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36話 入れ込んでる

 目を覚ませば、見張り以外はまだ眠っているらしく、テントの外に出れば静かだ。カイニスも傷が深いからか深く眠ってしまっている。そして、できれば隣で同じように眠っていて欲しかった人物はいない。


「クレアさん? まだ休まれてた方が」

「大丈夫大丈夫。それより、エリちゃんは? あの子、リード付けてないとすぐどっか行っちゃうからさ」

「エリサ殿なら、ドラゴンの方に……まだ危険とは伝えたのですが「そっか!」とだけ……」

「そりゃダメだわ。あの子、そういうところは頭悪くてね」


 予想通り過ぎる行動に、ドラゴンの死骸に向かえば、離れたところで座っているエリサがいた。

 エリサが座る前には、新しく抉り取られた床。


「ドラゴンは三度蘇るらしい」


 殺してからもしばらくは動き回る習性からそう言い伝えられていた。

 トカゲのしっぽみたいなものだが、ドラゴンとなればそれだけでも脅威だ。

 ドラゴン討伐を奇跡的に行ったことで、旅団内に広がる攻略を諦める空気は払拭されるだろう。より強く幻想を抱くことになる。特に、探索班は。


「よっこいしょ……」

「寝てろよ。ケガ人」

「エリちゃんがトカゲのしっぽに殴られるなんておもしろ場面、寝てたって理由で見逃したくないなぁ」


 石がドラゴンにぶつかり大きく跳ねた。


「ラスト一発!」

「やめなさい。マジで」


 近所迷惑を通り越して、周りの団員が慌ててこちらを見ている。

 しかし、お構いなしに投擲縄で本格的に石を投げようとしているエリサの腕を抑えていれば、また新しい抉れができる。


「…………」


 さすがに黙って座ったエリサに、安心して隣に座る。


「寝て待ってたら?」


 ドラゴンは優秀で貴重な素材だ。逃す手はないと、安全が確保されてからクルップを中心に剥ぎ取る予定になっている。まだドラゴンが落ち着くまでは時間が掛かるだろうし、寝て待っていても解体に立ち会うことはできる。


「ドラゴン、触りたい……」

「はいはい。じゃあ、大人しく待ってようね」


 視線を逸らしたエリサは、興味があると示すように手を開いては閉じて、そわそわしている様子を示す。

 寝るつもりはないらしいエリサが、間違って死なないように座って待つことにする。


「……ありがとな」

「?」

「あのまま行けば、全滅だった」

「え、いや、ドラゴン窒息させたの、水戸部さんだけど……」

「いや、うん。まぁ、そうなんだけどさ」


 本気で不思議そうな顔で見上げるエリサにため息をつく。普段は、魔物を倒せると自分で自分を褒めてたり、自慢してくるくせに、ドラゴンを倒したのことは自慢してこないのか。


「……」


 違う。こいつは、本当に今回の作戦で、褒められるようなことをしたつもりはないんだ。


「???」


 撫でられる頭に混乱する様子に、頭を悩ませる。

 なんて言えば伝わるのだろうか。

 ドラゴンを窒息させるなんてよく思いついた?

 ダメだ。ダメージを与えにくい魔物をどう消耗させるかを、ここにある道具だけで考えなさい。という質問に対して、窒息なら可能性があると単純に答えを導き、それを他人に実行させただけ。

 モーリスが言うには、水戸部に対する言葉は脅迫に近かったという。妙に常識的なところがあるから、内部に亀裂が入る状況は褒められるとは思っていないのだろう。


「…………お前さ、外に出たらどうしたい?」

「クソ王の目玉を焼く?」

「あ、そういうの以外で」


 本当にこういうところはブレない。

 安心すると言えば安心するが、ただの一貫した冗談(キャラ)


「僕ができることなら、なんでもしてあげる」

「なんでも?」

「え、なに? 体? 別に僕は良いよ? 物好きだねぇ」


 先に冗談に乗って見せれば、つまらなさそうな表情をする。


冗談(ゆめ)を騙るなんて、頭でも打った? ついに壊れた?」


 この先に未来はないことを知っているからこそ、意地の悪い質問であることは理解している。

 迷宮を攻略するということは、心の支えを壊す行為。ドラゴンに食いつくされてしまえば、幸せな夢の中にいられたというのに、エリサは希望を壊す道を歩む。まるで手間のかかる自殺のようだ。


「夢を語る自由はあるでしょ。僕は、さっき街を三人で歩き回る夢を見たよ。エリちゃんが、田舎じゃねぇ! 都会だ! って騒いでるのを首根っこ捕まえてんの」

「夢ってビミョーにリアルなことあるよね」

「そんで、実際どうなんだろって思ったのよ。僕にできることなら、何でもやってあげたいって思う程度には入れ込んでるよ?」

「じゃあ、衣食住を保証してほしい」


 暇だからか冗談に合わせてくれるようだが、即答された言葉は現実的過ぎる言葉。


「まずはそこでしょ」

「うん。ま、いいよ。そのくらいなら全然」

「マジで? 結構大変じゃない? 向こうの世界でそれ言われたら、普通頷かないよ? 実はいいところの坊ちゃん? 騎士だし貴族、なのか……?」


 本気で驚き引いた表情で、こちらを見るエリサに、向こうの世界の情勢が伺える。平等と口では言うが、本質として不干渉。考えてみれば、拠点にいる異世界人たちも、間引かれた人物たちに気が付きながらも、気が付かない道化を演じていた。


「世知がないねぇ。そっちの世界」

「だって衣食住だよ? 服と食べ物と家。手間と金がどれだけかかると」

「僕と一緒に暮らせばいいじゃない」

「…………」


 驚いたような、納得したような顔で固まるエリサは、何かに思い至ったのか納得したような表情をしている。大半こういう時は間違ってる。

 勘はいいのに、どうしてか妙に斜め上に行く時があるが、こういう表情の時は十中八九間違った方向に行っている。


「僕は貴族じゃない、どちらかっていうと正反対の、親の顔も知らない腕っぷしだけで生きてきた人間だけど、それでもエリちゃんの衣食住を保証することくらいできるよ」


 そこまで言えば、真意を悟りかけたのか、徐々に怪訝そうに眉を潜める。


「意外?」

「いや、だって…………今までのことをよく思い出して? お前のツッコミの数々! カイニスの呆れ顔!」


 一瞬影が掛かったが、俺を説得するエリサは、自分で言ってて悲しくならないのだろうか。むしろ、自覚してるなら、もう少し大人しくできないのだろうか。


「そんなのと緊急事態以外で顔会わせてもいいって思う?」

「俺は構わねぇよ」


 だが、話を逸らそうと冗談に乗ってやるほど、優しくはなれなかった。

 心の底から思った言葉を口に出せば、見たこともない困惑顔で表情でこちらを見ていた。


「い、いつもみたいにおふざけで返してくれないと困る……!!」


 誰もに自分を否定され続け、自分は認められてはいけない存在で、踏み入られてはいけないから道化を演じなければいけない。

 お前は道化を演じられるほど器用じゃないって、誰かが否定してやればよかった。

 そして、こいつを認めてやればよかった。俺と同じように。


「言っただろ。入れ込んでるって。意味、分からないほどバカじゃないだろ」


 なまじ、人の表情を読むのが得意なせいで、嘘吐きばかりの世界では息苦しかっただろう。


「好きだ」


 もし、困惑してくれたのなら、すぐにでもその手を掴んで押し倒してやれたのに。


「――――――け、ケツの穴! クーちゃんがケツの穴捧げられるなら、信じてやるとも! アハハハ! ムリだろう! そうだろう! そうだろうとも!」


 笑う彼女の目は、嫌悪に塗れて、少しもうまく笑えていない。


「ってわけだから、残念だったな! 別の男と寝てきてやるぜ! おやすー!」


 掴もうとした腕を避け、視線も合わさず逃げるように他の男(カイニス)の眠るテントへ向かった。


「あー……その、なんだな、聞く気はなかったんだが、聞こえちまったから、謝っておくな」


 見張りにある程度聞かれることはわかっていたが、クルップも見張りで起きていたらしく、苦虫を潰したような表情で謝られる。


「町なら酒でも奢ってやるんだが……」

「お気遣いどーも。でも、オッケーしてくれるとは思ってないですから」


 エリサと両想いなんて結ばれるなんて、自分で告白しておいてどうかと思うが、想像がつかない。

 物事の働きかけ方を教える童話に、旅人の服を脱がすために、風で無理矢理脱がそうとするのではなく、暖かく照らすことで自ら脱ぐというものがある。力業で解決できないものもあるという教訓だ。

 しかし、無理矢理脱がさなければ見えない傷だってある。


「遊びにゃ、見えなかったが……」

「遊びじゃないですよ」


 今の言葉に嘘はない。

 無駄に良い目は、冗談や嘘は簡単に見分けるし、喜んで冗談に付き合う。だけどそれでは、限界が来る。

 無理にでも手を掴まなければ、勝手に自己完結して崩れていく。


「カイニスは優しすぎてそういうの苦手だろうし、だから、その……フォローお願いします……」

「お、おう」


 思っていた以上に避けられた。いや、カイニスの元に行ったのなら、ひとまずカイニスがフォローしてくれるだろう。

 ただ、避けられた手に目をやってしまう。

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