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44話 オルドル

 現在、逸れたのはモーリスとクレアのふたり。モーリスとと逸れたルーチェと合流できたのは運が良かった。あと近くにいるのはクレアだ。クレアから先に合流したいが、追われていては難しい。

 身を潜める場所が欲しいが、敵地である城内で簡単に見つかるものではない。やはり、次は洛陽の旅団関係者である十三師団との合流を目指すべきか。どちらにしても、まずこの所属不明の追手は排除しなければいけない。魔獣に乗るというファンタジー体験に手放しで喜びたいところだが、喜ぶ前に早急な対応が必要なことがあるのが現状。足を動かさなくなってよくなった分、柔らかに毛並みに癒されながら、頭を悩ませていると、突然ラルフが足を止める。


「何かあった?」

「外に何かあるみたいです」


 バルコニーへ出たラルフの視線を追うように、ルーチェも目を向ければ、柵へ手をやり、目を凝らすように暗闇の向こうを見つめる。


「父様です!! そこにいます!!」

「いや、人間には見えない」

「でも、本当にいるんです!」


 ルーチェが指を指すが、闇ばかりで全く見えない。もちろん、ルーチェの指を指されているリカルド殿下も同じだろう。これだけの騒ぎだ。なにかとバルコニーに顔を出したのかもしれないが、明かりをつけたらそれを頼りに狙撃される危険があるため、バルコニーから大量の明かりが走りまわる様子だけでも見ていたのだろう。

 そして、リカルド殿下の匂いを知っていたラルフが反応し、夜目の利くルーチェが発見した。


「向こうに行く手段がないなら、一旦逃げるしかないから」


 見えないが、リカルド殿下のいるバルコニーへは人間が跳べるような距離ではないだろう。もしそうだったら、暗殺者が侵入し放題になってしまう。

 しかし、ラルフは体を震わせ、ひとつ唸った。


「もしかして、跳べるとか言ってらっしゃる……?」

「みたい、です」

「…………」


 使い魔の言葉を信じていいかどうかなんて、使い魔なんて存在しない世界で暮らしていた日下部が判断することはできない。だが、クルップもラルフについて詳しいわけではない。


「…………ラルフ君。ルーチェとクルップのふたりを背中に乗せた状態でいける?」


 先程、一旦逃げるという言葉に反応したのだから、言葉はおそらく通じている。

 わからないなら、本人に聞くしかないかと問いかければ、余裕だとばかりに鼻息を荒くした。


「わかった。じゃあ、ふたりはラルフに乗って、殿下のところに」

「おいおい……それじゃあ、嬢ちゃんがひとりになるぞ。せめて、クレアと合流してからに」

「いや、これを逃して、王族の警備がきつくなっても困る。あと、普通にルーチェひとりは不安」


 後者が本音かと、ルーチェからの抗議から目を逸らし、物理的にルーチェの口を塞ぐ日下部に、クルップも本日何度目かの乾いた笑いを零す。


「それにクルップ爺さんと私の仕事はほぼ完了してるし、ヨユーヨユー」


 そう言葉を続けて笑う日下部に、笑いが止まる。


「嬢ちゃん。そいつは死んでもいいってことじゃねェぞ」

「……あーあれ? そう聞こえた? そういう意味じゃなかったんだけど……」


 本気で困ったように視線を泳がせる日下部に、クルップはため息をついた。


「聞こえた。そういう意味じゃないんだな?」

「うん。そういう意味じゃないよ。本当に」


 嘘をついている様子はない。


「わかった。なら、お前さんに従おう。早いところ、クレアと合流するんだぞ」

「わかってる。全力で嫌がらせして逃げる」


 日下部とピーキャットが走り去るのを確認すると、ルーチェとクルップもラルフの背に乗り、闇の中に消えて行った。


「二手に分かれたぞ。誰か外に――」


 追いかけてきた騎士がバルコニーへ出ようとした瞬間、足の裏の妙な弾力を踏みつぶした。

 直後、弾ける音と風圧。


「サラマンドラ。サラマンドラ。手伝って。フレイム!」


 慌てる声と同時に足元に転がる火のエレメントが燃え上がり、周りに散らばるフクロダケにも爆発が連鎖する。

 鎧をつけた騎士たちには、ほとんど効果はない攻撃。


「少しは怯むよね」


 以前の騎士たちも同じだった。間近でフクロダケが弾ければ、戦場慣れしていても火薬と勘違いする。

 その上、今回は火のエレメントを使っている。相手からすれば、その先の通路の罠に警戒を抱かないわけにはいかない。


「さてさて……」


 無論、その先に罠などない。作る暇もなければ、騎士を追い込む罠に覚えはない。ただ、日下部はわずかな時間が欲しかっただけだ。

 宝物庫は城の高い位置にあり、逃げるためには下に逃げるほかない。だが、階段はすでに塞がれ、クレアの位置もわからない。ならば、階段を使わずに降りるしかない。方法なんて、原始的でもっとも簡単なもの。


「レッツバンジー!」

「ご主人って結構バカなのかしら……」


 ピーキャットを体に巻き付け、自由落下する。意志がある紐の分、普通のバンジーよりずっと安全、のはず。前例がないため、ぶっつけ本番だが、きっと大丈夫。

 問題があるとすれば、地上の様子だ。火のついた松明を地上に向けるが、地面が見えるはずもない。着地地点近くに騎士がいても、対処はできる。だが、できることならこのタイミングで身を隠したいところだ。


「わっ!?」


 妙な圧力に驚けば、日下部のすぐ後ろの床に矢が刺さった。

 つまり、真横に広がっている暗闇はピーキャットだ。明かりをつければ狙われると分かっていたが、城の上層階まで弓矢が届くとは思わず油断していた。


「いたぞ!」

「え、マジで? 早っ……」


 意外にもフクロダケの罠は、早々に見破られたらしく騎士が追い付いてきた。

 松明を投げ、追いかけるように身を乗り出す。騎士たちの慌てた声が、風の音で掻き消されていく。

 松明に照らされた先へ自由落下を繰り返していると、ふと見えた鉄格子。


「そこの鉄格子の部屋! 滑り込んで!」

「はっ!? ご主人は!?」

「私を一瞬収容して、すぐに出す!」


 ピーキャットの中に日下部を収容できない理由。それが、神が勘違いするからならば、一瞬だけ、鉄格子をすり抜ける間のコンマ数秒なら問題ない。心臓だって数分止まることがある。だからこそ、神器消失までラグが生じる。

 ピーキャットの文句を言いたそうな気配はすごく感じるが、ハーネス替わりのピーキャットの一部に引っ張られたと思った次の瞬間、柔らかな何かに突っ込んだ。


「ベッド……?」


 地面に比べて柔らかいとはいえ、受け身とか考えずに顔面から着地すれば、普通に痛い。

 痛む鼻先を撫でながら体を起こすと、視界に映った足に慌てて顔を上げる。日下部がその人を見るより早く、黒い影がその人に襲い掛かった。


「殺すな!」


 辛うじて出せた言葉に、口のように開いていた黒い影は、縄のように解け、長髪の男を拘束した。


「神器……? まさか、君は……むぐっ」


 長髪の男が口を開けば、ピーキャットの一部が口の中に侵入し、舌を押さえつける。


「ご主人。この服を見て。騎士団の人間よ。この状況で生かしておく理由あるかしら?」

「左腕と右足」


 長髪の男に、左腕と右足はなかった。だが、それが生かす理由にはなりえない。大人しく拘束されているが、それはあくまで動けないからであり、口の拘束を解いた途端叫ばれるのでは困る。


「私にすぐに危害を加えるのは難しいと思う。だから、少しだけ話をしたい。変な行動をすれば、死ぬと思って」


 城内の情報は全くないと言ってもいい状況だ。少しでも情報を得たいのは事実。ピーキャットはゆっくりと男の口から退く。もし、叫べばすぐに殺せるように準備しながら。

 しかし、ピーキャットの予測を裏切り、男は落ち着いた様子で日下部を見つめる。


「……」

「……」

「……話がしたいと言ったのは、君だろう? 私に何が聞きたい?」

「なんだろ……お前と話すと、こっちが情報を抜かれそう……」


 恐怖に揺らぐわけでもなく、あくまで対等だとばかりにこちらを見据える目。

 根掘り葉掘り話を聞くのはできるが、結果的に相手には何も情報がないとバレる。そうすれば、嘘の情報を交えてくるだろう。だからこそ、あくまで魔王軍の斥候として振舞うべきか。


『神器……? まさか、君は……』


 ふと浮かんだのは、先程の言葉。


「じゃあ、まずは自己紹介から。貴方方に無理矢理呼び出された異世界人の日下部です」


 大して驚いた様子はない。やはり、自分が異世界人であることは予測できていたらしい。

 なら、最初から情報なんてほとんど持っていないのは露見している。既に情報戦は、向こうの方が一歩勝っている。


「王立騎士団第十三師団団長オルドル・フェルマートラと申します。生憎、騎士団の中では最も信頼も力もない部隊の隊長ですから、貴方の力にはなれないでしょう」


 なにから確認しようかと考えていれば、その名乗られた名前に、動揺も隠せなかった。今から取り繕うのは不可能。

 嘘だろうが何だろうが、自分では判断がつかない。なにより、異世界人が地下迷宮で元十三師団に支援されていたことを知った上で、十三師団を騙ったなら相当性格が悪い。


「どうやら、私のことはご存じのようですね」

「……ご存じですとも。死人として、ですけど。この世界の人はゾンビ薬でも作り出せたとか?」

「ネクロマンサーは存在しますが、ゾンビにする薬というものは開発されていません。死人、ですか……確かに、そうなってもおかしくはない立場でしたから、彼らにはそう勘違いされたのかもしれませんね」

「どうして生きてるの?」

「死んでほしかったような言い方ですね。そうですね……強いてあげるなら、魔王軍や諸外国を退けるためと、殿下が取り計らってくれた。それ故、私は腕と足を一本ずつ失いながらも生き永らえています」


 ヒラルト王なら処刑を命じそうだが、リカルド殿下の助言によって、オルドルは助かった。彼の部下であるサナへの脅しのためかもしれない。しかし、脅しのためだけなら、人質のひとりやふたり見せしめとしていいはずだ。

 だが、魔王軍に通じているリカルドは彼を助けた。

 理由は?

 リカルドにとって勝利は、魔王軍と協力し、この戦争を終結させる。”現国王の殺害”これは確実に必要な行為のはず。そして、そのためには、たくさんの内通者がいる。

 内通者なら、どうして今繋がりを示唆するようなことを言ったのか。自分たちを魔王軍の密偵と勘違いしているなら、自分たちが味方か探っている可能性もある。


「本物のオルドルっていうなら、異世界人を助けるっていう元団長であるアポロムの意志に従って、私に協力してくれる?」

「それはできません」


 案外、あっさりと否定された。

 元々十三師団団長であるアポロムの意志に基づき協力したとなれば、向こうも体裁が保てるかと思ったが、この様子ではただ『リカルド殿下に救われた恩があるため、十三師団仲間である君たちには協力できない』という意味でリカルドとの繋がりを示唆された可能性も出てくる。


「どうして?」

「貴方は内容も読まずに契約書にサインをするのですか?」

「国王暗殺」


 なるほど。道理だと、目的を答えれば、今度はオルドルがしばらくの間、瞬きを忘れた。


「……案外、あっさり答えるのですね。私がここで人を呼ぶ可能性は考えませんでしたか?」

「その時はその時。そもそも予想はつくことだし。貴方は頭良さそうだしわかってるだろうけど、異世界人がここにいるには、地下迷宮から脱出してこないといけない」


 少なくとも洛陽の旅団こと元十三師団に接触し、その後、何らかの方法で地下迷宮脱出したということ。本来、”何らかの方法”が重要視されるのだが、異世界人である故にそれがたった一言で片付くのだ。


「そこの神器は、自在に形を変化させることができる。おかげで、空を飛んであの大穴から抜け出すことができた。本当ならそれで逃げるだけだったんだけどなぁ……」


 相手の反応を伺うようにオルドルを見れば、表情は読めない。手足が無くなっても一個師団の団長でいられるのだから、相当取引はうまいのだろうが、素人がどうにかできるとは思えない。

 しかし、オルドルは突然、視線をドアへやると、険しい表情でこちらを見た。


「人が来ます。隠れて」

「は――!?」

「ベッドの裏に。早く!」

「え、えぇぇ……?」


 困惑しながら、その剣幕にベッドの裏に転がり伏せると同時に、ドアの開く音。


「オルドルさん!! 大変です!!」

「どうしました?」

「し、侵入者がひとり捕らえられたのですが、その、元十三師団のクレアさんです」


 部下らしき男の動揺した声と同じようにオルドルも驚いたように少しだけ目を見開く。


「……そうか。今は、生かして捕らえられているのかな?」

「はい。なんでも、我々に有益な情報があるとかで、今は地下牢に」

「有益な情報か……私やサナ君であれば、答えてくれる情報も多いかもしれない。後で行くことにするよ。他に情報は?」

「現在、他の侵入者は見失っています。サナさんは、このまま継続して捜索を続けるとのことでしたが、いかがしますか?」

「見失ったのなら、王や殿下、聖女様の護衛と見回りを日中と同程度にして、他は休むように伝えてくれ。サナ君もすぐに動けるようにしつつ、休むよう伝えるように」

「了解しました」


 オルドルの命令を確認すると、すぐに部屋を出ていく部下。侵入者がこの部屋にいることを伝えた様子はない。


「もう出てきて構わないよ」


 部下の足音が遠ざかるのを確認すると、ベッドの裏に隠れた日下部へ声をかける。

 しかし、返答はなく、動きもない日下部に、不思議に思いながら椅子についた車輪へ手をやれば、ベッドに現れた腕。


「本当に、敵か味方かわからないやつだなぁ……」


 ベッドに顎を乗せながら、口を尖らせ、不貞腐れた様子の日下部に、オルドルは眉を下げて苦笑した。


「君は少し素直すぎますね。目は良いのですから、もう少し取り繕ってはいかがです?」

「関わりたくない奴には取り繕って、関わる奴には取り繕うなって爺さんからの教えでね」

「つまり、私とは関わると?」

「今、庇った分くらいは」


 なにより、クレアの名前が出た時に動揺した様子は嘘ではなさそうだった。オルドルとしても、日下部から聞き出したい情報がある。


「部下を守るために嘘をついただけかもしれませんよ?」


 微笑みながら冗談のように発される言葉に、日下部はどこかデジャブを感じ、呆れたように笑った。


「ねぇ、部下に会いたくない?」

「?」

「アンタによく似た部下」


 意味が分からないとばかりに目を白黒させるオルドルに、日下部はただ笑い、キャットに命じた。



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