第二節 本部受付と“規約上の手続き”
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// 第二節 本部受付と“規約上の手続き”
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翌日、私は登録完了メールに記された住所を頼りに、神戸・三宮のセンタープラザへ向かった。
戦争で壊滅した神戸港の影響で荒れていた街は、中心地から優先的に復興が進み、
いまでは高層ビルや商業施設が立ち並び、人の往来でにぎわっている。
指定されたのは、その最上階の一角。
だが普通のエレベーターでは行けず、案内メールには専用エレベーターを使うよう指示されていた。
専用エレベーターの前には、よく市役所などで見かけるクローンの女性が座っていた。
予約の確認を受け、国民カードを端末にかざすと、無言のまま微笑んで頷き、エレベーターの扉が静かに開いた。
最上階に着くと、ガラス張りの清潔な受付フロアが広がっていた。
磨かれた床、整然と並ぶカウンター。市役所や銀行の窓口を思わせる整然とした雰囲気に、胸の奥が少しだけ安堵する。
壁には大きな看板が掲げられている。
――「政府公認 女性生活支援プログラム
フェミナ・ライフサポート」
光沢のあるパネルに鮮明な文字が浮かび、ここが間違いなく“あの広告”の場所であることを示していた。
受付には、またクローンの女性が立っていた。
同じ無機質な笑顔を浮かべ、来訪者を待っていたのだろう。
「佐藤様、お待ちしておりました」
呼びかけられた瞬間、背筋に小さな緊張が走った。
指示に従って案内され、私は奥の部屋へと通された。
やがて奥の自動扉が開き、五十代ほどの女性が姿を現した。
淡い色のスーツを着た、どこにでもいそうな普通の公務員風の人だった。
派手さもなく、ただ事務的な笑みを浮かべている。
「ご相談ありがとうございます。“フェミナ・ライフサポート”へようこそ」
声は落ち着いていて、役所の窓口で案内を受けているような調子だった。
私は思わず、ここが“あの広告の場所”だということを忘れそうになる。
だが次に口にされた説明で、背筋に冷たいものが走った。
女性は私を席へ案内すると、テーブルに備え付けられた端末を軽くタッチした。
透明なパネルに、いくつものプランが整然と浮かび上がる。
「本プログラムの基本は――“体を一時的に提供いただくこと”でございます。
もちろん、その間のご本人の記憶はすべて安全に保存され、
貸出中は代替の記憶を上書きいたします。
返却時には元の記憶を復元いたしますので……実際にはほんの一瞬の出来事として済みます」
女性は端末を操作し、机上のスクリーンに一覧を映し出した。
「まず、支払い方式は二種類ございます。
一つは【シングル登録】。契約終了後に一括で対価を受け取る方式。
もう一つは【ファミリー支援】。貸出中もご家族口座に毎月の生活支援金が振り込まれる方式です」
画面には次に「業務形態」の項目が現れる。
「次に業務内容ですが、たとえば【家事手伝い】【教育補助】といった生活支援的な役割もございます。
ただし契約金は、その内容に応じて大きく変動いたします」
スクリーンには複数の契約例が並び、金額の桁の違いが一目でわかる。
――【家事補助】、【教育補助】。
一瞬、胸の奥で小さな安堵が広がる。これなら……と。
だがすぐに、その下に並ぶ桁違いの契約金が目に飛び込んできた。
【身体的接触】、【妊娠許諾】――。
指先が凍りつき、息を呑む。
「……高額契約の多くは、富裕層や権力者の方が望まれる条件でございます」
女性は事務的に付け加えただけだった。
「……以上が当センターで選択可能なプランでございます」
女性は顔を上げ、笑みを浮かべた。
だがその笑顔には、やはり人間らしい温度が欠けていた。
声は優しい。だがその言葉は、淡々と人間を商品として切り分ける冷徹さに満ちていた。
契約金の欄を見れば、富裕層向けが突出して高額だ。終了後に得られる金額は、常識では考えられないほど大きい。
私がその数字に目を奪われているのを察したのか、女性が穏やかに問いかけてきた。
「――高収入プランにご興味がおありでしょうか?」
不意に声をかけられ、思わず口が震える。
「……い、いえ……。あの……妊娠とかは、困ります。家族にまで負担がかかってしまいますし……」
恐る恐る言葉を絞り出すと、女性は待っていたように微笑んだ。
「大丈夫でございます。実際の仕組みを――ご覧いただきましょう」
センターの奥へ案内され、重い扉をくぐる。
そこに広がっていたのは、拍子抜けするほど「普通の」応接室だった。
白い壁紙に明るい白色照明。安っぽい木目調のテーブル。ソファの横には場違いなほど元気な観葉植物まで置かれている。
まるで保険の勧誘か、分譲マンションの営業でも始まりそうな空間だった。
だが、その中央に直立していた二人の女性を見た瞬間、空気は一変した。
どちらも「おばさん」としか言いようのない、平凡な姿。背丈も髪型もほぼ同じで、年齢までも揃っている。
だが二人とも無表情のまま、口を半開きにし、白目を剥いて棒立ちしていた。
人間というより、何かが「置かれている」だけに見える。
「フェミナ・ライフサポートは、万全のバックアップ体制が自慢でございます。
ご登録いただいた女性の皆さまに、安心してサービスをご提供できるよう、
高度な医療技術をもって体調管理と調整を行っております」
カウンセラーの声は、まるで保険商品の説明のように淡々としていた。
「途中解約やトラブルを防ぐために、魅力的な体づくりを支援し、
同時に予期せぬ“事故”を防止する処置を徹底しております。
――こちらの二人の比較をご確認ください」
スクリーンには、改造前と改造後のデータが簡潔に映し出された。
【性的魅力:20代相当】
【生殖機能:停止済】
「この通り、魅力は維持・強化されながらも、生殖機能は完全に停止しております。
安心してご利用いただけます」
その言葉は事務的で、何の感情も込められていなかった。
だが“魅力”や“事故防止”という言い回しの裏に、
女性がただの商品として扱われている現実が透けて見えた。
カウンセラーは事務的に言葉を並べると、軽く会釈を添えた。
「なお、こちらはあくまで比較用のクローン個体でございます。
ご契約にあたりましては、実際の利用者と同等の個体をご確認いただく必要がございます」
「規約上の手続きとして――実際の貸出対象をご覧いただきます」
カウンセラーが端末を操作すると、奥のドアが静かに開いた。
そこから現れたのは、一人の女性。肩で切り揃えられた黒髪に、清楚なワンピース姿。
ぱっと見れば、ごく普通の主婦にしか見えなかった。
「――由美さん、こちらへ」
声をかけられると、彼女はにこやかに微笑み、軽く会釈して歩み寄ってくる。
その仕草には違和感など一切なく、温かな家庭の気配すら感じさせた。
だが次の瞬間、彼女の口から放たれた言葉に空気が凍る。
「はじめまして。由美と申します。三十五歳です。
感じやすい部位は首筋と太腿の内側です。よろしくお願いいたします」
……自然な自己紹介に見せかけて、語られる内容はあまりに異常だった。
普通の人間なら決して口にしないはずの情報を、彼女は微塵のためらいもなく告げている。
瞳には揺らぎがなく、笑みも作り物のように整っている。
カウンセラーの指示に従って、彼女はゆっくりとワンピースを脱いだ。
ベルトを外すでもなく、裾をたくし上げるでもなく、ただ規定動作のように服を落とす。
裸になったその姿は、派手な娼婦のように“そういう場に似合う”女ではない。
皺の寄った膝、家事で荒れた指先。台所に立つ姿の方が似合う、どこにでもいる主婦だった。
だからこそ、何も身に着けずに立たされているその姿は、いっそう異様だった。
肉体は確かに女のものなのに、その佇まいには人間の羞恥も意思もない。
そこにあるのは「裸を晒すことに意味を感じない機械じみた従順さ」だけ。
背筋に薄気味悪い寒気が走った。
裸のまま、彼女は背筋を伸ばして言葉を紡いだ。
「今日はどんなご奉仕をご希望ですか?」
「ご要望に沿った形で、私はお応えいたします」
由美さんはそう言いながら、胸元にそっと手を添え、指先をお腹の下あたりへと滑らせた。
笑顔のまま、まるで台所の収納場所を説明するかのように自然な調子で。
だが、その仕草はあまりに露骨で、言葉にせずとも「ここで応えます」と告げているのが分かってしまう。
――清楚な主婦が、何のためらいもなくいやらしい動きをしている。
その現実に、背筋が冷たく痺れるような恐怖が走った。




