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41話 潜入したが、先に言って欲しかった

 城へ潜入するのは深夜。敵地潜入に慣れていないことも考慮し、潜入期限は2日。

 運がいいことに、最も潜入に慣れていない日下部に神器があり、その特徴が無限の収納性能ということ。新兵にとって常に身軽でいられるというのは、それだけでも大きなメリットになる。その上、必要な道具をある程度、この地下迷宮で用意していける。


「おまたせー」

「遅いぞ」


 一番遅れてきた日下部に、モーリスがため息交じりに文句を言う。少人数で一気に2階層降りなければいけない。攻略済の上、洛陽の旅団内の戦力でも、上位だけで構成されているため、5階層に辿り着くことは難しくないはずだが、時間の問題はある。


「まぁまぁ」

「性別の違いを考慮して頂きたい」


 心底嫌そうな表情のモーリスをアレックスが抑える。

 今回の作戦の隊長はモーリスだ。本来であれば、隊長には従う必要があるが、洛陽の旅団ではないとここぞとばかりに拒否している。


「道すがら、もう一度作戦について確認しておきましょうか」

「そうね。アレックスが入って、少しチーム編成変わったし」

「ご迷惑をおかけします」

「ワシよりもお前さんの方が適任だ。気にするな」


 城に潜入後、3チームに分かれて行動する。目標であるリカルド殿下、オルドル、聖女の顔がわかる必要があることから、各チームに元騎士団が入る。

 まず、リカルド殿下との合流を目指すのが、息子であるルーチェとモーリスのペア。

 そして、オルドル含め十三師団の実情の調査及び合流は、アレックスとカイニスのペア、クレア、クルップ、日下部の三人の2チームが行う。


「第一目標は聖女および国王の暗殺。だが、そのためには情報が少なすぎる。故に、現在の王城の状況を確認するためにも、まずは協力者との合流を優先する」

「殿下はいいとして、問題はオルドルさんたちの方だよな。すんなりいくかどうか……」

「そうなんですか? 食料とか投げ入れてくれるんですから、皆さん協力してくれますよ」

「食料だって最近は随分減ったし、ぶっちゃけ地下で生きてるかもわからない連中のために、自分の身を危険に晒し続けるって嫌じゃない?」

「でも、ぼくたちが無事だってわかったら協力してくれますよ!」


 ルーチェの笑顔とは対照的に、クレアたちの表情は暗い。詰まるところ、自分や今の仲間たちを天秤にかけ、勝率の低いに戦いへ身を投じられるかは、確信が得られない。

 そんな表情の彼らにルーチェは助けを求めるように、モーリスと言い合っていた日下部の裾を掴む。


「協力を得られないかも? どうにかして」

「まさかとは思うが、その辺の作戦ないとか言わないよな?」

「あるわけないだろ。しがない一般人。しかも、知り合いでもない人間の交渉方法なんて思いつくわけないだろ」


 無責任な発言にモーリスはまた眉を潜めるが、しかし、本来であれば異世界人は保護対象で一緒に戦うなどとは考えていなかった。


「ダメなら仕方ない。残った火のエレメント使って、城大爆発で」

「城壁に使われている石は迷宮の物ですし、聖女の守りもありますから、魔法での破壊は見込めないかと」

「そうだった……でも、燃えないのは城だけだし、一階と家具を燃やせば、中にいる人間は一酸化炭素中毒になるでしょ」


 むしろ、味方が城内にいないなら最初からその方法を取りたいくらいだ。


「相変わらず、やり方がえぐい……」

「まぁ、そのぐらいしなきゃ、さすがに戦力差が大きすぎるよねぇ」


 たった7人で敵地の中にいる要人をふたりを暗殺する。

 この作戦の無謀さなど最初から分かっていた。それでも、この先のない幽閉生活に可能性を見出した最初で最後の作戦だ。


「というわけで、おまたせー魔王様ー」

「数日振りです! 魔王様!」


 魔王との交渉は、ルーチェと日下部が行う。現状、まともに魔王と口を利けるのはルーチェだけだが、交渉は難しい。

 交渉役にモーリスではなく、日下部が選出されたのは、以前既に話しているから。そして、魔王の攻撃に、この中でも最も対応できるピーキャットの持ち主であり、多少強くも出られるということ。


「――ってわけで、聖女と国王暗殺する作戦だけど、問題はある?」

「後ろにいる人間らは、自らの王を裏切ると?」

「裏切られた上で信じるのは、それはもう妄信ってやつでしょ」


 魔王にとって、不穏分子は洛陽の旅団だった。

 元は国王に忠誠を誓った騎士たち。いきなり世界に召喚された異世界人よりもこの国に暮らし、国王とも関わり、一度は忠誠を誓っていた。裏切る可能性はある。


「ただ、その上でお願いが。作戦が上手く行ったら、すぐに前線の魔王軍の攻撃行為を止めてほしい」

「それはアポステルが攻撃を止めたらだ」

「わかった。旅団の連中の仲間のほとんどはそっちにいるらしいから、早々に止めたいってのが旅団の連中の要望」

「仲間のため、か」

「そういうこと。ついでに言えば、王立騎士団の元十三師団の処刑も国王の首を取った功績ってことで免除してくれると助かる」


 魔王は、こちらの真意を探るような目をしていた。ルーチェ曰く、今代の魔王は穏健派らしく、外交により他国との条約を結ぶことを主とし、武力による戦争はアポステル大国だけしか行っていない。

 元々アポステル大国は、人族以外を認めない国柄であったこともあり、交渉の余地すらなかったのだろう。故に、戦うしかなかった。

 ゲームやアニメのイメージで、魔王はラスボスのイメージがあるが、この世界の魔王はあくまで魔族の王。種族を統べる一人の魔族だ。


「……いいだろう」


 予想通り、魔王はどちらかといえば善人。冷酷というほど、冷酷ではないらしい。

 そもそも、今回の作戦が、魔王にとっては失敗する前提かもしれないが、そんなことはどちらでもいい。こちらにもこちらの都合がある。


「ルーチェ? お前はこっちに残れ」

「いやです! ぼくも一緒に行きます!」


 魔王に止められるが、ルーチェは日下部の腕を掴み、離さない。

 ルーチェの立場上、本来なら魔王軍としても安全な場所に残しておきたいというのが本音だろうが、ルーチェの頑固な性格上、テコでも動かないだろう。


「……わかった。では、行け」


 ため息交じりに、魔王が杖で地面を叩けば、魔方陣が現れ、次の瞬間には静かな雑音が周囲から聞こえてきた。

 室内ではない、屋外の音。


「本当に外に出たのか……?」


 曇っていて月明かりはない。松明の光もほとんどなく、時々遠くに揺らめく明かりが見える程度。

 暗いとはいえ、なんとなくの人影はわかる。ほとんどシルエットの変わらない人の見分けはつかないが、明かりをつけては発見のリスクがある。

 クルップとルーチェはサイズでわかるが、屈んでいるとカイニスすら見分けがつかない。


「エリちゃん、夜目効かない? んじゃ、僕が先導するね」


 つまり、今腕を掴んでいるのがクレアかとその手に従っていれば、なにか硬いものに触れる。クレアの腰につけている剣だ。

 以前見た映画で暗闇を進む際に、前の人間の鞘を頼りにしていた。それと同じかと、鞘を握る。

 一先ず、同じチームのクレアとクルップの確認ができたかと、周りを見れば、案外他は見えているらしく、各々行動を開始している。


「案外、みんな見えてるのね」

「ルーチェ程じゃないだろうけどね」


 ダンピールらしく暗闇でも問題なく見えるルーチェは、モーリスと共に先導して進んでいく。

 リカルドとの接触が目的のため、あのチームの向かう先は王族の寝室付近。警備も多いことだろう。そこに夜目が効くルーチェがいるのは運が良かったかもしれない。


「僕らも急ごうか」

「うん」


 まず日下部たちの向かうのは、武器庫だ。

 少人数とはいえ、最後の時までバレずに済むとは考えにくい。ならば、せめて戦力を削っておく必要がある。

 王城にいる騎士のほとんどは文官。実際に戦うことのできる騎士もいるが、前線でもないのに常に鎧や剣を携えているわけではない。しかも、今は夜。見張りの数も昼間に比べて少なく、訓練のために武具を身に着けている騎士も少ない。今、武器庫を抑えてしまえば、大幅に戦力を削ることができる。


「本当に宝物庫からではなくていいのか?」


 宝物庫。つまり、神器が保管されている武器庫。ほとんどの騎士がその場所を知らされず、鍵や中の構造も知らないが、クルップは神器の複製をしていただけあり、その詳細を知っていた。


「中に結界があるんでしょ? 侵入がバレる可能性があるなら、先に一般兵を削っておきたい。その後、すぐに宝物庫に行く」


 神器ひとつで戦況は変わるが、神器は相当大事なものだ。侵入者がいるからと、軽々と宝物庫を開けて神器を使うとは思えない。強力な単独の武器より、ここは自分たちのテリトリー。数の暴力を抑えられるなら、そちらを選ぶはず。


「……」


 手に伝わる振動に足を止める。そして、鞘に触れていた手を払われる。剣を抜く必要があるということか。

 武器庫なのだから見張りがいる。静かに手を離せば、足音も鳴らさず、すぐ後に聞こえてきたのは呻き声がふたつ。

 息を潜めて待っていれば、明かりと共に現れたクレア。


「ひとまず、さっきの奴らは中に入れといたから……キャットは?」


 てっきり日下部の首に巻き付いているものと思ったが、日下部の体に黒い部分はない。


「いるわよ」


 しかし、肩に突然降ってきたピーキャットは妙な感触を残しながら、背後から顔らしき何かを出す。


「……エリちゃん、よくこれびっくりしないね」


 生命の危機を感じるタイプの恐怖に、内心動揺を隠せないまま、日下部とクルップと共に武器庫の中に入る。扉を閉めれば、明かりをつけて、多少話していても問題ない。

 中には大量の槍と剣、鎧。予定通り、武器庫に辿り着けたらしい。試しにひとつ持ってみるが、振り回せる気がしない。使うのは諦めて、ピーキャットに全ての武器の回収をしてもらう。


「武器庫はあと二ヶ、しょ……」


 クレアが外の警戒をしながらこちらを見れば、また驚いたように肩を震わせ、クルップまで唖然としている様子に振り返れば、黒い食虫植物のような形に変形したピーキャットが、棚ごと武器の類を全て食らっていた。瞬く間に、武器庫が何もない部屋に様変わりしていく様は、一種のホラー映画の様だ。


「それって取り出そうとすれば取り出せるんだよね?」

「出せるわよ。何か使う?」

「いや、いらない」


 全て回収を終えると、また見覚えのあるサイズに戻り、ついでに耳と尻尾を出したピーキャットに、クレアとクルップは何となく間を取ってしまう。


「……大丈夫。怖くないよ。猫だよ」

「猫ではないからな……しかし、味方とはいえ、肝が冷えるな」

「まぁ、私はキャットの所有者だから、キャットからの攻撃はできないことになってるらしくて安全だけど」

「そうなのか?」

「うん。前の仮説が合ってたらしくて」

「仮説?」

「あ、そっか……クルップには話してなかったっけ」


 以前行った、神器のランタンでの実験について説明すれば、クルップは驚いたようにしばらく目を瞬かせると、顎に手をやり唸る。


「……その攻撃ってのが難しいな。さっきみたいな食う行為はできるのか?」

「無理ね」

「えっ!? そうなの? 攻撃行為に入るの? 魚も収納できるんだよね?」


 直接的に傷つけられるわけでは無いのだし、何かあった時には緊急避難先と思っていたが、予想外の言葉に予定が崩れる。


「ご主人だけは収納できないのよ」

「なんで」

「アタシの中に入れるってことは、この世界から消えるってことだからよ」


 この世界から消える。つまり、神が日下部の存在を認知できなくなる。

 結果、神器を与えた神側としては、日下部は死んだと勘違いし、他の神器と同じようにピーキャットはその存在をこの世界に保てなくなる。中にいる日下部ごと消えることになる。


「はぁ……そうなんだ……」

「時間がなかったとはいえ、間違ってやったら大分危険じゃない? 先に確認しておきたかったんだけど」

「アタシが許可しなきゃ入れないもの。大丈夫よ」


 確かに、普段ピーキャットに触れると妙な弾力があると思っていたが、アレは中に入れないように拒否していたからだったようだ。

 とにかく、なにか危険な状況になった場合、日下部だけは避難ができないということだけは、はっきりした。隠れるにしろ、最低一人分は確保する必要があるということが分かっただけで良しとしよう。


 次の武器庫へ向かおうとすると、扉の向こうから聞こえてくる声は、扉を開ける音と共にはっきりと聞こえるようになる。


「ん!? おい! 武器庫ってここだったよな!?」

「どうしたんだよ」

「何もないんだよ!」


 暗闇の中、聞こえる慌てた声。松明の明かりを向けても、薄暗く、しかし、物ひとつない異様な空間に騎士は足を踏み入れる。


「魔王軍のネズミがこっちまで――」


 騎士たちも、まさかその暗闇の一部が意識を持っているなどとは思ってもみなかっただろう。そして、自分たちを襲ってくるなどと。

 問題なく騎士たちを倒せた日下部たちだが、その表情は暗い。


「何故にバレてる?」


 はっきりとあの騎士たちが口にした”魔王軍のネズミ”という言葉。

 早速、誰かが発見された。可能性としてなくはないが、それにしては静かすぎる。あの騎士たちの落ち着きようは、ひとまず警戒のために携える武器を取りに来た程度のように感じた。


「今更なんだが、なんで魔王は直接城を攻めねェんだ?」

「聖女の結界があるからでしょ?」


 だから、王城に入れず、代わりを聖女を殺せる相手を探していた。もしくは、結界が解けるのを待っていた。


「なら、魔王軍の誰かを送ればいいじゃねェか。ドラゴンが下にいたんだ。魔王の転移ってのはそれくらいできるってことだろ?」

「力が強いと弾かれるとか? 中に送れるレベルだとすぐに……」


 結界は、魔王やドラゴンなどの強い魔力を持つ魔族を中に入れないようにしている。だが、人間にも数が少ないが魔法を使う者がいる。ならば、魔力の有無で弾くことはない。

 どこまで融通が利くはわからないが、亜人と魔力を持つ人間。似ているが、アポステルにおいて、大きな違いのある両者をどう見分けるか。

 あるいは、見分けていないのか。


「結界って、中にいる人を追えたりする?」

「そういうのもあるな……追跡を人族以外にしとったら、ワシとルーチェだな」


 結界で強力な力を持つ魔族を弾き、中に入った人族以外を追跡し、騎士たちに確認させる。聖女と騎士の連携次第では、すぐに追い詰められかねない状況だ。

 なにより、魔王はそのシステムについて知っていたからこそ、出発前にルーチェについていくのかと確認していたのだろう。追跡の対象だから。


「ワシが囮に……」

「キャット。クルップを中に。クルップは有名だから顔を見られたら、一発で脱走がバレる」


 ピーキャットの中にいれば、聖女からはクルップが補足できなくなる。ルーチェに関しては、有名ではない上、見た目はかわいらしい少女のため、うまく誤魔化してくれれば時間は稼げる。その間に、リカルド殿下と合流できれば、大きな盾になる。


「あと二ヶ所全部回れるか……?」

「宝物庫優先にしよう。神器を使われちゃ、さすがに無理。一ヶ所なら、少し回り道くらいでいけるから、そこには寄っておく?」

「そうだね。まだギリギリ潜入、だし……」


 確認作業中はまだ発見されていないってことでいいだろう。

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