ロロナのミラクルショッピング大作戦
「ああ、失敗した……」
ぷかぷか浮かぶお花畑、ちょこんと座るはトマト商人。
奇異な視線を向けられて、海上マーケットデビューの実感を噛みしめる。
出店に許可はいらない。指定海域であれば自由にものを売り買いできる。
商品の他、必要なのは船と愛嬌、生憎どちらも持ち合わせはなかった。
「ト、……トマト、どうですかぁ……?」
――まさに離れ小島だった。
思いのほかトマトが早く収穫できたわたしは船のことを考えていなかった。
よって、わたしが流れ着いたときの小島、ロロナアイランドを代わりにする。
注目されそうだし丁度いいかなと思っていたけど、それは間違い。
注目はされるけど、誰も近寄ってくる気配はないのだ。
仮に近づいてきても――
「ねえ、あの子の周り、お花がいっぱいだよ」
「あ、あのっ! トマトを――」
「うけるねー」
「トマト、を……」
――こんな感じ。
人間社会、辛すぎる。
無人島生活に馴染んでしまったからか対人スキルが下がっている気がする。
視線を向けられると怖いし、人に話しかけるなんて高等魔法の類だと思う。
いや、もともとこんな感じだったな、なんて思いつつもため息。
もっと明るく、笑顔でなきゃ売れない。
わかってるけど、わかってるからできないし、だから売れない。
トマトの値段は50ペロ。最初は100ペロだったけど、半分まで減らした。
ドールハウスが4、000ペロだから、これだと80個売る必要がある。
なんだ、案外簡単かもなんて思っていた自分が恥ずかしい。
店を出してしばらく経つけど、一つとして手に取ってくれた人はいない。
「トマトさん、ごめんなさい。わたしのせいでこんな辱めを……」
島の木で作った箱にはトマトがぎっしり。
自分でいうのもなんだけど、中身のぎっしり詰まった美味しいトマトだ。
それなのに、わたしが売っているせいで、彼らは人の手に渡らない。
ああ、ごめんね、こんなわたしで……
『そんなことないよ、ロロナちゃん。ロロナちゃんは最高のママだよ』
「本当ですか、トマリーヌさん! こんなママでも愛してくれますか?」
『当たり前さ。今はちょっと船が奇抜だから売れないだけだよ!』
「そ、そうですよね。ありがとうございます、トマリーヌさん」
わたし(孤独)は箱の中からトマリーヌさんを取り出し、膝にのせて会話する。
トマリーヌさんの声は、わたしの裏声に似ている。わたしが育てたからだね!
でも、どうしてだろう。トマリーヌさんが喋り出してから一層お客さんがこっちに来てくれなくなったような……
「トマリーヌさん、困りました。このままでは売れ残ってしまいます」
『大変だ! もっと目立ってアピールしなくちゃ!』
「うーん。それは難しい相談です。わたしは目立つのが苦手でして――」
――と、会話をしていると小舟がどんと、小島にぶつかる。
買い物に来た母親と娘二人が、ごめんなさいと謝罪する。
大丈夫ですよ。わたしも無事です。そう言おうとして、あることに気づく。
「ト、トマリーヌさん!?」
「ご、ごめんなさい。ぶつかったせいでトマトが……」
わたしの膝にのせていたトマリーヌさんが小島をコロコロ転がっていく。
その先はもちろん海、落ちてしまったら一巻のおしまい。
手を伸ばしても届くことはなく、わたしの指先を掠めて海へとコロコロ。
こうなったら手段は一つ!
「へ、変身!」
お花畑の上、わたしは魔法少女へと変身する。
狭い足場に降り立ったわたしは、海水へと向けて魔法を使う。
「きらきらミラクル! じゃぶじゃぶジャブエリアス!」
水を操る魔法で海水を操る。
海の水で大きな手を作り、トマリーヌさんをナイスキャッチ。
トマリーヌさんを島に戻し、水の手をちょんとつついて海に戻す。
「あ、あはは、ギリギリセーフです」
トマリーヌさんを両手で持ってニッコリ笑顔。
そこで気付く。マーケットの中が妙にざわついていることに。
一瞬静かになるマーケット、次の瞬間歓声が沸き上がる。
「すげぇ! 何だ今の魔法! 水をあんなに容易く操りやがった!」
「ねぇ、あの服すごくない! めっちゃかわいい! お人形さんみたい!」
「国の魔導士さんかね。だとすれば、売っているものもきっといいモンのはず」
わたしの魔法が珍しかったみたいだ。
うっわ、すごく目立ってるよ。
歓声に頭を下げて、さっきの親子にこっそりと大丈夫だよと告げる。
その瞬間、娘さんたちがぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ねえねえ、ママ、おねーちゃんキラキラ!」
「キラキラおねーちゃんのお野菜、あたしも食べるの!」
「アンタ、トマト食べられないでしょ?」
「キラキラおねーちゃんのなら食べるの!」
「うーん、仕方ないわねぇ。それじゃ、トマト三ついただけるかしら」
「え、は、はい!」
本日初の売り上げだ。
飛び跳ねて喜ぶかと思ったけれど、案外驚きの方が強かった。
実感わかないまま、娘さんの小さなおててと握手をして手を振る。
まあ、嬉しいけど、あのくらいのお子さんには魔法少女衣装のウケがいいしな。
それにしても、この服はやっぱり恥ずかしい。
早くどこかで解除をしないと、見回した時、わたしは気付く。
「お嬢ちゃん、オレにも一つ売ってくれ! 変わった服だけど似合ってるぜ」
「うっわ、顔ちっちゃい。ウェストも細くていいなー。秘訣とかありますか?」
「あの、その服ってどこに行けば買えるんですか?」
魔法少女衣装に食いつくのは子供だけじゃないらしい。
次から次へとトマトが捌けていく。
うぅ、すごく目立ってるおかげだ。
嬉しい反面、精神もすごい勢いで削れていく。うぅ、すごく目立ってるせいだ。
トマトを売り、たまにお客さんと握手。お世辞を言われて恥ずかしくなる。
そんなことをしているうち、数分経たずとして箱は空になる。
「ご、ごめんなさい。今日はもう売りきれです……!」
「あー、惜しかったなー。ねえ、お姉さん、明日も来てくれるの?」
「……え?」
気づけばみんなに囲まれていた。
最初はみんなちらちら見るだけで近づいてこなかっただけに、すごい進歩だ。
アクシデントがあったり、変身したおかげとはいえ、自分の作ったものが誰かに必要されるという実感が徐々に湧き上がってくる。
「明日も来ます。お野菜なんで毎日これるかはわかりませんけど、なるべく来ます。だから、みなさんよろしくお願いします。それと、今日はありがとうございました!」
みんなが暖かく迎え入れてくれる。
拍手をくれ、賞賛をくれ、最後には歓迎の証とおすそ分けまでしてくれた。
たくさんの野菜や魚介を箱に入れ、わたしはマーケットを後にする。
高く昇った朝日を見上げ、何故か無性に嬉しくなる。
「やりました、トマリーヌさん。完売です!」
そこで気付く。あ、トマリーヌさんも売っちゃった。
一人だけど一人じゃない帰り道、トマリーヌさんの声が聞こえた気がした。
『強く生きてね、ロロナちゃん』
――というか、わたしの裏声だった。
でも、最初に聞いた時より、トマリーヌさんの声は上機嫌だった。
よし、明日も頑張ろう。
♪ ♪ ♪
「えへへ、かめのすけさん、今日も完売です」
マーケットデビューから数日、『ロロナのトマト』は大人気商品になっていた。
噂が噂を呼び、今では毎日即完売、それなりにお金も溜まってきた。
魔法少女姿で売るのは正直まだ恥ずかしいけど、それでトマトがいろんな人の手に渡ってくれるなら、悪いことばかりではない。
それに――
「これは、かめのすけさんの晩御飯です」
「――♪」
「それと今日はこれもあります。噛まずに飲んでくださいね」
――こうして、かめのすけさんの薬も買えるようになってきた。
少し高いお薬だけど、東の国に伝わる秘薬らしく、最近はかめのすけさんの体調もよくなってきている気がする。
泳ぎだせるようになるのも時間の問題だろう。
「わたしは収穫に行きますけど、お薬を吐き出したらダメですからね」
「――っ!」
そんなぁ、といった様子のかめのすけさんを後に、わたしは畑へ向かう。
流石に一国分の養分を与えてしまったからか、一月近く経った今でも、大体三日でトマトが実をつける。うーん、元気すぎるのも考え物だ。
しかし、日に日に買いに来てくれるお客さんも増えている。
かめのすけさんに畑増築の相談をしてもいいのかもしれない。
「どうしようかなー……」
段々とトマト売りが板についてきたと、おかしくなる。
目標だったドールハウス用の資金も溜まり、冒険家さんが来るのを待つのみ。
マーケットの先輩方にもよくしてもらい、毎日がさらに楽しい。
明日は、どんな人がトマトを買ってくれるのかな。
――なんて、この生活は平和に続いていくものだと思っていた。
ある日のこと。
わたしはいつもと同じように、箱いっぱいのトマトを抱えて砂浜を歩く。
そろそろちゃんとした船が欲しい、なんて考え鼻歌を歌う。
だからだろう、近づくまで、『それ』の存在に気づかなかったのは――
「ふ、船……?」
いつもの砂浜、見上げるほど大きな船が泊まっていた。
真っ黒な船体に、風になびく月とネコが描かれた大きな旗。
突如として現れた船に困惑していると、船の上から少女がこちらを見ていた。
「我々はハロハロ海賊団、違法な物品を取り扱う俗め、許してはおけん!」
この日、無人島にやってきたのはまさしく海賊船だった。
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