表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒天の座標  作者: 藍澤榊
1/12

ぎりぎり唇を噛んで嗚咽をあげる。

 私が軍師に上り詰めて間もない頃、ひょんなことから、胸騒ぎのする情報を手に入れてしまった。呉にいる劉遷が、宰相となった、というその事実に直面した時、私に生生しい記憶が蘇った。そして、沸々と沸き起こる感情。

 劉遷。それは、私の弟弟子であり、そのくせ、私よりもいつだって遥かに優れていた。書を覚えるのも早く、理解も早く、意見も私よりずっと素晴らしかった。

 仲が悪いと言う言葉があるが、私と遷の間には、仲の良さも悪さも無かった。仲が無かったと言っても良い。私は遷が嫌いな訳ではない。憎たらしいのだ。素晴らしい才能と人格を持ち合わせ、何の落ち度も無い遷のことが。

「呉の宰相か……」

 私は筆を置き、目の前の使いを見た。どうしようもない感情が沸き起こっても、今はどうしようもない。この所為で職務に支障が出たら、本末転倒だ。

 再び書面に向かい合おうとした私の顔を、使いは見た。

「炎先生、如何なさいましたか」

「何でもない」

 顔も上げずに即答する。さっさと退室しないかと思いながらも、それは口にしない。すぐに手で行くことだろう。

 しかし、使いは退室しなかった。

「唇から、血が……」

 そう言われて初めて、私は唇に血が滲んでいることに気付いた。此処まで堕ちていたとは、と心の中で、自嘲する。

「切れてしまったようだね。見苦しい物を見せた。申し訳ないね」

 ぺろりと唇を舐めれば、広がるのは鉄の味。

 顔を上げて微笑むと、使いは我に返ったのか、慌てて返事をして、一礼した。

 退室する使いを見届けてから、私は鉄の味が滲む口元を、手で擦った。白い手には、べったりとした赤が広がっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ