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貸出の檻  作者: メタル
第三章 フェミナ・ライフサポート
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第三節 カタログと“天然物”

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// 第三節 カタログと“天然物”

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声は丁寧で、どこか温かみすら帯びている。

だが、その奥にあるのは空虚さだけだった。

まるで「人間の皮を被った説明用サンプル」を目の前に突き出されているようで、

現実感よりも不気味さの方が濃く迫ってくる。


やがて彼女は、こぎれいなワンピースを着直し、展示品のように静かに立っていた。

一見すれば、どこにでもいる落ち着いた既婚女性にしか見えない。

だが脳裏には、先ほど服を脱いだ瞬間の姿が鮮烈に甦っていた。


腰まわりの緩み、沈んだ胸、生活の跡を刻んだ肌。

若さも張りも失われ、艶めきの代わりに時間の重みだけが残されている。


――なぜ、こんな体つきの女を“商品”にしているのか。

男が求めるのは若く張りのある肉体ではないのか。


疑問が膨らむほど、目の前の彼女は異様さを増していった。

生々しさと機械的な従順さ――相反するものが同居し、冷たい恐怖を呼び起こす。


「ご不思議に思われましたか?」

カウンセラーの声が被さる。わずかに笑みを浮かべながらも、感情の色は一切なかった。


「合成的に造られたものは、確かに若さや均整を再現できます。

 ですが、それはあまりに整いすぎて“虚構”を意識させてしまうのです。


 天然の個体には不均一さがある。

 体の緩みや皺、わずかな歪みや衰え。

 一見すれば欠点に見えるでしょう。

 しかし、人はその不均一さに“本物らしさ”を感じるのです」


カウンセラーは視線を動かさず、機械のように言葉を継いだ。


「実際、合成体や商売女ではなく――“どこにでもいる普通のおばさん”を妊娠させることで、

 初めて満足を覚える顧客も少なくありません。


 若さや均整は、かえって作り物めいた虚しさを伴う。

 生活の痕跡をそのまま宿した身体こそが、もっとも安心と親近感を与える“商品”なのです」


その声は、食品サンプルの成分表示を読み上げるように淡々としていた。

だが、その冷徹な説明は、目の前の女性をより異様な存在として際立たせていた。



「出荷前には、必ず個別のカタログを作成します」


カウンセラーの声は、抑揚のない事務口調だった。

主人公の目の前で、専用の管理端末が淡々とスワイプされていく。


画面には次々と女性の姿が映し出される。

清楚なワンピース、学生風の制服、あるいはラフな私服――。

無機質な背景の前に立たされた彼女たちの表情は一様に虚ろで、瞳の焦点は合っていなかった。


「外観の撮影は必須です。服装はこちらで用意し、立たせて撮影。

 プロファイルには年齢、身体的特徴、そして“用途”が記録されます」


画面が止まり、カウンセラーの指先が一人の女性の顔を示す。

端末には淡々とした文字が並んでいた。


年齢:34歳

特徴:黒髪・中肉中背

用途:家庭型


「こうして整理したものを“カタログ”としてお客様に提示し、

 最終的にオーダーが決まれば出荷――という流れになります」


私は息をのんだ。

そして、不意に口をついて出た。


「あの……その、裸の写真とか……」


自分でも何を聞いているのか分からなかった。

口にした瞬間、場の空気が冷たく凍りついた気がした。


カウンセラーは答えなかった。

代わりに、隣に控えていた補佐役の女性が、めんどくさそうに肩をすくめる。


「こちらは政府公認の“女性サポート事業”ですよ」


その言い方は、まるで暗黙の圧力だった。

――分かっているでしょう?

――余計なことは聞かないで。


端末の画面は再びスワイプされ、知らない女性たちの姿が現れては消えていく。

整然としたその流れが、かえって不気味さを際立たせていた。

そこに映っているのは、もう「人間」ではなく――ただの“製品”なのだ。


その中に、見慣れた顔が映った。


胸の奥が凍りつく。

子どもの送り迎えで何度も顔を合わせた、近所のママ友。

日常で何度も見かけたあの笑顔はどこにもなく、淡いワンピースを着せられたまま、無表情に立たされている。


端末の横には冷たい文字列が並んでいた。


年齢:36歳

特徴:既婚・子持ち

用途:家庭型


血の気が引いていく。


美咲が画面を凝視していると、隣のカウンセラーがふっと声をかけた。


「……気になりますか?」


ドキリとして顔を上げる。

否定しようと口を開いた瞬間、カウンセラーは淡々と続けた。


「ちょうど稼働確認も必要ですし。どうでしょう、一時間ほどお試しで。

 ご契約いただけるなら、今回の料金はサービスさせていただきますよ」


にこりともせず、事務的に言い切る口調。

気が付けば、カウンセラーの手元の端末には契約画面が開かれていた。

サイン欄にペンを走らせるだけで完了、という体裁になっている。


「い、いや……そういう意味では……」

声が上ずる。だが、カウンセラーは聞く耳を持たなかった。


「こちらは“天然物”です。合成より希少で、一般の生活を送っていた女性を、そのままの形で提供できます。

 ――ご利用いただいた方は、必ずその価値を理解されます」


カウンセラーの声はあくまで事務的で、説得というより“当然の事実”を告げるようだった。


私は息を呑んだ。

否定の言葉を探しても、喉は凍りついたように動かない。

気が付けば、承認ボタンの上に指がとまっていた。


――押してはいけない。そう思うのに、カウンセラーの視線が重くのしかかり、

震える手はそのまま、ゆっくりと画面に触れてしまった。


わずか数分後。

奥の自動ドアが音もなく開き、二人の係員に伴われて――彼女が現れた。


カタログで見たとおりの淡いワンピースを着せられ、無表情のまま立っている。

生気のない瞳は、宙をただ空虚に見つめていた。


「こちらの女性で間違いありませんか? 問題なければ簡単なセットアップをしてからお連れしますね」


そう言うと、係員は彼女を無言のまま連れ去っていった。


「では、レンタルルームにご案内します」

カウンセラーはあくまで事務的に告げ、先導する。


足は鉛のように重かった。

それでも係員の視線に押されるように、無言で歩みを進める。


長い廊下の先、無機質な扉が静かに開いた。

そこには、典型的な“プレイルーム”が整然と用意されていた。


ベッドは白いシーツでぴんと張られ、皺ひとつない。

壁の隅では黒い球体カメラが赤く点滅し、じっとこちらを監視している。

浴室は半透明のガラス扉で、人影を写すには十分な曖昧さ――逃げ場など、どこにもない。


時計は存在しなかった。

だが「一時間」という言葉だけが、砂時計のように脳裏で落ちていった。


コンコンコンと扉がノックされる

返事をすると、すぐに扉が開き、ママ友が入ってきた。


「……美咲ちゃんだよね?」

女はにっこり笑って、当然のように私の名を呼んだ。


「……恵里香さん?」


「ん?違うよ。私、白石 真紀です。よろしくね」


その口調は、あのママ友とは別人のようだ。


彼女は続ける


「じゃあ、自己紹介するね。年齢は三十五歳。既婚で、子どもは五歳の男の子がいます。

 好きな食べ物はオムライスで、趣味はお菓子作り――」


あまりにも普通で、日常的で、温かさすらある言葉。

なのに、ここはレンタルルーム。

私が立たされているのは、非日常の只中だった。


そして次の瞬間。


「感じやすいところはね、耳と……お腹の下のあたりと、太腿の内側。

 きっと、美咲ちゃんにも気に入ってもらえると思うよ?」


恵里香……白石 真紀はそう言うと、まるで昔からの友達にするように、何のためらいもなく歩み寄ってきた。


「じゃあ、よろしくね」


笑顔のまま、私の肩に腕を回す。

ゆっくりと、逃げ場を塞ぐように体を寄せてくる。


「ん……美咲ちゃん、いい匂い」


耳元に吐息がかかる。甘い香水と微かな体温が、まるで絡みつくみたいに広がった。


顔を寄せられ、息が触れ合うほど近づく。


「……ふふ、美咲ちゃん、かわいい」


囁きながら、彼女の指先が私の頬を撫で、顎をそっと持ち上げる。

まるで恋人を扱うみたいに、もう一度深く口づけられた。


吐息が混じり、甘い湿り気が唇の隙間に入り込んでいく。

私は恵里香――いや、白石 真紀のあまりの勢いに拒絶の言葉は出てこない。

ただ、熱と香りに呑まれて――心臓だけが狂ったように早鐘を打っていた。


硬直していると、彼女はふと不思議そうな顔をした。

「……どうしたの、美咲ちゃん?」


その無邪気さが、余計に怖い。

私はふいに――この子は本当に“命令”を聞くのか、試したくなった。


震える声で、言葉が漏れる。

「……ちょっと、離れて」

私の言葉に、白石 真紀は素直に腕をほどいた。

笑顔は崩さないまま。

まるで、それが当たり前のことのように。


(……ほんとに、言うことを聞く?)

心臓の音が耳の奥でうるさく響く。


私は試すように口を開いた。

「……じゃあ、そこに立って。両手を頭の上に上げてみて」


「うん」

真紀は即座に従った。まるで遊びの延長か何かのように、にこやかに。

その無邪気な笑顔と、異様な従順さの落差が、背筋を凍らせる。


次の言葉は、喉の奥が勝手に押し出していた。

「……私の名前を呼んで」


「美咲ちゃん」

甘えるような声。

それだけで胸の奥がざわつく。


「もっと」

「美咲ちゃん、美咲ちゃん、美咲ちゃん……」

繰り返される自分の名前。

優しい声色なのに、呪いの詠唱みたいに聞こえてくる。


私は試すように問いかけた。

「……そういえば、家族は?」


真紀は待ってましたとばかりににこやかに答える。

「夫は直樹っていうの。出版社に勤めていてね。息子は悠斗、もうすぐ五歳になるの」


(……え?)

胸の奥がざわつく。直樹でもなければ悠斗でもない。

私が知っている彼女の夫の名前も、子どもの名前も――全然違う。


「どこに住んでるの?」

「〇〇の高台にあるマンション。十三階なの。夜景がすっごく綺麗でね、美咲ちゃんにも見せてあげたいな」


嘘。彼女の家は郊外の一軒家のはずだ。

私の知る“久遠 恵里香”の記憶と、今目の前で笑っている“白石 真紀”の言葉が、ひどくちぐはぐに響く。


それでも彼女は屈託なく笑いながら――あたかも自分の話が絶対の真実だと信じ切っているように語り続けた。


私は思わず声を震わせながら言った。

「……じゃあ、服を脱いでみて」


自分でも何を言っているのかわからなかった。

拒否すると思っていた。怒るか、戸惑うか、せめて恥じらうはずだった。


「……え?」

一瞬だけ、白石真紀の瞳に戸惑いが走る。

だが、すぐにかすかな笑みが浮かび、彼女は素直に頷いた。

まるでその一瞬の感情が、外から塗り潰されるかのように。


「うん、いいよ。美咲ちゃんがそう言うなら」

真紀は嬉しそうに、まるで少女が遊びをせがまれて応えるような声で言った。


無邪気にリボンをほどき、胸元のボタンを外していく。

その仕草は、どこか中学生の女の子がじゃれあうときのように明るくて、無垢で。

――けれど、年齢を隠せない輪郭は明らかに違っていた。


にこにこと笑いながら、真紀はスカートを足元へと滑らせる。

声は初恋を語る少女のように澄んでいるのに――

視界に映るのは、疲れの刻まれた瞼、産後にゆるんだ腰回り、年齢を語る肌。


確かにそこにいるのは「中年女性」そのものだった。

だが命じれば、少女のように素直に微笑み、ためらいなく服を脱ぐ。


生の実在感と、作り物の従順さ。

生活の重みを帯びた現実の身体と、異様なまでの無垢な声。

その矛盾こそが、誰かの欲望を叶えるために設計された“商品”の証だった。


真紀は、まるで予定されたことのように、私の服へと迷いなく手を伸ばしてきた。

その自然さに、抗う理由を口にする隙さえ与えられなかった。


「ほら、美咲ちゃん、いいでしょ。ね?」

笑う彼女は、無邪気な少女のようでありながら、どこか母親らしい落ち着きを纏っている。

その矛盾した姿に、私は戸惑い、そして足を止めてしまった。


「違う…そんなつもりじゃないのに」

心の中で叫んでも、声は震えただけで外には出なかった。

気づけば彼女の手に導かれるまま、白いタイルの光に包まれていた。


――どうして拒まなかったのだろう。

私は女を愛したことなどないはずなのに。

それでも、目の前の“普通のおばさん”が、無垢な笑顔で当然のように迫ってきた瞬間――

私の中の何かは、あっけなく崩れ去ってしまった。


皺を刻んだ瞼も、産後に緩んだ腰回りも、年齢を物語る肌も。

本来なら魅力とは無縁のはずのそれらが、彼女の無邪気さと組み合わさったとき、

私は抗う理由を失っていた。


胸の奥の淀みが洗い流されるようで、身体の芯までほどけていく心地よさに、思わず目を閉じてしまった。

気づけば、長い間求めていたものを与えられたかのような、満たされた感覚に震えていた。


それを否定できない。

だからこそ、恐ろしい。

私は彼女に流されたのではない。

“普通のおばさんに迫られる”という現実そのものが、私を壊したのだ。


そして、気づいてしまった。

これが――フェミナの恐ろしさなのだと。

若く整った合成体でも、完璧に作られたクローンでも決して与えられない、

“生活の跡を刻んだ女の体”と“従順さ”の組み合わせ。

その異様な現実感こそが、人を絡め取り、壊す。


思えば、この施設に「来よう」と決めた時点で、もう壊れていたのだろう。

商品であるはずの異様さに、自分を委ねようとした瞬間から――。


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