51話 竜殺しの英雄
一番最初に気が付いたのはクレアであり、投擲されたのが魔槍で、狙われたのが日下部だと理解すれば、少しだけ安堵した。
予想通り、ピーキャットの中に飲み込まれていった魔槍。槍を弾くか、地面に突き刺されば、日下部はもちろん、仕組まれた魔法が発動して、この辺りが吹き飛んだ。
だが、安心したのは束の間。こちらへ向かってくる人影が問題だった。
「シャルル団長……!」
王立騎士団団長であり、あのヒラルト王が頭を垂れて国防に加わってもらった実力者。
「シャルルって、”竜殺し”の!?」
アポステル大国を襲った巨竜を倒した英雄。他国でもその名は轟いており、吟遊詩人にも人気のある題目もモデル。
「なにそれカッコイイ!」
「ご主人殺されかけてんのよ!?」
ピーキャットがいなければ、死んでいたと知ってか知らずか、日下部は”竜殺しのシャルル”という名前に目を輝かせていた。
「カッコイイんすよ!」
いつもなら止めるはずのカイニスまでも、目を輝かせる状況にクレアが慌てる。危機的状況にカイニスまでまともでなくなっては困ると振り返り確認をすれば、状況は理解しているらしく、カイニスは日下部を抱えて走っている。
ドラゴンも倒すような英雄に正面から挑むのは下策だ。手があるとすれば、ピーキャットだ。
「無理ね。前は隠れてたのにバレてたし。今回のも、アタシの存在の確認するためにも見えたし。それに、アレって神器じゃない?」
ピーキャットの言っているのは、シャルルの持っている槍。
普段は持ち歩いていないが、ドラゴンがいる可能性があるならと、持ち出してきた神器。
”穿貫の槍” その名の通り、どんなものでも貫くと言われている神器の槍だ。ピーキャットの本質は広大な空間。貫く対象に適応するかはわからないが、シャルルを槍と共にピーキャットに収容するということは、もし槍がピーキャットを貫いたのなら、最初に被害に遭うのはピーキャットを身にまとっている日下部ということになる。
「守りの神器も持ってるから、普通の攻撃じゃどうにもならねェ。キャットが無理なら、とにかくここは逃げるぞ」
「え、神器ふたつ? なにそれズル」
最強の矛に、最強の盾。国の最大の戦力らしい武装に、日下部は徐々に近づいてくるシャルルに舌を出してやった。
「エリサさん、今、煽りました?」
「ン゛ッセンジュツダヨ」
「とにかく、建物の中に! あんなのまともに相手なんてできるか!」
城壁は迷宮の壁からできており、攻撃などでは傷つきにくい。逆に言えば、リーチの長い槍を大きく振ることはできない。攻撃方法を減らすことができれば、遮蔽物が多い建物内なら、逃げるチャンスもできるはずだ。
カイニスが日下部を抱えている分、どうしても走る速度は遅くなり、シャルルとの距離は徐々に縮まっていく。
一切外れない殺気の籠った視線に、昂った気持ちも震え上がる。恐怖で喉が渇く。だが、視線を外したらその時点で負けだと、やってみろとばかりに睨み返す。
そんな日下部の微かな震えに気が付いたカイニスは、ただ強く腕に力を入れた。
「建物に逃げ込まれるのは面倒だな」
室内の戦いになれば、ピーキャットの奇襲は致命的になりかねない。それだけではない。
一般人であれば、震えて動けなくなる殺気をものともせず、睨み返す日下部の底が見えない。神器をいくつ持っているのか。どのタイミングで使用してくるか。規格外の性能が、視界から外れたところで使用されるのは脅威だ。せめて、視界にいるところで使用されれば、対処も考えようがある。
槍を投げたところで、先程と同じように黒いなにかに吸い込まれる可能性はある。なにより、手にあるのは神器だ。投擲するなんて本来ありえない行為だが、危険人物をこのまま逃がすよりマシだと、槍を握り直し、狙う相手を見定める。
「!!」
だが、こちらを睨んでいたはずの日下部が視線を逸らし、何か話をしている。その手には、高品質の火のエレメントのような美しい石。
そして、こちらを確認するように見るが、どこか視線は別の場所にあり、何かに教わるようにその石を高く放り投げた。
ただの魔法なら、守りの神器を頼り、このまま槍を投擲するが、異世界人が妙な動きで投げた宝石のような石。その条件が揃ってしまっては、スピードを緩めて、攻撃を見極めるしかない。
シャルルが、石に近づきすぎないよう少し足を遅めれば、石はただコロコロと地面を転がった。
「あのガキ……!!」
こちらが警戒していると理解した上で、それを利用してきた。
これに熱くなって攻撃に繰り出したら、今度こそ本当の神器がくるかもしれない。本命はそちらかもしれない。だが、そう考え動けなくなるのこそ、日下部の狙いの可能性がある。
「ごめん。ありゃたぶんダメだ」
騎士団長というのだから、少しくらい逡巡して時間稼ぎさせてほしいところだが、残念ながら英雄気質の方が強いようだ。
負傷覚悟で攻撃してくる。
仕掛けてきたのは、中央棟の建物を繋ぐ空中廊下の下。神器を失い、最悪自分も死ぬ可能性も加味した上で、槍を投擲する構えを取った。その時だ。
「なっ――」
空中廊下が落ちてきた。
「わっ!?」
それは、日下部たちにとっても予想外だったが、シャルルと違ったのは、空中廊下を飲み込めるピーキャットがいることだった。
日下部達の上に降ってきた部分だけを飲み込んだピーキャットは、振動で動けなくなっているクレアとカイニスを捕まえると、空中廊下の根元に移動する。
中に収容できない日下部の体を巻きつけ、吊り上げれば体が浮き上がり、土埃をあげる空中廊下を眼下が広がる。
「キャット! さっきの槍投げて!」
瓦礫に巻き込まれて死んでいるなどと、守りの神器を持っている人間に期待などしない。
日下部の言葉にピーキャットに、先程の魔槍をおおよそシャルルのいた場所へ落とすと、土埃の中にもうひとつ大きな爆発が起きた。
「爆発した……?」
「魔槍だったからね……てか、知らずに投げたの」
「いや、お返しはしてやろうかと」
しかし、神器の守りがあるなら、死んでないだろう。だが、さすがに足止めにはなっているはずだ。
その上、何故、空中廊下が落ちたかはわからない。一度、逃げた方がいい。
「ったく……なんだって城が崩れるんだ……」
土埃の中で、シャルルは悪態をつく。
ドラゴンが暴れても壊れない迷宮の壁を使用しているはずの城壁が、こうも軽々と壊れるなど、神器以外に考えにくいが、日下部が何かした様子はなかった。それどころか、日下部たちも巻き込まれているように見えた。だが、先程投げたはずの魔槍の爆発が崩落後に起きていた。まるでこちらを狙うように。巻き込まれてはいたが、日下部たちは生きていると考える方がいいだろう。
だが、問題は城壁を壊した方。神器を日下部以外の誰かが持っている。その可能性が最も恐ろしい。
その相手が、魔王軍であればなおさら。
気配のする方向へ目を向ければ、土埃に映る小さな影。
「全く……誰が城を作っとると思ってんだ。若造」
覚えのある声と影に、シャルルは驚いたように目を見開いた。
城内は予想通りの騒ぎで、騎士以外のほとんどが城門の近くへ逃げ、中央棟に残っているのは王族たちを守る騎士と一部の使用人だけ。
「ガスタ殿。聖女様の避難終了致しました」
「わかった。魔王軍は?」
「中央棟の廊下が落とされたと。騎士団長がその崩落に巻き込まれたという情報もあり……」
予想以上に近くまで来ている魔王軍の情報に、ガスタも舌打ちを漏らす。重役は避難させ、現在の最高戦力のひとりであるサナが守りを固めている。
だが、本当に魔王軍が来ているなら、現在の戦力では太刀打ちできない。
「……いっそ降伏したくなってくるな」
「は……? 魔王軍にですか……? 降伏したところで、あの野蛮人共が受け入れるわけないでしょう!?」
「国際法じゃ、投降した捕虜は丁重に扱え言われてるんだけどな……無理な話か」
ため息交じりに溢した言葉に、部下も乾いた笑いを零す。
「サナ殿の周辺で待機してる騎士たちを退避させろ。足手纏いだ」
大魔法を使うことになるならば、サナとの連携に慣れていない騎士がいては、ただの足手纏いだ。
ガスタの伝令を伝えに、部下が向かおうとすれば、目が合う彼ら。
「……」
どちらも目が合うと、一度視線を逸らし、心底嫌そうな表情でため息をつき、次の瞬間には切りかかった。
「ちょうどいい。ヒラルト王との謁見をさせてもらおうか?」
「なら良い場所に案内してやるよ。大人しくしてたらな!」
モーリスは、アレックスに向かおうとする騎士の横腹に蹴りを入れる。
「すみません!! 頼みます!!」
アレックスは足を止めず、走り続ける。もはや、足を止めている余裕はない。
すぐに魔王軍襲撃の嘘は露見する。混乱が収まるまでの短い時間に、ヒラルト王と聖女を暗殺しなければいけない。
「アレックスひとりで守りを突破できると?」
「できるできねェんじゃねェんだよ。やらなきゃならねェんだよ」
「少しはまともな頭を持ってるかと思っていたが、見当違いだったようだ」
十三師団は腕っぷしだけで集められた集団であり、力で解決しようとするものが多数だ。その中でも、モーリスは部隊長を任される程度には、作戦を考えられる相手と思っていたが、違ったらしいとその剣に入れる力を強める。
「テメェこそ、その回る頭でどうせ、サナの周りを魔法に巻き込まねェように十三師団の連中にしてんだろ」
「!!」
サナの実力は確かに高い。それは、魔法と剣技を合わせた力でもある。そのため、攻撃範囲は広く、サナとの共闘に慣れていなければ傍で戦うことは逆に危険であり、サナ自身も大きな魔法を使うことができない。
ガストもそれを理解しており、サナたち十三師団はヒラルト王たちを守る防衛線の最前線であり、近くには遠距離に対応できる騎士を多く配置している。
「アレックスを追え!! 十三師団は全員敵だと思え!!」
「行かせるかよっ!!」
伝令に向かう騎士止めようとするモーリスを遮る。
「……本気で、今でも仲間だと思ってるのか?」
もし、現在の十三師団が全員裏切れば、戦況は一層悪くなる。それこそ、取り返しのつかないレベルで。
「全員がそうだとは思ってないさ。だが、俺が生きてる。それが証明だ」
かつての仲間が全員味方でなくても、オルドルのように全面的に味方でいてくれない仲間もいるだろう。しかし、幽閉されてから、死んだと思われようとも、誰かは大穴から物資を投げ入れ続けてくれた。祈りでも、懺悔でも、理由は知らない。だが、共犯とされる危険を冒してでも、手を差し出してくれた誰かがいる。
ならば、それを信じる。
アレックスは走った。モーリスやクレアのように剣の実力がない自分では、部隊長クラスが出てきただけで、簡単に殺されてしまう。
だから、先程の爆発に気を取られている間だけが、聖女を殺せる可能性がある。元一般人である聖女であれば、可能性がある。
「ぐっ……!!」
腕に刺さった矢。廊下の先に、弓兵がこちらを狙って構えている。
すでに放たれた矢は、痛みに足を止めたアレックスに刺さった。
「ッ」
廊下の向こうで、また矢を放つ姿見える。アレックスは、痛みを堪え、通路の向こうへと隠れる。
追いつかれてはいけない。走らなければいけない。
近づく鎧の音に、足を引きずりながら歩き続ける。
「アレックス、なのか……?」
覚えのある声に、振り返れば、弓兵からアレックスの状況を確認して来いと言われたであろう騎士が立っていた。
「ローニャさん……?」
十三師団の仲間だった。
「なんで、ここに……いや、待て。どういうことだ? アポロム団長もハミルトンさんも、みんな死んだんじゃ……」
何が起きているのだと、動揺するローニャに、アレックスは少しだけ救われた気がした。
「手を貸してください!! 僕たちは、この戦いを終わらせに来ました!!」
恨まれてはいない。いまだ、志を共にしていた彼らはまだ生きている。
その言葉を聞いたローニャの目は、確かに依然と同じ強い力を宿していた。
「あぁ……! 俺たちは、ずっとその言葉を待ってたんだ……! 命でも何でも貸してやる!!」
差し出されたローニャの手を取ろうとした時、鈍い音が響く。
「許すわけがないでしょう。裏切り者め」
弓兵たちだった。短剣をローニャに突き刺している。
驚き手を止めるアレックスの手を、ローニャが強く掴み、引っ張り上げる。
「遠くからしか攻撃できねェ、タマの小せェ奴らに俺が殺せるかよ」
ローニャはアレックスを立ち上がらせると、通路の先の扉を指さした。
「そこにシケた面した野郎いる。そいつに言っとけ。テメェにアンニュイキャラなんてクソ似合わねェってな」
押される背中に従うまま、アレックスは走った。




