48話 若干詰みかけていますが頑張ってます
オルドルの部屋から出た日下部たちは、オルドルから聞いたサナの場所へ向かっていた。
「アレックスさんは、サナって人と合流したら、そのまま脱出ってことでオッケー?」
「最後までお供します。そういう約束でしょう」
なにより、サナを騎士団から連れ出したとして、アポステルは変わらず、サナを脅す材料である十三師団と育ての親は見せしめとして殺されるだろう。
ヒラルト王からすれば、彼らに価値はない。見せしめの途中で、サナが従属すると答えれば、運が良かった程度。見捨てたならば、その程度の人間だったと、見限られるだけ。
少なくとも、サナだけへの見せしめではない。他の騎士たちに対しても、逃げたり逆らえば、こうなるのだと見せつけるためだ。
「先生のありがたいアドバイス総無視? ワルだねぇ……」
「よくわかりませんが、サナちゃんを救う方法を選ぶだけです」
少しだけカイニスの方に目をやると、申し訳なさそうに眉を下げた。
虚偽の言葉で、守っていたはずの領民に父を殺され、激昂したカイニスは自ら領地を焼いた。
かつて、あの時の妙に晴れ晴れとした笑みに恐怖を抱いたが、今ならば少し理解できる。
「サナちゃん……」
「!」
昔の癖で呼んでしまったことに、少し頬を赤らめ、日下部の方へ目をやれば、カイニスからも苦笑が聞こえた。
「いやいや、サナちゃん。私としてはいいと思うよ。私は好きだ。違和感ない感じとか」
「エリサさん、あんま弄らないでくださいね。ここ、敵地なんで」
「弄りってのは、鮮度が重要だよ。腐りかけじゃ、うまくない」
言い終わるが先か、ふたりがその足音に気が付くのが先か。通路に顔を出した小さな影を引き込み、口を抑える。
使用人の子供だった。驚いたように、目を丸くし、抑えられた口が叫ぶ。
「んんっ――!!」
「子供? すまない。驚かせてしまったかな? 今、少し城内が殺気立っていてね」
アレックスが柔らかく微笑みながら、少年に声をかけ、カイニスに手を離すように伝える。
元騎士団なだけあり、その仕草は騎士そのもの。叫んでいた少年の口から伝わる震えはすぐに消え、ゆっくりと手を離しても叫ぶ様子はない。
「怪我はしていないかい?」
「だ、大丈夫です」
「なら、仕事に戻るといい。できることなら、今のことは内密に。使用人に手を出したなどとバレたら、団長に怒られてしまう。後で甘いお菓子でも差し入れよう」
「いえ、結構です」
委縮した様子もなく、少年は何かを探る様子でアレックスを見ていた。
まるで、何かを知っているように。
「……」
すぐに少年を気絶させられるように、剣を握るカイニスは、その殺気に剣を抜き、現れた男にお互い声を上げた。
お互い気が付いたものの、既に振った剣を止められず、金属音が響く。
「モーリスさん!?」
「すまねェ!! 一旦ここから離れるぞ!」
先程の音で、騎士が集まってきては困る。五人は、その場から急いで離れるのだった。
落ち着ける場所に腰を落ち着かせると、お互い今までのことを報告し合う。
「案外城って狭いね」
「目指してる場所が一緒ですし」
一部はわざととはいえ、これで全員と出くわしてしまった。城というものは、広いように見えて狭いのかもしれない。
しかし、おかげで全員の状況が把握できているともいえる。
そして、作戦の進行具合も。
「現状を簡単にまとめると、作戦はうまくいった上で、成功してないってわけだな」
今日も騎士たちの捜索は続くため、この場所に留まるのは危険だ。モーリスが手早く状況をまとめれば、日下部が頷く。
第一目標である、協力者との接触。これはどちらも成功した。しかし、協力者を得ることはできていない。
そして、副次的産物である神器の奪取。これはうまく成功しているが、神器がすぐに使えるわけではない。戦力に数えるのは難しい。
「今日中に、片を付けたいところだな」
昨晩逃げることですら、限界を感じた。すでに侵入が露見しているなら、尚更支援を得られないとはっきりした状況で、隠れ続けるのは難しい。速やかに本来の目的を達成するしかない。
「……炊事場に忍び込んで、毒を放り込む」
「毒味役がいるでしょうから、難しいでしょうね」
「水ひとつでも毒味するの?」
「ヒラルト王は、過去に毒殺されかけたことがあり、毒に関しては徹底しているはずです」
もしかしたら、聖女の方はそれで何とかなるかもしれないが、王は難しい。
神器に、毒を作り出せたり、食べ物を変質させる能力があるものがあればあるいはと思ったが、毒に関して徹底しているのであれば、諦める他ない。
「あのふたりが、ものすごーくうまくやってくれてればいいけど」
「だとしても、こっちもこっちで動く必要があるだろ」
「ってなると、クーちゃんの嘘が効いてくるね」
「クレアの嘘?」
日下部たちは、オルドル経由でクレアの嘘についての情報を知っているが、モーリスは知らないらしい。
かいつまんで説明をすれば、モーリスは難しい表情で唸る。
「クレアの言葉を確認するにしろ、まずは侵入した魔王軍の排除が先だ。現状、それを偽装できる奴は?」
「そんな神器ある?」
自分の領地が危ぶまれている状況で、新たな場所へ侵出するわけもなく、騎士団が行うのはまず侵入した魔王軍の排除。つまり、偽りの魔王軍を捕らえるか、殺させなければいけない。
亜人はルーチェしかいないが、彼を差し出すのはもちろんありえない。
ならば、神器で偽物の人形でも作れないかと、ピーキャットへ確認するが、反応は悪い。
「なら、確認できてないことを利用するか」
モーリスが作戦を説明しようとするが、少年へ目をやる。彼は、この後すぐに逃がすつもりだが、あまり作戦を聞かせたくはない。
少年は察したのか、耳を目を塞ぐ。
「聞いていません! ですから、どうかそのまま続けてください」
健気なその姿勢に、少年のことを尋ねるように指を指す日下部。
「支援者だ。昔、俺たちに助けられたとかでな。ただ、今回のことに巻き込みたくねェ。だから、このまま逃がす」
「じゃあ、なんで一緒にいたの」
「ついてきたんだよ! 騎士団の情報を集められるとか言って」
「集めてもらえばいいじゃん」
「ガキだぞ? 巻き込むつもりか? 国に喧嘩を売ってるんだぞ」
「子供だから守りたいわけ?」
少年が子供だから守りたいのか、それとも無関係だから巻き込みたいのか。彼だけを逃がしたいのか、城にいる支援者を逃がしたいのか。ただの確認のつもりが、モーリスの表情を見る限り、何かが気に障ったらしい。
「逃がすといっても、彼が反対してるなら、どこかで大人しくしてもらってるのが一番じゃないっすか?」
険悪な空気を敏感に感じ取ったカイニスが、話を逸らせば、モーリスはもっと苦い表情をする。素直に城から出てくれるならば、使用人の彼ひとりであればいくらでも方法はあるだろう。しかし、本人が拒否してしまっては、それすらもうまくいかない。
「とにかく、彼には悪いっすけど、状況もよくないですし、これ以上庇いながらは難しいっす」
ただでさえ、戦闘となれば日下部という戦闘経験がない人間を庇う必要がある。ピーキャットや神器の助けがあるとはいえ、それだけで生き残れるなら、ヒラルト王も神器を騎士たちに与えるなどという方法は取らなかった。これ以上、庇う必要のある人間を増やすのは不可能だ。
モーリスもカイニスの言葉に同意していると、ふと袖を引かれる感覚。
「ねぇ、カイニス。城って使用人どのくらいいるの?」
「え゛、どのくらい……!? えーっと……通いも含めると……」
「あ、ごめん。騎士より多い?」
「そりゃもちろん」
不思議そうに首を傾げながら頷かれる。ふと、気になったのだ。現代日本でも、戦争が起きた際に戦うのは、自衛隊などのごく一部の戦闘員であり、国民のほとんどは非戦闘員だ。そう。戦闘員というのは、極一部であり、ただ目立つだけ。数だけで言えば、圧倒的に非戦闘員の方が多い。
それは、王城であっても変わらない。全員が戦闘員では、普段の生活が成り立たないし、城は王たちの住処。要塞ではない。
「……住み込みって、使用人たちの中である程度の地位がある?」
「まどろっこしい。何が言いたい」
ひとつひとつ確認している日下部に、モーリスが単刀直入に聞けば、日下部は眉を潜めながら答える。
「突然、魔王軍が城内に現れて、逃げずに王を守ろうとするのはどのくらいいるのか。騎士団は、抵抗してくるにしろ、パニックになって逃げようとする連中を抑えるのに、どのくらい人数が割かれるか。そもそも、その状況でまともに機能する部隊はいくつ存在するのか」
モーリスの作戦の詳細はわからないが、根幹は同じのはず。
つまり、城内を混乱させて、その機に乗じて暗殺を行う。この作戦に肝は、どこまで嘘を信じさせて混乱させるかが勝負になる。本来、長い時間をかけるべきところだが、自分たちにそんな時間も信用もない。
「なるほど。彼に騎士団が隠しているであろう魔王軍の情報を使用人たちに広めてもらうのですね」
住み込みで働いている分、昨日の騒ぎの噂の発信源としては信用がある。
それに、あくまで”噂”。彼以外にも、昨日の騒ぎを知っている使用人はいるし、朝になれば嘘の情報を断片的に聞いてしまった者もいるだろう。そこに好奇心の強い子供が、偶然にも聞いてしまった魔王軍の情報が合わされば、非戦闘員たちは確実に警戒する。
そして、聞き耳を立てる。聞き耳を立てた先には、クレアが流した嘘。こうして、噂は真実へと変わっていく。
「必死に広める必要はない。面倒見のいいおせっかいな奴に、少し話せばいいだけ。そうすれば、この子も何かを咎められるわけでもなく、パニックになったらその時に他の使用人と逃げればいい。これなら、お前の考えとも外さないだろ」
危険を冒して城から出る必要もなく、あくまで昨日の騒ぎが気になって、朝に話をしただけの数いる使用人の内の一人。問える罪もなければ、本物の内通者を特定する術もない。
不服ながらもモーリスも、了承せざる得なかった。
少年が使用人たちの部屋に戻れば、真っ先に走ってきた炊事場の中年の使用人。
「ウィル! よかった。無事だったんだね。昨日、部屋に戻らなかったって聞いたから心配したんだよ」
「ごめんなさい。騎士様に、危ないから部屋から出るなと言われてて、戻るのが遅くなりました」
「侵入者が中央棟にいたんだってね。何人か同じようなことを言ってたよ」
食事も取れていないだろうと、本来朝食時間を過ぎていては食事を取ることを許されないが、彼女の言う通り、外に出られなかった数人がこっそりと隠れて食事を取っているようだ。
彼女と共に近づくと、口々に彼らは侵入者の話をする。魔王軍が忍び込んだと聞いた者もいるようだった。
「でも、捕まったんだろ? なら問題ないさ」
「……でも、廃棄場の底から魔王軍が攻めてきてるって話してたよ」
「廃棄場って……あの大穴の底?」
「うん」
地面にぽっかりと空いた穴。元々地下迷宮であり、その後騎士たちの修練所となり、今は訳ありの罪人を隠し捨てる廃棄場。
地上に住む人間にとって、その下では何が起こっているかもわからない。
「まさか。ないない。戦ってるのだって、もっと遠くだぜ? 馬でも3日はかかる」
「ウィルの故郷は、国境近くだったんだっけ? ここじゃ、早々戦いなんて起きないから安心しなよ」
「でも……!」
「ほら! あんた達、今日はゆっくり話してる暇はないよ! バレたら鞭打ちになっちまう!」
他の使用人たちにバレないよう見張っていた使用人に礼を言って、スープをかき込んだ。




