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46話 ほら吹き

 薄暗く、かび臭い匂いが鼻につく。地下牢に閉じ込められてみれば、地下迷宮というのは、案外匂いは大したものではないのかもしれないと、どうでもいいことが頭に浮かぶ。


「おい。先程の言葉、一体どういうことだ」


 痛む体に堪えながら、顔を上げれば、昔の顔なじみであるガスタが険しい表情で立っていた。


 数刻前の事。

 クレアは、囮となって戦っていたが、そこに加勢に来たのがガスタとサナのふたり。さすがに、各師団のトップクラスの騎士がふたりも相手では、分が悪いと思ったクレアは、すぐさま降伏した。それはもう、元十三師団仲間であるサナが、呆れる程にあっさりと。

 あっさりとし過ぎた手のひら返しは、もちろん信用されるわけはなく、その場にいた全員がクレアをその場で殺害することを推奨した。


『魔王軍の魔の手がすぐそこまで迫ってる。俺は、その情報を伝えに来ただけだ。話だけでも聞いてくれないか』


 しかし、切っ先がクレアに届く前に、告げられた言葉に、ガスタもサナも剣を振る手を止めるしかなかった。そして、この地下牢へ拘束され、尋問を受けることとなった。


「そのままの意味だよ。王都の真下にある地下迷宮には、魔王軍が控えている。僕ら、十三師団含め、異世界人はみんな魔王軍の捕虜になってる」


 追放されたアポロム含め元十三師団は、転移魔法で現れた魔王軍と戦い、敗れ、捕虜となった。

 故に、魔王軍は異世界人の存在と神器の繋がりを知っており、以前騎士団が回収しようとした異能力を持つ異世界人は、敵として能力を振っていること。

 そして、以前地下迷宮に神器の試し撃ちに来た騎士は、魔王によって殺され、ランタン型の神器は奪取されていること。

 その魔王は、地下迷宮で聖女の結界が解けるのを、今か今かと待ち構えており、すでに魔王軍を城に攻め込ませる準備が整っていること。

 今回の件は、魔王軍にうまく取り入ることのできた人間が逃げるために、魔王軍の斥候として城内に忍び込んだのだと。

 クレアは、そう告げた。


「それを信じろと……? お前たちが、危険を冒してまで、我々にそれを伝えることに何の意味がある。むしろ、魔王軍のスパイと考えるべきだろう」

「そりゃそうだろうな。だから、話が分かりそうな、お前らが出てきたから言ったんじゃねェの。じゃなきゃ、世迷言だって切られるのが落ちだ」


 事実、クレアの言葉を聞いても、拘束する必要はないと、すぐに殺すことを進言する声もあった。

 だが、ガスタとサナは、抵抗しないならばと拘束を選んだ。


「まぁ、スパイって思ってくれて構わねェから、今の言葉が本当だってわかった暁には、僕の罪を免除してくれるよう便宜を図ってくれない?」


 その理由の1つが、この男のわかりやすいほどの自己本位の性格。

 仲間を見捨てても、自分が生き残ることを第一にするスラム育ちの彼らしい言葉に、ガスタは小さく唸る。


「国を出るなりして、ひっそり暮らすから、迷宮で幽閉はもう勘弁ってだけだ。構わねぇだろ?」


 へらりと笑って自分の命が一番だとばかりに、交渉してくる男は、以前の印象と変わりはない。


「……アポロムとハミルトンは? 奴らも来ているのか? それとも地下か?」

「死んだよ。ハミルトンさんは、魔王軍との戦闘で。アポロムさんは、捕虜になった後に処刑された」

「!!」


 サナが息を飲み、自分の腕を強く握りしめた。そして、震える声で、アレックスのことを問いかける。


「……生きてる。うまく魔王軍の中でも立ち回ってたよ。あれなら、まぁ、殺されないだろ」

「そ、ですか……」


 明らかに動揺しているサナに、ガスタは地上にいる仲間について確認する。もし、魔法軍を裏切るなら、地上に出てきてすぐに助けを求めればよかった。しかし、クレアは単独で暴れ、拘束された。地上に来た他の仲間は、正真正銘魔王軍ということだろうか。


「魔王軍もいる。いくらなんでも、手放しで人間を信用はしないってことだろ。僕は囮を引き受ける振りをして、監視を振り切っただけだ」

「他に、人間の仲間は?」

「異世界人の女がひとり」

「そいつなら死んだ」

「……は?」


 現在、死体を確認しているところだが、魔獣を使う亜人たちと二手に分かれた後、ひとり屋根の上に追い詰められ、射貫かれ、地上へ落下したと報告がある。

 神器強奪の疑いがあり、生かして神器の場所を吐かせたかったが、叶わぬこととなった。


「ロクな武器も持たされず、囮にされたのだろう」

「……そう」


 ガスタは、落ちた人間が異世界人であることを知り、報告にあった子供の悪戯に似た反撃にも納得ができた。

 この世界の知識もなく、能力もなかった彼女は、最初から捨て駒だったのだろう。もしかしたら、彼女の能力が鍵開けなどで、宝物庫の扉を開けるところまでが、彼女の役目だった。そして、用済みとなって捨てられた。


「じゃあ、もう俺は心置きなく逃げられるってわけだ」

「少しは異世界人のことを気にかけてたんだな」

「その子はちょっと特別だよ。ただ、死んじまったってんなら、どうしようもない」


 飄々としながらも、冷酷に友人や仲間を自分のためには、簡単に切り捨てることのできるクレアに、ガスタは小さく唸った。彼の言葉の真偽を調べなければならないが、もし真実であるなら大事だが、その対応をできる余力が騎士団にはない。

 

「魔王軍は、本当に地下迷宮にいるんですか?」

「いる。なんだったら、ここに送り込んだのは、魔王様直々だよ」

「魔王が、地下に……」


 クレアの言葉を信じる、信じないにしろ、上に報告が必要だ。判断は、上に任せる他ない。

 ふたりが地下牢を後にすれば、ちょうどやってきた十三師団のひとりに呼び止められる。


「サナさん。オルドル団長から、休むようにと。クレアさんについては、明日、団長が尋問に来るとのことです」

「わかりました。何かあれば、すぐに呼んでください」


 命令通り、自室に向かうサナへガスタは小さくため息をついた。


 地下迷宮に繋がる階段をゆっくりと降りる。

 地図は頭に入っている。魔王軍がどこに潜んでいるかはわからないが、全員を殲滅すればいい。


「……」


 魔王軍の主戦力に打撃を与えて、魔王を倒せたなら、褒美として幽閉された仲間たちを許してはくれないだろうか。

 もう助けられない人たちはいるが、まだ助けられる人がいる。

 戦いさえなくなれば、苦しむ人だっていなくなる。

 もう、誰も苦しませたくはない。そのために、私は大切な人たちに嘘をつく。


「何か御用ですかな? サナ殿」


 地下迷宮の入り口前に立っていたのは、アポステル大国の大魔術師であり、古に伝わる天使の召喚魔法を現代に復活させたサンジェルマンだった。


「地下迷宮が魔王軍の拠点となっている危険があると、すでに報告が上がっているはずです」

「えぇ。ですから、どうして貴方がひとりでいらしているのか、聞いているのです。まさか、彼のオルドル殿がそのような愚策を立案するとは思いませぬからな」


 サナの独断であろうと、確信を持った問いかけに、サナは少しだけ目を細めた。

 無謀であることは理解しているが、もしクレアの言葉が本当であるなら、地下迷宮を放置することはできない。


「私が様子を見てきましょう。あの裏切り者の言葉を信じる証拠が必要でしょう」

「貴様が持ってくる証拠を信じろと? 裏切り者の仲間の?」

「……既にその件については話がついているはずです。我々は、異世界人について手出しはしていません」

「城の備蓄を盗む鼠が、よくも嘘を覚えたものだ。余程教育者がいいと見える」


 地下迷宮にいる十三師団の仲間へ、物資を送っていることは露見していたらしい。

 見透かした上で、見逃されていた。


「この先に向かったと聞けば、親はさぞ悲しむでしょう。えぇ、血がつながらないとはいえ子が親より先に死ぬなど、そんな親不孝、可哀そうで私は耐えられない」

「!! 貴様っ……!!」


 気が付けば、剣の柄を握っていた。しかし、最後の理性が抜くことを止めた。

 抜けば、戦うしかなくなる。サンジェルマンとではない、この国とだ。そんなの被害が大きすぎる。


「貴殿の肩にはたくさんの未来が掛かっているのですよ」


 上っ面の笑みを浮かべるサンジェルマンを、感情のままに殴れたならどれだけ気分が良かったか。

 サナは、ひとり奥歯を噛みしめる他なかった。


*****


 シャルルは、聖女の部屋の近くにいた。リュカは部屋の中で、護衛しており、この静けさからまだここに敵は来ていないようだ。城全体も随分と落ち着きを取り戻し始めている。

 宝物庫の神器が盗まれたという問題はあるが、それ以外は今のところ問題はない。


「…………」


 しかし、妙な視線を感じる。


「騎士団長? どうされました?」


 天井の影をじっと見つめる様子に、騎士の一人が不安気に視線の先を追いかけるが、やはり何もない。

 シャルル自身も、影以外に何かあるとは思っていない。しかし、視線を確かに感じるのだ。


「いんやぁ……俺も鈍ったかねぇ?」


 そう言いながら、短刀をひとつ影に放る。甲高い音と共に壁に突き刺さる短刀。


「き、騎士団長……!?」

「いや、悪いね。昔の癖でね。確認しておきたかったのよ」


 気のせいなら、それでいい。安全が確認されただけ。もし、見逃していたのだとしたら、決定的な見落としになりかねない。

 シャルルがゆっくりと歩く先で、短刀が突き刺さる影は、もし心臓があったのならひどく高鳴っていたことだろう。

 誰もいなくなった通路で、影は出ない冷や汗をかきながら、影の中へと紛れて行った。

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