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53話 嘘つき程、堂々としてる

 敵ながら同情するほどの速度で飛んで行った、巨漢の騎士は、扉を破壊して中の何かにぶつかって、ようやく止まった。


「ホームランっってより、ビリヤード。やっぱ、効果範囲から出ると、放物線を描くっぽい?」


 こんな時でも、楽し気に神器の扱い方について調べている日下部に、味方ながらモーリスが本当に人間かと疑い始め、ガスタや周りの騎士たちもその光景に顔を青ざめさせた。

 その上、自分よりも動体視力がいいであろうクレアとカイニスにも、確認をしている日下部に、常識的な物は諦め、味方であることに感謝するのだった。


「ぁ、ぁくまめ……」


 ありえない速度で飛んできた騎士は、サンジェルマンの防衛魔法の前で、その言葉を最後に、意識を失った。

 部屋の中に、何が起きたのか理解できた人物は誰一人としていなかった。

 そのため、遅れて入ってきた状況を理解できている日下部の言葉に注目してしまう。


「マジで? 原型残ってる……てっきり、ミンチかと思ったけど、薄々感じてたけど、世界が違うと人間強度まで違う……?」

「ご主人……さすがに、それはどうかと思うわよ……」


 少し空気が読めないでは済まない発言に、さすがにピーキャットが止めるが、不思議そうな表情にそれ以上は無駄かと注意するのをやめた。

 あのハイテンションのまま会話を続けるのかと、ピーキャットが明らかに敵が多い部屋に躊躇なく入る日下部の代わりに、周囲を警戒すれば、意外にも日下部の方が足を止めた。


「……」


 知り合いがいないはずの異世界で、数少ない見覚えのある姿がそこにいた。

 後ろから追ってきたクレアとカイニスも、部屋の中に騎士が多くいることに気が付くと、足を止めた日下部の前に立つ。


「アレックス? それに、サナも」

「てか、状況マズくないっすか? エリサさん、下がって」


 満身創痍のアレックス以外に、それを取り囲むようにサンジェルマン率いる魔術師部隊。そして、サナや十三師団の仲間も。

 状況は火を見るより明らかだった。

 魔術師部隊も、敵らしき三人の既に魔法を放とうと詠唱をし始めている。


「……悪魔め」

「……はぁ? 悪魔ァ? 天使様の間違いだろ?」


 ただの嫌味のつもりの言葉に、サンジェルマンの表情が微かに強張った。


「……」


 感じた妙な違和感にサンジェルマンではなく、他の騎士たちに目をやる。相変わらず詠唱を続けている魔術師と、”天使”というワードに動揺したように詠唱をやめた騎士。それに、他にいる騎士たちまで、真偽を探るようにこちらを見ていた。

 先程、ガスタやガスタの周りにいた騎士も、魔王軍ではないと察した時、どこか納得しながらも怯えた表情をしていた。

 まるで、異世界人を本物の救世主(てんし)と勘違いしているかのように。


 よく考えてみれば、今まで出会ってきたのは、事情を知っていた洛陽の旅団に、それを手引きしていた十三師団。そして、日下部を異世界人と知らない騎士。

 本来の天使としての役目を考えれば、士気を下げないように、異世界人がただの人間と知られない方がいい。地下迷宮から出ることができるのは、超能力を持った人間なのだから、誤魔化し方はいくらでもある。

 正直覚えていないが、召喚された時も、人目のつかない夜を選んだのか、日は差しておらず、地下迷宮にも外には出ず連れていかれた。まるで、人目を避けるように。


「あはっ」


 自然と込み上げてきた小さな笑顔が見えてしまったモーリスは、苦虫を潰したような表情で見つめる。

 だが、モーリスの予想とは異なり、日下部はその嘲笑を柔和な笑みへ変えた。そして、場違いな程ゆっくりとクレアとカイニスの前に出る。


「お久しぶりです。ようやく、言葉を交わすことができますね」


 いつもの日下部からは想像できない柔らかい言葉に、背中に嫌なざわつきを感じながら、ふたりは日下部が前に出たことに何も言わず、様子を伺う。


「言葉など交わす必要はない。貴様は、天使に紛れ込んだ悪魔だ。純真な我らの願いを踏みにじらんとする。そこなる罪人たちを自由にするなど、その証左に他ならん」

「純真な願い? えぇ。戦争を終わらせたい。戦いたくない。平和な日常を取り戻したい。その願いは、私たちもよく理解しています。ですから、()()()()()()()()その願いを応えに参りました」


 風の刃が吹き荒れ、黒い何かに飲み込まれた。


「悪魔の甘言だ。我らは本当の天使を目にしている。貴様のような醜悪な笑みなどではない」

「……とても残念です。私は彼女のような美しい魔法は使えません。使えると言えば、この黒魔術くらい」


 纏っていたピーキャットは溶けるように床に落ちると、素早く構えている魔術師を数人突き刺した。

 攻撃されなかった魔術師が日下部へ攻撃を放つが、目の前に広がった黒い空間に飲み込まれる。


「なに……あれ……」


 圧倒的な力に魔術師も騎士も、自然と後退っていた。


「武器を置き、降伏するなら、聞き入れましょう」


 その言葉に、ほとんどの者が武器を置き、跪いた。

 自分たちが戦争の戦い為に呼び出し、捨てた天使が怒り、自分たちに天罰を下しに来た。


「戯言を!!」


 サンジェルマンと直属の部下たちだけは、戦う姿勢を崩さなかった。

 天使と名乗る彼女が、ただの人間であることを知っているがために。


 だが、ただひとり、魔眼を持っていたサナは、アレックスの腕の中で震えていた。


「本当に、あの人は、ただの人間、なの……?」


 大聖女どころではない神の加護を纏った日下部に、アレックスの腕にすがるよう掴む。


「あの人は、僕たちの味方だよ。この戦争を終わらせるために、一緒に戦ってくれている人」


 震えるサナを優しく抱きしめるが、その目はどこか不安そうに日下部を移していた。

 彼女がここまで怯える様を見たことがない。今の日下部は、確かにピーキャットを身に纏い、城にあった神器のほとんどを持っている状況ではあるが、魔眼を持っていないアレックスにとって、サナの言葉がどれほどの意味を持つかを真に理解することはできなかった。


「ふーむ……真似しても、うまくいかない……」


 サンジェルマンがこの国で最も高名な魔術師というのであれば、せっかくなのだから攻撃魔法を真似しようとするが、サンジェルマンの魔法は独自の方法で省略しているため、言葉を真似してもうまくいかない。


「あの杖があればいける?」


 杖の先端には色とりどりのエレメントが付いており、神器とは様子が異なるが、アレはアレでとても高度な杖にも見える。

 実際、日下部の見立てはあっており、サンジェルマンの杖は、クルップが神器を複製しようとして作り出した世界に二本と存在しない杖だった。


 サンジェルマンは攻撃魔法を使いながら、同時に精神に働きかける魔法を日下部にかけていたが、効果は出ていなかった。

 理由はわからないが、日下部に聞かないならばと、後ろにいるクレアに向ける。


「カイニス!」


 自分の意識に反して、動き出す体に、すぐさま叫べば、カイニスがエリサの背中を守るように体を滑り込ませる。

 直後、盾にぶつかる剣の重さも冴えも、以前の比ではないが、問題はそこではない。


「ちょっと……これじゃあ、アタシも迂闊に前に出れないわよ」


 日下部の意思を汲み取り、ピーキャットは”なんだかわからない黒い魔術のような魔獣のような何か”を演じながら、騎士団を攻撃していたが、味方が操られて攻撃されるのでは、日下部の盾として戻るしかない。

 ただでさえ、味方というだけで警戒が薄れるのに、その上、このふたりに比べて日下部は弱い。日下部だけで防ぎきるのは、不可能。


「悪趣味だな……!! あのジジィ……!!」


 言うことの利かない体を無理矢理抑えて、サンジェルマンへ恨み言を吐くが、サンジェルマンはニヒルに笑うのみ。


「悪魔には裏切りがお似合いだろう」

「やってることが完全に悪役なのはツッコムべき?」


 騎士らにとって脅威であるピーキャットが、日下部の防御に回ったということは、サンジェルマンはより魔法を使う余裕ができるということだった。

 防戦一方になれば、あとはすり潰されるのを待つだけ。敗北を意味する。


「状況わかってます!? 俺も精神魔法とか防ぎようがない゛っ!!」


 クレアの攻撃を防ぎながら、サンジェルマンに狙われれば、カイニスも躱し切れるはずもなく、体の自由が奪われる。

 エリサに攻撃するくらいなら、ピーキャットに刺された方がマシだと、まだ動く口でピーキャットに伝えようとすれば、突然足元が浮き上がる。


「わーっ慈悲深ーい」


 なんとも見事な棒読みなセリフと共に、日下部は強く地面を蹴った。

 ほぼ無重力で駆け出す速度に加えて、容赦なく振り下ろす棍棒。

 本来の日下部の力以上ではあるが、サンジェルマンは杖で防ぐ。近接戦闘が苦手な魔術師とはいえ、大国のトップクラスともなれば、一般人との戦闘程度なら容易にこなせる。


「――」


 エレメントが魔法を使う直前のように、輝き出す。

 強く棍棒を押し、反動で後ろに逃げようとすれば、日下部の頭上に氷のつぶてが出来上がっていた。


 本来であれば、着地した日下部に氷のつぶてが直撃し、勝負がつく。


「止まっ、た……?」


 だが、日下部の上のつぶては一向に落ちなかった。

 それどころか、日下部の持つ棍棒で一度つぶてを叩き弾けば、騎士たちに襲い掛かってきた。


「あんなの、どうすれば……!!」

「本当に、天使なんじゃ――」


 部下の慌てる声をかき消すように、杖を地面に強く叩きつける音が響く。


「不思議なことをいうなぁ……自分たちが呼び出したものを理解していないと?」


 自分たちが呼び出しているのは、ただの人間のはずだ。

 だが、この圧倒的な力を前に、万が一にも本物が混ざっていたならと、考え出していた。


 そんなことはありえないと、今にでもサンジェルマンは叫びたかっただろう。

 そうすれば、勝てる見込みがある。


 騎士を攻撃している黒い何かは、攻撃と防御を行っているが、黒い影はわかりやすく、日下部が動き出してからは、常に防御に徹している。なにより、意識を持っているらしく、クレアからの予想外の攻撃が来た時に反応が遅れた。

 そして、日下部自身は、棍棒のような神器を扱いきれていない。

 その証拠に、せっかく宙に浮かせて無力化していたクレアとカイニスのふたりが、先程の攻撃と同時に地面に降りている。

 騎士たちほど戦いに慣れているわけではなく、戦術にも解れが多い。

 確かに、神器は脅威だが、それだけならば異世界人を地下迷宮へ捨てる方法を取る必要がない程度には、対処ができるのだ。


 だが、絶望的に日下部の嘘が上手かった。

 少しでも、自分が天使であるという言葉に躊躇があれば。

 少しでも、自分が弱いと保身に走っていたなら。

 残念なことに、日下部は、そのどちらもしなかった。

 堂々と、我々が今まで見せてきた天使像そのままに会話を交わし、余裕を見せて力を示した。


 その様は、忠実な部下であっても、本物かもしれないという疑心を生んでしまう程度に。


「サンジェルマン様……本当に、我々が召喚していたのは――」

「悪魔は古来より、天使や神々すらも甘言を用いて堕落させてきた。貴様らの信仰している神はなんだ? 我々は悪しき魔族を滅ぼすため、神々より力を授かっている! 人を守るため! 悪魔も魔族も、悪を全て討ち滅ぼす為だ!!」


 まさに困惑という表情で、忠実なはずの部下たちを鼓舞するサンジェルマンを見つめる騎士たち。

 『神々から天使を通して”神器”という武器を授かり、悪である魔族を倒していた』という彼らにとって、最も心の支えとしていた根底が崩れかけているのだ。何を信じればいいのかわからなくなるのも理解できる。

 むしろ、随分と隠し通したものだと、感心したくなる。


「一言優しい言葉をかければ、コロッと寝返るんじゃない?」

「……」


 耳元で囁くピーキャットに、日下部は小さく首を横に振った。

 言葉というものは、大きな意味を持つ。嘘をつく時や誤魔化す時に、下手な言葉を並べることを共感してしまえる人間にとって、疑い始めた状況の口数と口調が強くなるのは、なんとなく察してしまうのだ。

 相手が、哀れむように沈黙しているなら、尚更。


 ひとりが、杖を置いた。


「ッ!」


 サンジェルマンだけではない、戦う意志のあったはずの騎士たちにも動揺が広がる。


「キャット。杖の先だけ飲み込んで」


 あと一押し。

 日下部がもう一度駆け出せば、今度は高く飛び上がり、ほぼ真上からサンジェルマンを叩きつける。


 大きく隙のある攻撃に、サンジェルマンも杖で防ぐが、同時に先程の重さ以上の力が加わる。それも一時的ではなく、継続的に加え続けられている。

 先程のように魔法を放ち逃げることが最善だが、魔法を放つためのエレメントがピーキャットに飲み込まれ消える。

 これでは、魔法の発動に時間が掛かる。

 杖を捨て、体を逸らさせないための真上からの攻撃。


「一度吐いた唾は飲み込めねェよ?」


 恐れる魔術師や騎士たちに、本当は今すぐにでも日下部が人間であると大声で叫びたいだろう。

 そうすれば、日下部など容易に殺せる。


 だが、できない。

 もし、それを叫んでしまえば、今まで積み上げてきた神が、天使が助けてくれているという、この戦争の大きな正当性という支えを失う。そうすれば、魔王軍に負ける。

 最も避けなければいけない事態のために、サンジェルマンはこの場を切り抜けるための決定的な言葉を使うことができなかった。


 嘘をつく大人は大変だ。


 自分の命か、今後の国か。

 葛藤を続けた表情のまま、サンジェルマンは床に頭をめり込ませた。

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