42話 魔王軍捜索中
王城のとある一室。ベッドの上で、黒髪の女は気だるげに額に手をやっていた。
この世界に来て、妙な力に目覚めてからというもの、目まぐるしく世界は変わっていった。頼れる相手はおらず、自分の有用性を示して、ようやくここまで辿り着いた。
「マリア。大丈夫か?」
「リュカさん……大丈夫です。いつもと少し様子が違うので、気になっただけで」
部屋に入ってきたマリアの護衛である騎士リュカは、マリアの傍らに腰を下ろすと、肩に手を回す。
「気を揉まなくていい。確認に向かわせているが、小さな魔物が迷い込んだのだろう。地下迷宮に繋がる穴がすぐそこにあるからな」
「……でも、ひとつの気配が急に消えて」
そもそも結界の中に突然、人族以外の気配がふたつ現れた。転移魔法の類だろうが、城外からの転移ならマリアではなくても魔術師たちが気が付く。しかし、今のところ、マリア以外に侵入者に気が付いた様子はない。リュカが念のためと、近衛騎士を確認に向かわせているが、どうにもいつもの感覚とは違った。
「消えたのなら、なおの事心配いらない。すぐに魔王軍の密偵か魔物を排除したと報告が来る」
「そう、ですね」
リュカの言う通り、近衛騎士が侵入した魔物を倒したのかもしれない。もう一方は、相変わらず奥に進んでいるが、そちらも遠からず倒される。心配はいらない。
「念のため、今晩は傍にいる。安心して眠ってほしい」
「はい。ありがとうございます」
微笑むリュカに安心して、肩に寄り掛かるマリアは、静かに報告が来るのを待った。
その頃、ルーチェのおかげで暗闇を難なく進めていたモーリスたちは、足止めを食っていた。しかも、魔王軍の密偵が入り込んでいる危険があると話しており、侵入についてバレている様子だ。何故バレているのか、裏切り者がいる可能性も含めて頭を巡らせるが、可能性があるのは魔王もしくはルーチェくらいだ。それ以外は、理由も無ければ手段もない。
「……ところで、普通に女物着るんだな」
「潜入にはこれが一番ですよ」
ルーチェが今着ているのは、使用人の服だった。たまたま逃げ込んだ部屋が、使用人の更衣室であり適当に拝借させてもらった。
真夜中に、明らかに子供のルーチェが出歩ている時点で不信感は抱かれるだろうが、住み込みで働いている子供がいないわけではない。発見されないことが第一であることに変わりはないが、時間稼ぎの手段は必要だ。
「父様がいるのは、この先の棟なんですよね?」
「王族はそこに部屋がある。詳しい場所までは、俺も知らないが」
さすがに王族の寝室の場所まで、一介の騎士には知らされていない。ハミルトンですら場所を知らないのであれば、諦めて探す他ないが、現在直系の王族はリカルド以外いない。その上、ヒラルト王は警戒心が強く、身の回りを世話する使用人たちも信用が置かれた数名だけ。顔ぶれがほとんど変わっていないのであれば、モーリスでもどちらの警備をしている近衛騎士であるかを見分けられる。
「見張りがいますね」
王族の居住区の棟の扉の前には、見張りがふたり。
「倒すか?」
「了解です」
速やかに見張りを排除し、物陰に隠す。ついでに、ルーチェが血を抜き、すぐには起き上がれないようにしておく。
「よし、じゃあ、中に――」
ふと見えた明かりに、慌てず堂々と夜中に物を運んでいた使用人の振りをしながら、その明かりに目をやる。
案の定、騎士の見回りらしい。適当に会釈をして、作業をしている振りを続け、見回りが立ち去るのを待つ。
「貴様……モーリス?」
聞こえた名前に、あくまで使用人だとばかりに、ゆっくりと視線を向ければ、相手を見た途端表情を歪めた。
「やはり、モーリスか!! なぜここに!?」
「ぇ――」
「クソっ! 使えねェガキだな!!」
「うわっ!!」
ルーチェの言葉を遮り、地面に叩きつけると、モーリスは一目散に駆け出し逃げる。
何が起こったのかわからず、床に倒れていると、駆け寄ってきた騎士がルーチェを助け起こし、心配そうな声色で問いかけられる。
「怪我は? 彼に脅されていたのか?」
どうやらモーリスに脅された使用人の子供と勘違いされているらしい。
「平気、です。騎士様、私は、大丈夫ですから、あの人、追ってください」
囮となったモーリスのためにも、早くあの棟の中に入らなければと、目の前の騎士をモーリスの方へやろうとするが、彼は首を横に振った。
「この辺りに、魔王軍が潜入したという情報があった。彼以外を見ていないか?」
首を横に振れば、騎士は周囲を一度見渡すと立ち上がる。
「そうか。とにかく、ここは危険だ。部屋まで送ろう」
「ありがとうございます」
差し出された手を取りながら、少し明るくなった廊下に目をやる。今、敵はひとりだが、このままついていけば敵が増えるのは確実。数が増えれば、対処できなくなる。
騎士が背を向けた時。その時、攻撃を仕掛ける。
「ところで」
しかし、一向に繋がれた手が離れない。
「そこにいたはずの見張りは、どこに行ったか知ってるか?」
「それなら、さっきの人が……」
ルーチェを見下ろす騎士の目が、見覚えのあるものに変わっていた。
「彼が見張りを倒して片付けている間、君はどうして逃げなかったんだ?」
自分をダンピールと知って、罵る人族の目。
痛いほど握られる手を握り返し、素早く血の杭を作り上げる。
「ブラッドブルーム!!」
杭を両足に突き刺せば、痛みに緩んだ手から抜け出し、駆け出す。
「魔王軍だ!! 王を守れ!!」
騎士の声に、通路の奥で揺らいでいた光が急速に近づいてくる。夜であっても、王族の寝室付近には護衛が多い。このまま無理に進めば、ただ挟み撃ちに合うだけ。仕方なく、ルーチェも暗闇の方へ駆け出すしかなかった。
魔王軍の密偵が潜り込んだ。ひとりは未だ逃走を続けており、人間の仲間もいるらしい。王立騎士団団長であるシャルルは、目覚めたばかり頭を叩き起こし、部下の報告を聞く。
ひとまず城にいる騎士たちは皆目を覚ましているが、ひとつ、困ったことがあった。
「武器がない?」
「第一倉庫の武器がすべて無くなっていまして……魔王軍による略奪かと」
「魔王軍が……? なんでまた……」
密偵というより工作員のような動きだが、魔王軍が大規模攻勢に打って出る様子はない。なにより、先程王の寝室のある棟の見張りがやられていたという情報もあった。
城の武器を略奪し、王の寝室を目指している。
「魔王軍には飛竜もいます。城に夜襲をかけるつもりなのかもしれません」
「……聖女様は? 飛竜なら弾けるでしょ」
「リュカ殿が護衛についています」
魔王軍が襲撃するなら、狙うところは王城を守っている結界を担う聖女。彼女がいる限り、厄介な魔王軍はまず侵入できない。
聖女にも護衛がついているのなら、ひとまず相手の出方を見るしかない。
「うーん……なんだろうねぇ」
王を暗殺するなら優先すべきは、隠密行動。それに速度。武器庫の武器を奪うなど、確かに戦力は削げるだろうが、奪った武器を持ち出すのは時間も手間もかかる。やるにしても、手軽に爆発させるなどの手軽な方法でいいはず。要は使えなければいいのだから。
相手の目的が読めない。王や聖女の暗殺は見せかけで、時間稼ぎ。本命は武器庫の方である可能性もある。
「……神器は無事か?」
「神器ですか? 確認してきます」
全てが見せかけで、本命が神器の可能性。
神器の収められている宝物庫の鍵は特別性であり、結界も施されている。正しい鍵でなければ、中に入ることはできない。そして、その鍵はヒラルト王が常に身に着けている。スペアは存在しない。奪うことができるとするなら、能力の高い魔術師がいることになる。
一番可能性が低いが、相手の目的が笑からない以上、王城の狙われる可能性のあるものの警備を強固にするしかない。
肩で息をしながら物陰で、空になった武器庫に慌てる騎士たちの声に耳を傾ける。どうやら、誰かが見つかったらしい。
「ルーチェ、モーリス班」
「同感」
見事に一致した意見に、ピーキャットとその中にいるクルップは、少しだけふたりを不憫に思った。
これだけ騒ぎになってしまっていれば、要人たちはしっかりと護衛がついている頃だろう。そもそも、居場所すら掴んでいない弾丸暗殺ツアーが、そう簡単にいくわけがない。
この近くにいる騎士たちは、戦支度を整えられていない。しかも、混乱している状況であれば、宝物庫への案内はクルップに任せ、クレア一人残り注意を引く方法もある。
「……」
だが、隣にいる既に肩で息をしている日下部を、休憩なしにクルップだけで宝物庫に連れて行けるか。
疲労している日下部をピーキャットと離すのは危険のため、クルップとピーキャットで宝物庫に向かってもらうのは無しだ。
王、聖女の暗殺。神器の奪取。どれも本命で、本気の作戦。順序があるだけで、どれも自分たちだけで完結させなければいけない作戦。
「――」
ふと視界に入った、魔力の輝き。
咄嗟にクレアは日下部に覆い被さる。直後、破裂音が周囲から鳴り響く。
「サナ殿!? 城内ですよ!?」
攻撃を放ったサナに、騎士は驚いたように声を上げる。
「城壁に傷がつくような威力ではありません。ただ破片が当たれば、動けなくなるか、血が出ているでしょう」
「そういうことでは……」
「先程、数名がこの武器庫の中に武器があるのを確認しています。敵が運び出すなら、時間は掛かるはず。まだ周囲にいると考えるべきです」
騎士が庫内に武器があることを確認したのは、数分前の事。持ち出すには、どれだけ怪力の魔物であっても時間がかかる。まだ隠し持った武器を手に隠れ、周辺の騎士たちが立ち去るのを物陰で息を潜めて待っているはず。
故に、サナは明かりのついていない場所に、殺傷能力の低く、しかし動きを止めるには十分な攻撃を放った。魔王軍でも、裏切り者の人間でも、どちらだって構わない。拘束できれば、目的を吐かせることができる。
もし潜んでいる敵が、自由自在に動ける空間なんておおよそありえない神器を持っていなければ、サナの手段は冷酷だが迅速な対応であった。
「クーちゃんの知り合い、遠慮なさすぎない!?」
「昔っからアイツ雑なんだよ!!」
文句を言いながら、クレアは日下部を抱え、宝物庫の方へ走っていた。




