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8 国王と王妃

「全く、あの子は何を考えているのかしら……」


就寝前の紅茶を飲みながら、王妃であるオルカは溜息をついた。


その独り言とも捉えられる苦言に国王リグはなんと返そうか、ベットに越しかけながら眉間にしわを寄せる。



「ねぇ、セバスはなんと?」


なんてことを考えていると、オルカが待ちくたびれたように聞いてきた。


リグは少し言葉に詰まる。妻の機嫌を伺いつつ、ゆっくり呼吸しながら口を開いた。



「……変な顔をしていたそうだ」

「…………」

「!」


オルカは手に持っていたコップをわざと音がなるように降ろす。


リグの額に冷や汗が流れる。


紅茶を飲む際、そのコップは静かに置くのが淑女の嗜みだ。音を立ててしまうのは紳士淑女には非ず、と言われるほどの常識。そんなことをしてしまうのは自分が礼儀も知らない、無作法者だと言っているようなもの。


けれど、今の状況とオルカの視線を考慮するとそれはまた別の解釈となる。そもそも王妃であるオルカはそんな下手なことはしない。


そして、ここは夫婦のプライベートである寝室。立場や肩書きは一旦置いて話をすることができる。



「ち、ちがうぞ! 決してふざけている訳でない!!」

「では、何だと言うのです?」



リグの反応を見るとそれがわかりやすい。いくら国王でも夫は妻に頭が上がらないようだ。



「セバスには言われた通り伝言を伝えて来てもらい、その様子を報告してもらった」



そう、読み通りセバスはオルカの策として使われていたのだ。



「いくら年老いてもセバスの観察眼は他を圧倒する。そんなセバスが困った様子でそういったのだ」

「困った?」

「あぁ」



オルカの逆鱗が明後日の方へと消えた。それにともないリグの焦りも落ち着いて本題へと進む。



「私から、というよりは国王という立場の私が謝罪して来たことに驚いていたそうだ」

「……あぁ、そういうことですか」



しばらく考えると、オルカはパズルのピースがピッタリ嵌まったように閃いた。



「?」



何故か納得したオルカにリグは理解が追いついていない。女性にしかわからない感性なのだろうか、とオルカの説明を待つ。


夫の胸の内でも読み取ったのか、オルカはリグの隣に越しかけて口を開いた。



「あの子は……メリーは、王女になるつもりなんてないんです」

「……どうしてそう思うのだ?」



内心では驚いているリグだが、そこは流石国王なのだろう。オルカの妨げにならないように表情には出さずに続きを促す。



「私はメリーに妃教育として様々なことを教えてきました。作法や礼儀、時にはこの国の政治に関わったこともあります。その教育で最初に教えたのが、立場です」

「立場、か……」

「はい。これはメリーの生い立ちが特別なのが主な理由ですが、幼い彼女を私達がフィリップとの婚約という形で保護した時に少なからず反対意見が飛び交いました。想像よりも敵が多かったです」

「あぁ、そうだったな」



幼いメアリには敵が多かった。オルカは手始めに立場関係を教えることで自分の置かれている環境を理解させた。



「そのほとんどが、私利私欲の権力欲しさに身内を売ろうとするろくでなしでしたが」



オルカが失笑すると、リグはそっと妻の手に手を重ねた。


リグはよく知っている。オルカが笑顔でメアリの側にいた時、どれほどの敵がその座を狙っていたか。笑顔を貼付けた裏に傷だらけで立ち向かう姿を一番近くで見てきた。


ある日、日々の教育の息抜きにとメアリとオルカは湖を訪れた。その日は次期王女の重荷と現王妃の責務から解放されて一人の娘を思う義母として長閑な一日を過ごすつもりだったのにメアリを煩わしく思う貴族に邪魔をされた。湖を楽しむために用意していたボートに亀裂が入っていたのだ。最初はそのことに気付かずに乗っていたオルカとメアリは丁度、ボードが岸から離れ水深が二メートルを超えた当たりで亀裂が広がりボートが崩壊した。何の前触れもなく迫ってきた危機にオルカは冷静に対処した。それもそうだ、命を狙われることなど彼女にとっては日常。常に危機を想定するのが習慣になっている。この程度、寧ろ可愛いくらいだ。


が、それはオルカだからこそ。そして、この人災は王妃を狙ったものではない。標的は、あくまでもメアリ。


子供の背丈で水深二メートルは十分危険だ。更に外出目的のため軽装でもドレスを着ているメアリは水に浸かった時点で身動きがとれない。そんな子どもを溺死させるのは王妃を暗殺するよりも遥かに簡単だ。


そして、同行した従者が真っ先に助けたのはオルカだった。当然だ、主が危機に晒されれば助けるのが当たり前。だから、皆気付かなかった。水面に浮かんで来ないメアリのことを。


その瞬間にオルカは気づいた狙いは自分ではなくメアリだと。水を吸った重いドレスは子供の命を奪う凶器と変わった。


オルカの判断は早かった。自分のドレスを脱ぎ捨て水中に沈むメアリを探した。運よくメアリはすぐに見つかった。水を吸って気を失ってはいたものの命は助かった。


その後、話を聞き付けたリグは直ぐに駆けつける。優雅な休日になるはずがメアリにトラウマを植え付ける最悪な一日となってしまった。犯人探しは行われたが、亀裂を入れた貧困な男が捉えられただけで首謀者は今だに見つかっていない。


この一件以来、オルカの警戒心は跳ね上がる。他の貴族への警告も更に厳しいものになり、王女としての権限を最大限活用してメアリを守ってきた。そうして罵倒も反論も、全てを受け入れ、そして跳ね退けてメアリを育ててきた。過保護と言われるかもしれないが、込めた愛情は実子と比較できない。メアリの成長の糧に最大限貢献してきた人物だ。



「確かに国王が婚約者であれ、ただの公爵令嬢に謝ることなどありません。それこそ国王の威厳に関わります。仮に頭を下げるのであればそれは民衆の見ている前、人々の目前であれば威厳を捨てる代わりに信仰を得るという目的があると納得がいきます」

「そ、そうだな」



リグは聞いていてその通りだと、納得する半面できればそんなことが起きないことを切に願う。



「しかし、今回は違います。口の固いセバスを通して貴方からの謝罪。これは、私達夫婦がふがいないばかりに立場を考えないフィリップの行動を制御できなかったことへの純粋な謝罪です」



言いながら、オルカは沸々と愚息に腹を立て始めた。きっと、今頃想い人の所にでもいるのだろう。


そんな怒りが繋いだ手を通してリグに伝わる。緊張で少し背筋が伸びている。



「表にだせないので、このような手段になりましたが……あの子が驚いていたということは、メリーから見て私達に非はないと思っているんです。今回の原因が完全にフィリップだとすれば、メリーは私たちの意図に気づいたはずです」

「確かにな。しかし、メアリ嬢は何をしたのだ?」



リグは顎に手を当て考えるも、わからず素直にオルカに聞いた。



「これは仮説ですが、フィリップとメリーはあまり交流をしてこなかったそうです。まぁ、ほとんどフィリップが何かしら理由をつけて断ったそうですが」

「あぁ、それは私も聞いていた。メアリ嬢を避けているようそうだな」

「えぇ。それなんですが、メリーはフィリップに何か避けたくなるようなことをしていたんじゃないですか?」

「避けたくなるような? どんなことだ?」

「それは……わかりませんが、メリーはわざとフィリップに嫌われるように振る舞っていたと思います。そう考えれば、あの子が伝言を聞いて驚くのもわかります」

「……」


脱帽だ。セバスの反応だけでそこまでわかるとは流石と言わざるをえない。


オルカの中でメアリの評価はかなり高い。今回のことも全てがフィリップのせいであればメアリがこちらの意図を読み取ってくれるだろうと考えている。


しかし、実際にはメアリは困惑したという。そのイメージの違いがことの真相へと導いてくれた。



「あの子が王女になりたがらない理由はわかりませんが、これがあの子の意思なのでしょう」

「そうか……しかし、どうする? メアリ嬢の望む通りにするのか?」

「はい? まさか」



オルカは薄い笑みを浮かべてリグに顔を向ける。リグはその表情に見覚えがある。これはオルカが本気で怒っているときにでる癖だ。常に笑顔を作っている王妃は逆鱗の際にもその所作を忘れない。しかし、あまりにその感情が大きすぎると微笑みが悪い方向へと行ってしまう。



「あの子はきっと何年もこの計画を胸のうちに潜ませて、今実行に移しています。誰にも腹に内を見せない。思慮深い女性として完璧です。私が教えてきたことを存分に発揮しています。そして、私達はその計画に翻弄されるでしょう」



こうなってしまった妻は誰にも止められない。そして、これが彼女が王妃としてこれまで国を纏めてこれた秘訣だ。



「受けて立ちましょう。フィリップのことなど関係ありません。あの子が私に反抗するなんて今までで初めてです。私はその策を全て受けたうえでメリーを王女にします。義母(はは)に背を向けたこと、後悔させます」



そう、現王妃オルカ・バルト・カルディーラという女性は非常に我が儘なのだ。


読んでいただいてありがとうございます。


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