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45話 逃げる覚悟

 遠くで、聞き覚えのある破裂音が響く。


「……」


 まさか、こんな時までフクロダケを使っていないとは思いたいが、ありえなくない可能性に、カイニスはそっと視線を明後日の方向へやった。


「これでは、まともに動けないですね」

「そうっすね。無理に動いて捕まったら意味ないでしょうし……」


 物置に隠れることができたカイニスとアレックスだが、見回る騎士の多さに動けないでいた。

 戦闘をしながら無理矢理動くには、王城のことも敵も味方もわからないことが多すぎる。


「少し騒ぎが収まるまで隠れていますか?」

「それが一番っすけど、現状エリサさんが危険かもしれないんすよね……」

「先程のフクロダケですか?」

「……アレックスさんもフクロダケに聞こえました?」

「はい」


 こんな状況ですらフクロダケを使いそうなのは、騎士にはいない。というか、日下部一択だろう。

 そして、日下部がフクロダケを使ったのなら、何かしらの危機的状況に陥っているということ。

 フクロダケで状況を打開できるとは思えないが、彼女にはクレアとクルップ、ピーキャットがいる。うまく危機を脱している可能性もある。


「宝物庫の方でしたね。クサカベ殿の元へ向かうなら、私も一緒に行きます」

「いや、でも……」


 大きな音だ。確実に騎士たちが集まっているだろう。そこに状況もわからず向かえば、状況は悪化し、確実に捕まる。

 むしろ、先程の音が日下部の騎士を引き寄せる罠である可能性の方が高い。なら、今は宝物庫ではなく、協力者を見つける方が優先すべきではないか。


「協力者探しを優先しましょう」

「いいんですか?」

「エリサさんの作戦は色々行き当たりばったりの穴ばかりっすけど、なぜか大一番は失敗しないんす」


 2階層で狩りを教えていた時に考案する方法は、とんでもない失敗を起こすことも多かったが、鋼鉄牛やブギーマン、ドラゴンなどの失敗したら命を失いかねない状況の作戦は失敗したことはなかった。それこそ、神の加護があるかのように。


「だから、俺たちはオルドルって人とサナって人を探して――」


 協力関係の確認をしようと口にしようとした瞬間、ふたりは突然現れた黒い影に飲み込まれた。



 マリアは、幾分か騒ぎの収まってきた城の喧騒を聞きながら、ひとり青い顔をしていた。


「ひどい顔だ。ほら、水を飲んで」


 リュカはグラスに注いだ水を渡すと、マリアは少しだけ口をつけるが、表情は変わらない。


「侵入者をひとり捕まえたそうだ。今は尋問中だが、すぐに仲間の事も話すはずだ。もうマリアが心配することはない。今日はもうゆっくりお休み。寝るまで傍にいるよ」

「ありがとう。でも……」

「あとひとつの気配が気になるのか? 心配いらない。今、騎士たちが確認しているところだ」


 違う。違う。先程消えたはずの亜人の気配が元に戻ったのだ。しかも、今の居場所は、王のいる棟。

 しかし、それを伝えれば、聖女としての能力を疑われかねない。そうなれば、このようやく手に入れた安全な場所が失われる。


「…………」


 言えない。例え、このせいでヒラルト王が命の危険に晒されたとして、きっと近衛騎士が何とかする。大丈夫だ。

 もし、責任を問われたら魔王軍の技術によるものだと言い張るしかない。彼らの信用している聖女の力も、自分の言葉を信じている彼らには自覚することはできないのだから、嘘も隠し事もバレるはずがない。


「ごめんなさい、ありがとう……」


 しかし、リュカの目は見られなかった。



 目の前に迫るベッドに、ふたりは慌てて受け身を取り構えれば、ベッド脇から座り込んで見上げる日下部と少しだけ驚いたようにふたりを見るオルドル。


「先生……?」

「アレックス君……君も来ていたのか」


 アレックスとオルドルの会話で、片手と片足を無くした目の前の男が、探していた男であるオルドルであることを悟ったカイニスは、不満気にベッド脇で睨む日下部に目をやった。


「ところで、なんでベッドの下に座ってるんです?」

「キャットがベッドの上に落とすって言うから、慌てて降りたの。本日二度目。そもそもベッドから慌てて転がり落ちるなんて、学生時代でもやったことない」

「大変でしたね」


 日下部の愚痴に適当に相槌を打ちながら、久々の再会で挨拶を交わすふたりへ目をやる。


「お久しぶりです。先生。その、手と足は……」

「あぁ……命があるだけ良かったと思うべきだろう。君は、少し瘦せたみたいだね」


 ふと引かれる袖に視線を下せば、日下部が相変わらずベッドに肘をついたまま手招きをしていた。

 オルドルたちからは目を離さず、少しだけ座る位置をずらして、耳を近づければ、小声で語られる今までの事。


「――っていうのが現状なんだけど、もう少し聞いてる振りして。キャット」


 ぬるりとベッドの影から現れたピーキャットは、オルドルの視界には映らないように日下部の傍にやってくる。


「クレアを助けに行くの?」

「ううん。さっきの話だとクーちゃんも何かするつもりみたいだから、先に聖女の居場所を探してきて」


 侵入した人間が見つからなくなった状況で、安全を確認するなら、まず捕まえた者から敵の情報を聞き出す。次に、一定以上の魔力を持つ者を探知できる聖女に、現在の状況を確認しに行く。つまり、今なら聖女に情報が集まっており、情報が集約している場所が聖女の居場所ということだ。


「捕まえる? 混乱するわよ」

「可能なら。最低条件は、居場所の把握」

「はいはい。任せてちょうだい」


 ぬるりと消えて行ったピーキャットに、日下部はカイニスの手を軽く叩き、終わったことを合図する。


「それで、協力は取り付けられたってことっすか?」


 まるで会話を続けるように、小声で返事をするカイニスに、日下部は困ったように乾いた笑いを返す。


「実は取り付けられてない」


 理解できたのは、交渉において、オルドルと自分では自分の方が圧倒的に分が悪いということ。いくら嘘を取り繕っても、相手が悪すぎる。なにより、オルドルの真意が見えない。ハミルトンが手放しに味方だと言わなかった理由がよくわかる。

 だからこそ、ピーキャットの能力が露見する危険はあっても、アレックスとカイニスを連れてこさせる方法を取った。


「というわけで、アレックスさん任せです。なう」


 元々そういう作戦ではあったが、テキトウにも程があるとしか言えない。

 しかし、先程アレックスが現れた時の驚いた様子には、少しだけ人間味が見えた。やはり、知り合いというだけで少しだけ交渉の余地は現れるのかもしれない。


「君もヒラルト王暗殺に賛成しているのかい?」

「はい。私には、その方法しかないのです」

「確かに、魔王軍との長年の戦いでアポステルの人々は疲弊している。だが、彼らを守ってきたのも王なのだよ。暗殺が成功したとして、その先に待っているのは統率の無くなった烏合の衆が、魔王軍と戦わなくてはない状況。そうなったら、結果は見えているだろう。魔王軍に負けたアポステルの人々はどうなる?」


 お互いに妥協して終戦するどころか、王を失い終戦を提案することもできなくなるのだから、必然的に力による併合。隷属国家の未来が妥当なところであり、アポステル大国が今まで亜人たちに行っていた行為は、そのまま自分たちに返ってくることになる。

 自業自得だと言えばそれまでだが、だからと言って自分の身にそれが降りかかるとなれば、話は変わる。


「なら、先生はどうすべきだとお考えですか」

「ヒラルト王に、停戦もしくは終戦の提案を受け入れて頂く必要があると考えています。民を憂いているのは、王も同じ」

「受け入れる可能性はあるのですか?」

「ゼロではないと信じています」


 オルドルの理想は理解できるが、それは地位を手に入れている人間だからこその悠長な発言だと、カイニスも少し目を細める。


「先生。しつもーん」


 驚くほど気の抜けた声で、手を上げる日下部は、冷たい笑みを浮かべながら質問を投げかけた。


「それは身勝手に呼()び出され()た被害者()の目を見て言えます?」


 戦争のため、神器のためだけに呼び出され捨てられている異世界人を前にして、同じ言葉を言えるかと、嫌味と共に問えば、オルドルは少しだけ目を伏せた後、日下部の方を見つめる。


「貴方方には、本当に申し訳ないと思っています。ですから、できうる限りの支援は行います。しかし、王の暗殺は賛成できない。貴方が、この国のどのような姿を見てきたかはわかりません。しかし、結果として、貴方の方法では、貴方方異世界人だけではなく、この国に住む人々が不幸になる」


 頑なに意見を変えないオルドルに、説得は難しいかとカイニスも日下部が先程言っていた意味を理解する。

 洛陽の旅団の支援こそしても、ヒラルト王の暗殺には加担しないどころか、防ぐために動きかねない。この部屋では何か仕掛けることはできないだろうが、目を離したら、今までのことを騎士団に伝えるかもしれない。


「先生は、相変わらず素晴らしい方ですね。物事を俯瞰して見て、少しでも不幸な人を減らそうとする」


 今までならば、オルドルの言葉に喜んで同調しただろう。素晴らしい考えだと。

 しかし、アレックスは自嘲気味に笑いながらも、強い意思を目に宿していた。


「申し訳ありません。僕は先生に生徒であったのに、そんな人間にはなれなかったです。サナちゃんをひとり泣かせるくらいなら、僕は知らない誰かを犠牲にする」


 初めて見た明らかに動揺したオルドルの表情を、感心しながら眺める。

 反抗した生徒に対して教師というものは、大抵呆れるか、否定するかの二択だが、オルドルはどちらかと反応を待つ。


「そう、ですか」


 諦め、安堵、肯定。

 息が詰まる気がした。知らない。そんな関係は、フィクションでしかなかった。現実ではありえない。


「なら、サナ君を連れて逃げるといい。国王暗殺など成功はしない。それならまだ、騎士をひとり連れ出す方がずっと可能性がある」


 そういうとオルドルは、サナの居場所を教えてくれた。


「君もそれで手を打ってはくれないか? 手の届く範囲の幸せだけで満足してくれないか」

「……お前は、この国と心中する気か?」


 アポステル大国の状況は、カイニスから教わる程度の日下部に比べて、ずっと理解しているはずだ。仲間が大事だというなら、ピーキャットの能力を使えば逃がせることだって察しているはず。

 この男だって逃げることができるのだ。


「この国には、家族も大切な人たちもいるからね。それを守るためなら、私は悪魔と契約するよ」


 しかし、オルドルは逃げる気はないのだと答えた。


「そんだけ覚悟があるなら……!!」


 逃げる覚悟ではなく、戦う覚悟があるなら、尚更この国のがん細胞である国王を暗殺することに協力すればいい。そうすれば、少なくともこの戦争は終わる。


「君は力に頼る節があるね。力だけでは、助けられる人は限られ、自分がいなくなった時にすぐに崩壊する。君は目も良い、頭も回るみたいだ。だからこそ、もっと平穏な時に出会いたかった」


 周辺の部屋には、騎士たちが休んでいるため、明日の朝、警備に出かけたところで抜けるのがいいとオルドルの厚意に甘え、日下部たちはオルドルの部屋で休むことになった。

 念のため、ベッドの影で横になり、アレックスとカイニスが交代で見張る。オルドルも、椅子の上で休んでいた。


「……」


 神器を奪うという目的は達成された。捕らえられたクレアも、ピーキャットに回収させれば、脱出させることができるし、モーリスも同じだ。

 ルーチェとクルップは、リカルドが上手く逃がすだろうし、地下迷宮送りになったところで、地下にいる魔王がふたりを回収することができる。

 なんだったら、ピーキャットに地下にいる人間全て回収させて、逃がせば、万事解決だ。

 目の前に差し出された提案に乗れば、平和な異世界ライフを過ごすことができる。

 先程はつい思考が熱くなったが、冷静に考えれば、いつだってこの作戦から逃げることができる。顔と名前が一致するような人たちくらいは、助けられる。


 先ほどオルドルが言っていた通りの思考に、日下部は背を丸めると、静かに息を大きく吐き出し、ゆっくりと目を閉じた。

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