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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

姉妹百合

作者: 太郎

 妹は可愛い。


 これは私の意見ではなく、世界の意見だ。

 大袈裟だと思うかもしれないけれど、れっきとした事実である。


 私の妹は、我が国の次期王権者候補のその婚約者であり、千年に一人の神聖なる力を授かる聖女であり、最先端技術を発明し続ける天才科学者という大層な肩書きを持っている。


 そんな妹は、幼い頃から大変愛されていた。


 はいはいが初めてできた時には、父が国を巻き込んで、その功績を讃えるための祭りを開いた。


 また、初めて声を発した時には、母がその言葉を魔法で録音し、レコードに焼いて国民に配り、他国に売り出し、妹の名前と声を全世界へと布教していた。


 そうした両親の愛に留まらず、全世界の人々の愛を一身に受けて育った私の妹は、とても傲慢な性格に育った。


 対して私は、不吉の象徴である黒髪に加えて、見えざるものが見えてしまう体質に生まれてしまったため、両親や使用人達には気味悪がられ忌み嫌われていた。


 そのため、幼い頃こそみんなにその恐怖を訴えかけて助けを求めたりしていたが、今ではすっかり主張をしない人間になってしまっていた。


 そんな私は、最近しょっちゅうある妹からの強請りを、何一つ断ることができないでいた。


「お姉様、それ頂戴」


 最近妹は、そう一言言ってから、私の所有物を一つだけ奪って何処かへ去っていくようになった。


 それはちょうど一年くらい前から始まった。


 その日は妹の18回目の誕生会が開かれた日であった。18歳を以って、大人として認められるようになるという我が国のルールに則って、妹もまた大人として扱われるようになる。その為大きな祝い事となり、その時ばかりは私も参加を許された。


 正直私は興味がなかったため参加を断りたかったが、拒絶した時の蔑むような両親の目に、参加を余儀なくされた。


 そして迎えた誕生会当日、私は誰からも注目を浴びないよう、端の方で気配を消していた。

 すると、何人たりとも私に気がつくことは無かった。ただ一人、妹を除いて。


 妹は、私を見つけるなり真っ直ぐ私の側へ歩み寄り、私の頭を貫くように指差しながら、


「お姉様、それ頂戴」


 と言った。


 訳もわからず私は、脳内で反抗しつつも渋々帽子を妹へ譲った。


 たぶん、黒髪を晒させて蔑みの対象にしたかったのだろう。


 その時は、まあ帽子くらいと、そう思っていた。

 ところが次の日、また妹は現れた。


 私がそろそろ寝ようとした時に、ドアが勝手に開いた。恐る恐るドアの外を見ると、妹が立っていた。


 何事かと声をかけ近づいたところで妹は言った。


「お姉様、それ頂戴」


 妹は私の手を指差していた。


 それが指すものは恐らく、私が手にはめている手袋のことだろう。


 これは私の手編みで質が悪いし、あまり寒さを凌げない。そういった説明をしてあげても、妹はまるで揺らぐことなく私の手を指差していた。


 私は、次はうんと大きく作ってやろうと心に決めて、その場で手袋を外して渋々妹へ譲った。


 たぶん、薪が足らなくなって代わりのものが必要だったのだろう。


 また翌日、私がこっそり厨房を使ってクッキーを作り、それを部屋で味わっていたところに妹はやってきた。


 足音もなく廊下を渡り、突然扉を開けるものだから驚いて、クッキーを隠すのが一拍遅れた。


 私はクッキーを背に守るようにして、妹の行動を注意深く監視していた。


 妹は、私の部屋に尋ねるなり部屋の内部を捜索し始めた。


 一通り部屋を見て回ると、めぼしいものがなかったのか部屋のものに興味を無くして私の方へ向かってきた。


 そうして私の前に来るなり、私のおへそあたりを指差しながら、


「お姉様、それ頂戴」


 と言った。


 私は思わずどきんとした。まさかクッキーを持っていることがバレたのかと思った。


 もしそうなら不味い、私が厨房を勝手に使ったことがバレて、そうなったら厨房の守りがより厳重になってしまうかもしれない。それに、まだクッキーを堪能していない。


 念のため私は、自分の着ている服を摘んで、これかな? とアイコンタクトした。


 妹は穏やかに首を振り、そして再度私のおへそあたりを指差した。


 まだクッキーを諦めきれず、次に私は、自分の服を捲りお腹を指差しながら、これかな? とアイコンタクトした。


 無謀だと思ったけれど、意外にも妹は、私のその案を本格的に考慮し始めた。


 やがて、惜しくもといった風に首を振り、再度私のおへそあたりを指差した。


 もう打つ手がなかった私は、出来る限り呪詛の調味料をふりかけながら、渋々クッキーを譲った。


 たぶん、普通に小腹が空いていたのだろう。


 そして後になって気が付いたけれど、自分のお腹が妹への供物に採用されなくて良かったなと思った。


 それから妹は毎日私の元へ訪れては、何かしら一つだけ物を持っていった。


 初めは妹が持っていく量よりも多く物を製作して対抗していたが、段々と鳴りを潜めて、すっかり搾取されるだけの毎日に変わっていった。


 そして昨日、ついに妹は最後の物を持っていって、私の部屋は空っぽになってしまった。


 もう妹は来ないだろう、持っていくものは何もないのだから。何故かそれがとても寂しかった。


 妹のことは嫌いじゃなかった。妹だけは、私を人として接してくれた。


 それが嬉しかった。


 でも、束の間の幸せはもうおしまいだ。


 私は薄々気が付いていた。もし、この部屋から何も無くなった時は、私はきっと死ぬだろうと。


 最近は生きた心地がしなかったのだ、別に死のうが私は構わない。


 最期に、私に楽しい夢を見させてくれた妹に感謝をしながら、私は自室の窓を開けた。


 その時、私の部屋にノックの音が転がった。


 私の部屋を訪ねた時に、ノックをする人間は珍しいと思った。招こうかと迷った時に、ようやく自分が全裸である事に気がついた。少し悩んだ末に、どうせもう死ぬのだからと入室を許可した。


 そうして扉を開けて入ってきたのは、何を隠そう私の妹その人だった。


 入ってきたのが自分の妹であった事に少し安堵しながら、何でまた、と素直に疑問を抱く。


 だって私の部屋にはもう何もないのだから、もう何も。


 そんな私の思いを見透かしたかのように、妹は、あるじゃないの、と言ってから私の手を取りこう言った。


「お姉様、幸せになって頂戴」


 私はみっともなく、妹の胸に泣きじゃくった。


 窓から吹き込む風は酷く冷たかった。




 年甲斐もなく泣き疲れて寝てしまった。我に返った後も、しばらく顔が熱かったけれど、


 それからというもの、あの日のことは二人だけの秘密という事になり、私は今までと何ら変わりない生活をしていた。

 強いて変わったことと言えば、私が妹の部屋に住む事になったこと。もはや私の部屋は無かったから、その方が私は嬉しかった。


「お嬢様、妹様がお呼びです」


 背中越しに声が聞こえた。気がつかなかったなんて、私としたことが注意が散漫になっていたようだ。


 私は一つ頷いて、厨房を後にした。


 長い廊下を渡り歩いて数分、ようやく妹の部屋に着いた。メイドさんが一言断ってから入るのに続けて、私も入室した。


「失礼します、連れて参りました」


 いつ見ても広すぎる部屋に圧倒されながら、妹を見つけるために部屋を見回した。

 すると、やはり妹は大層豪華な部屋の真ん中で天蓋付きのベッドに寝転がっていた。


 妹は上半身をゆっくり起こしてから、寝ぼけ眼を擦りながら、もう下がっていいわと言った。

 そして私を手招きして呼んだ。ご要望の通り、私はベッドの側まで近づいた。


「おはよう、お姉ちゃん」


 私に慈愛の表情を向けながら、穏やかにそう言った。

 まだそういう顔を向けられるなんて慣れないけれど、全く悪い気はしなかった。


 なるべく精一杯の笑顔で挨拶を返すと途端に、妹は四つん這いになって私の元まで近づいてきた。訳もわからず戸惑っていると、私の首筋あたりに顔を近づけてきた。


 これが噂に聞くおはようのキスかと、内心慌てていると、妹がようやく顔を離した。

 一つ伸びをしてから、なんだか甘い匂いがするわと言った。


「それなら多分、私が持っていたクッキーの匂いかも」


 そう言って持っていたクッキーの袋を取り出し見せてあげる、すると頂戴と言うから一つ摘んで食べさせてあげた。


 あーんと掬い上げてゆっくりと咀嚼すると、妹は甘いわねと呟いた。


「甘いのは嫌い?」


 伏し目がちに聞いてみると、妹はいいえと首を振り少し頬を膨らませながら言った。


「むしろ、もっと甘やかして欲しいくらいだわ」


 それは少し違くない? とついつっこんでしまった。


「違くないわ、私甘党だもの」


 思わず苦笑いが出る。まあそういうことなら、と頭に向けて手を伸ばした。妹もそれに応えて、頭を差し出してくれた。

 可愛らしいつむじが見える。柔らかい匂いが薫ってきて、これは有耶無耶にできないなと思った。ゆっくり触れてから、労るように優しく撫でた。


 心地良さそうなはにかんだような笑顔を見て、ドギマギした。手をパッと離して、手持ち無沙汰になった手で適当に頭をかいて笑った。


「ねぇ、お姉様」


 畏まったような態度に、いつの間にか場の空気も固いように感じて思わず体が強張った。


「キス……しよう……」


 ーードキッとした。


 それは私には覚えがない感覚だった。


 顔を真っ赤にして羞恥に耐えながら、上目遣いで私の目を真っ直ぐ貫く。


 その表情から察するに妹の想いは本気なのだとひどく冷静な頭で理解してから、一気に溶解した。


 ーー何を言い出すんだこの妹は!?


 徐々に。


 ーーキスだなんて……私たち姉妹だし!


 徐々に。


 ーー何よその態度……まるで私のことが好きみたいな……


 徐々に。


 ーー本当に良いのかな……


 現実に戻されていく。


 沸騰した頭で正常な思考判断ができなかったんだろう、私は健気に待ち続ける妹の唇に吸い寄せられるように顔を近づけ、果てにキスした。


 ーー私には甘すぎるな


 そんなことを思いながらぼうっと夢見心地な感覚に包まれた。

 やがて思考が止まった私はそれ以降のことは何も覚えていなかった

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