55話 信用していないのはお互い様
協力なんて仰ぎたくない相手に、わざわざ協力を仰ぐ理由はよくわかった。
ついでに、
「お前も全く信用されてないってわけだ」
目の前の騎士団長であるシャルルですら、この国の王は信じていないという事実も。
「ハッハッハッ俺みたいなのが、お貴族様に信用とかないでしょ」
「騎士団長って聞いてたんだけど? ”馬子にも衣装”って知ってる?」
「知らねーな。煽られたってことはわかるけどな」
お互い笑い合っているが、その目は全く笑っていなかった。
クルップとルーチェは、仲がいいのかわからないふたりに、小さくため息をつく。
「話を戻すが、神器は本来の使用者以外でも使えるみたいだが、その力を完全に引き出せるわけではないらしい」
「あぁ、なるほど。水戸部さんが、これをやってみようで割と何でもできてたのは、そういうことかね?」
曰く、水源も”なんとなく”見つけたらしく、川を引くのも”なんとなく”できたらしい。使用者本人であれば、感覚的に使えるが、別の人間では使い方が必要あるのかもしれない。
ランタンも試行錯誤したし、騎士たちも同じように実験を繰り返している。シャルルもだ。
それなりに使用しているだけあり、ある程度慣れているのだろうが、使用者本人である聖女と対しては、貫通することに特化している神器ですら貫けるかわからない。
「そこで、お前の出番ってわけ」
「ピーキャットの使用者は私だから、向こうと条件は同じ。対抗できるってこと……」
「さすがエリサさんです! 聖女様にまで勝てるなんて!」
「聖女に勝つはヴィラン感溢れてる。いや、ルーチェ的にそうなのか……?」
思考が逸れそうになるのを、一度咳払いして戻し、改めて考える。
確かに、何か打開策を考えなければ、シャルル同様ヒラルト王暗殺ができず、結果的に作戦が失敗する。
聖女の能力は、治癒魔法と何ものも通さない結界と結界内の索敵。標準の魔法を知らないが、どれも桁外れの能力らしい。
魔王軍が迫っている状況で、王と共に引き籠るために張る結界など、攻撃を全て弾くと考えておいて損はない。
防衛を担わせれば、嫌って程能力を発揮するタイプ。
大して、ピーキャットの能力は、広大な空間へ生き物、魔法関係なく物体を収納でき、自らの意思で動くことができること。
体を細く尖らせることで、結果として敵を刺すことはできるが、見た目が黒く、影の少ない日中では目立つため、警戒されていればすぐに露見する。
支援役にいたら、真っ先に殺すべきタイプ。
「…………いや、相性悪くね?」
聖女の結界に対抗する。それは本来、攻撃系の神器を手に入れた異世界人で、初めて戦いになる。
正直、どちらも支援、後衛タイプ。勝負にもならない。
「だいたい、神器のことならクルップ爺さんの方が詳しいでしょ。なんか抜け道とかないの?」
神器を複製しようとしていたのだから、その特徴は研究しているはずだ。
「武器ならまだしも、相手は能力だろう。能力者はミトベの嬢ちゃん位しか見たことがないが、何と言われてもなぁ……」
割と能力を使っている時は、手を伸ばしていたが、おそらくそれは意識の問題だろう。聖女が結界の維持のために、ずっと手を伸ばしているなどはちょっと想像したくない。
「クルップにも思いつかないんじゃ、お手上げか?」
「そんなことありません! エリサさんは、神器の消失についても――」
「そこの爆弾むす……じゃなかった、少年。お口チャック」
神器と使用者が繋がっており、使用者への攻撃ができないこと、使用者の死亡と同時に神器も消失しているなどは、地上の人間には絶対にわからない。
シャルルたちが、日下部を危険視しているのは、ピーキャット内に神器が収納されているからであり、脅威であるからだ。
神器の問題を解決するだけなら、地下迷宮の人間を全員殺せばいいだけであり、支援物資の中に毒でも混ぜれば、簡単に処理可能だ。
つまり、与えてはいけない情報に他ならない。
「へぇ……神器の消失の謎がわかったんだ」
「イグノーベル並みの論文だからね。読むには、購読料を払ってもらわないと」
「謎のままでも構わないよ。それで聖女の防御を突破できるなら」
「安心して。一切、できないから」
そもそも使用者の死が力の消失など、異能力者には何の意味もない。
「さて、本当にどうしたものか。神器のキャットさん。ご意見どうぞ」
「そうねぇ……こういう時は、兵糧攻めじゃない?」
とても人間らしい意見が出てきた。
食べ物など必要のないピーキャットから出てくる発言とは思えない。
「結界が絶対防御なら、そこから出たら死ぬってことでしょ。なら、聖女の体力が尽きるまで、結界の前で待てばいいんじゃない?」
「やっぱり結界を使うと体力使うとか? 整合性的なアレ?」
「んなわけないでしょ。ご主人、何度か神器使ってるんでしょ」
「ホンット、クッソチートだな。イヤになる」
確かに水戸部が川や洗濯機をして、体力を消耗している様子はなかった。つまり、ピーキャットの言っている体力が尽きるっていうのは、文字通り兵糧攻めということだ。
聖女の体力が尽きたら、結界が消えるかはわからないが、外に出られないならどちらにしても王も聖女も餓死する。
先程、人間ビリヤードをしたことに注意していたような気がするが、自分もなかなかえぐい作戦を立てているではないかとは突っ込まず、ある意味可能性のある作戦に頷く。
「質問だけど、それって聖女が外に出るために、結界で押し出してくる可能性は?」
なんでもありな能力だからこそ、結界を広げて外へ逃げる可能性もある。
そもそも防御の指定だって、あいまいな可能性がある。魔法と武器、人間を弾いているのだろうが、実際、毒ガスなどが撒かれたら、それも弾いてくる妙な確信がある。要は、聖女自身が危険と判断できれば、結界に弾かれる。
「……ん? んー……」
聖女自身が危険と判断したものを弾く。
特に意識していれば確実に。意識してなければ、結界を通れる。
「クルップ爺さんが、玉座の下の壁、全部ぶった切って落とすとか」
「おっ派手でいいな。でも、たぶん難しいな」
「なんで」
「俺が生きてるでしょ」
「あ」
全ての力を使えないシャルルですら、瓦礫の下敷きにならないどころか、怪我ひとつ負っていない。
確かに、落下はするだろうが、治癒も含めて、おそらく殺すことはできない。
「んじゃ、まぁ……」
可能性が一番高い方法が頭に浮かぶが、そうなってくると一番の問題がシャルルになる。
「ん? 何か思いついた?」
「…………お前が信用できない」
「は? 今頃……? 今は協力するって話じゃないの。学者先生とだって話したんでしょ?」
「学者先生とは協力できないって確認した上に、助言総スカンだから」
「それ、そっちの問題じゃない?」
シャルルだけではなく、クルップも少し困った表情で日下部を見る。
「わかったわかった。じゃあ、これでどうだ?」
そう言って、差し出したのは緑の宝石のペンダントと槍。
もし、日下部の作戦に可能性があるというなら、彼女と戦う必要はなくなる。この神器たちも必要なくなるということだ。
「……丸腰で戦うってこと?」
「人間程度なら殴り殺せるしな」
「内容が魔王……じゃなかった。そっか……うん……うん……」
今の言葉と表情に嘘はなかった。あるのは覚悟だけ。
本気でこの戦いを終わらせようという覚悟。
日下部はおもむろにペンダントの方だけ手に取ると、槍は押し返した。
*****
近衛騎士団が戦う音が遠くで響いている。
震えが止まらない。そんな手を取る手があった。
「大丈夫。マリアが来てから、首都に魔物が攻めてきたことはない。自分の力を信じて」
「はい……」
「何かあっても、俺が必ず守る」
リュカの言葉に安心して頷き返す。念のため、この玉座には結界が張ってある。魔物は入って来られない。
そんな中、部屋に入ってきたのはひとりの騎士。
「シャルル騎士団長? ドラゴンの方は……」
ドラゴン討伐に向かったはずのシャルルだった。
ドラゴンを討伐してきたのなら、いくら何でも早すぎるし、外の騒ぎからしてまだ戦闘中だ。騎士団長である男が戻ってくるなど、一体何事かとシャルルの言葉を待てば、意外にも言葉を続けたのはヒラルト王だった。
「それ以上近づくな」
ヒラルト王の言葉を理解できたのは、シャルルひとりだった。
だが、一息に踏み込んできたシャルルの槍がヒラルト王の首に届く直前、見えない壁にぶつかり切っ先が弾かれる。
「チッ……」
寸のところで間に合わなかった。
「シャルル団長!? これは一体……!?」
理解できないとばかりに動揺しながらも、聖女とヒラルト王の前に立つリュカ。
見えはしないが、リュカの前に既に結界は張られていることだろう。不意打ちが失敗した今、シャルルの槍が届くことはない。
「人を信用しないにも程があるでしょ……これでも、アンタに誘われて騎士団長になってやったつもりなんだけど」
「知っているとも。貴様が、なにより家族のためならば、国ひとつ相手取る愚か者であるということはな」
「そりゃどうも」
愛する者のためであれば、このシャルルという男は、いとも容易く大国であろうと魔王であろうと敵対する。
「リカルドか」
現状、王位継承権を持つのは、唯一の血縁であるリカルドだけだ。それ故、もし誰かがこの国を乗っ取るならば、最も確実な方法としてリカルドを神輿として担ぎ上げる。
わかりやすい狙い目を放置などしているはずもなく、ヒラルト王もリカルドのことは常に監視していた。
もちろん、ルーチェの存在も魔王との取引についても、気づいていた。
「いつまでも微睡むばかりの愚か者では、この国を導くことなどできぬ」
「そいつが、神だの天使だの国民を騙してる人間の言い草かね?」
「騙す? 何をもって騙していると?」
ヒラルト王は、座したまま問いかける。
「天使はここに存在する。神器は貴様の手にある。神や天使を証明するものが事実ここにあるのだ。これ以上の証明はないであろう」
静かな目がシャルルを射抜く。
重く、息苦しい空気の中、背後から何かが転がる音に目をやれば、日下部が転がっていた。入り口には近衛騎士。
すぐさまシャルルが、近衛騎士を倒して日下部を見れば、大きなケガは無さそうだ。先程渡した守りの神器がうまく機能しているらしい。
「なにしてんだ。それ渡してなかったら簡単に死ぬとか勘弁してほしいんだけど」
「一般人に何求めてんの。あと、普通に王様の説法に感心してた」
敵地で何をしてるんだと呆れるが、立ち上がった日下部は見覚えのあるヒラルト王に目をやり、次にリュカ、そして聖女マリアへ目を向けた。
「あれ、日本人? マリアっていうから、てっきり外人かと」
「日本人、なんですか……?」
頷く日下部に反射的に会釈してしまうマリアの表情は訝し気で、警戒をしているのハッキリと見て取れた。
シャルルとの会話内容からして、敵であることは明白。
警戒を緩めず、ふたりとの間に結界を強く張る。
「同じ日本人同士、ここは仲良くしません?」
ある意味、意外な提案にマリアはその真意を測るように息を飲んだ。




