52話 置いていかれる者
『こんな戦い間違っている。
何の関係のない世界の人間を巻き込んで、戦いを続けていいわけがない』
『必ずその時はやってくる。
だから、その時まで、君たちにはこの国を、人々を守ってほしい』
アポロム団長からの最後の命令。
当時は、地下で異世界人を守る団長たちに任された大切な役目だと、誰もが興奮していた。
だが、処罰として片腕と片足を落とされたオルドルの姿を見た時、仲間の一部の興奮が覚めた。
魔王軍との戦いで仲間が死んで、鼓舞するためにアポロムの名を出した仲間が裏切り者だと拷問にかけられた。
カイザーン家が取り潰しになった時、助けに行かなければと向かおうとした仲間が殺された。
『人間が享受できる幸せには限度がある。それに、過ぎた幸せを自分にばかり向ければ、身を滅ぼす毒にもなる。
だから、自分が享受できる幸せ以上の才能に恵まれたのなら、その余った分は誰かのために使いなさい』
人族として恵まれた魔法の才能と魔眼。そして、剣の才能。
おかげで、孤児院から先生の元へ。アレックスやクレアと出会い、ハミルトンやアポロムに出会い、騎士団に入って多くの仲間に出会えた。
魔王軍との戦いは大変でも、幸せだと確かに答えられた。
「私は、自分のためだけに力を使っていましたか……?」
私が戦っていれば、私が助けに向かっていれば、仲間は拷問にもかけられなかったし、死ななかった。
魔王を私が打ち倒せば、異世界人など召喚せずにアポロムたちも幽閉されなかった。
「……サナ、くん……?」
片腕、片足を失い、痛みと熱に苦しむオルドルが、ぼんやりとこちらを見つめる。
人は簡単に死ぬ。オルドルも助かるか、わからない。
だというのに、私を見て、オルドルはいつもと変わらず微笑んだ。
自分にあの時ほど呆れたことはない。
幻想にばかり見て、今助けられる誰かすら助けようとしない。
それが、一番ダメだ。
「だから、団長。死んでください」
カイザーン家から押収された剣と鎧を大穴へ投げた。
団長に、名誉ある死を。
私たちに、夢から覚める絶望を。
しかし、団長の死体どころか、鎧や剣すら回収されず、団長の死を確信させる情報は上がってこなかった。
生死がはっきりしない中、仲間たちの興奮は徐々に覚めていく。
それでいい。もう、きっと生きていない。
誰も。誰も、生きては地上へ帰れない。
私が守るべきは、生きている仲間。
「みんな、死んじゃったかな……」
クレアが捕らえられて、まだ生きている人がいると言われた時、まだ助けられるかもと思った。
けれど、魔王軍が攻めてきたなら、もう十三師団は用なし。生かしておく理由がない。
「まだ、間に合うかな」
今から攻めてきた魔王軍を倒して、魔王を倒せば、まだ生きている十三師団は、アレックスを助けられるかな。
どうせ、サンジェルマンがいる。なら、守りを任せたっていいじゃないか。
「……私、また……」
死んだ人ばかりを考えている。
私が守るべきものは、もう決まっているのに。
私のために力を使ったら、何もかも無くなるかもしれないのに。
今、私が守るべきものを守るために戦う。
諦めろ。諦めるんだ。
忘れなくてもいいから、手に残った物を落とさないようにするんだ。
騒ぎが近づいてくる扉に、剣を抜き、魔法を放つ準備を整える。
「サナちゃん!!」
扉を勢い良く開けて入ってきた、見まごうことない彼の姿に、息が詰まった。
「――――アレク……?」
どうして。
ここにはいないはずのアレックスが、どうしてここに?
本能が理解したくないと拒否するが、嫌というほど理解してしまう。
アレックスは魔王軍で、ここにきてしまったのなら、騎士は殺さなければいけない。
「どうして……」
団長は? 副団長は? 他のみんなは? 生きているの?
「どうして、生きてるの……」
生きていては困る。
生きていたら、私はまた存在しない希望に縋りたくなってしまう。
「……ごめん」
「――ッどうして謝るの!? 怒らないの!? 死んでって言ったんだよ!?」
大切な仲間に『死ね』と言われて、どうして申し訳なさそうにできるんだ。
「これから、僕はもっと悪いことをするから」
アレックスは、剣を抜き、構える。
「許してくれなくていい。だけど、戦いたくないのは本当だよ。だから、通してくれたら嬉しいな」
昔と変わらない、はにかむような笑み。
最期まで一緒にいさせてほしいと懇願した時ですら、目も合わせなかったアレックスが、しっかりと目を合わせていた。
かつての仲間と同じで、何かを隠しているオルドルと同じ。
「私は、また置いて行かれるんだね」
また自分たちだけで解決しようとしている。
また残されて、満足気に死んだ仲間の骨を拾うんだ。
「私が本気を出したら、誰も勝てない癖に……!! なのに……! なのに、どうして一緒に連れて行ってくれないの!? 私を信じてくれないの!? 命を掛けさせてくれないの!?」
踏み込み、アレックスに向けて剣を振り下ろした。
*****
カイニスとクレアの息を整えるため、足を止めるが、時間がないのは事実。情報だけでもと、追いかけてきているであろうシャルルについて聞けば、予想外にカイニスが目を輝かせる。
「そういえば、カイニス、なんか冒険者に憧れてたって……」
貴族なのに、騎士団入団試験をすっぽかして、冒険者になるくらい憧れの冒険者がいたとか、前に言っていた。
「シャルルさんっす!」
「なるほどぉ?」
その目の輝かせっぷりは、竜殺しの題材の詩を全編語りそうな勢いだ。
時間がないとクレアに中断されるが、竜殺しなど日下部が食いつかないわけがない。
視線を感じて目をやれば、クレアの予想通り、目を輝かせていた日下部が、文句ありげにクレアを見ていた。
「ふたりとも、状況分かってる?」
わかっていそうなのが怖いところだ。
「仕方ないなぁ……カイニス。死にそうになったら、竜殺しの話ちょっぱやで聞かせてね」
「エリサさんが死ぬまでだと、角を叩き折ったところまでしか行きそうにないっすね。個人的には空を飛んでる竜の背中を突いて、滝つぼに落とすシーンが好きなんすけど、そこでもいいっすか? 30分、いや、一時間くれれば!」
「はい! おわりおわり!! 続きはまた今度!!」
絶対に終わらない会話を無理矢理区切り、日下部の襟を掴み、玉座の間へ向かう。
聖女の暗殺がうまくいったかはわからないが、そちらはアレックスとモーリスに任せ、自分たちは国王暗殺へ向かわなければいけない。
断じて、英雄譚にうつつを抜かしている場合ではない。
モーリスは地面に横たわっていた。
「十三師団の連中が暴れ出すから、もしやと思えば、人間の皮を被った虫はしぶといもんだな」
ガスタとの戦いが長引けば、騒ぎに気付いた周辺の騎士がガスタの加勢し、モーリスはすぐに劣勢になった。
「決闘に横槍とか、ホントに騎士かよ」
「決闘は人間同士でやるものだ。虫と人間なら、ただの蹂躙というのだよ」
起き上がろうとするモーリスに、巨漢の男はその体で上に跳ぶ。全身を鎧で包んだ巨漢の騎士に押し潰されれば、ただでは済まない。
その上、無駄に俊敏なこの騎士から逃げるには、ダメージを負い過ぎていた。
迫る鎧に、せめてと剣を突き立てようと構えた時だ。
「ゥら゛ァ゛ッッ!!」
盾を構えたカイニスが巨漢の騎士へ体当たりをした。
吹き飛ばされたと理解した騎士は、地面に転がると同時に受け身を取り、低い姿勢のまま襲撃者を狙い、突進しようと足に力を込めたが、兜を掴まれると地面に叩きつけられる。
「なん――のぉッ!!!」
叩きつけられると同時に緩んだ力に、騎士は抜け出そうと顔を上げた瞬間、強い衝撃にもう一度地面に叩きつけられるのだった。
「うわっ……兜割り……? 初めて見た……」
カイニスの攻撃を一部始終見ていた日下部は、恐怖半分関心半分に、叩き割られた兜が地面に転がるのに声を漏らした。
「な、なんだこれ……!?」
「が、ガスタ隊長……!!」
だが、それ以上にガスタは、周りの光景に目を奪われていた。
周りを取り囲んでいたはずの騎士たちが、宙に浮いている。魔法を使った様子はなく、こんな人を宙に浮かせる魔法など聞いたことはない。
ひとりが剣を抜こうとすれば、黒い何かが騎士を飲み込んだ。
「…………」
クレアに切っ先を向けられていようが、なかろうが、関係ない。
勝ち目がない。
「降参する」
「隊長!? 何を言ってるんです!? 魔王軍に降伏など……!!」
「お前には、こいつらが魔王軍に見えるのか?」
対抗手段もない癖に騒ぐ騎士たちは、次々と黒い何かに飲み込まれ、徐々に静かになっていく。
人知を超えた存在。この国で、その知らない人間はいない。
武器を置いて、両手を上げるガスタを訝し気に見つめた日下部だが、足元から呻く声に視線をやる。
先程カイニスに倒された巨漢の手が、地面を掴んでいた。そして、日下部を睨みつけていた。
「……」
その目は、自分が正しいと信じて疑わない目。
何度も見たことがある。
「君、すごく良い体してるね」
やけに楽しそうに、優しく声をかけると、その丸々と大きな体を持つ騎士の体を軽く、神器の棍棒で小突くのだった。
サナとアレックスの実力差は、絶望的だった。
「サナ、やめろ!! アレックスが死んじまう!!」
仲間の声に、突き立てかけていた剣が止まる。もう、アレックスに立つ力は残っていない。
サナは荒い息のまま剣を下し、縄を持ってこさせようとした時だ。
「どうして殺してはならないのです?」
サンジェルマンが、なぜ殺さないのかとサナを見つめる。
「貴方方は、裏切り者ではないのでしょう?」
「……もう、彼に戦闘能力は」
「だから何だというのです」
「今の私たちには、情報が不足しています。生け捕りにして、情報を引き出せるなら……」
「そうやって、クレア・レイノールからの嘘の情報で混乱した城内を見なかったのですかな? 暗に、殺したくないようにしか聞こえませんね。やはり、貴方方は裏切り者なのでは?」
「違っ――!!」
違う。否定しなければ、今の仲間が殺されてしまう。
サンジェルマンの言葉を否定しようとした時、サンジェルマンに向かう小さな火の魔法は、サンジェルマンの防衛魔法に霧散する。
魔法の出所に目を向ければ、アレックスがサンジェルマンを睨んでいた。届かないと分かっている初級魔法をまた詠唱していた。
「やめて!! そんなことしたら――」
殺さないといけなくなる。
口走ろうとした言葉に気が付き、自分の手で口を塞ぐ。
決めたんじゃないか。
今の仲間を守るって。助けられない仲間は、もう諦めるって。
震える両手で、魔剣を握り、かつての仲間へ向ける。
息が苦しい。視界が霞む。
サンジェルマンが見ている。
やらなければ、証明しなければ、誰一人守れなくなる。
だから、だから――――
「もう、やだ……」
消え入りそうなかすれ声と共に視界に入ったのは、魔剣を自分に向けるサナの姿だった。
誰もが想像しえなかったその光景に、アレックスは誰よりも早く彼女に手を伸ばした。
だが、その手は届かない。
「サナちゃ――」
声も何もかもが、遅かった。
ただ、ビリヤードの球のように弾かれた不憫な騎士を除いて。




