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5 虐める側と虐められる側

「メリー、また御越しくださりありがとうございます!」

「歓迎してくれてありがとう、クリス」



フィリップが婚約破棄を申し出に行く少し前、フラメル家では密かにお茶会が開かれていた。



「それで、フィリップ王子は今日にでも私との婚約破棄を国王陛下に申し込むと?」

「えぇ、メリーの言った通りでした!」



クリスタとの手紙のやり取りで私はフィリップが今どう言った心境なのかを把握していた。



私の悪評も耳に届き、ここぞとばかりに国王へ謁見を求めるだろう。



「けれど、そう上手くはいきません。恐らく、今回は陛下が却下するでしょう。噂はあくまでも噂です。何の証拠もなく婚約は取り消せません」

「そんな、ここまでやっても駄目なんですか?」



確かに世間はすでに私を次期王妃には相応しくないと思い始めている。けれど、一押し足りない。



フィリップとクリスタが密かに付き合っていると広まると私を可哀そうという声が上がった。これは失敗だった。この二人ならお似合いだ、そう世間が騒ぎ立てると思って流した噂が結果は逆になってしまった。



「物的証拠というものがないのでフィリップ王子もほとんど憶測で陛下に話をするでしょう」



自慢ではないが国王と王妃にはそれなりに認められていると思っている。特にオルカとは身分の差がありながらも我が子のように慕ってくれた。



物心ついた頃から妃教育を受け、次期国王を支えるべく努力してきた。それを無駄にして養育費の支援までしてもらった恩を仇で返すのは心が痛む。



「今回は、フィリップ王子に私と結婚する意思がない。それを国王陛下と王妃の前で表すのが目的です。始めから簡単にいくと思っていません」



ここまで話して紅茶で喉を潤す。ふぅ、と一息ついてクリスタを見ると紅茶を持ったまま口をぽかんと開けていた。一目でわかるほど驚いていた。



何とも間抜けな様子に私は笑ってしまった。



「あ、すみません。そこまで考えていたなんて驚きました」



メアリの笑いで自分の失態に気づいたクリスタ。恥ずかしさを紛らわすように紅茶をぐいっと飲む。



「それで、次はどうすればいいですか?」

「そうですね、いくつか案はありますが。クリス、」

「なんですか?」



メアリはカップを置いてクリスタに笑顔を向ける。



「貴方を虐めたいと思います」

「え……ええーーー!!」



その驚きは椅子が勢いよく倒れるほどだった。



「お嬢様! どうかしましたか!?」



椅子が倒れた音を聞いて使用人が慌てて入ってきた。



すぐさまクリスタに駆け寄り、何があったのか、具合は悪くないか、怪我はないかと早口で聞いた。



クリスタは何でもないと苦笑いを浮かべる。しかし、使用人はそれを信じずに私を睨む。



そんな目で見られる筋合いはないと思ったが、世間に悪女として名を広めている最中だった。クリスタとメアリの計画を知らない彼女らにはこの二人が一緒にいるのは理解できないだろう。一応、名目上はフィリップの件で事情聴取ということにしている。



国民を敵にまわした次期王妃の私と才色兼備かつ王子と恋人かもしれないという噂のクリスタ。



特に屋敷で働いている人達はクリスタをよく知っているため私を嫌うのはよくわかる。ここの使用人は少ないながらもクリスタの事を慕っている。



私が内心、溜め息をついているとクリスタの説得で落ち着いた使用人は、何かあればすぐに呼んでくださいと言って渋々退室して行った。



「お騒がせしてすみません。そうだ、今日も良かったらこのクッキーお持ち帰って下さい」



そう言ってクリスタはクッキーが入ったふくろを差し出す。



「ありがとうございます! とても美味しかったのでまた頂きたいと思っていたんです!」



目を輝かせて受け取り、クッキーが割れない程度にギュウッと抱きしめた。またあの甘味を味わえると思うと涎が出そうになる。



まぁ、人前でそんなはしたないことはしないが、砕ける表情筋を必死に抑える。



クッキーのことを考えていると素が出てきそうだから話を切り替える。



「それにしても随分と使用人の方に慕われているんですね。あんな必死に心配するなんて、もしかしてまだ体調が悪いんですか? コルセットもしてないみたいですし」



もしそうならあまり長居は迷惑になるだろうか。



「いえ、そんなことはないですけれど。コルセットは寝てばかりいたらお腹がきつくて、今日は外すことにしました。無いととても楽ですよ」



あははと愛想笑いをするクリスタを見て私はそうなんだと気にしないことにした。



「では、本題に戻りましょうか」



私が今日、クリスタを訪れた本当の理由。



「今、市民の注目は私とクリスに向いています。そして、私を支持する考えと新しく貴方が王子に相応しいと思っている派閥があるそうです」



ここでは言わないが、フィリップが諸悪の根源だと言う人達も少数だがいるらしい。実際そうだから私は喜んでその派閥を応援している。



「私たち人気者ですね!」



確かにクリスタの美貌と性格が人気になる理由としては納得する。しかし、私に関しては殆どが同情心からくる哀れみだ。メアリ派の主な主張もフィリップが原因で私が奇行に走っているのではないかという内容だった。



「えぇ、もっと人気者になりましょうか」

「どういうことですか?」

「そうですね。では、フィリップ王子が婚約破棄を成立できないのは何故ですか?」



私は人差し指を立てて問いかける。



「それはメリーの悪い噂に証拠が無いからですよね」

「その通りです。でも、逆に言えば証拠さえあれば国王陛下も了承するほかありません」

「なるほど! ……でも、どうやって証拠を作るんですか? 私達、本当は仲良しなんですよ?」



クリスタは腕を組んで右手の人差し指を自分の頬に当てる。何て可愛らしい仕草なのだろうか。



そんなクリスタを眺めながら私は立ち上がる。



「色々考えてみましたが、これが一番簡単でしかも効果的。証拠としての役割も十分あります」



ゆっくり喋りながら私はクリスタの席の後ろまで歩く。背中まで回り込むことができたら、優しく肩を掴む。

困惑しているクリスタは私が触れた瞬間、ビクッと肩を震わす。



「メ、メリー……まさかと思いますが、その方法って……」



クリスタは嫌な予感がして背中に額に汗をかく。立ち上がって離れたくても私はそれを許さない。逃がさないとばかりに肩を掴む手に力を込める。



「はい……虐めです」



クリスタの耳元で静かにけれどはっきりと囁く。



クリスタの赤くなる耳を見ると少しいかがわしい感情が生まれる。ただ囁かれただけなのに心臓の音が速くなり何だか頬も熱を帯びている気がした。



私にはそっちの趣味はない、はずだ。



「今日、来てくださった本当の理由はそのためですか?」

「……そうです」



少し申し訳なさそうに私は答えると、クリスタが飲んでいたカップに手をかける。



それを見てクリスタも私が何をしようとしているのか理解し、深く深呼吸して平常心を取り戻す。



「一つだけ、聞いていいですか?」

「……なんですか?」

「全てが終わったら、私とメリーはお友達でいられますか?」



そう言って座ったまま振り向くクリスタ。私を真っ直ぐ見つめるその目には悲しみと後悔が込められている気がした。



作戦が成功すれば私は平民、クリスタは新しく次期王妃。天と地ほどの違いがある。はっきり言って面と向かって会うことも叶わなくなるだろう。



でも、親もいない私が初めてできた友達。その彼女が私を必要としてくれている。なら、その期待に答えるべきだと思った。



「勿論、友達ですよ。なにせ私達は民も貴族も王家さえも騙す共犯者なんですから」



カップを持っていない手でクリスタの手を後ろからギュッと握った。



「ありがとう、メリー。私もようやく覚悟を決められました」



その直後、クリスタはカップを持っていたメアリの腕を掴み中身を自分の頭から浴びた。



冷めてたから火傷はしていないが、紅茶が髪と顔をつたいぽたぽたと水滴が垂れ落ちる。



「クリス、何を……」

「本当は後悔しているんです、メリーにこの作戦を実行してもらってから。だって、流れる噂は嘘とはいえ世間から白い目で見られるのは……メリーじゃないですか!」



俯くクリスタから滴る紅茶とは違うものが流れる。



「そんなの、あんまりじゃないですか。メリーは何も悪くないのに悪者扱いされて、本当は私なんかより断然王妃に相応しいのに」



私は屈んでクリスタを下から覗く。溢れる涙はどれほど罪悪感を押し殺していたか如実に表していた。クリスタの力強く握り込まれた拳を解いて私は優しくその両手を包む。



「だから紅茶を自分からかぶったんですね、ありがとうございます。クリスの事……少し誤解していました」



クリスタを発想が幼く、天真爛漫な少女のように思っていた。



「貴方は優しいですね。自分より私の事で泣いてくれるなんて。フィリップ王子には勿体ないです」

「そんな……こと」



私は泣き止まないクリスタを抱きしめる。



「私は貴方を恨むことはありません。だから、あまり負い目を感じないで下さい。それからクリスは笑ってくれた方が私も嬉しいです」

「……はい」



少し落ち着いた頃を見計らってクリスタを離し、肩を掴んで少し見下ろすように向き合う。



「それに私達は共犯、二人で罪を背負って行きましょう」

「はい!」



まだ泣き止まないがクリスタの強い返事に決意を感じた。



そして、私はそれじゃあ、と言って仕上げに取り掛かる。



空になったカップを持ち上げ、そして床に叩きつけた。



「きゃあっ!」



当然、カップは粉砕された。クリスタは突然の出来事に言葉もでない。それを見て私は満足そうに言う。



「ここからが本番だぞ」



そして、そのまま部屋を出ようとすると先程よりも慌てた様子の使用人が扉を開けて私と鉢合う。都合が良いと思い、あからさまに不機嫌な顔をしてわざとぶつかり部屋を後にする。



顔を青くした彼女が部屋に入ったのを確認して、私はこれからあの王子も同じ顔をすると考えると頬のにやけが止められなくなった。



私には届いていなかったが、退出後にフラメル家にはクリスタの泣き叫ぶ声が響き渡ったらしい。

読んでいただいてありがとうございます。


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誤字報告・感想も書いていただけたら嬉しいです。


更新頻度は低いです。


よかったら、『異能な僕らの青春期』をメインに書いておりますので、そちらも宜しくお願いします

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