57話 事後処理
革命軍が王城を占領し、ヒラルト王を打ち倒してから一晩。
すでに王都中にそのことは伝わった。広大な土地を持つアポステル大国とはいえ、5日程で国中にヒラルト王死去については伝わるだろう。
「それにしても、僕にくらい教えてくれても良くないです?」
拗ねたようにハミルトンを見るクレアに、ハミルトンはどこ吹く風。
「そもそも、この作戦そのものが、1から10まで無謀だよ」
オルドルもハミルトンを咎めるように声をかける。
ハミルトンと日下部のみが行っていた作戦は、日下部達が地下迷宮5層にいる魔王へ会いに行く前から始まっていた。
その日、既にピーキャットの中には、ハミルトンが収納されていた。
そして、城に潜入後、ピーキャットが単独で城壁を越え、そこでハミルトンを外へ放り出した。
その後、ハミルトンは王都に潜んでいるであろう反乱分子を探し、すでに滅んだと思っていたカイザーン家の現当主。つまり、アポロムの弟と出会った。
アポロムの弟は、オルドルやリカルドと協力し、外国との水面下の交渉を進める役目を担っていたため、お互いに状況を伝え合うと、すぐに挙兵した。
あまりに急な挙兵ではあったが、それでも集まった民衆や冒険者たちが、あの門を打ち破った。
成功したからいいものの、失敗すれば途端に今まで積み上げてきたものが消え去るような作戦だ。
「行き当たりばったりと言うか……」
「うるせェ……元はといえば、あいつの提案だ」
ハミルトンは確かに犠牲を厭わないし、博打な作戦も立てる。しかし、確かにこの作戦はあまりにも不確定要素が多すぎる。
「うまくいったんだからいいだろ」
「うまくって……この後の事をちゃんと考えてくれ」
周辺諸国へは、すでにカイザーン家を中心に交渉を始めている。それでも、難しい交渉となることは変わりないだろう。
問題は国民だ。特に、貴族はリカルドを良くは思わないだろう。
私営騎士団を用いて、自らが王になろうとするかもしれない。
「幽閉された彼らの居住区は、ひとまず伏せておくのが一番だろう」
加えて、問題となるのが”天使”と称される異世界人だ。
マリアや水戸部のように異能の力を手に入れているなら騎士団に招き入れられているが、それ以外は一般人と変わりない。
だが、本当のことが湾曲して伝わり、何か力があると勘違いされても困る。
同時に、彼らが異世界から突然召喚されたことやその後幽閉されたことを、周辺諸侯に知られれば、それこそ今までの亜人差別どころではない。
「本当のことを知ってる連中は少ないとしても、ただでさえイレギュラーな存在ですから」
今は、モーリスとサナが1層の罠を解除しながら、安全に外に出るためのルートを確立している。
けが人や病人は、一足先に運び出し、治療をしているところだ。
「魔王軍にとっても、天使の存在は畏怖の存在だ。伏せておくに越したことはないだろう」
「ついでに言えば、騎士たちの一部じゃ、革命軍じゃなくて”終焉の天使”がヒラルト王を討ったって言われてるし」
シャルルの言葉通り、騎士たちの一部では、革命軍つまりシャルルではなく、”終焉の天使”が戦争を続けるヒラルト王に裁きを下したと言われていた。
その原因は簡単で、日下部がサンジェルマンを倒した時の行為のせいだ。
「その終焉の天使様はどうするの?」
できることなら、今は『革命軍が悪逆非道な王を倒した』という勧善懲悪な筋書きを崩したくはない。
しかし、実際の目撃者もいることから、完全に存在を隠すことは不可能だろう。
「天界に帰ったことにできないかな? 多少顔が割れていても、目立つようなことさえしなければバレないだろう?」
リカルドの言葉に、その場にいた全員が返す言葉に詰まった。
確かに、黒髪、黒目といった容姿は、特に異世界人には多く、目立つ顔立ちでもない。しかし、やることが目立つ。印象に残りやす過ぎる。
その悩みの種である本人はといえば、ベッドの上で微睡んでいた。
「そろそろ起きた方が良いっすよ」
「んー……久々にこう、気が抜ける……」
考えてみれば、異世界に召喚されてから、強制サバイバルをして、カイニスやクレアが見張ってくれていたとはいえ、完全に気を抜いて眠れたことはなかった。
城に乗り込んでからは、もっとひどいものだった。
「だいたい、カイニスだって安静って言われてたじゃん」
「安静と惰眠は違うでしょ」
「横になってた方が安静では? そして寝る。寝よう!」
「飯、食いに行きましょうよ」
食べに行こうという言葉に、日下部は目を瞬かせる。
異世界に来てから、食べたものといえば日本の非常食よりも硬くて虫の入っているクラッカーと魔物の丸焼きや水煮や道草の草だ。これで異世界の食事を語ってはいけないだろう。
だが、地下迷宮に金銭の概念はない。そして、冒険者ギルドもカイニスが黒竜の犯罪者のため、任務を受けることはできない。
つまり、一文無しのはずで食べられるのは、地下迷宮とほとんど変わらないはずだ。
しかし、カイニスの手には確かに金貨が握られている。
「?」
「食事代はくれたんすよ。今回のお礼って」
素材の味だけではない、しっかりとした料理。数ヶ月前の食事を思い出しただけで、お腹が減ってくる。
「はぁ~~……ちゃんと食事の文化が存在してた。よかったぁ……」
贅沢に思える調味料の数々。塩や砂糖などの基本的な味以外にも、よくわからない調味料の料理もよくわからなかったが、文化的な味がした。
「なんとなくフランスとか、イタリア、あー……ドイツ……? いや、それはさっきのソーセージだけか」
「よくわかんねーっすけど、うまかったならよかった」
「しっかし、日本人ばっかだから、しょうゆとか味噌とか欲しくなるのかねぇ。あと、米?」
レンガ造りの店内を楽しそうに見渡す。
見たこともない文字や記号、道具を指さしては、カイニスに聞く。
「やっぱり、文字は読めないんすね」
「…………そういえば、読めないね」
地下迷宮では、紙やペンは貴重だったし、文字を使う機会が少なかった。
強いてあげるなら、地図を作成していた時くらいだが、カイニス曰く当時から何か文字っぽいものを書いていることだけは認識していたらしい。ただそれが、各拠点で異世界人が使っている文字に似ていたため、わざわざ声を掛けなかったらしい。
そもそも、あの地図すら重ね描きがひどく、クルップ以外には基本読み取れないのだから、見る必要が無いものだったことも大きい。
「言葉だけは常に翻訳されてるようなものだもの」
「確かに言葉が通じないだけで死にそうだもんね」
これは文字を覚えなければいけなさそうだと、少し頭を抱えたくなる。リスニングだけが完璧なのが救いだ。
「よぉ。嬢ちゃん。旅行かい?」
カイニスにメニューの文字を聞いていれば、突然隣に座ってきた粗暴の悪そうな男。カイニスがオススメした店のため、冒険者に人気のある店であることは想像していたが、中年のオッサンが手入れもしていない腕を自信満々に曝け出しているのは、距離を取りたくなる。
「どうだい。王都を俺が案内してやろうか? そこの冴えない男より革命軍の俺の方がかっこいいだろ」
「仕事早ぇー……そりゃ、流行はいち早く取り込めとはいうけど、仕込みから発売まで早すぎじゃない?」
隣の男など眼中にないとばかりに、カイニスに同意を求める日下部に、カイニスも乾いた笑みを溢す。
ナンパされて迷惑なのはわかるが、ここまで無視して会話を続けるのは、日下部らしい。
「おいおい。嬢ちゃん。お前、文字も読めない下民だろ。王都ってのは、格式ある街なんだぜ? わかってねェなら、下民の立場ってのを俺が教えてやる――」
上機嫌に笑っていた男の表情が強張ると、カイニスも少し腰を浮かせたが、直後テーブルに刺さった赤い杭。
「エリサさんに、何するつもりです?」
「ルーチェ、やめろ。店の中だぞ」
「だから刺してないです。えらいでしょ?」
「嬢ちゃんみたいなこというな」
煌々とその赤い瞳を輝かせては、今にも構えている二つ目の杭を打ち出しそうなルーチェに、男は顔を青くして逃げて行った。
その様子を不満気に見送ると、ルーチェはエリサの隣に座る。
「あんなやつ、いつもみたいに一発殴っちゃえばいいんですよ」
「待って。私、そういう印象なの? ちょっと行動改めようかと思うんだけど」
「エリサさんはエリサさんですよ」
「それが一番困る。言語化してくれない?」
しかし、日下部の言葉には答えず、ルーチェは新しく食事を注文し始めた。
「今、城じゃ今後のことを決める会議をしとるらしいが、いいのか? 出席しなくて」
「なんで?」
「いや、いいならいいが……」
立場上大っぴらに報酬というわけにはいかないが、今回の革命について、功労者に日下部も数えられるのは間違いない。
大聖女マリアを退けたのは大きな功績のはずだ。
しかし、当の本人はここで文字をカイニスに習っている。
「でも、またクレアさんがエリサさんの監視になるのは、なんとなくわかりますけど」
「確かに。クーちゃん、その手の仕事多いしね」
カイニスの予想通り、会議ではクレアが日下部とカイニスの監視を命じられていた。
「そういえば、その会議が終わったら、父様が少し会えるって言ってました! エリサさんも行きましょうよ」
ルーチェの父親。つまり、今やこの国の王であるリカルドに気軽に会いに行くというのは、さすがに即答しづらい。
「堂々と城の中見れますよ」
「なるほど。それは気になる」
城なんて正にファンタジー。それを間近に見れるなんて、今後そうない機会かもしれない。
随分壊したような気がするが、じっくり内装を見ていたわけではないし、興味深い。
王族なんて会わなくていいなら、会いたくないが、ルーチェの推しの言葉に惑わされ、リカルドと会いに行くことにするのだった。




