殺す瞬間の夢を見て思う一つの情
私は、呉の国から連れてきた医者に昭を任せていた。しかし、呉へ戻る前に、昭とは向き合っておかなければいけない。私は、医者の部屋に向かってゆっくりと歩いていた。
昭は可愛い妹だ。私は、昭が好きで、昭のことを大切に思っている。私も私なりに考えていたのだ。私は、昭が、富や権力のある人と結婚して愛され、更に美しくなることが、幸せだと思っていた。
昭は、幼い頃から髪をしっかりと結い、美しい衣を纏うことを好んだ。だから、いつも綺麗だった。両親に気付かれぬよう、父の書斎で書物を読み漁っていた私とは大違いだ。知識と性格が相成って、男を立ててやることのできない私は、王妃になる資格など無かった。しかし、昭は男の言うことにも、素直に従う。
両親が、昭を妃にしたいと思っていたことは、前々から知っていた。どう考えても、私よりも昭の方が妃向きだ。昭が生まれると思っていなかったため、第一子を妃に、と言っていたのだろうか、昭を妃にすることで、私が傷つくとでも思っていたのだろうか。理由は定かではないが、娘への愛など深い部分では無いところで、私の存在を疎ましく思っていたことには間違いは無いだろう。私は邪魔者だった。
何故、昭が私を恨んでいるのかが分からない。だから、昭と話をしに行く。私は、医者の部屋の戸を開けた。
昭は起きていた。入ってきた私のことを、ぼーっと見つめている。私は医者に丁寧に礼を言うと、すぐに席を開けてくれるように頼んだ。
医者が出て行ったのを確認してから、私は昭の隣に座る。昭は何も喋らない。私は、大きく息を吸った。
「昭、姉さんはね、昭が王妃になれば、昭の力が一番発揮できて、昭が幸せになれると思ってた」
昭は、目を丸くして私を見た。未だに、不審な色は消えなかった。しかし、それは少しずつ薄れていった。昭はそのまま口を開いた。
「姉上、私は姉上と違って、多くの人の役に立ちたいとは思っていないのです」
次は、私が驚く番だった。思わず目を細め、昭の顔を見てしまう。
「母上と、父上と、邦様と、幸せに暮らしたかったのです」
昭の目が、ひんやりと光った。
何故、こんなに単純なことに気付かなかったのだろう。私は自分を責めた。もし、このことに気付いていたとしても、私は家を出ただろう。しかし、何か妹に向けた配慮ができたはずだ。
「姉上、何ていうことをなさったのですか」
涙を浮かべ、それでもしっかりと私の方を見据えて、昭は言った。
「私が、どれだけ姉上を恨んでいたことか」
何かが漸く解き放たれたかのように、昭の涙が頬を伝った。
「何度も、あなたを殺している夢を見ました」
その声は悲痛に満ちていて、手を伸ばそうとしても、どうしてやることもできない自分が、歯がゆかった。
「姉上、私は悪い人間なのでしょうか」
昭は、ついに顔を手で覆って声を上げて泣き始めた。私は、引き寄せられるように昭に近づいた。そして、昭の綺麗な髪に手を乗せる。
「ごめんね、昭。こんな姉で」
出来る限りの平静を装うようにして、私はゆっくりと言った。
「呉に着いたら、昭が実家に帰れるように手配する」
それが罪滅ぼしになるとは思えない。でも、私にできることはそれだけだ。それだけ言って、ゆっくりと昭から離れる。扉に手をかけたとき、昭のか細い声が微かに聞こえた。
「姉上、姉上の活躍をお祈りします」
昭と顔を伏せている。私は微笑んだ。
「昭、ありがとう」
たとえそれが本心では無かったとしても、私はそれで良かった。昭が私を許すことは無いだろう。私は、許されない罪を犯してしまった。奪ってしまった絆と時間は、元には戻せない。
ふんわりと吹きぬける風は、新鮮ではなかった。朝の気だるい匂いを孕み、城を駆け巡る。