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43話 いつかもわからない誰かの礼

 木箱が崩れる派手な音が、深夜の王城に響く。


「はっ! また俺の勝ちだな! 貴族の坊ちゃんよぉ!」

「この……野蛮人が……!」


 木箱の下で、麦に塗れた騎士たちがモーリスを睨んでいた。

 地の利こそない。逆に言えば、騎士団からすれば王城を傷つけるのはできる限り避けたいが、侵入者はそんなことを気にしなくていい。

 特に、大切な食料の備蓄などには手を出されたくはない。

 食糧庫へやってきたモーリスは、思うように戦えない騎士たちに積み上げられた備蓄された食料の入った木箱を蹴り落としていった。


「さて、と……他の連中は無事か?」


 食糧庫から出ると、随分と騒がしい城内に、頭を悩ませるが、同時に先程の騎士たちとの戦いの傷の痛みに呻く。

 まだ本格的な指揮はなく個々での戦いであるおかげで、後先考えていない侵入者側に有利な状況だが、結局は相手の陣地で数も相手が上。絶望的な状況であることに変わりない。

 このまま囮として暴れるべきか、誰かと合流すべきか、それともひとりで聖女かヒラルト王の元へ向かうか。


「……」


 リーダーである自分が率先して囮を買って出るのは悪手だ。しかし、自身の傷に、侵入している他のメンバーを鑑みるに、自分が囮となっても問題はない。

 先程の音に引き寄せられて敵は来る上、時間がかかれば荷物から抜け出した先程の騎士たちがやってくる。予想通り、近づく明かりに剣を握れば、突然腕を掴まれ、扉の中に引き込まれた。


「あの、今の大きな音は……」

「魔王軍だ。貴様はここで何をしている」

「自分はこの部屋で備蓄の確認をしていました。近頃、備蓄の減りが速く、盗まれているかもしれないとのことで、毎晩確認しております」

「そうか。魔族を見ていないか?」

「いえ。物音は先程の大きな音と何度か扉の前を人が通ったくらいで、それ以外は」

「わかった。仕事に戻れ。部屋には鍵を閉めておくように」

「承知いたしました」


 使用人は騎士たちが走り去るのを確認すると、部屋に戻り、言われた通り鍵を閉めた。


「もう大丈夫ですよ。モーリスさん」


 木箱の影から顔を出したモーリスは、見覚えのない使用人の少年に警戒しながらも礼を言った。


「助かった。あ、その…………悪い。どこかで会ったことがあったか?」


 やはり思い出せなかったモーリスは諦めて、聞くことにすれば、少年は迷ったように視線を巡らせると眉を八の字にして笑った。


「一度、貴方に助けて頂いたことがあります」

「……そ、っか」

「お気になさらないでください。貴方にとって、私はたくさん助けた人の中の一人で、私にとっては唯一助けてくれた人というだけです」

「それでも、悪いな。覚えていなくて」


 正直に謝るモーリスに、少年は嬉しそうに笑った。


「傷を見せてください。簡単な手当ならできるでしょうから」

「匿っただけでも危険なんだ。手当なんてしなくていい」

「もう匿ってしまいましたから、手当てしてもそう変わりませんよ」


 屁理屈をこねる人間の相手程、無駄な労力はないだろう。諦めて、少年に手当をされることにする。

 少なくとも、彼の行動に嘘はないように感じた。

 名前を聞けば、少年のことを思い出せるかもしれない。しかし、名前を聞いてしまったら、少年が関係者だと誤解される可能性ができてしまう。故に、聞くことはできなかった。


「……俺がこの部屋を出たら、お前は城を、いや、国を出ろ」


 少年がモーリスを匿ったことがバレれば、作戦が失敗した後、国家反逆罪として処刑される可能性が高い。作戦が成功したとしても、城どころか国が混乱する。


「明日、少なくともしばらく、城は騒ぎになる。最後まで、お前のことを送り出してはやれないが、うまく逃げろ」

「……貴方はどうして、いえ、何をするつもりなのですか?」

「それは言えない」

「備蓄が減っているんです」


 それは、先程外で騎士たちと話していたことだ。ここ数ヶ月、管理者が変わってから、食料だけではない武器についても、少量だが帳簿と合わないと調べることが増えた。少年が今晩行っていた確認もそれだ。


「それらは全て、地下迷宮に幽閉された十三師団に送られていたものですよね?」

「……お前、支援者か?」


 洛陽の旅団の生命線のひとつである、地下迷宮の外に残った仲間とその支援者。今回の暗殺作戦にも、彼らとの接触は重要事項となっている。だが、少年は首を横に振った。


「私たちのような下の人間は薄々気づいていました。直接頼まれたわけではありません。しかし、私たちにもミスはあります」

「なんで……」


 ミスが発覚すれば、鞭打ちなどの折檻もあるだろう。下手をすれば、使用人なんて替えが利く。城から追い出されかねない。


「貴方方に救われた人は多くいます。私たちに力はありませんが、せめてこれくらいはさせてください」


 これだけ好意を向けられたとしても、思い出せない少年の顔に、モーリスは額に手をやり長い、ため息をついた。

 本音を言うなら、すぐにでも彼らのことを思い出したかった。それが、せめてもの礼儀というものだろう。


「あぁ、ありがとう」


 礼を言うことしかできない自分に、ついため息がもれた。


「本当は、こんなこと言うべきじゃないんだろうがな。お前たちの今までの助けに感謝する。もう十分だ。これから、俺たちはこの国を裏切る。例え、俺たちが命を救っていたとしても。もし、お前たちが俺たちに対する恩があって、その礼だとするなら、その礼は十分すぎる程もらった。だから、そこまでついてこなくていい」


 利用できるものは利用する。そうしなければ、この作戦はうまくいかない。そんなことはわかっている。

 しかし、助けたことも思い出せないような彼らの命を危機に晒してまで、自分たちの賭けに付き合わせたくはない。


「……わかりました。でも、せめて、今晩はここで体を休めてください。この騒ぎです。どこかで身を潜める必要があるでしょう?」


 他のメンバーが無事かは気になるが、少年が言っていることも事実だった。


「すまない。礼を言う」


 モーリスはまた物陰に座ると、静かに体を休めることに専念するのだった。


 既に明かりのついていない廊下を探す方が大変になってきた状況で、クレアたちはどうにか宝物庫近くまで来ていた。


「ぉぉっと……」


 ピーキャットの中から出てきたクルップは、驚きながらもここが宝物庫の近くであることに気が付くと、ポケットから鍵を取り出した。

 宝物庫の鍵の複製。もちろん、本物の複製は地下迷宮へ幽閉される前に取り上げられたが、元はドワーフにより作られた精巧な魔法の仕込まれた鍵。つまり、その構造さえ知っていれば複製は可能。

 開錠に失敗する可能性はあり、失敗すれば神器を狙っていることはバレ、宝物庫周辺には騎士たちが集まるだろう。

 だが、すでにクルップの存在が捕らえられていることや侵入していることが発覚していることで騒ぎになっている。


「やべ……!」


 つい先ほども見た魔力の光に、クレアが構えた直後、爆発音が周囲から響く。


「また!?」

「俺が引き付ける! ふたりは神器を!」


 光も通さないピーキャットの膜の内側でクレアが叫び、音が止むのと同時に外に飛び出す。

 魔法の追撃はない。通路から走り出ると同時に、近くにいた騎士を切り、魔法を使った人間を探す。ピーキャットがいるとはいえ、姿を見せずに魔法を使われては反応が遅れる可能性がある。


「魔王軍か!? 追え!!」


 クレアを追いかけていく騎士たち。誰もいなくなった宝物庫の前に、クルップたちは座ると鍵を差し込み開錠する。

 本来であれば、仕込まれた鍵を回すだけの作業だが、急ごしらえの鍵は物理的構造は正確でも、魔術的構造が異なる可能性がある。手応えを確認しながらゆっくりと回す。魔術師ではないクルップには少し荷が重い役割だが、襲撃に関わるメンバーにクルップ以上に魔術に長けている者がいなかった。


「…………」


 クレアが離れてから魔法は放たれていない。クレアが魔術師を倒したのか、注意が逸れたか、とにかく今がチャンスだと焦る心を落ち着かせ、クルップの言葉を待つ。

 

「よしっ! 開いたぞ!」


 喜ぶ声と共に扉は開かれ、煌びやかな部屋に並べられる神器たち。部屋に合った煌びやかな武具やアクセサリーが多く並べている。逆に神器とは思えないようなものもあり、本当にピーキャットのように形は様々な物らしい。しかし、共通して、秘められた力は強大なものだ。

 その上、数は洛陽の旅団に保護されていた人数分。


「キャット」


 武器庫と同じように、キャットが神器を飲み込んでいく。

 すでに配布されてしまっている神器の回収はできないが、アポステル大国はこれで大きな力を失う。魔王軍との戦線の維持だって、騎士たちや兵士たちの士気も確実に落ちる。

 可能ならば、使えそうな神器を見繕いたいところだが、生憎神器の力は見た目だけでわからないものが多い。


「アタシがいくつかはわかるわよ」

「じゃあ、あとで教えて。相手を無力化できそうなのがあったら、見繕っておいて」


 使い方は後。騒がしくなってきた通路へ目をやれば、何やら黒い大きな狼に乗ったルーチェが叫びながらこっちに向かってきていた。


「は……?」

「エリサさん!! クルップさん!」


 大きく手を振るルーチェの後ろを追いかけるのは、想像通り騎士たち。


「無事だったんですね! よかった! ごめんなさい! 助けてください!!」

「いやいやいやいやいや……!!」


 色々言いたいことがありすぎて言葉に困っていれば、目の前まで来た狼はクルップと日下部をまとめて噛みつくと、走り出す。


「うぉぉ!? ちょっと待て!?」

「すみません! とりあえず、逃げる方向で!」

「いや、止まれ! いいから!」


 説明もなしに狼に加えられる体験など、いくら長い人生を送っているドワーフであってもないし、日下部だってギリギリ犬に嚙まれる程度だ。誰が身の丈程ある狼に噛みつかれるか。

 しかし、慌てるふたりにルーチェは少しだけ狼の速度を緩め、振り返れば宝物庫の前まできた騎士たちが、宝物庫から現れたキャットに飲み込まれる様子に足を止めた。

 無事、狼から降ろされたふたりは、その狼を見上げる。


「何コイツ」

「母様から借りてる使い魔のラルフです」

「使い魔……なるほど」


 使い魔というだけあり、大人しく撫でても嫌がる素振りはない。先程は鬼気迫っていたこともあるだろうが、こうして落ち着いて観察すれば、カッコイイし毛並みもいい。最近一緒にいる妙に丸みを帯びた猫のような何かに変身するものよりも、ずっと愛らしい。


「ご主人、犬派?」

「毛並みがある派。いや、ピクトグラムはそれはそれでいいんだけど……」

「ふにゃーーっ!!!!」


 襲い掛かる振りをするピーキャットに、ラルフは威嚇するが、形すらはっきりしないピーキャットにどうしたものかと困惑が滲み出ている。

 ペット同士の喧嘩を見ている気分だったが、数時間で大分聞き慣れた鎧の足音に、現実に思考を戻し、足音と逆へ走り出す。



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