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50話 思惑

「は? ドラゴン?」


 城内の騎士たちは、目を白黒させていた。

 巨大なドラゴンが身じろげば、地響きとなる。しかし、地響きは起きていない。


「しかし、あの炎はドラゴンの物です!!」


 日下部たちが仕込んだバックドラフトは、予定とは異なりそれほど大きな音を立てなかった。

 しかし、その突発的な破壊力と魔法以外にあり得ない炎の柱が、魔法の行使をした様子もなく行われた光景に、目撃した使用人と騎士はその存在を想像した。


「地下迷宮に魔王軍がいるという話は、本当だったんですよ! すぐに魔王軍が攻めてくる!!」


 いつの間にか広がっていた嘘の情報を一番に信じたのは、使用人たちだった。

 もし、その情報をもたらしたのが、かつて地下へ幽閉された人間の言葉だと知っていれば、騎士同様信じる者も少なかったかもしれない。だが、彼らに情報をもたらしたのは、騎士たちであり、戦う力のない彼らにできるのは逃げることくらいだった。


「落ち着け。魔王軍が侵攻してきたなら、まだ動きがないのはおかしいだろ」


 ガスタが慌てる騎士たちを落ち着かせる。ドラゴンが現れたと情報が入ってから、既に数分。本当に魔王軍が攻めてきたなら、目撃情報や戦闘が出てくるはずだ。

 しかし、騒ぎの声はするが、魔物が押し入ってきた声もしなければ、報告もない。


「とにかく、確認急げ」


 状況が確認できない状況では、真偽判断をつけようもない。

 王族などの避難はもちろん、混乱している使用人たちを落ち着かせなければ、騎士にも混乱が伝わる。なら、使用人たちにも魔王軍の情報をもたらしたのが、裏切り者の元十三師団であることを伝えるか。それは悪手だ。

 彼らの出自は貴族ではないことから、使用人たちからの信頼は厚く、処罰が決まった際にも反対した数人の使用人が城から追い出された。

 本当のことを伝えたところで、火に油を注ぐようなもの。彼らが命がけで伝えに来たのだと、城から逃げようと騒ぎが大きくなるだけ。

 ガスタは、乱暴に自分の頭を掻くのだった。


「オルドル。この騒ぎはなんだ」


 その騒ぎは、リカルドの耳にも入っていた。今朝にでも、ルーチェとクルップを逃がそうとしていたが、その場所は渦中の場所。下手に逃がそうとすれば、ふたりをわざと逃がしたことが発覚してしまう。


「ドラゴンが地下迷宮より扉を破壊、侵攻してきたとの報告が入っております」

「ドラゴンだと……?」


 驚いた声はリカルドの物だけではなかった。リカルドは、少しだけ開いていた自室のドアを閉めようとするが、オルドルが止める。


「無為に他の者を混乱させたくはなりません。中で報告をさせて頂いても?」

「あ、あぁ」


 ここでは、他の人間に聞かれるかもしれない。リカルドは、車いすのオルドルを部屋の中に招き入れた。


「一部では、魔王軍だという話も上がっています」

「そんなはずはない……!! 貴様もわかっているだろう」

「えぇ。この混乱を起こしている犯人も目星がついています」

「なら、その者たちを捕らえよ。今、事を荒立てては――」

「そこに隠れている方」


 オルドルは、部屋の奥。物陰に目をやった。大人では、ひとりが限界とも思える大きさの場所から、確かに声が漏れていた。


「貴方方の仲間でしょう。心当たりがあるのでは?」


 バレている。リカルドは、苦い表情をしながらも、隠れているふたりに出てくるように伝える。

 どちらにしろ、このふたりを逃がすために、オルドルの力を借りることになる。時間の問題だ。


「クルップ殿……なるほど。だから宝物庫の鍵が開いたのですね」


 隠れていた人物は、意外な人物で、オルドルは驚いたように少しだけ目を見開く。


「他の連中にも会ったんだな」


 どうやら、作戦は順調に進み、あとは国王と聖女の暗殺を残すばかりのようだが、オルドルの様子は協力をするようには見えない。

 昨晩のリカルドの言葉に、オルドルや魔王の様子も含め、少なくとも協力をしてくれる様子はない。


「えぇ。助言を与えましたが、受け入れてはくれなかったようですね」


 サナを連れて逃げるだけなら、これだけの大事にはならなかった。こうも大事になっては、騎士であるサナを連れて逃げるのは困難。

 彼らもまた戦うことに決めたということだ。


「ルーチェの仲間が……? 魔王軍ということか?」

「いいえ。魔王軍ではありませんが、魔王と交渉し、ヒラルト王と聖女暗殺を条件に地上へ出てきたようです」

「つまり、魔王は彼らに乗り換えたと?」

「魔王としては、どちらでも構わないのでしょう。戦争を終わらせるため、ヒラルト王暗殺は必須であり、彼にとっては早く済むならば、それに越したことはない」


 リカルドやオルドルの作戦は、時間が掛かるものだ。その間も戦争は続き、どちらの命も減らし続ける。

 終戦後の国民の平和や安全を憂い、水面下で穏やかな終戦を望むリカルドと、終戦後のことなど関係なしに、戦争を長引かせている要因を力尽くで排除しようとする日下部たち。

 魔王にとっては、戦争が早く終わるならばそれが一番であり、リカルドと日下部、協力者はどちらでもよかった。

 別の協力者が現れたことで、リカルドの知りえないところで魔王軍が直接城へ乗り込む可能性は否定できない。


「殿下。この魔王軍の侵攻は、嘘だと考えられます」


 しかし、オルドルはこれをはっきりと否定した。


 まず聖女の結界。結界が正常に機能していることは、すでに昨晩証明されている。もし、聖女の能力が偽りもしくはすでに魔王軍と協力していれば、昨晩の騒ぎは起きていない。つまり、聖女の結界は健在であり、魔王を含め魔力の強い魔族は城に入ることはできない。

 いくら個々の能力が高い魔族とはいえ、魔力、つまり戦闘力の高い魔族を全員待機させ、敵の本陣へ乗り込むことはしないだろう。


 そして、もうひとつは侵入してきたアレックスたちの存在だ。彼らは隠していたようだが、侵入者は人族の割合が多く、元十三師団も多く含まれている。リカルドの部屋に隠れていたふたりは人族ではないが、魔王軍というわけではない。つまり、魔王はどちらかに肩入れしているのではない。あくまで成り行きを見守っているだけ。


 そもそも、魔王軍の侵攻という考えの出所は、捕まったクレアからの証言だ。クレアは策を巡らせるタイプではないが、アレックス同様元十三師団の誰かが侵入者の中におり、嘘を浸透させた。十三師団は、元々腕っぷしで雇った騎士が多いため、小さな作戦を除き、策を巡らせる者は多くない。

 可能なのは、各隊長クラス。侵入のタイミングや昨晩の騒ぎをすべて含めて計算に入れているとしたら、もっと絞られる。


「……ハミルトンの死亡は、嘘の情報の可能性が高いな」


 アポロムの作戦とは違う。どちらかといえば、ハミルトンが立案する作戦に近い。犠牲覚悟の作戦。


 オルドルの冷静な分析に、クルップは何も言わず固唾を飲んだ。オルドルと話したのが誰かはわからないが、作戦の全てを話してはいないだろう。いくら、相手に行動の読み易い元知り合いが多いとはいえ、ここまで言い当てられる人間は少ない。少なくとも、魔王軍が攻めてきたかもしれないという、脅威が迫っている状況で、冷静に状況を判断する精神力は目を見張るものだ。

 もし、敵に回るなら、リカルドしかいないこの部屋で仕留めておきたい。いくら師団長とはいえ、片腕と片足を無くした騎士だ。負けることはない。


「だが、ドラゴンは?」

「異世界人が彼らの仲間にいます。おそらく、彼女の能力ではないかと」


 魔法とは違う火柱。最初に思い至るのは、神器だが、彼女の神器はおそらくあの黒い生き物だ。体を変形させることができ、体内に人間を含めた物の収納が可能。

 あの生物がドラゴンのように火を噴く可能性もあるし、それ以外にも神器が奪われている。別の神器によるものの可能性だってある。


「彼女は盗まれた武器に加えて、神器を持っている」


 単独での戦闘能力は、大したものではないだろう。しかし、底が知れない。

 異世界人との対話は、地下迷宮から外に出てこれた人間に数回行えただけ。共通していたのは、貴族と同じようにある程度の教育が行われ、誰でも使うことのできる魔法のようなものが存在するということ。

 そのため、自分の知らない何かを行った可能性は十分にある。


「異世界人……ルーチェの命の恩人か」


 命の恩人であっても、この状況では誰かを犯人としなければならない。もし、オルドルの予想が合っているなら、日下部は諦める他ない。


「殿下。彼の計画、ここで行わなければ、より一層難しいものとなる可能性が高いと思われます」

「!! しかしっ今の状況では……」

「宝物庫に保管されていた神器を全て、いえひとつでも使われれば、城を警備する程度の騎士では一刻と保ちません」


 前線から離れた王都の城にいる警備など微々たる戦力だ。たったひとつで魔王軍との戦況を変えるような神器があっては、すぐに城など制圧される。

 弱点を上げるなら、おそらく日下部自身も神器の扱い方を理解できていないということだ。今までの騎士と同じ。試して、試行錯誤して、ようやく運用に至るということ。つまり、見た目で使い方のわからなかった神器について、彼女もまた使うことができないということだ。


「なぁ、お前さんたち、本当に何を企んでいるんだ……」


 クルップは、より眉間に皺を深くしながら、ふたりに問うのだった。


 シャルルは、気だるげに地下迷宮の入口へ向かっていた。


「全然気配もしないんだが、本当にドラゴンなんているのか?」

「確かに火柱が上がったと……!」


 情報通り、魔王軍が地下迷宮から攻め込んできたとしても、やはり静かすぎる。これが、自分を誘い込む罠と言われた方がしっくりくる。

 焦る部下たちを横目に、周りの気配を探れば、目に入った三人に足を止めた。


「クレア・レイノール? それに、黒竜……?」


 シャルルの視線の先を辿るように部下たちも目をやれば、元十三師団のクレアと領地焼きの大罪人のカイニス。それからもう一人、見たことのない女が、中央棟に向かっていた。

 距離が離れているためか、三人はこちらに気が付いていない。ひとりが弓を構えようとするが、シャルルに止められる。

 どうして止めるのかと、シャルルに目を向ければ、手に握られたエレメントの使用された魔槍。一切の躊躇なく投げられた魔槍の狙いは、意外にも後ろを走る女だった。

 不意打ちの投擲だ。最も実力のある人間を狙ったほうが、戦闘不能にできる可能性が高い。


「だからだよ」


 実力があると分かっている騎士でもなく、たった一人で領地を全て焼いた大罪人でもなく、最も場違いな人間を狙った。


「あんな不確定要素恐ろしくてたまらないね」


 動きは素人そのもの。だが、その足取りは迷いはない。

 異世界人のほとんどが戦いのたの字も知らないというのに、この状況で怯えることもなく走っている。ただ強いことがわかっている人間よりもずっと恐ろしい。


「!」


 それを証明するように、魔槍はすんなりと日下部に気づかれることなく()()()()()()()()()


「なっ……」


 何が起きたのかわからなかった。だが、日下部が身にまとう黒衣に、シャルルが投げた槍は吸い込まれ消えた。


「ハハッ」


 シャルルは、頬を引きつらせると、日下部に向かって駆け出した。

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