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62話 届かぬ領域

 洛陽の旅団が引っ越しを終えた地下迷宮2階層で、モーリスはため息をついていた。


「爺さん。だから、ここは危険だって言ってるだろ」

「魔物除けの柵はあんだ。問題ないだろ」


 原因は、目の前にいる柊だった。

 旅団に保護されていた異世界人のほとんどは、外へ出ることができたことに喜び、既に外での生活に慣れようとしていた。

 異世界から突然呼び出され、幽閉生活を強制されていたことを考えれば、今までの生活にずっと近い外の生活は、それはもう喜んで飛びつくことだろう。

 だが、目の前の柊は、地下迷宮に戻ってきていた。


「上の土より、こっちの方がずっといい。なにより、ここは丹精込めた畑だぞ」


 理由は、この見事な畑だった。

 すでに、この畑の作物のいくつかを売って金に換えたが、その味は既にうわさが広がるほどではあった。

 だが、ここは地下迷宮であり、地上よりも魔物がいる。以前のように旅団の見張りが常時いるわけでもないし、柵にも限界がある。

 しかし、この場所が危険だとわかってくれないからこそ、柊はここに戻っているのだ。


「気持ちはわかるが、いくら加護を張っても、限度があるぞ」

「おい。アンタはこっちの味方だろ」


 本来味方であるはずのクルップが、地下迷宮に残る方向で考え始めかねない状況に、どうしたものかと悩んでいた時だ。

 足へ伝わる揺れに、剣に手をやる。

 徐々に大きくなる揺れに、生物ではなさそうだとモーリスとクルップは、周囲に目をやり、柊は上を見上げた。


「震度3、いや4か?」

「は……?」

「そういや、外国じゃ地震が少ないんだったか」


 特に気にした様子もなく畑仕事を続ける柊に、モーリスは頬を引きつらせるが、クルップに掛けられた言葉に、言葉を飲み込み振り返った。

 魔力の気配。2階層に大きな魔力を持つ魔物はいない。いるとすれば、3階層から迷い込んだ場合だけだ。

 先程の揺れと同時に発生した魔力に関連がないわけがない。


「――――で、テメェかよ」


 そこにいたのは、日下部だった。

 その手に持っている神器から、やっていたことはおおよそ想像がついてしまった。


「あいっかわらず、自由か」

「別に、奪った神器は好きにしていいって話だったけど」

「……」


 そう言われると、地上で暴れられるよりも、この地下迷宮で暴れていてもらった方がマシなのは事実なので、何も言えなくなる。


「今の揺れは神器か?」

「うん。うん? あ、もしかして、地震怖いタイプ? 少ないの?」

「ドワーフの里は、火山が近いことが多いからな。地震があったら怖ェさ。嬢ちゃんたちは、大丈夫そうだな……」

「地震大国日本。あと火山大国でもある」

「異名が多いんだな」

「あ、えっと、うーん……アポステル大国だからか……まずった」


 クルップは多少地震に慣れているが、アポステルはあまり地震は起きないため、モーリスは信じられないという表情をしていた。

 地面が揺れるのが日常など理解ができない。


「ヒイラギ爺さんといい、異世界人ってのは理解できねぇな……」

「ん? 柊爺さん?」


 意外な人物の名前に、日下部が驚いたように目を瞬かせる。


「柊爺さん!? なんで避難してないの!?」

「この畑を捨てろってか?」

「さては、台風の時に田んぼの様子を見に行くタイプだな?」

「アホか。カメラつけとるわ」

「あ、ちゃんと時代に順応してる……いや、でもさ……」

「この土は、本当にいいんだ。こんな土見たことねェ」


 確かに以前、カイニスが白いアラウネがいるのは、土がいい証拠であるとは言っていた。

 だが、それを理由に避難しないとは思っていなかった。


「…………じゃあ、畑を土ごと移動するから」

「は!? お前、それがどんだけ大変だと――」

「キャットなら簡単だし、ただキャットの中、光入んないよね」

「そうね。植物なら移動して、すぐに出すのが一番じゃないかしら」


 目の前の大きさ程度の畑であるなら、土ごと移動するのは難しくない。

 しかし、広大な空間である故、植物に必要な光を与えるのは難しい。


「あー……わかった。じゃあ、畑分の場所を確保してくりゃいんだな。爺さんもそれでいいか?」

「本当にできんのか?」


 畑ごと移動するなどという現実味の無さ過ぎる提案に、疑う柊の目の前で、トマトの一株を土ごと移動して見せれば、柊も頷いた。


「決まりだな」

「あ! 場所は郊外に」

「は……? 理由は?」


 王都の中でも融通が利くのは、中心に近いところだ。

 しかし、畑となれば、場所を取るのと、景観の問題もあり、郊外に近くなるだろうが、わざわざ郊外と口にする日下部に、モーリスとクルップは眉を潜めた。


「え、えーっと……」


 しかし、言い淀むだけの日下部に、カイニスも困ったように眉を下げた。


「じゃあ、テメェが申請しろ」

「う゛」


 理由が話せないなら仕方ないと、ハミルトンたちに話を通すため、モーリスと共に日下部も地上へ向かった。


 そして、ハミルトンの部屋にいるメンバーを見て、日下部は眉を潜めた。

 まずは、席に座るハミルトンとオルドル。サナとアレックスも両脇に控えるように立っていた。それだけならまだいい。

 問題は、そこにクレアがいることだ。


「…………」


 全て仕組まれていたわけではない。

 少なくとも、日下部がここに来たのは偶然だ。

 だが、こうして旧知の仲の数名が集まっているということは、おおよそ想像がつく。


「一応、訂正しておきますが、クレア君は貴方を思って、我々に相談してきました。どうか、責めないでもらえますか」


 他人の命だけではなく、自分の命すらまともに理解していない日下部の作戦を、そのまま実行すれば、今回ばかりは日下部もただでは済まない。

 今までは、運が良かっただけだ。


 だからこそ、クレアは相談できる相手に相談した。


「……そう。で、止める気?」

「当たり前でしょう!! 貴方の身勝手な行動で、何人の犠牲者が出ると思っているんですか!」


 既に、モーリスとクルップ以外には作戦についても伝わっているらしい。

 今にも剣を抜きそうなサナを、オルドルはやんわりと抑えると、真意を探るように日下部を見つめる。


「おいおい。嬢ちゃん、今度は一体何をやらかしたってんだ」


 事情の分からないクルップとモーリスだけが、目を白黒させながら、交互に目をやっていた。


「別に何ってわけじゃねェ。そいつは、リカルド処刑を止めようとしてるだけだ」

「は!? ちゃんとお前も納得したんじゃ……」

「納得してないよ。妥協も、やっぱりやだ」


 子供のように駄々をこねる日下部に、クルップは大きく息を吐き出す。実の息子であるルーチェですら、納得せざる得ないと納得したというのに、無関係である彼女が納得しない。

 本当に子供だ。

 大人ならそれを諭さなければいけない。


「あと、処刑を止めるんじゃないよ。この国をぶっ壊すんだ」


 だが、日下部が続けた大それた言葉に、クルップは目を見開くしかできなかった。


「この国をぶっ壊すって……! 状況がさっぱりわからん!」

「だから、ルーチェのお父さんを殺して、はい平和って責任者切腹理論した挙句、戦国時代幕開け容認してるくらいなら、いっそ壊しちゃえば? って話」


 道具は揃っているのだからと、ピーキャットを広げて見せれば、先程までの地下迷宮の行動の理由を理解してしまい、息を詰まらせる。

 地下迷宮の時とも、城で暴れていた時とも、ひとつとして口にする言葉は変わっていない。

 後がない極限状態でもなく、一瞬目を閉じていれば平穏が訪れるはずなのに、それを可としない。

 つまり、やりかねない。


「そんなのおかしいです!! 悲しみや憎しみは、連鎖して、誰かが、止めないといけない、のに……それでは、また誰かが悲しむ!!」

「その役目を私の友達に押し付けたんだから、お相子でしょ」


 日下部の言葉を聞きながら、アレックスはそっと目を逸らした。

 あの夜、サナをたったひとり助けるために、仲間を全員殺すことに同意したアレックスには、その言葉を否定することはできなかった。


「なら私は、貴方をここで殺します! どれだけ神の加護があろうと、必ず!! でなければ、平和は訪れない!!」


 だが、サナは剣を抜き、日下部に向かって構えた。

 目の前にいる神々の加護に塗れた彼女に怯えながら、それでも強く剣を握った。


「やめろ!!」


 そんな彼女を否定する言葉が、部屋に響き渡る。


「魔法を覚える頭はあるくせに、どうしてそう頭が悪ぃんだ。テメェは」

「ハァ……!? ハミルトンさんに言われたくないんですけど!?」

「うるせェ。今、こいつの話を聞かず、強硬手段を取ったら、それこそ詰みだってわかってねェだろ」

「…………はい? 詰み? それは」


 どういうことだと、困惑したようにオルドルに目をやってしまえば、オルドルも同じように眉を下げた。


「今、彼女は大量の神器を持っています」


 それは理解している。神器は確かに強力だ。彼女の言う通り、国を破壊することも可能だろう。

 しかし、扱う人間は別だ。日下部の戦いもサンジェルマンとの戦いで見ていたが、少なくとも白兵戦で負けるとは思えない。

 狭く、間合いもすでに短い、ピーキャットの位置も確認できるこの状況で、遅れを取るとは思えなかった。


「そして、今まで地下迷宮にいた。そこで神器の実験、そしてある条件をクリアしたはずです」


 クレアから聞いた作戦内容を照らし合わせれば、彼女が攻撃された場合に起こす行動は想像がつく。


「人や物を自由に浮かせることのできる神器。その使用条件は、対象物に一度触れること」


 城での戦いで、ピーキャットの攻撃や防御は確かに厄介だった。だが、それ以上に、日下部の持っていた近づく騎士たちを宙に浮かせる棍棒が厄介だった。

 その力の対象の限度はわからない。

 しかし、先程小さな地震があった。おそらくそれが日下部の行った実験であり、結果ということだ。


「つまり、今の彼女は、指先ひとつで、王都、いえ、正確には地下迷宮を浮かせることで、王都を破壊することができるということです」


 魔法でも、一瞬にして王都を破壊するなどということはできない。

 しかし、神器であれば、魔法では不可能なことでも、実行することができてしまう。


 想像もしなかった方法に、もしクレアが日下部の作戦を伝えに来なければ、取り返しのつかないことになっていた。

 可能性があるならば、会話のできる今、この時だけだ。


「嬢ちゃん、自分の言ってる言葉の意味、わかってんのか!?」


 さすがに見過ごせないと、クルップが掴みかかり、日下部の腕を強く掴む。

 いくらなんでも、子供の癇癪だと見守れるレベルを越している。


「それは、どういう意味? 王都を破壊できるって意味? それとも、犠牲者の話? こんなことで処刑が止まらないって話?」

「犠牲者に決まってるだろ!! 王都には、何千、何万と人がいる!! そんなことしたら……!!」


 異世界人を勝手に呼び出しておいて、戦わせて、使えないからと捨てた人間に文句を言われる筋合いはないが、険しい顔で腕を掴むクルップを見下ろしては、眉を潜めた。


「一応、これでも優しくしたよ」


 第一、こんな面倒なことをする必要はないのだ。

 ただピーキャットで王都を丸呑みにしてしまえば、それだけでアポステル大国王都は滅びる。

 意思を持った広大な空間というのは、そんな無茶ができる。


 だが、それはしたくなかった。


「まともで、良い人間がいるんだから、それを全部無くすのはもったいないし」


 国や民のために、命を掛ける王がいる。

 民や未来のために、地を這ってでも進もうとする人たちがいる。


 逃げたり、諦めるばかり人が、強制的に終わらせるには、もったいない人間ばかりだ。


「でも、私も譲れないから、この方法なんだよ」


 夜にピーキャットが静かに王都を飲み込むなんて、気付きようもないゲームオーバーでは可能性はない。


「だけど、これなら生き残る方法がある」


 本当にわずかだが、自分が想像できる程度には、生き残る方法がある。


 クルップは、その真剣な目に、掴んでいたはずの腕を離してしまっていた。

 本気で目の前の彼女は、作戦が成功して、その上で、彼女の必要だと思う人間だけは生き残ると信じている。

 それ以外など見えていない。


 確かに、それは日下部の長所だった。興味のあることに、飽きることなく様々な角度から挑み、何度失敗したことか。

 それでよかった。自分の手の届く範囲ならば。

 神器を手に入れ、自分では届くことができなかった領域の力を手に入れてしまったならば、もはや自分では止められない。


「――――ッ」


 殴ってでも止めなければ、彼女は簡単に道を踏み外す。

 しかし、問題解決のために試行錯誤をしている人間を、自分のエゴで止められようものか。


 自分だって、誰かの制止を振り切って、アポステル大国の神器複製という禁忌に触れに来たのではないか。


「やはり、貴方は誰かに頼るべきです」


 ただ静かに、そう諭す声に、部屋にいた全員の視線がオルドルへ向いた。

 

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