④我儘義妹は平穏な日々を奪う。
ジュリアナ様は、扇の内側で唇を歪めていそうなご様子で、苦々しい声をお発しになった。
「ワタクシ……薔薇本はまだ読んだことありませんの。 出版社はいつものフリージア出版ですの?」
……知らん!
っていうか出版社に圧を掛ける気かしら?!
これは……相当ご立腹!!
どちらにしても、ここはクラリスの出番だ。
「クラリス」
「あっ、ハイ! そのつもりですが……」
「そのつもり、と言うのは?」
「フリージアでは薔薇本を扱ったことがないようですので、まだ検討中ですが……自信作です!!」
クラリスは聞いてないことまで、鼻息荒く答えた。何故余計なことを……作家としての自尊心がそうさせるのだろうか。解せぬ。
「マリアンヌ先生!」
ひぃッ!余計なことを言ったせいでお鉢が回ってきたわ!!
「は、はいっ?!」
「是非拝読したいですわ!」
「………………はい?」
私は己の耳を疑った。
ジュリアナ様は相変わらず鋭い眼光を向けているが……これは『鋭い眼光』ではなく、『真剣な眼差し』だったご様子。
「流石に立場上、薔薇本は今まで手に入れることができずッ……何度歯噛みをしたことか!!」
などと宣いながら、扇の裏では実際に歯軋りしているのか『ギリギリギリ……』という音を鳴らしだした。
『淑女の鏡』との評判は一体?!
淑女の定義を誰か教えてッ!!
「アアッ!『絶倫騎士団長に溺愛される』の脇役である副団長ミュスカに、魔道士団の嫌味眼鏡ヤン様が、ネチネチとわざわざ嫌味を言いに絡んでいくシーンで突如発生した、この胸のトキメキが……!!」
「「まあ……」!」
私とクラリス、奇跡のハーモナイズ。
ただし、私の「まあ」が『あらまあこいつァ重症だぜ』なのに対し、クラリスの「まあ」は感激からのようであることから、その温度差は凄い。
「ジュリアナ様、アレがおわかりになりまして?! 裏設定でヤンは幼少期からミュスカが好きで好きで堪らず、将来を嘱望されているにも関わらず、彼に近付く為にわざわざ魔道士団の騎士団補佐役になったんです!!」
「キャー! やっぱり?!」
「……」
……なんか盛り上がり出した。
私は身代わりでいる意味あったんだろうか、と疑問に思ったので、もうバラすことにする。
「申し訳ございません、ジュリアナ様……本当はコレがマリアンヌ先生なのです」
「あっ! お姉ちゃん?!」
「もういいでしょ、クラリス……これだけ親しくなったのなら……」
ジュリアナ様は嘘をついたことを快く許してくださった。
ただし、入稿前の原稿を見せることにはなったが、もう知らん。勝手にしてくれ。
新作の『もう君しか見えない~騎士団長は新人騎士に囚われる~(仮題)』の受と攻は『絶倫騎士団長に溺愛される』の脇役である副団長ミュスカと魔道士団の嫌味眼鏡ヤン様から派生したものらしい。
実物のモデルは旦那様である騎士団長であり、それが受扱いでも構わないのだろうか……と疑問は残るが、『フィクションにガタガタ抜かすな』と仰っていたジュリアナ様である。気にしないんだろうと思うことにした。
──後に頬を赤らめたジュリアナ様から『そういうのも、ウフフ♡』などという、意味深なお言葉を聞くまでは。(※参考書としても活躍している様子)
それからというもの、クラリスはジュリアナ様と共に騎士団に見学に行くようになった。
私もたまに一緒に行くが、クラリスは例の非常に陰気そうで不健康そうな、騎士とは思えない風貌の男性と親しくなっていた。
いや、親しいというには語弊があり、クラリスがやたらと絡んでいる様子で彼は迷惑そうだ。
(あら……でもこれはいい兆候なのでは?)
そう思っていた矢先のことだった。
「おねぇぇぇちゃぁぁぁぁん!!」
クラリスが半べそをかきながら、私の部屋にやってきた。
「ヒイッ?! デジャヴュ?!」
──『デジャヴュ』
それは既視感であり、似たような出来事のあまりまるで繰り返したかのような、錯覚を覚えること。
しかし『錯覚であれ』という私のささやかな希望こそが夢幻であることは間違いない。
今回は半べそをかくだけでなく、入口で床に全身をつけた彼女は、私の足下までそのままスライドを決めた。
そのまま流れるような動作で私にしがみつくと、いつもの上目遣い。
「一生のお願いがあるのよぉ! この不肖の妹・クラリスの一生のお願いがァァ」
「アンタの一生は何度あるのよ?!」
そしてやはり、クラリスはとんでもないことを言い出すのである。