②美丈夫騎士団長の、妖しいおねだり。
誤解を招く仕様の副題。
「ちょっとちょっとちょっと?!」
一体どんな流れでそんな話になるんだ。
とりあえずクラリスを立たせ、ソファに座るように促す。
詳しく聞くと、新作『もう君しか見えない~騎士団長は新人騎士に囚われる~(仮題)』という薔薇モノ(※BL)の為に筋肉好きの女子に紛れて騎士団の練習場に取材に行ったらしい。
「──っていうか大人向けだけでなく、いつの間に薔薇モノにまで?!」
驚愕の事実に私が詰め寄ると、クラリスはその美しい顔で「えへへぇ~」とあどけなく笑う。
それはとても可愛らしく、純真無垢。
よもや『もう君しか見えない~騎士団長は新人騎士に囚われる~(仮題)』という大人向け薔薇モノを書いている人だなんて、誰も思わない程に。
クラリス……恐ろしい子ッ!!
「ま、まあいいわ、続けて」
取材をしていたところ、非常に陰気そうで不健康そうな、騎士とは思えない風貌の男性がいたんだとか。
クラリスは彼がとても気に入ったらしい。
「考えていた理想の騎士にピッタリなの! 騎士団でひとり、懐かない猫のようなのから一転して騎士団長にのみ懐くワンコキャラに転じ、そして誘い受けと見せかけての腹黒下克上敬語攻めに持ち込むのよ~!!」
「なに言ってるか全くわからないわ?!」
突如クラリスは興奮しながら、呪文 (みたいな言葉)を唱えだした。なにを言っているのかサッパリだが、とにかく理想のヒーローがそこにいたのは理解した。
一旦クラリスを落ち着かせ話の続きを聞くと、騎士団長と話していた彼は、団長から指示されたらしく、女性達の方にやってきて『見学は構わないが、危険なのでもう少し離れてほしい』と注意をしに来た。
「その時は熱かったわ~! だって『俺の団長に近付くな』って妄想が滾るじゃない!」
「そういうの要らないから話を先に進めなさいよ!」
話を戻すと、その際クラリスだけ、別に声を掛けられたそうだ。
美貌の妹である。ナンパのあしらいは慣れているが、そういうことではなかった。
『アナタ、先程からやたらとメモをとっていますね?』
クラリスは不審がられていたのだ。
ナンパのあしらいには慣れていても、尋問には慣れていないクラリスは、そこで『小説の資料に使う』とウッカリ言ってしまった。
メモは創作メモであり、騎士達を見て滾らせた妄想が書き殴ってある。『不審だから見せろ』と言われたが、見られたら死ねるやつだ。
必死に抵抗した結果──
「『マリアンヌ・スターダストのアシスタントです』って言うほかなかったのよぉ!!」
マリアンヌ先生の名前は『恋愛小説作家』として知れ渡っている。『次回作の重要なヒントが』と言えば、そこまで強引にメモを奪うような無粋な真似はしないと考えたのだ。
騎士団の練習場に見学に入るのに、ちゃんと身分証も見せていたのだから。
──だが、ここで想定外の事態が発生した。
いつから話を聞いていたのか、そこへやってきた騎士団長。
「威厳漂うしっかりした体躯とキリリとした顔を持つ美丈夫の騎士団長(※受)と、細身のメカクレ陰キャ(※攻)とかギャップ萌えよね!」などと要らん情報を寄越す妹をせっついて話を先に進めると、彼は非常にニコニコした表情で愛想よく挨拶をしてきたそうな。
無論これには下心があった。
騎士団長の奥様がマリアンヌ先生のファンだそうで、妻に先生を会わせてほしいと頼まれたのである。
「本当の騎士団長はノンケ」というどうでもいい妹の言葉に脱力しながら続けさせると、騎士団長に
『私の権限で、見学の方はいつでも。 ただ、このままですとそちらのメモは……いえ、お会いできるなら、それも私がなんとか融通を……』
……と、微妙に圧を掛けられてしまったのだという。
騎士団長は愛妻家で有名な方で、奥様は公爵家の元・ご令嬢……『先生は表に出るのを嫌うので……』とやんわり断るも『絶対にバレないようにします!』とまで言われては、断れる筈がない。
「なんでアシスタントって言ったの!?」
「覆面作家に身バレはNGだもの!!」
「絶対にバレないようにしてくれるなら、アンタでもいいじゃないの!」
「元・公爵令嬢、現・騎士団長夫人よ?! 怖い! 無理よ無理ムリ!!」
確かに替え玉となると、姉であり愛読者でもある私ならば、というのもわかるが……私だって嫌だ。
しかし可愛い妹の為、仕方がない……
『アシスタントとしてついてくること』を条件に、嫌々ながらも引き受けることになった。