2 私達は共犯
クリスタがわからないと首を傾げる。その仕草は私から見ても可愛いと思った。
自分も同じ事を異性にしたらどうなるか考える。仮にフィリップに同じことをしたらどうなるか。
(……駄目だ。喜ぶ見込みがこれっぽっちもない)
呆れられる光景しか思いつかなかった。
「メアリ様?」
「すみません。説明に戻りましょう」
作戦「悪役令嬢」
その内容はいたってシンプル。私は王家の妃として相応しくない。そう思わせるためにはまず民衆にメアリは絵に描いたような悪女だと噂を広める。
次はフィリップだ。婚約しているにも関わらず恋人を作ったのだ。クリスタにはそれなりの行動を起こすだろう。それを利用しない手はない。私がクリスタに嫉妬して虐めをしていると伝えるだけでいい。怪我をしない程度なら実際にやってもいいかもしれない。
最後にクリスタが助けてとフィリップに涙を流し懇願するだけ。あとは時間が解決する。
「あの……問題があります」
ここまで説明してクリスタは少し不機嫌に申し出た。
「何か至らないところでもありましたか?」
完璧な作戦だと思っていたが、何か見落としでもあっただろうか。
「はい、メアリ様には利益がありません! それどころか自ら損失を求めているように思います!」
なんだそんなことかと軽く笑う。
それをどう受け取ったのか、クリスタは興奮して赤くなった頬をぷくっと膨らませて笑い事ではないとテーブルに手をついて立ち上がる。
「そんなに興奮しないでください。それにちゃんと私にも得がありますよ」
本当はクリスタには裏があって、婚約破棄の他に別の目的があったのではないか。席についてから今まで疑っていたが、この態度を見ると考えを改める必要がありそうだ。
これが彼女の本性ならまさに完璧な淑女だ。フィリップにすらもったいなく思えるほどに。それに……
(これが演技ならある意味、次の王妃に相応しい思慮深さがある。次期国王も安心して後継者を任せることができると言うものだ)
「メアリさんの得とは何ですか?」
「私にとっての得はまさに今あなたが仰った損です」
クリスタは再度、首を傾げる。
「クリスタ令嬢……私は爵位を捨て、平民になりたいのです」
「……!?」
あまりにも衝撃だったのか、声を殺すために口を手で塞いでテーブルから下がる。それから数秒の間を置いてから。
「じょ、冗談ですよね?」
と、聞き返した。
「いいえ、本気です。私は貴族が大っ嫌いなんです」
「それは、私も含めて……ですか?」
「え?」
落ち込む彼女を見て考える。
ある意味、クリスタは私から婚約者を奪った立場にある。嫌われる理由には充分過ぎるけれど、それはフィリップと理想通りの婚約者関係を築けていればの話だ。
そう考えると特にクリスタを嫌う理由は思いつかない。
「いえ、特にそのようなことはありません」
「であれば、フィリップ様のことでしょうか?」
何故、そこにフィリップ王子が出てくるのだろうか?
私の思考は更に迷宮入りしていく。
「あの、クリスタ令嬢はフィリップ王子から私のことをどのように伺っていますか?」
「えーと、……」
クリスタは私から逃げるように視線を外す。
その態度だけで、何となく察して溜め息を吐く。
「良く思われていないことはわかっています。それでも、事実として受け止めなければなりません。全てとは言いません。できる限り教えてください」
クリスタは少し間をあけて、意を決したように正面を向き真っ直ぐにメアリを見つめる。
「フィリップ様は……」
クリスタが聞いた話では、フィリップは私の事を人形と言っていたらしい。それは子供が愛する可愛らしい人気物という意味ではなかった。
フィリップにとって私は意志がなく心がない空っぽの人形。自分に従順で常に笑顔を張り付けたままこちらの様子を伺う。
はっきり言って気味が悪い、とのことらしい。
「そうですか、まったく……」
(演技したかいがありました)
胸の内でガッツポーズをした。
「フィリップ様に代わって謝罪させてください!」
そう言って、クリスタは両手を胸の前で握って頭を下げた。祈り贖罪を求めるように。
「え?」
「本来であれば婚約者に対してこのような発言は許されません」
私はお菓子へと伸ばした手を止めた。
「それが次期国王になられるお方ならなおさらです。ですが、悪い方ではございません。どうか許していただけませんか?」
特に怒っていないのに謝られても少々困る。
しかし、フィリップが婚約者を無視していることは事実だ。ならば、この謝罪を快く受け取った方がクリスタとの関係も良好に保てるだろう。
「頭を上げて下さい。クリスタ令嬢の気持ちは十分伝わりました」
それに婚約破棄できて感謝しているくらいだ。それからこの国の次期王妃を彼女に担ってもらうのだ。逃げ道ばかり探していた自分に比べればよほど適任だろう。
「それと婚約破棄は私にとってもありがたいお話です。できれいばあなたといがみ合いたくはありません」
「メアリ様……ありがとうございます!」
クリスタは顔を上げてにこっと笑顔を向けた。
「後、この計画を進めるにつれて私に対する風評被害がある程度は発生しますが、気にしないで下さい」
「そんなこと出来ません! しょうがないことであっても私の前では、そんなこと言わせません!」
あははっと、愛想笑いを浮かべる。クリスタには黙っているが、これも作戦の一部だ。
被害を受けた本人が加害者を庇う。
どれだけの男の保護欲を誘うだろうか。これはそこら辺の女性では駄目なのだ。クリスタのような絶世の美女だからこそ実行できる。
「それでは明日から始めましょう。外では、なるべく会わない方がいいですね。仲悪い二人が一緒にいるのは不自然ですからね。」
「わかりました。でも、二人っきりの時は……いいですよね?」
勿論と言って私は席を立って手を差し出す。
「さぁ、二人で演じてみましょう。悪役令嬢を」
クリスタはしっかりとメアリの手を握り返す。
「はい!」
すると、手を握ったままメアリにぐいっと近づく。
「となると、私たちは共犯ということにですよね?」
「え、ええぇ」
突然の至近距離に私は少し狼狽えながらも答える。
「であれば、同じ罪を犯すということですよね?」
「そう……なりますね」
クリスタは更に前へと迫る。
「であれば!私達は、友情よりも深い関係で繋がります!」
(近い近い近い!)
「これから私のことはクリスと呼んでください!」
「わかりました! わかりましたから! 少し離れてください」
言われたクリスタは自分が私の鼻に当たりそうになるまで近づいていたことに気がついた。
「す、すみません! 私、興奮すると人との距離感がおかしくなるみたいで、けして軽い気持ちでやっているわけではありません!」
そう言って咄嗟に離れる。
(きっとフィリップはこれに負けたのだろう。王子とはいえ彼も男だ。あの至近距離で迫られては彼の理性も苦労するだろう)
「構いませんよ。別に嫌だったわけではありません。それと私の事をメリーと呼んでください。親しい友人はいませんが、家族からはそう呼ばれています」
「はい! ありがとうございます、メリー!」
今日一番の笑顔でクリスタは喜んだ。
「では、明日からお願いしますね、クリス」
こうして私たちの策略が始まった。
「あっ、そうだ。余ったクッキーは袋に入れてますね。自信作なので是非食べてください」
(いらない……とは言えないな)
使用人から余った菓子をつめた袋を受け取って私は帰ることにした。
「メリー、とても聡明で落ち着いていた人でした。あれが次期王妃としての振る舞いなのね。私も見習わなきゃ」
メアリを見送りながらそういっていたクリスタに使用人が話しかけてきた。
「お、お嬢様! 申し訳ございせまん!」
「えっ、どうしたの?」
慌てて謝る使用人にクリスタは困惑する。
「メアリー公爵令嬢におだししたクッキーなのですが……ごにょごにょ」
「えーー!!」