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40話 救い方

 ハッキリと感じる尿意に目を覚ますと、掛けられた上着を隣で眠るカイニスに乗せる。


「トイレ……」

「はいはい。なんかあったら叫んでね」

「ん……」

「了解よー」


 明らかに寝ぼけている日下部が拠点近くとはいえ、森にひとりで入るのは心配だが、追いかけるように首に巻き付いた黒いピーキャットに何とも言えない表情を向ける。

 さすがにトイレ中に異性が間近で護衛というわけにはいかないが、ピーキャットに性別というものはあるのだろうか。


「そもそも切り取った意識のある空間って何なんだか……」


 ピーキャットについても、おおよそのことは本人から説明を受けた。

 巨大な空間を切り取った存在であり、様々なものが収容可能。どの程度の大きさかと引っ張って試してみたものの、結局大きさはわからず仕舞い。本人曰く、先程持ってきた程度の酒や食料の量では、勘定できない程度という。なら切ってみようと、主人である日下部が嬉々とクレアに剣を借りようとする様子に、ピーキャットは少しだけ逃げていた。


「スケールがデカすぎてわからん……」


 魔王軍と戦う一騎士程度が、どうしてこんな国王暗殺に加担することになってしまったのか。

 森の奥に消えて行った日下部の方へ目をやりながら、小さくため息をついた。


「いやー水って大事」


 流れる川で手を洗っていると、首元から垂れる黒い布に手をやるが残念ながら、水は吸ってくれないどころか、触れることもできない。


「布っぽいくせに」

「空間だって言ってんでしょうが。さては、ハンカチ持ち歩かない派ね? ご主人」

「自然乾燥派」


 仕方なく服で手を拭きながら答える。


「空間っていうなら、なんでも入れられるの?」

「入れられるわよ。やろうと思えば、いつでも新鮮な魚が食べられるわ」

「なにそれ。微妙に気になる」


 水槽に入れた魚と水を収納できるというわけではなく、空間そのものが意志を持っているため、水周辺の空間を隔てることで水が広がっていくことを防げるという。同様に植物も根を張るだけの土さえあれば、収納することができる。ただ、太陽はなく、時間を止められるわけではないため、長時間入れていれば枯れる。

 スケールが大きすぎて、ピーキャットのことを完全に理解することはできないが、日下部の頭に浮かんだそれに、膝の上で頬杖をつく。


「なによ。悩み事?」

「んー……そんなとこ」

「相談乗るわよ」

「いや、いい――よ?」


 断ろうとすると妙な柔らかさに頬を挟まれ、黒い猫耳のついた何かが目の前に現れる。


「この世界の知識もあって、力もあって、最もご主人の味方を使わないなんて愚策、あるかしら?」

「味方って保証は? 意識があるってことは裏切るってことだと思うけど。あと来るのが普通に遅い」

「かわいくないわね。アタシたちは、ご主人たちに手を出すことができない。傷つけることは絶対にできない。意識がある奴は、絶対服従を課せられてる」


 傷つけることができない。以前のランタンでも、その可能性は考えていた。つまり、正しい持ち主に神器での攻撃をすることができないことは正しかったということだ。


「ご主人を大切に思ってるわ。愛の証明ほど難しいことはないでしょうけど……って、大丈夫?」


 デジャブのように重なる光景を塗りつぶすように、目を閉じる。


「ある意味世界に愛されるというのだろうか……」

「哲学的な話になりそうね……」

「ただ、キャットがいれば魔王との取引に応じなくても、外に出られるなぁってだけ。大したことじゃない」


 魔王との取引。これは、外に出たいという要求があるからこその交渉だ。

 今ここには、生き物であろうと収納し、自由に動き回ることのできるピーキャットがいる。つまり、この地下迷宮にいる人物全員を一度ピーキャットに収納後、ピーキャットが地下迷宮から外に出て行けばいい。

 見た目は黒い布のピーキャットの中に、元騎士団と異世界人がいるなどと誰が思うか。思う奴がいたら、そいつは病院に連れて行った方がいい。

 そして、王国でも王都でも出たところで、外に出れば、地下迷宮脱出成功だ。

 人族と亜人の戦争になんて関わらなくていい。


「ご主人がそれを望むなら、アタシは賛同するわ。でも、さっきまでの作戦会議はよかったの?」

「んー……まぁ、会議してようがしてなかろうが、いいと思った方でいいんだけど」


 平和的な解決法。本来、これが一番なのだろう。

 しかし、残念なことに心躍らない。正確にいえば、もう一方に魅力が詰まり過ぎている。


「今は騎士の気持ちがわかる気がするよ!」

「それたぶん騎士じゃないわよ」


 冷たく言い放たれた言葉に不貞腐れる。味方と言って舌の根も乾いていないであろうタイミングで、ひどい扱いだ。

 ピーキャットを掴もうとしては逃げられるのを繰り返していれば、突然ピーキャットの耳がある方向に向く。


「ご歓談中失礼します」


 現れたのはアレックスだった。


「アレックスさん? まだ何も悪いことしてないですよ?」

「する予定ですか? ダメですよ。今の内に洗いざらい全て吐いておくことをおすすめします。した後では、処罰になりますから」

「捕まらなければ無罪ですよ」


 アレックスが呆れたように眉を下げる。心当たりでもあるのだろう。


「盗みではなく、殺し、しかも国王暗殺でも同じことを言えますか?」

「言わなきゃやってらんないでしょ」


 ニヒルに笑う日下部に、アレックスはしばらくの間言葉を失うと、おもむろに日下部の傍らに膝をつき、地面に頭をつけた。


「無理を承知でお願い致します。私も城へ同行する許可を頂けないでしょうか」

「……………………は!? え、ちょ、土下座!?」

「クサカベ殿の世界では、最上級の礼を示すものとお聞きしました」

「それは一部! 普通の奴はそんなのされても引くだけ!! あと理由もわからず、頭下げられても混乱するから、先に内容を教えてほしいです!」


 しかし、日下部の願いは聞き入れられず、アレックスは頭を下げたまま、言葉を続けた。


「城には、私の幼馴染がいます。彼女は……彼女はその高い魔力資質と魔眼から、現在の十三師団の戦力の要となっているでしょう。そして、仲間を盾に脅迫されている」

「上に残った仲間は、仲間内からの非難は理解した上で残ったんですよね?」


 地下迷宮に行けば死ぬ可能性が高い。だが、騎士団に残れば裏切り者の仲間のレッテルを貼られる。その上、実際本当に裏切っているのだから、プレッシャーは計り知れない。

 それらを理解せずに選ぶとは思えない。覚悟の上だろう。


「彼女に選択肢はなかったのです。その能力から地下迷宮への幽閉を選べば、十三師団全員の即時処刑および彼女の育った施設職員の処刑が行われるとされ、傀儡となる他なかったのです。私は、彼女を救いたい」


 救いたい。決して嘘ではない言葉だ。

 国のため、異世界人を犠牲にする王の事だ。アレックスの言葉が嘘ではないことは想像がつく。神器程ではないにしろ、その彼女の能力は素晴らしいものなのだろう。


「いまだに耳に奥に響いているのです。震えた声で『待って』と叫ぶ声が。あの時、自分は逃げたんです。力も才能もないことを理由に、死に逃げたんです」


 あの時、地上に残ることもできた。しかし、地上で裏切り行為を隠し続けるプレッシャーに耐え切れず、逃げた。

 自分に魔法の才能の無ければ、師のような知識もなく、剣の才能もなかった。

 苦しい選択を強いられた幼馴染を支えることもせず、逃げることしかできなかった。


「許されなくても構いません。独りよがりだとしても、彼女を救えるのなら、死んでも構いません」

「ひとつ、確認させてください」

「はい」

「彼女を救うって、具体的には?」

「ヒラルト王を殺害し、アポステルの敗北となってもこの戦争を終わらせることです」


 模範通りの答え。これから行う行為そのもの。アレックスの人柄らしい答えだ。


「もしくは、足枷を破壊(仲間を全員)してしまう(殺してしまう)とか」


 そうすれば、その友人は王様に従う理由もなくなる。それだけ才能があるのだ。どこでだって生きていける。足手纏いなど捨ててしまえばいい。人質が有効な優しい人柄なら、その代わりを担ってやればいいだけ。


「案外無くしてしまえばラクなものよ?」


 アレックスは困惑した表情で日下部を見上げた。薄暗く表情はうまく読み取れないが、その表情は見覚えがあった。


「まっ冗談! 冗談ですよ。そんなのスプラッター展開常識人(アレックスさん)には似合わないですもん」


 仲間から畏怖される存在として、たったひとり、洛陽の旅団の不穏分子を人知れず処罰し続け、嘘つきな笑みを張り続けた男によく似ていた。


「そっちの団長がオッケーしてるなら――」

「もし、私が彼女を救えたのなら、クサカベ殿もどうかご自身を許してあげてください」


 自分を許すなど、一体どういう意味かと頭を巡らせては嫌になる。


「…………なら、無事、事が済んだら、教会の懺悔室に案内してくださいよ」


 嘲笑交じりの声にアレックスは小さく頷いた。

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