58話 それが王の責任
ガストは、何とも言えない表情で後ろを歩く日下部たちの様子を伺っていた。
数分ほど前のことだ。門番の揉めている声に様子を見に行けば、城内に入りたいという亜人とそれをどうしたものかと悩む門番がいた。
普段ならば亜人など断って何の問題もないが、革命直後であり、一緒にクルップがいては無下にできなかったのだろう。
「一応、確認ですが、本当に約束はされているんですよね?」
その上、目的がリカルド殿下との面会なのだから、頭を抱えたくなる。
特にこちらに興味がなさそうに、置物などに目をやっている日下部は、忘れるはずもない。
「…………」
隙だらけで、簡単に殺せそうだというのに、妙に感じる視線。
手を出す気などないが、手を出してはいけない存在だということを、本能が警告している。
「リカルド殿下は、現在会議中ですので、応接間の方でお待ちください」
「まだ終わってないんですか?」
「国の今後を決める会議ですから、長引いているのでしょう」
四人を応接間に案内し、ガストは足早に仕事に戻る。
ただでさえ、革命によって国内外の警備を強めないといけない状況に加えて、城内の戦闘痕の修繕など、とにかくやらなければならないことが多すぎた。
「宝物庫見てきていい? あの時、ドタバタしてて全然見れなかったんだけど、なんかすごかった気がする」
神器にも見劣りしない内装だったのは覚えているが、正直細かい装飾について覚えているかと言われればノーだ。
全く座って待つ気のない日下部とルーチェに、カイニスもクルップも少しばかり眉を下げた。
「エリサさん、今は一応客ですし、座って待ってましょうよ」
「そうだぞ。少しは座して待つことを覚えたらどうだ?」
カイニスの言葉に同調した覚えのない声に、全員が一斉に目をやり、構えた。
ソファに座り、こちらを見ていたのは、地下迷宮で約束を交わした魔王だった。
「そう構えるな。我も話し合いに来ただけだ」
「……聖女の結界の効果無くなったってわけね。ふーん……」
本来、魔王を含み、強い魔力を持つ魔族は、大聖女の結界のせいで、王城に入ることはできなかった。
だからこそ、地下迷宮で日下部たちに協力した。
「大聖女の殺したのは、お前だろう」
「だからって、堂々と入ってくる? 敵軍の大将でしょ。お前」
以前のような今すぐにでも殺されそうな威圧感はないが、相変わらずこちらを値踏みする視線が刺さる。
マリアの結界は、そもそも術の系統が違うため、例え術者が死亡しようが結界が解けるかは不明だったはずだが、こうして目の前に魔王がいるのだから、解けているのだと考えるべきなのだろう。
「リカルドとの密談だ。安心しろ」
「密談なのに、応接間に通されるとか……」
そこまで言って、ふとカイニスへ目をやってしまう。
先客のいる応接間に、新しく来た客を通すか?
王城なんて客を招くことが多いのだから、応接間なんて多く存在するだろう。以前に、ルーチェがいたとはいえ、今戦争中の魔王軍の大将である魔王の密談のための部屋に案内する。
ありない。絶対にありえない。
カイニスもこちらを見て、その考えを肯定している。
「ラルフの座標に合わせて転移しただけだ」
半ば予想できていた答えに少し呆れる。
だいたい、こういう大問題になりかねない事柄を叩けば、まずルーチェが転がり出てくる気がする。
「それより、お前たちにも褒美をくれてやる」
「どういうことだ?」
魔王の言葉に対するカイニスの反応は最もだ。
心当たりがない。
「戯れとはいえ、聖女を殺し、この戦争を終わらせるきっかけを作った功績は認めねば、王が廃る」
本当に、この魔王は戦争を終わらせたかったらしい。
元々迫害された亜人たちが集まった軍の故に、備蓄や装備などは少なく、周辺諸国の助力が必須であった魔王軍にとって、長期間の戦争を続けるのは不可能であった。だが、戦わねば自分たちの居場所がなくなる。
つまり、どちらが先に倒れるかの泥沼な戦争に、ようやく終止符が打たれたということだ。
正確には敵ではないが、異世界人である日下部たちに表立って褒美を渡すことはできないが、それでも褒美を渡す必要がある程度には大きな功績だったのだろう。
「何を求む? 同族殺しの天使よ」
問いかけにしては随分と圧を感じる言葉。
あぁ、この感覚知っている。
これは、問いかけではない。正解のあるクイズだ。
ピーキャットが微かに足元に動くのを感じる。何かあれば動いてくれるということだろう。
魔王軍というものがどれほどの数の亜人たちの拠り所かは知らない。
しかし、規模の小さな国というものは、常に周りを警戒しなければいけない。個人がどれほど強くても、数で押しつぶされればそれまでだからだ。
事実、魔王軍も周辺諸国の助力が無ければ、アポステル大国に負けていたことだろう。
だが、魔王軍は結果として周辺諸国の助力を得て、差別主義国家であったアポステル大国に打ち勝った。それは、理不尽に立ち向かえば勝てるという証明であり、魔王軍がこの戦争で得た大きな成果だ。
周辺諸国としては、危険分子であったアポステル大国の勢力を削ぐことに成功し、魔王軍の規模故に支援が無ければ、自国との戦争になっても負けることはないと値踏みができた。
負けたアポステル大国は、いかにして自国の損失を減らすかと心配の種は尽きないが、勝った戦争ならば何を心配するというのか。
「………………」
新たな争いの火種か。
この戦争が生み出した一番の大問題かもしれない。
ひとりの素人がチート武器を一振りしただけで、勢力を一転させる世界が敵に回って排除する必要のある脅威。
つまり、この魔王が言っているのは、同じ異世界人を殺したお前なら、異世界人を監視できるだろうということ。
「じゃあ、この国頂戴って言ったらくれるの?」
断る。絶対に嫌だ。
「お前には、国をまとめる程の度量はないであろう」
「よくわかってる~そういうことだ」
人の上に立つなんてできないからな。
言葉なくその問いかけを否定すれば、魔王は大きくため息をついた。
その後やってきたリカルドは、魔王がいることに驚いていたもののいつもの事なのか、すぐに落ち着いた様子で向かいのソファに座った。
「少々予定は狂いましたが、これで無事終わりましたな」
「あぁ」
お互い、肩の荷が下りたように表情を緩ませていた。
戦争が良くないとは聞くが、特に終え時を見失っている戦いほど浪費されることもなかったのだろう。その大仕事が解放されたというのだから、想像もできないような安堵感の中、リカルドは朗らかな表情のまま魔王へ言葉を続けた。
「あとは私の処刑だけですな」
あまりに朗らかに続けるものだから、言葉の意味を理解することができなかった。
だが、異様過ぎる言葉にようやくあげられた言葉は「は?」という、あまりにも短い声。
「なんだ。気が付いていなかったのか」
「ど、いうこと、ですか……? 父様」
長きにわたる戦争を続けてきたのは、アポステル大国の王族。その筆頭であるヒラルト王は、英雄であるシャルルが討った。
そして、最後の王族であるリカルドもまた、この戦争を続けた大罪人として、裁きを受ける。
アポステル大国の王族の死をもって、アポステルは平和を望む国であることを他国へ示す。
それが、この戦争の終止符。
「そんなの、普通にヒラルト王のせいにすればいいじゃん。ルーチェの父さんが死ぬ必要はないだろ」
「不可能だ。王一人の血で拭いきれないほどの血が流れた」
理解は、できる。できてしまった。
「君は……そうか。君が、ルーチェの友達か。ありがとう。ルーチェのことを思ってくれて。どうかそのまま友達でいてやってほしい」
リカルドが、目を細めて、心底安心したように微笑む。
最初からそのつもりだったかのように。
「いや、です……! 父様……!! せっかく会えたのに……!!」
嫌だと否定するルーチェの言葉に同意したいのに、心の中ではその方法が最善であると理解してしまっていた。
「すまない……この命を賭して、この不遇な戦いをようやく終わらせられるのだ。お前たちの世に戦いなど残さないさ」
この場において、神器の力技などなんの意味もない。
リカルドがヒラルト王と戦うと決めた時、彼は自らの死を覚悟した。戦争を終わらせるために必要な存在として、最後の悪逆非道の王として惨めに首を落とされる覚悟を。
「確か、エリサだったかな」
一国の王とは思えない情けない表情で、リカルドはこちらを見つめる。
「父の横暴で君には迷惑をかけた。本来であるならば、国を挙げて君の生活を保障すべきと思う。だが、この国はしばらく混沌とするだろう。だから、この地から逃げてほしい」
王族を全て処刑し、国の行政は議会によって運営する。現貴族たちや騎士団は組み込まれるが、加えて周辺諸国にも席を用意する。
広大な国土と豊富な資源を餌に、周辺諸国から武力による介入ではなく、政治的な介入を意図的に行わせることで、できる限り国民の身の保証をさせる。
最初こそ反発はあるだろう。しかし、この土地の労働力として国民は重宝されるだろうし、国民もまた頭が変わったとして大して変わりないことに慣れれば、徐々に大人しくなる。
「落ち着いた頃に、ぜひまた新しくなったアポステルに訪れてほしい。この国は本当に美しいぞ」
あぁ、本当に呆れる程平和的な手段だ。




