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1 作戦名は悪役令嬢

(つめたっ!)



私ことメアリは汗まみれの服を集めた籠を抱えて洗い場に来ている。そこにある井戸から冷たい水を汲み上げて素手で丁寧に服の汚れを落として揉み洗っている最中だ。



真夏の日差しを背に嫌な汗をかく。それもそのはず。支給されたロングスカートのせいで熱が籠って我慢ならない。



「あぁー! 気持ちいいー!」



そんな猛暑の中、手だけでも水に触れていれば至福に感じてしまうのだから、夏場の洗濯担当は意外と人気があった。



あらかた汚れが落ちたら、今度は空の籠に入れていく。



汚れた水を捨て、また井戸から水を汲み上げる。次に石鹸を片手に先程よりも力を込めてごしごしと洗う。



それが終わればまた水を汲み上げて、泡を落とし、吸い込んだ水を絞って洗濯済みの籠に放り込む。



「よし……これで最後っと」



そこには合計で五つの洗濯済みの籠があった。これらは全て使用人の衣類で、その洗濯担当が私だ。籠を一つずつ物干し竿のそばに運んで夏の日差しに洗濯物をさらす。



乾かすのにはもってこいの日差しだ。シワを伸ばしながら干して午前の仕事は終り。後は、乾くのを待つだけだ。



一仕事を終え、額の汗を拭う。



メイドの仕事にも慣れてきた。ここで働き始めて丁度、三ヶ月になる。



祖母は元気だろうかと、洗濯籠を片付けながら少し心配になった。今考えても仕方がない。私は溜め息をついて周囲を見渡した。他にやれることもないから、無駄に広い屋敷を散歩でもしていよう。



屋敷を歩いていると周りからクスクスと笑い声が聞こえてきた。この嘲笑にも慣れたものだ。



彼女たちがメアリから隠れもせず嗤っているのは私が世間の嫌われ者だからだ。



それを説明するには少し時間を遡らなければいけない。






▽▽▽▽▽

三ヶ月前、「建国記念日」王宮舞踏会場



本来であれば皆が杯を片手に、貴族令嬢達は世間話に花を咲かせ、婚約者のいるものは男女で手を取り合い雅やかな音楽に合わせて心を通わせるように踊る。



天井にはいくつもの細部にまで拘った硝子のシャンデリア。会場を囲うようにある大きな柱には龍の彫刻。床の大理石は匠によって寸分違わない形に成形される。敷き詰められたそれは令嬢達の足音をコツコツとリズミカルに鳴らし、彼女達の存在を一層際立たせる。



心も衣装も気高く着飾った貴族達は上品で優雅な社交場としてまず最初に国王陛下に挨拶を交わす。



それから顔合わせとして爵位のある方々にも挨拶をして回る。貴族社会の一般常識だ。未婚の殿方やその御子息に気に入られるように、又はその令嬢から気を引けるように。



高貴なものほど自分の思うままに物事を進めることができ、その力を少しでも取り入れたいが為に下の者は嘘の仮面で機嫌をとる。



私はそんな面倒な世界が大嫌いだった。



(これでようやく解放される)



そんな嫌気がさした日常にもようやくおさらばできる。



静まった会場には私と対峙するように男女を中心に一つの空間ができている。目の前の二人は肩を並べ、寄り添って私に向かい合っている。



「メアリ・ブラウス伯爵令嬢、貴女との婚約は破棄させてもらう! そして、彼女……クリスタを私の新たな婚約者としてここにいる皆に紹介したい!」



「ありがとうございます! フィリップス様!」



そう言いながら先程よりも男に強く抱きつくのはクリスタ・フラメル令嬢。爵位のない貴族の家庭に生まれるもその美貌は異性を釘付けにすると評判だ。



貴族の令嬢、子息界隈では常に注目の的。成績優秀、品行方正。優等生を絵に描いたような素晴らしい女性として人気があった。しかし、それだけが彼女の顔ではないことも私は知っている。



ちなみに婚約破棄を告げたのは元婚約者のフィリップス・バルト・カルディーラ王子だ。



彼もクリスタに劣らず整った容姿だ。父親譲りの金髪を短く切り揃えてオールバックにしている。鋭い碧眼は屈強な男でも怯むほどだと噂されている。



元婚約者でありながら噂程度にしか彼のことは知らない。それは婚約したその日以来、彼とは顔も会わせていないからだ。というよりは茶会や定期訪問をしても忙しいの一点張りで話す余地もなかった。どう考えても避けられていたとしか思えない。



……さて、話は戻り婚約破棄の件だ。



「そうですか……では、その様に。明日にでも婚約破棄の書状を書き王宮に届けます。クリスタ令嬢、おめでとうございます」



私が最後まで言い終わるとフィリップスが口を開けたままポカンとしている。



いくら顔が良くてもその間抜けな様は可笑しかった。



寸前のところでなんとか笑いは堪えたものの、あの顔は暫くは忘れられないだろう。



あまりにも呆気なく引き下がったから驚いたのだろうか。



しかし、それをわかっていたかのような者もいた。



人数は三人。国王陛下、王妃、そしてクリスタ本人だ。



その事実に驚くことはない。何故ならこの茶番は私とクリスタの策略なのだから。






▽▽▽▽▽

更に一月程前、突然クリスタから二人でお茶をしないかと招待された。



「フィリップス様との婚約を破棄して下さい!」



クリスタは席についてメイドに紅茶を準備するように指示し、退室してすぐに話を切り出した。



突然の発言に驚くも、眼鏡を直す振りをして気持ちを切り替える。



「えーと……理由を聞いても?」

「は、はい。私、フィリップス様の事が好きなんです!」



まぁ、何となくそんな気はしていた。



「はぁ、理由はわかりました。けれど、婚約は国王陛下と私の叔母様が決めたことです。貴方や私の一存でどうこうできるものではありません」



そう、これはいわゆる政略結婚。互いに利益がある。爵位のない令嬢の頼みなどではどうすることもできない。



「第一、フィリップス王子がお許しになるかわかりません」

「フィリップス様なら大丈夫です! 私が説得します!」

「説得って……ん? クリスタ令嬢、何故フィリップス王子の事を敬称もつけずに呼んでいらっしゃるのですか?」

「…………」



返事はない。



最初から違和感はあった。



確かに彼女は美しく、そこらの上級貴族よりも見目麗しい。しかし、それは外見の話。貴族社会というのは見た目だけの世界だけではない。



貴族にさえ階級があり、敬称もつけずに呼ぶのは無礼だと言うのは常識だ。それが王族ともなれば不敬罪に問われることもなくはない。人によっては極刑だ。



伯爵位のある私でさえも王族に対しては礼儀を欠いてはいけないことになっている。



それを目の前の女性は爵位も持っていないのに親しみを込めて様呼びをしている。階級はなくとも彼女は貴族。礼儀作法を学ばないわけがない。



そこまで気づけば自ずと答えも導かれよう。



「はぁ、……いつからフィリップ王子と?」

「………来週で四ヶ月になります」



申し訳なさそうに答えるクリスタを見て呆れたように溜め息をつく。



つまりは、そういうことだ。クリスタとフィリップスは恋人としての立ち位置で互いを見ている。



実を言うとこうなるのではと予感はしていた。



婚約したと言うのに会おうともせず、こちらの招待も断るくらいだ。異性として見られていないのは分かりきっていた。



だから、納得してしまったのだ。二人の恋仲も、自分には異性として魅力がないことも。



それに相手はあのクリスタ令嬢だ。中身はともかくその外見は男が必ず振り向くとまで言われている。



勝算なんて最初から皆無なのだ。



「フィリップス王子の気持ちはわかりました。しかし、問題は国王陛下です」



そう、最終的な決定は国王が決断する。



こちらがどんなに拒んでも国王の首が縦に振られない限り、私とフィリップスは婚約者であり続けなければいけない。



「何か方法はありませんか?」



その質問に私は更に呆れた。何故、私が彼らのための架け橋にならなければいけないのか意味がわからない。



無鉄砲とはこの事だと思いながらも、どうすれば一番手っ取り早いか、楽な手段はないかとしょうがなく思案する。



相手は一国の王。はいそうですかとはいかない。国王の面子も守り、尚且つ世間を納得させる必要がある。



しかし、これは逆に考えればチャンスではないのだろうか。



皆が皆、嘘の仮面を張り付けて自分の保身と野心を満たす貴族と言うものが嫌いだった。どうせなら平民に生まれたかったなどとは口が裂けても言えないが、うまくいけばこの貴族社会から抜け出せるかもしれない。



そう思えばやる気も出てきた。



「一つ考えがあるのですが」

「はい! 何でしょう!」



と、そこで扉をノックする音が聞こえた。クリスタが姿勢を正して咳払いをしてから入室を許可するとそれに従ってメイドが入ってきた。



トレイにはポットとティーカップ、それにクッキーのような菓子を乗せて持ってきてくれた。



メイドはテーブルに注いだ紅茶とクッキーをメアリの前にだけ並べてすぐ退出していった。



「クリスタ令嬢、貴女の分の紅茶は?」

「私は大丈夫です。突然のご招待に応じてくださった、私からの細やかなお礼です」



それならばと菓子を手に取り一口。甘いものが好きな私にとってはありがたい。感謝の印なら遠慮せずに食べられると言うものだ。



(……味うすっ!)



食べられない訳ではないが、甘党の味覚からしたらこのクッキーは少々味気なかった。



しかし、口に入れてしまったものは吐き出せない。紅茶をぐっと飲んで薄味のクッキーを飲み込む。



「いかがですか? 蜂蜜を入れて作ったのですが、お口に合いますか?」

「はい、他にはない味で面白いですよ。クリスタ令嬢も一緒に召し上がりませんか?」



社交辞令として無難に答えつつ、問題に気づいてほしいので食べるように促す。



「いえ、私は遠慮しておきます。最近、摘まみすぎて少しお腹が出てきたのです」



そう言って、お腹をさする。



その括れのどこに肉がついているのだろうかと言いそうになった。



目線を腹部から胸部に移す。その栄養はきっと、同世代にしてはふくよかすぎるその乳房へと集まっているのでは。



更に目線を下げて己の胸を眺める。別にないわけではない。恐らくは一般的なサイズだろう。大きさよりも形だと思っているから自分の物にそれなりの自信があった。



だが、隣の芝生は青く見えるというやつなのだろう。妬ましく思うのも仕方ないと自分に言い聞かせる。



「それで、考えを聞かせていただけますか?」

「あぁ、そうでしたね」



脱線してしまった話を戻す。



要は王族の面子がたち、世間に新たな婚約者はクリスタこそ相応しいと思わせればいい。



幸運にもクリスタの外見と品性は庶民にまで話が広がり、好感度は申し分ない。



対する私はほとんど情報がない。良いも悪いも聞かない。そして、世の中はいつも悲劇のヒロインを哀れに感じ、同情し、慰め幸あれと願う。



ならば、自分達で演じてしまえばいい。



誰もが涙ぐむような可哀想な主役を。そして、皆が指を差して身分など気にせずに怒りを露にする悪役を。



「では、まずは作戦名から……悪役令嬢……何てどうでしょうか?」

読んでいただいてありがとうございます。


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