも私に押しつけられてきた。
「家族」と名乗りながら、実態は母子ふたりきり――。
だから逃げ道はない。
通知に並ぶ無機質な文言は、ただ一つの意味しか持たなかった。
――私の行き先は、もう決められている。
前回センターを訪れたときとは違う施設が指定されていた。
地図通りにたどり着いた建物は、役所の出張所のように無機質で、どこか人を寄せつけない雰囲気をまとっている。
窓の多くは擦りガラスで覆われていて、中の様子はまったく見えない。
正面には「女性自立促進棟」と刻まれた金属のプレートが掲げられているが、その字体は事務的で、誇りや温かみといったものは一切感じられなかった。
自動ドアをくぐった瞬間、思わず立ち止まりかける。
――匂いが違う。
無機質な行政施設なら漂っているはずの、乾いた空調や再生プラスチックの匂いではなかった。
鼻先をかすめたのは、どこかで嗅いだことのある、不自然な甘い香り。
思い出したのは、かつて足を運んだことのある“面接”の場だった。
結局すぐに追い返されてしまったが、あの短い時間のあいだ漂っていた妙な甘さ――。
消臭剤でもなく、香水でもない。
女の匂いが濃く積み重なり、それを必死に覆い隠そうとしたときだけ立ちのぼる、不自然で作り物めいた臭気。
胸の奥に、ぞわりとした違和感が走る。
ここは「役所」ではなく、まったく別の場所――。
私は、ついさっきまで自分に言い聞かせていたのだろう。
「役所に行くだけ」と。そう思い込むことで、恐怖から目をそらしていた。
だが、この匂いと空気に触れた瞬間、その仮面はあっさり剥がれ落ちた。
――ここは、役所ではない。




