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37話 力の使い方

 ルーチェの攻撃は、血を吸い上げる。そのため、意図せず素材を剥ぎ取りやすくなっていた。


「これが胆のうだ。ドラゴンの胆石は、魔力の塊で素材に良し、魔剣の砥石としては最上級の代物だ」


 クルップに教わりながら、嬉々としてドラゴンの解体に参加した日下部を少し離れたところで見ていた水戸部は、頬を引きつらせていた。

 状況が状況なだけに、鳥や魔物の死体が解体されている場面には見慣れた。生きるためには仕方ないし、以前の世界でもきれいにされていただけで、熟成肉などの映像には塊肉が映ることもある。しかし、それが身近で、しかも頭から足先まで血で汚れることも厭わず、目を輝かせているのは理解ができなかった。


「よし。内臓はこんなもんか。あとは力仕事だ。嬢ちゃんは離れてな」


 コツさえ掴めば切れる内臓とは違い、鱗や角は単純な力で解体する必要がある。こうなってくると、力が弱い日下部では下手に傷を増やすだけになってしまうため、旅団の団員たちに任せ、2階層まで運べるように解体していく。


「結構ベタベタ……」


 仕方ないとはいえ、手は血で濡れていて、できることなら洗いたいが水路はここまで引かれていないし、探索が済んでいるとは言えない迷宮内で水は貴重であることに変わりはない。

 なんなら匂いも気になるところだ。

 ふと血の付いた手の平を鼻に近づけると、突然その腕が取られる。


「何してんすか!?」

「カイニス? いや、匂いを……」


 慌てた様子で目を見開いていたカイニスに、素直に匂いを嗅ごうとしていたと答えれば、安心したようにため息をつかれた。

 曰く、鋼鉄牛とは比べ物にならないくらいドラゴンは魔族の中でも高位の種族であり、その魔力量や質は2階層で食している魔物とは比べ物にならない。魔力に体制のない人間が口にしては、体に異常が出るという。


「つまり、舐めるかと思った」

「はい」

「素直ぉ……」


 ちょっと普段の行動を見直した方がいいかもしれない。


「というか、カイニスこそなんでいるの」


 カイニスは重傷のため、治療は施しているがキャンプにいるはずだ。


「ミトベさんの護衛っすよ」


 視線で誘導された先には水戸部がいた。傍らには宙に浮いた水の塊。

 解体するにも、水は必要だろうと自ら名乗り出て、水を運んできたという。カイニスはその護衛。


「お疲れ様です」

「え、あ、お疲れ様です」


 そう言うと、水戸部は宙に浮いた水の塊から少量切り離すと、日下部の前へ持ってくる。


「水しか動かせないですし、細かい動きはできないんですけど、色々試してみて4つくらいなら分割して動かせそうなんです。手を入れても崩れないですよ」

「え、普通にすごい」


 宙に浮いた水の塊で手を洗い、掬っては顔も洗える。


「洗濯機的なのもできます……?」

「水の量が必要そうなので、上に戻ったら、旅団の皆さんの分も含めてやってみようかなって思ってて……なんでも探索班のために特例でやったばかりですけど、お風呂作ってくれるそうですから」

「お風呂……?」

「あ、そっか。エリサさん、前回寝てたから」


 今回のドラゴン討伐の功績を評価し、ハミルトンが風呂程度ならと許可を出していた。

 たまに行われる風呂のことを水戸部から説明されると、明らかに目を輝かせたが、おもむろに口元に手をやると怪訝そうな視線をカイニスに向ける。


「それ、大丈夫なの?」

「あー……クレアさんに聞いた方がいいんじゃないっすか」

「……そう、ね」


 歯切れの悪い日下部の反応に首を傾げながらも、ドラゴンを解体し、運びやすくしている団員たちを見ていた水戸部もまた何か言いたげに視線を下げていた。


「どうかしました?」

「あ、いや、幅さえ何とかなれば、ドラゴンにブイをつけて、水に浮かべて運び出せるかなって思ったんですけど……いや、なんでもないです!」


 水路の応用だ。水の塊を宙に浮かせることにはだいぶ慣れてきた。ならば、水戸部が近くにいる状況であれば、水路の引かれていない場所であっても、水路と同じことができる。


「いいんじゃないですか? 聞いてきますよ」


 慣れた様子で団員たちに、水戸部の意見を伝えに行くカイニスは、すぐに許可を得て帰ってきた。


「クルップさんが細かい方法を詰めるからって、行ってもらってもいいっすか?」

「は、はい!」


 駆け足でクルップの元へ向かった水戸部を見送った日下部は、カイニスの背中をつつく。


「悪意がある!」


 慌てたように、本日二度目の腕を取られ、少し顔を顰めたくなる程度には強く握られる。


「やっぱ痛いんじゃん。無理せず休んでた方がいいよ?」

「そういうなら、力を入れるのやめてくれねェっすかねェ!?」

「反応が良くて」

「サイテーだな!?」


 怪我をしているとはいえカイニスに力で勝てるはずもないが、油断も隙も無い日下部との無駄な攻防は、手伝いに来たルーチェが来るまで続いた。


「肉も持ち出せるんですね。それはよかった! ドラゴンの肉っておいしいんですよ」

「え……ドラゴンの肉って食べちゃダメなんじゃ? ルーチェ、ハーフだから食べて平気なの?」

「いや、いくらダンピールでも、ドラゴンなんて高魔力の肉を魔力抜きしててもマズいはずっすけど……実はルーチェ相当高位のヴァンパイアの子供……?」


 かわいらしく首を傾げているが、王族の隠し子であったり、とんでもないネタを無自覚に持っている可能性がある。


「じゃあ、サクッと5階層()見に行きましょうか!」

「え……」


 意外な顔をしたのは、日下部だった。


「約束だったでしょ。一発で当てたらって」

「でも、カイニス、怪我が……」

「だから、ルーチェにも協力してもらうんすよ。今なら旅団はドラゴンの解体と運び出しに手一杯ですし、ドラゴンの血の匂いをさせたエリサさんに近づきたがる魔物は少ない。少しだけ覗き込むならできますよ」


 4階層の魔物は、3階層に比べて弱い。道もはっきりわかっている状況であれば、負傷したカイニスとルーチェだけでも5階層に辿り着くことはできる。

 だが、


「一度戻ろう」


 ドラゴン(イレギュラー)がいた。

 もし、ムリに進んでカイニスたちが死ぬようなことになれば、後悔する。


「それとも、水戸部さんに何か言われた? 旅団から私を追い出さないといけないような何か」

「言われてないっすよ。むしろ、積極的になったんじゃないっすか? 前話した時は、自分の意見なんて言うタイプではなかったすよ」


 カイニスの言う通り、水戸部の発言に違和感はあった。前のように、水を動かすこと()()できないではなく、水を動かすこと()できるになっていた。

 それは大きな違いだ。能力の大きさを自覚したのかもしれない。


「ミトベさんを脅したってのは聞きましたけど、悪く捉えられてないですよ。って、信じてないっすね?」

「うん」


 即答する日下部に、カイニスはわかっていたように眉を下げた。


「なら、尚更5階層を見に行かないっすか? いっそのこと、めちゃくちゃ怒られることして屁理屈こねましょうよ」


 笑顔でとんでもないことを言い始めたカイニスに、慌てたのは日下部だった。


「一番のケガ人が何を言って、ルーチェも少しは止めて!? 頭にロマンしか詰まってないの!?」

「冒険者なんてそんなのばっかっすよ」

調停者(カイニス)の苦労が伺える発言ありがとう! 調停経験者なんだから初心者に気遣って!!」


 カイニスとルーチェはすっかり旅団を抜け出す気満々で、2対1の対話。一番の焦点であるはずのケガ人と護衛役が、問題ないと許可している時点で拒否しにくい。

 しかし、ドラゴンのようなイレギュラーがあるならば、少数で無断先行するのは危険だ。

 どうにかカイニスたちを説得しようと、頭をフル回転させていると、ふと足元に感じた震え。


「?」


 カイニスもその震えに辺りを警戒するように睨むが、何もいない。だが、徐々に大きくなる震えが足の裏から響いたその瞬間、足元に広がる穴。



「――ご主人!!」



 知らない声と共に黒い穴の中に吸い込まれていった。


*****


 4階層の拠点では、モーリスとクレアが疲れたようにドラゴン回収のための指示を出していた。


「ドラゴンの素材を回収出来たら、一度上に戻るぞ」

「そうね。さすがに、僕も真面目に休みたい……」


 旅団に余裕があるわけではないが、それでも2階層に戻れば、それ以下の階層に比べて休める。

 なにより状況が変わり過ぎている。ハミルトンが、ドラゴン討伐の報酬代わりに用意した大浴場は、イレギュラーに対する作戦会議の時間稼ぎだろう。今から気が重くなる。

 問題はやはり日下部だろう。


「あんま、アイツに入れ込むなよ。アイツは壊れてる。いつか自分で自分の首を食いちぎる」

「……うん。知ってる」


 最悪、不穏分子として日下部の処分が言い渡される可能性がある。本来、不穏分子の処分はクレアの役目。だが、飄々としてわかりにくいと騎士団の頃から畏怖されてきた男にも関わらず、日下部に関してはハミルトンの命令であっても断ると確信があった。


「自分の首より、他人の首の方が食いちぎりやすくない?」


 自分の首を指さしながら笑うクレアに、モーリスは目を見開くと、ゆっくりと目を逸らした。


「悪いね」


 恨み言のひとつでも言うかと、モーリスが口を開くと、顔を青くし飛び込んできた団員に遮られる。


「大変です! 日下部、カイニス、ルーチェの三名が、5階層に落下しました!!」



*****



 収まった揺れに目を開ければ、足元に広がった真黒な床。隣には、カイニスとルーチェも生きているようで、呻きながら体を起こしている。天井を見上げれば、落ちてきたであろう穴。

 そして、前には見た目は人間のようだが、頭には確かな角が生えている青年が立っていた。


「あれ? 魔王様……?」


 隣から聞こえてきた言葉に、カイニス共々呆れる程間抜けな声が漏れだした。

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