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【完結】チート武器だけあればいいので、異世界人は地下迷宮に捨てておきます  作者: 廿楽 亜久
6章

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59話 闇に攫われて

 リカルドの処刑は7日後だという。

 それまで、できる限りルーチェとの時間を取るというリカルドは言葉通り、ルーチェを城に泊める許可を出した。日下部も泊まるかと言われたが、ようやく再会して、残り数日とない親子の間に入る気はなかった。


「ちょっと意外でした」

「なにがだ?」


 カイニスは、早々に二階の部屋へ戻った日下部の方を見ながら、酒に一口つける。


「エリサさんです。てっきり、リカルド殿下の処刑は察しがついてるものかと」

「あぁ……そうだな」


 頭が悪いわけでもない。むしろ、視界は広く、色々な観点から物を見ることができる上、貴族と同等の知識量。それらを利用し、機転が利く。

 だからこそ、ヒラルト王を殺害し、革命が成功した時点で、リカルドの処刑は避けて通れないことは察せたはずだ。


「嬢ちゃんも”異世界人”ってことだろ」


 洛陽の旅団の拠点では、狩りに出た異世界人が魔物に殺されることがあった。

 魔物を狩りに行くのだ。死の危険はある。

 だが、異世界人は狩りに向かう本人や親しい人であるほど、死ぬわけがないと謎の自信に溢れていた。


「嬢ちゃんはその辺、どっかこっち寄りと思ってたが……」


 考えてみれば、ドラゴンと戦った時からそうだった。クレアが死を覚悟して囮となった時に、最後まで否定し続けたのは、日下部だった。

 あの日下部に誰かの死などは存在しておらず、その自信が団員たちを勇気づけた。


「平和な世界だったんだろうな」


 誰かが突然死ぬことなどない、平和で安全な世界。

 一気に酒を煽り、新しい酒を注文すれば、あまり量の減っていない隣のグラスに目をやった。


「ひとまず、リカルドの最期は見届けようと思っとる。その後は一度里に戻るが、カイニスはどうする?」


 黒竜が体に刻まれているカイニスは、国内ではまともに扱われないだろう。冒険者ギルドだって黒竜に対しては、報酬を渡すことはない。

 地下迷宮から外に出られたとはいえ、アポステルでのカイニスの立場は危い。


「ワシと一緒に国を出るか? ワシと一緒なら、他の国に入ることはできるだろ」


 国外であっても、領地焼きの黒竜の意味を知っていれば、入国すら難しい。

 だが、今やカイニスに黒竜の烙印を押したヒラルト王は世界から差別主義の暴虐な王で、カイニスは革命の手助けをした存在。幽閉されていたのも冤罪だったからとでも言えばいい。その上、クルップの口利きがあれば、他国への入国は不可能ではない。


「そう、っすね。こんなもん、剥ぐなり焼いちまえば消えるし……」

「…………お前さんがそんなこと言うなんて珍しいな」

「男の向こう傷は勲章っすから」


 初めて会った彼女に言われた言葉。

 黒竜だと恐れても、罵られても構わないというのに、殺そうとしても自分を優しい人間だと信じて疑わなかった彼女。


「エリサさんが、まだ俺と冒険したいって言ってくれるなら、適当に馬でも盗んで路銀稼ぎながら世界を回るのもありっすね」


 わりと容易に想像がつく光景に、カイニスも小さく笑った。


 その頃、日下部は部屋の窓に腰を掛けていた。

 照明が存在しない世界に、街灯は存在せず、夜になれば王都とはいえ、ほぼ真っ暗だ。人がいれば松明の明かりですぐにわかる。

 足元に近づく明かりへ目をやれば、松明を持っていた男もこちらを見上げ手を振ってくる。


「そんなとこにいたら危ないよ」


 下にいたクレアが、窓に腰掛ける日下部へ注意すれば、日下部は何も言わず、一度視線を逸らすと、クレアを見下ろし、窓枠から飛び降りた。


「はっ!? ちょっ!?」


 慌てて松明を放り出し、落ちてきた日下部を受け止める。

 突拍子もない行動には慣れたが、やはり心臓に悪い。


「ヒロインは空から降ってくるものだから、受け止める練習しといた方がいいよ」

「そっちの世界の常識どうなってんの」


 しかも、悪びれる様子もないのだから、質が悪い。


「……一応聞くけど、なんて飛び降りたの?」

「ムシャクシャしたから」

「そんなんで怪我されるのイヤなんだけど」

「大丈夫。キャットいるし」


 クレアが受け止められ無さそうなら、キャットが受け止めただろう。死なない打算はあった。

 少しも高鳴らない心臓に、日下部はクレアから降りようとして、動く気のないクレアを見上げた。


「見晴らしのいい場所知ってるんだけど、行かない?」

「田舎顔負けの真っ暗さで?」

「王都なんだけど……エリちゃんの世界は何? 太陽が沈まないとかなの?」

「エジソンが電気を発見して、普及させてからは、日が落ちてもピカピカ光ってんの」


 全く想像がつかない光景に、日下部も頭を悩ませながら、雷が光り続けている状態と伝えれば、少し恐ろしそうな表情をされた。

 自分で言っておきながら、雷が鳴り続けていたら、雷が苦手じゃなくても怖い。


 クレアの案内の元、辿り着いた場所は、案の定松明を消したら何も見えないであろう場所だった。

 田舎だって、田んぼ道じゃなければ、多少の街灯位ある。日本とは違って、王都とはいえ、エネルギーを夜道を照らし続けることに当てる余裕はないということなのだろう。


「やっぱ暗いじゃん」


 遠くに見えるいくつかの明かりが、確かにここが見晴らしのいい場所であることを示唆しているが、夜景と呼ぶには明かりが無さ過ぎる。


「暗けりゃ、都合がいいでしょ」


 何のことかと視線を上げれば、そっと耳元に寄せられる唇。


「このまま闇に攫われる気はない?」


 表情は見えない。

 月明かりもない世界で、ただ沈黙だけが響く。


「ほら、前の約束。衣食住の保証ってやつ」


 掴まれる腕は、痛くはないのに離れることはないほど強くて、嫌というほど真意が伝わる。


「カイニスと三人で逃げよう」


 日下部は”終焉の天使”。

 クレアは”仲間殺し”。

 カイニスは”領地焼きの黒竜”。

 この国で平穏に暮らすには、肩書きも辛い思い出も多すぎる。


「エリちゃんさ、リカルド殿下が処刑されると思ってなかったでしょ」


 平和な世界にいた異世界人だけではない。安全の担保された居場所がある人間は皆、同じことを思っている。

 まさか自分が、自分の周りがと、心のどこかで思い込んでいる。


「このままルーチェと仲良く、親子らしくいられるって」


 制約はあるが、きっと仲のいい親子であっただろう。


「無理だよ」


 はっきりと否定するクレアに、握った腕が微かに震えたのが伝わってくる。

 この戦争を収めるには、最後の王族であるリカルドの死が必要であり、数人の悲しみなど同情はしても、手を差し伸べることはしない。

 全てを助けるなどできやしないのだから、捨てると決めたものを拾い上げようとすれば、全てが瓦解する。


 だから、選ばなきゃいけない。


「できないことはある。むしろ、エリちゃんはよく頑張ったよ」


 何かを捨てなければいけないなら、あの時、すでに優先するものは決めている。


「俺は、エリサのことを()()するよ」


 そっと差し伸ばされる手は、頬に、首に触れる。


「――――信用なんてできないけど、裏切らないで」

「うん」


 このまま首を絞められても、抵抗せず、微笑んで死のう。

 暗闇の向こう、小さな息遣いだけが震えた。


*****


 革命が起きたとはいえ、国民の生活にすぐに影響するわけではない。

 政治などを理解できない子供は特にそうだ。


「広場にステージができてるけど、お祭り?」

「少し、違いますね。アポステルの戦争が終わるって、お祝いのようなものではありますが……」


 決して良い意味だけではない。しかし、確かにこの国は前へ進めるようになる。


「悪い王様を倒して、良い王様に、変わるための、儀式、みたいなものです。けど、できることなら、その瞬間に貴方たちが立ち会っては、ほしくない、です」


 身勝手とは思う。

 しかし、この国の平和のためと命を賭したリカルドを、非道な王として断頭する様を、子供たちには見て欲しくない。


「おれ知ってるよ! 悪いリカルドデンカの首を落とすんだって! 英雄シャルルが、やっつけるんでしょ!」


 身寄りのない子供ですら知っている英雄譚のシャルルが行うことが、悪なはずがない。

 わかっていた。わかった上で、この計画に参加している。


「何も楽しくなんてないよ。人が死ぬ瞬間なんて、なんであれ見て楽しいものじゃないよ」


 まるで演劇でも見に行くかのように、楽しそうに話す子供たちを諫めたのはアレックスだった。

 ここにいる子供たちのほとんどは、魔王軍との戦争で家族を殺された。目の前で殺された子も、無数の死体が目の前に広がる光景を見た子も、自分自身も死にかけた子もいる。

 アレックスの真剣な表情に、少し表情を歪めて、子供たちは静かに目を逸らした。


「これからこの国は大きく変わる。今まで、当たり前だったことも、明日には当たり前じゃなくなる。世の中には、色々な価値観や考え方があることを学ばなきゃいけない。今回の式典も同じ。とても、大きな意味を持つ式典だ。意味はまだ分からないかもしれないけど、笑わないって言うなら、見る価値はあると思う」


 少し意外だった。

 前までのアレックスなら、自分と同じように子供たちに処刑の瞬間など立ち会わせたくないと答えるはずだ。

 だが、今は、見る価値のあるものだと、そう答えた。


「サナちゃん?」

「変わったね。アレク」

「ぇ……」


 戦ったら私の方が強いけど、でもすぐに目を逸らしたり、逃げたりする私より、ずっと強い。


「迷宮に閉じ込められたから? それとも、あの人?」


 自らを”天使”だと呼称した異世界人。

 今まで見た誰よりも、神の加護を身に纏ったただの人間。


「そんなにすごいの?」

「すごいよ。大聖女様だって、そこまですごくなかったし、本当に、神の使者って言われても信じるかもしれない」

「…………違うよ。クサカベ殿は、本当にただの人。神の使者が、人の畑からトマト盗んでたら嫌じゃない?」

「え゛……なにそれ。どういうこと」


 理解ができないと表情を歪めるサナに、アレックスはただ眉を下げて笑うだけ。

 まるで素直ではない子供のような日下部を思い出しては、やはり日下部が天使では困ると自分で自分に頷く。


「ちょっと!? 聞いてる!?」


 昔のように拗ねた様子で自分に文句を言うサナに、ふと彼女たちが重なってしまい、小さく笑った。

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