第一節 支給食材と政府広告
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// 第一節 支給食材と政府広告
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対象者記録
氏名:佐藤 美咲
年齢:36歳
属性:既婚・子持ち(長女7歳)
職業:専業主婦
登録区分:フェミナ・ライフサポート利用者
台所の小さな流し台の前に立ち、支給された食材を眺める。
袋に入った雑穀入りの米と、冷凍野菜のパック。
そこにスーパーで買った安い代用肉を足して、今夜の夕食にするしかない。
戦後の混乱で生活基盤を築けない家庭は多く、政府は「家庭支援グレード」という制度を設けていた。
家庭の収入や環境に応じて、配給される食材の内容が決まる。
佐藤家は中程度と判定され、雑穀米と冷凍野菜が定期的に届く。
もっと困窮した家庭なら、それらに加えて栄養補給用のバーが支給される。
けれど、肉や乳製品が毎日買えるわけではなく、結局は代用肉に頼るしかない。
この暮らしが、いつまで続くのだろう。
育ち盛りの娘に、こんな食生活を続けて良いのか。
だが夫の稼ぎではどうしようもない。せめてギャンブルさえやめてくれたら――そう思わずにはいられなかった。
味はそれなり。けれど栄養価は薄く、母親としての不安だけが胸に重く沈んでいった。
夜。家事を終えたあと、せめてもの慰めに古びた端末で無料動画を流す。
旅番組や料理の映像を眺めるのが、唯一の逃避だった。
旅も、美味しい料理も、いまの私には夢でしかないのに。
そのとき、画面に割り込んできたのは政府の広告だった。
珍しいものではない。むしろ、毎日のように繰り返し流れている。
いつもなら迷わずスキップしていた。
……けれど、この夜ばかりは指が止まり、最後まで見てしまった。
「働く母親の未来を応援します」
「あなたの“時間”を、社会は必要としています」
落ち着いた声と共に映し出されたのは、派手さのない中年女性。
整えられた髪、清潔な服。穏やかな笑みを浮かべ、こちらに語りかけてくる。
「私も、最初は不安でした。でも──これで子供を大学に行かせることができました」
彼女の横には「報酬・月額〇〇万円」の文字。
背後には質素ながらも温かみのある食卓が広がっていた。
私の前にある“支給食材の夕飯”と比べれば、雲泥の差。
胸の奥に、ちくりと嫉妬と焦燥が走る。
──これをやれば、私だって、ああなれるのだろうか。
※※※
思い出すのは、あのときの屈辱だ。
娘を育てるために、どうしてもお金が必要で、私は“そういう店”に飛び込んだ。
けれど、どの店でもまともに話を聞いてもらえなかった。
年齢を書いた瞬間に首を振られ、次の店でも「今は枠が埋まってます」と断られた。
三軒目だったか。
ある店の受付の青年は、少しだけ申し訳なさそうに言った。
「……姉さん、悪いけど、どこ行っても難しいと思いますよ」
そして端末を操作し、在籍者のリストを見せてくれた。
そこに並んでいたのは、十代後半から二十代前半の若い娘ばかり。
しかも、どの子も“クラスで一番かわいい子”をさらに磨き上げたような顔立ちで、笑顔まで完璧だった。
「お客さんはね、こういう子しか選ばないんです」
彼の声は淡々としていたけれど、それ以上に画面の眩しさが胸に突き刺さった。
私はその場に立ち尽くし、自分が値札すら付けられない存在だと痛感した。
どこにも、私のような女に居場所はなかった。
「格安店は、もうほとんどアンドロイドですよ」
青年は気の毒そうに笑った。
「僕らみたいな受付も要らない。全部オンラインでの自動受付です。
女の子――いや、機械ですけどね。不眠不休で二十四時間対応できるんです」
彼は一度言葉を区切り、端末の画面を操作した。
表示されたのは、別の店の在籍リスト。
「こっちが“普通の店”。今はほとんどクローンですね」
画面に並ぶのは、整った顔立ちの若い女性たち。
年齢も体型も均一で、笑顔まで規格化されている。
「どの子も、欲望のために調整された肉体です。
だから人気はクローンに集中する。一般の女性が入り込む余地は……ほとんどないんですよ」
青年は画面を閉じ、少しだけ声を落として続けた。
「うちに在籍してるような若い子でも、人気が落ちると他の店に移れないんです。
行き先がなくなった嬢は、だいたい政府の……フェ? ナントカ、ってところに回されるみたいで」
それは突き放す言葉ではなく、ただ淡々と業界の現実を語っただけだった。
けれど私は、胸の奥が冷たく沈んでいくのを止められなかった。
戦争前の、さらに前の時代なら「女であれば商品になる」こともあったらしい。
だが今は、路地に立つ女ですら、需要は消えていた。
安物のクローンや、夜ごと並ぶアンドロイド。
「安くて安全」なそちらに、男たちは群がる。
……あんなものにすら、私は勝てないのか。
隣に寝転がる夫を見て、私は思う。
なぜ、あんな男を選んでしまったのだろう。
働きもせず、酒と博打ばかり。
私の人生を、子どもの未来を、あっさり潰していった男。
もし別の道を選んでいたら、今の暮らしは違っていただろうか。
そう思った瞬間、私はあのこぎれいな「政府広告」に心を奪われていた。
気づけば指先が画面を叩き、申込ページが開かれていた。
いつの間にか、受付処理を済ませてしまっていた。




