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【完結】チート武器だけあればいいので、異世界人は地下迷宮に捨てておきます  作者: 廿楽 亜久
6章

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60話 逃げちまおう

 王都の話題は、すっかりリカルド王の処刑で持ち切りだった。

 王城前の広場には処刑台が建てられ、戦争が終わったことに喜ぶ人や魔王軍に負けたと悲しむ人、苛立つ人。


「なんか、疲れる……」

「あらま……まぁ、1日、2日休んだところで取れる疲れじゃないでしょ」

「いや、気持ちのいい勝ちだったら、徹夜明けハイ状態になれたと思う」

「燃え尽き症候群じゃない?」


 地下迷宮の1階層の罠が取り除かれたため、カイニスたちは洛陽の旅団の撤収作業を手伝いに行った。

 正直、ピーキャットが手伝えば、荷物の移動という意味ではすぐに終わるが、資源の再利用を考えれば、ただ収納して移動するわけにはいかない。それでも、手伝うことは多いだろうが、気乗りしなかったというのが本音だ。

 元々協力というだけだったし、ハミルトンも異論は唱えていない。


「おや、こんにちは」


 だから、目の前に現れた見覚えのない姿の男の姿に、素直すぎる程眉を潜めた。


「……義足?」


 挨拶もせず、自分よりも目線が高いオルドルに問いかければ、気にした様子もなく自分の足へ目をやった。


「あぁ、これですか。ヒラルト王から義足は禁じられていたのですが、どうやら皆さんが秘密裏に作ってくれていたらしく、先日調整して、練習がてら買い物に」

「へぇ……足は足なんだから、車輪だろうが二足だろうが変わらなくない?」

「違いますよ。上層の階に身を置けば、軽く軟禁できますし」

「ノンバリアフリーな昔の建物だから、エレベーターないのか……走れるの?」

「それは訓練次第ですね。せっかくですから、散歩に付き合ってくれますか?」


 戦いには決着がつき、敵でも味方でもないのだから構わないでしょう? と続けたオルドルに、日下部も頷き、オルドルについていく。


「そういえば、まだお礼を言っていなかったですね。ありがとうございます」

「お礼? なんで――」


 何故と首を傾げかけて、ヒラルト王を殺したことかと察しがつき、瞳が揺れる。

 王を殺したことへの罪悪感ではない。彼女はそれで揺れる人間ではない。

 動揺したのは、リカルドの処刑のこと。


「貴方は巻き込まれた側です。罪悪感を持たなくていい」

「……仕方ないことだってことは、わかってる」


 顔を逸らす日下部に、オルドルも眉を下げた。


「この後ですが、政治は議会を立ち上げる予定です。騎士団長もあくまで、アポステルの顔をしてのみ存在し、政治はその議会によって方針を決める。議会は、貴族だけではなく、平民たちも参加できる仕組みにする予定です」

「国会的な?」

「こっかい?」

「民主主義」

「あぁ、そうですね。そして、少数ですが他国にも席を用意するつもりです」


 それは知っている国会とは少し違う。国会に外国が混じったら、内政などではなく外交になる。


「……収める手段ってやつ?」

「えぇ。その通りです」


 他国の人間が議会に席を置くということは、アポステルの広大な国土の一部や資源を優位的に手に入れる手段を手に入れることができる権利を得るということ。

 周辺諸国からすれば、武力を用いずに国土を手に入れることのできる手段。逃す手はない。


「貴方たちの国は平和だったのでしょう? 他に何か行っていた手段はありませんか?」

「政治家って30歳からだし、20ちょっとに聞く質問じゃなくない?」

「30、ですか」


 意外そうな表情をするオルドルに、ふとカイニスの言葉を思い出す。

 カイニスは父である当主がいただけで、実際はすでに成人しており、本来冒険者ではなく、政治に戻らなければいけなかったとか、そんなことを言っていた。

 異世界人の皆、教育が行き届いていると思われるくらいなのだから、感覚としては15歳元服時代かもしれない。


「感覚の違いな気がするから、今のなし。要は、戦争後ってことでしょ……切腹?」


 違う違うと”切腹”の二文字を減らす。

 歴史の話なら、もっと詳しい人が旅団にいそうだ。


「そもそも戦争の原因が明らかで、一方が悪いなら、周りから攻撃されるし……」


 それはアポステルもされていたはずだ。だが、広大な国土と資源で乗り切ってしまった。


「他は……」


 平和のための何かがあっただろうかと、頭を悩ませていると、店の方からかかる声に会話を中断する。

 オルドルの顔見知りの店らしい。


「そちらは新しいお弟子さん?」

「えぇ」


 説明が面倒な立場であることは理解しているが、たった一言で弟子ということになってしまった弟子は、黙ってオルドルが注文する様子を眺める。

 オルドルの注文通りに、紙袋に果物を詰めていく店主。


「はい。お待ちどうさま」


 全てを入れ終えると、明らかにこちらを見ている店主に何かと思ったが、オルドルは片腕。紙袋を持ったら余る手はない。つまり、弟子である自分に渡すのが自然な流れということだ。

 大人しく礼を言って受け取れば、少し意外そうな表情でオルドルが見ていた。


「今度は義手も作ってもらったら?」

「そうですね。検討してみます」


 少し嫌味を返せば、作らないであろう返答が返ってきた。


「お弟子さん。はい。おまけ」


 もう少し嫌味を言っても許されるかと口を開きかけた時、突然乗せられるリンゴのような果物に、慌てて口を閉じる。


「アンタ、先生の弟子なんだから頭いいんだろ? 顔にもお利口さんって書いてあるしね」


 どんな顔だ。

 認めたくはないが、”お利口さん”というには程遠い性格をしている自覚がある。


「頭がいいなら、この国を出な。この国は、戦争に負けちまったからね。でも、貴族連中は認めないだろうから、きっと喧嘩ばかりになる」


 困ったように笑う店主に、少し視線を逸らす。


「じゃあさ、戦争が終わらない方が良かった?」

「いいや! 終わって嬉しいさ」


 戦争には金が掛かる。その金はどこから捻出されるか。簡単だ。国民からだ。

 特に援助の無かったアポステル大国は、国内から全ての物資を集めるしかなく、国民への負担は大きかった。


 店主の言葉に嘘はない。しかし、この人からも逃げるという選択肢は存在しなかった。


「戦争を始めてしまったからには、誰もが笑顔になれる解決策なんてものはないんですよ」


 巻き込まれた側の日下部は、本当によくやった。

 本来なら、ただ王を呪い、この世界を呪い死んでいくだけだったはずが、結果としてアポステル大国に大きな変化をもたらした。


 だが、それでも救えないものはある。


「ここまでで大丈夫ですよ」


 城の前まで来ると、オルドルはいくつかの果実を日下部に渡し、袋を受け取る。


「エリサ君。君はよくやった。ただ、凡人の我々にはこうする他、この状況を収拾される方法がないのです。だからどうか、自分を責めないでください」


 そう言い残すと、オルドルは城の中へと入っていった。


 ぱくりともらった果物を食べていれば、ふと近くで止まる足音。

 

「日下部さん?」


 本当に今日はよく知り合いに会う日だ。


「それは、海外で会う日本人同士的な奴じゃ……」

「それか!」


 妙に納得がいった水戸部の言葉に、日下部が手を打つ。


「引っ越しの時はいなかったような気がしますけど、終わりました?」


 カイニスたちのおかげで、風の噂程度には洛陽の旅団の状況は耳にしているが、自分の立場のこともあり、洛陽の旅団に保護された異世界人たちとは別の場所に宿をとっていた。

 地下迷宮では、拠点が離れていたため、別の拠点にいたといえば、ある意味自由に行動できていたが、地上で一ヶ所にまとめられる以上、適当な言い訳が難しくなる。


「終わってないなら、手伝いますよ」

「大丈夫です。こっちに来てから日が浅くて、荷物なかったんです」


 初日から旅団から逃げ出しただとか、盗みに入っていたとか、正直に話すと拗れそうなため、適当に嘘をついておくことにする。

 何か言い訳を考えなければと思い、考えるのをやめる。

 どうせ、この国を出ることになるのだ。すぐに必要なくなる。


「日下部さんは、この後どうされるんですか? 仕事を斡旋してくるみたいですけど、前の世界とは勝手が違いますし」

「……何もまだ考えてないんです」


 カイニスとクレアと共に、冒険者として暮らしていく。


「じゃあ、私と一緒ですね。前は下請けのSEだったんですけど、この世界じゃSEのスキル使って再就職なんてできないですし」

「水路を引く仕事をしたらどうですか?」


 この世界を生きていくために、神がくれたチート能力だ。

 ピーキャットしかり、能力があるなら有効利用すれば、不自由なく暮らせるはず。


「……それは、確かに考えました。けど、止められました」

「どうして」

「前までは、事情を知っている人ばかりだったから、力を使っても問題なかったんですが、これからはこの力を使えば、それを狙う奴らが出てくると」


 確かに、水を浮かせられるとか、簡単に水路を引けるとか、使い方次第ではあまりに色々なことができる。

 ただ本人のスペックは、異世界人は総じてお察しという奴であり、ヒラルト王が別の騎士に神器を持たせたいと思う程度。身の危険を考えれば、基本隠し通すのが正解だろう。


「特に、国が安定するまではと」


 まただ。

 どうやったって、リカルドの処刑による国の混乱に繋がる。


「あ、でも、もし何か必要なことがあれば言ってください。がんばりますから」

「……ありがとうございます」


 随分と前向きになった水戸部に、日下部は少しだけ眩しそうに目を細めた。


 日下部は宿に戻ると、部屋には武器を手入れしているカイニスの姿。

 当たり散らしたいような、そんなもやもやした気分のまま、枕に頭を沈めた。


「……ありがとう」

「はい?」

「よくやった、がんばった」

「なんです? 急に……」


 怪訝そうな表情で、カイニスがこちらを見つめる。


「カイニスは、私の事そう思う?」


 枕に埋もれながら、じっと見つめる目はこちらを見ているようで、逸らしていた。まるで直視したくないとばかりに。


「…………まぁ、なんつーか、無実の罪の連中はそう思うでしょうね。ただ、俺は悪人っすから」

「……超スプラッター黒竜君だったね」

「そうっすよ。そんな奴を野に放ったみたいなもんですよ? 世間的には大問題しかないっす」


 冗談のように苦笑いを零すカイニスに、日下部も小さく笑いながら、腕の上に頬を乗せる。

 そんな彼女の様子を見ながら、眉を下げる。


「だいたい、アンタ、褒めてほしい時は自分から言うじゃないっすか」


 そう言い放つカイニスに、日下部は目を丸くするとそっと視線を逸らし、何とも歯がゆい声を上げた。


「カイニス、なんで許嫁にフラれてんの? どう考えてもいい人じゃん。DV癖? 確かにヤベー癇癪かもしんないけどさぁ」

「恥ずかしいからって人貶すのやめろよ……」

「うわん……正論」


 顔を覆う日下部に、軽く手刀を落としておく。


「…………本当は、諦めろって言ってるのはわかってるよ。妥協しろって」


 ポツリと聞こえた言葉。

 顔は覆ったままで、日下部の表情は見えない。


「政治なんて万事解決はまずないですよ」

「うん。だから、上々な結果ってことは、理解してる」


 誰もがわかっている。これが一番被害の少ない。

 当人たちは、すでに覚悟を決めている。この数日で、周りだって覚悟を決めるだろう。

 日下部のように納得していなくても、処刑が執り行われていまえば、もう後戻りはできない。納得する他なくなり、いずれ気にも留めなくなる。


「……?」


 ふと、妙な呼吸音に日下部の様子を見れば、眠っていた。

 ある程度慣れたとはいえ、相変わらず突発的な日下部に、カイニスは動揺したが、静かに毛布を掛けると傍らに腰掛ける。


「……こんなの逃げちまえばいいんだよ」


 責任なんてもの、持っている人間が取ればいい。

 相手は覚悟もできている。大丈夫。恨んだりなんてしない。

 むしろ、それを望んでいるのだから。


 眠る日下部に、カイニスはそっと手を伸ばし、触れそうになるところで手を止めた。


*****


 その日、広場にはたくさんの人が集まっていた。

 注目されているのは、広場に集まった人間全員に見えるように高く作られた処刑台。


 これから、リカルドの処刑後、革命の英雄であるシャルルと魔王の終戦宣言が行われる。

 広場には、怒りをあらわにした者と絶望する様子で処刑を見上げる者など、様々な感情の人間が処刑台を見上げている。


「これより、大罪人リカルドの処刑を執り行う!」


 高らかな宣言の元、執行人が剣を構えた。


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