①庇護欲をそそる義妹は姉にお願いをする。
私にはとても美しい妹がいる。
ボリュームのある艶やかな金の巻き毛は、彼女の華奢な身体を包み、同色の長い睫毛に縁取られた瞳は、まるで春の陽射しを浴びた空を映す湖面のようにキラキラと輝く。
だから私は夜会に彼女を連れ出すと、いつも皆にこう紹介する。
「自慢の妹なんですのよ♡」
──しかし、それは嘘。
真っ赤な嘘である。
それを知っている友人のパレットは、扇でニヤニヤした口許を隠しながら、こんな話を振ってきた。
「ジュディ、そういえばマリアンヌ先生の新作お読みになって?」
「い、いいえ……まだ」
マリアンヌ先生は若い令嬢に最近流行っている、ロマンス小説の新進気鋭の作家だ。
新作は私も読んだ。だからこそパレットがなにを言いたいのかよくわかる。
「できる姉に嫉妬して、姉のものをなんでも欲しがる義理の妹が……」
「もういいわ、パレット!」
妹のクラリスは父の後妻の連れ子であり、血が繋がっていない。確かに小説設定と同じ。
「ねーお姉ちゃん~」
そして教育も行き届いているとは言えない。
……そこまではやっぱり同じ。
しかし違うのは姉妹仲は良いことと、
「もう飽きたよ帰ろうよ~」
「シッ!」
── コ レ だ 。
「アンタは踊って来なさいよ! 折角男に群がられていたでしょうが! 誰の為に夜会に来てると思ってんの!?」
「え~ヤダぁ。 お腹は減ったのにコルセットで苦しいし、ヒールで足は痛いわ、ドレスは重いわで最悪よ~」
私は扇で口許を隠し、ごねるクラリスに強い口調の小声で、文句半分の説教をかました。
パレットは間近で私達の遣り取りを聞いて笑いながら「ジュディ、言葉が荒れていてよ」とツッコむが、そりゃあ私の口調も粗雑になるってモンだ。
この妹ときたら、社交界どころか男にも興味がなければ、服にもお洒落にも興味が無い。このままでは嫁き遅れまっしぐら。
折角の美貌は豚に真珠、いや、ちょっと違うかしら?まあ……兎にも角にも無駄でしかない。
無理矢理着飾らせて連れ出しても、この体たらくと。
「いや~、『事実は小説よりも奇なり』とはよく言ったものね!」
本当は私も、マリアンヌ先生の新作『白百合と薔薇~なんでも欲しがる妹は、姉の婚約者も奪う~』は拝読済。
内容は副題で察して欲しい。
あんな義妹は死ぬほど嫌だけれど、クラリスにはちょっとだけ見習ってほしいと思う。
ドレスでもアクセサリーでも欲しけりゃあげるから。むしろ欲しがれ。
クラリスはアクセサリー類を持っていない。
自分が誕生日などで貰ったアクセサリーは相手により即換金か、私に無理矢理寄越す始末。
今彼女が付けているアクセサリーは私のだが、とても邪魔くさそうにしている。
「アンタが私にアクセサリーを寄越すもんだから、『妹からアクセサリーを奪う鬼のような姉』って不名誉な噂が流れてるのよ!?」
と言って無理矢理付けさせたものの、
「う~ん、やっぱり換金がベター……」
とかぬかしているあたり、どうしようもない。
そうじゃない、そうじゃないだろ妹よ。
ちなみに、不名誉な噂は実際にあったが妹は私にベッタリなくらいなので、すぐ消えた。
「はぁぁ~」
「ジュディには面倒を掛けるわね~。 でも助かるわ~」
「お母様」
あと小説と違うのは、義母とも仲が良いことと、義母の実家の方が子爵家のウチより爵位が高いこと。
騎士に嫁いだものの相手が戦死してしまい、義母は寡婦となった。母が亡くなって三年程経っていた父が、義母の実家である伯爵家から打診されてウチに入った。
背景にあるのは貴族あるあるであり、そこには醜聞もなければ特別なロマンスなどもないが、仲良し家族と言っていい。
父と今の母も仲は良く、弟も生まれた。
相続に関しても揉め事はない。
弟が生まれたおかげで家を継がなくて済んだ私は、ずっと好きだった幼馴染みと婚約することができ、もうすぐ結婚する。
妹はあの通りなので、小説のように私の婚約者に粉をかけることはない。
そして自分で言うのもなんだが、婚約者は私にベタ惚れだ。幼馴染みなので相手の家族とも仲が良く、家を継ぐ予定で勉強をしていた私が嫁ぐことをとても喜んでくれている。
なので結婚自体は嬉しいのだが……
(私が家を出て、あの子は大丈夫かしら)
そう、私はまだ婚約も決まらない妹がとにかく心配なのである。
なにしろ普段の妹は、ボリュームのある巻き毛が絡んでるのもお構いなしに無理矢理ひとつに纏め、長い睫毛に縁取られた瞳がまるで春の陽射しを浴びた空を映す湖面のようにキラキラと輝く最たるときは、小説を書いている時──
──パレットにも秘密だが、マリアンヌ先生はクラリスなのだ。
「なんで恋愛小説が書けて、恋愛には興味がないのよ?!」
「チッチッチッ、わかってないわね~お姉ちゃん。 妄想に現実は勝てないのよ!」
謎の売れっ子恋愛小説家、マリアンヌ・スターダストとして大きな収入を得ているクラリスに、自身の恋愛……ましてや婚姻などは不要らしい。
だが私が心配なのはまさにそこだ。
美人なお母様にそっくりな見目は、なかなか社交の場に出てこないことで、逆に噂になっている。
昨今の恋愛……とは言わないまでも、当人同士の意思を尊ぶ風潮に助けられてはいるが、妙な相手から断れない縁談を持ち掛けられたら、困るのは当人だけではない──
ただ私が一番、心配しているのはそこではないのだ。
なまじ経済力があるぶん、そんなことになればクラリスはアッサリ家を出てしまうだろう。
仮にいい家を買い、いい家政婦を雇っていたところで、か弱い女の一人暮らし。
しかもクラリスは執筆にかかると、とにかく他に頓着しない。
彼女が華奢なのは、集中すると食事も摂らないせいだと思う。食事を摂らない可能性を思うと、安心など出来るわけがない。
今は執筆中でも無理矢理食べさせているが、風呂に入れるのは諦めたぐらいだ。
執筆中の妹を見て『不審者が家に入り込んでいる!』と新人メイドが腰を抜かしながら訴えてきたのは、記憶に新しい。
「そんなわけでサイモン……貴方のお友達で妹に合いそうな良い方はいないかしら?」
私は婚約者のサイモンに相談をしてみることにした。
なんせ(ちゃんとすれば)美貌の妹。申し込みはあるだけに、このままでは出て行く可能性が高い。
できれば妹自身で見つけて欲しかったが、この間の夜会で、それは諦めたのである。
「う~ん、なかなかねぇ……」
サイモンは真の彼女を知っている。
『妹に合いそうな良い方』に含まれる諸々の意味合いも込みで考えると、苦笑いしか出ないようだ。
「そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」
「なんなら面倒見のいい男色の方とか、男性機能に問題がお有りの方でもいいのよ! きちんとあの子にご飯を食べさせてくれれば」
「……とんでもないことを言い出したね?」
「だって恋愛は要らないらしいんだもの。 むしろ、その……旺盛な方だと可哀想じゃないの。 お互いに?」
マリアンヌ先生は『絶倫騎士団長に溺愛される』などの大人向けの話も書いているが、一体どこからあんな知識を仕入れてくるのか不思議だ。おかげでこっちまで要らん知識が増えた。
「フィクションだよ、7回とか普通に死ぬから」
「でも3回くらいなら……」などと宣いながら、何故だかちょっと今の話でその気になったらしいサイモンの、いやらしく腰に回してきた手の甲を捻るように抓り、この話は流れた。
そんなある日のことである。
「おおおおおねえちゃぁぁ~ん!!!!」
クラリスが半べそをかきながら、私の部屋にやってきた。
「一生のお願いがあるのよぉ! この不肖の妹・クラリスの一生のお願いがァァ」
「なに?! どうしたの!!」
半べそをかくだけでなく、入口で床に膝をつけた彼女は、私の足下までそのままスライドを決める。
流れるような動作で私にしがみつくと、上目遣いでとんでもないことを言い出した。
「お願い、替え玉になってぇぇ!!」