ロロナのラブリーベジタブル大作戦
マイホームが出来たことで、わたしの夜に自由がやってきた。
暗くなっても灯りがあるし、壁があるから天気にも左右されず活動できる。
ああ、素晴らしきかなマイホーム。
……なんてのが理想だったよ、本当は。
暇なのだ。無人島は。
かめのすけさんの夜は早く、夕方の終わりには大体寝ている。
無人島だけあって、わたし以外のひとはいないし、娯楽なんてもちろんない。
そうなると、やっぱり睡眠しか行動の選択肢はないのだ。
早寝早起き、健康でよろしいけど、もう少し楽しみたい気分はある。
そんな気持ちの表れか、わたしは今日から早朝の砂浜を歩くことにした。
三日もったら自分を褒めてあげよう。多分、明日はやらないと思うから。
「……ふふっ」
早朝の砂浜、シャリシャリと砂を踏む。
まだ今日の陽を浴びていない砂が、冷たくて少し面白い。
これはもしかすると、長続きするのかも。
なんて楽しくなっていると、海の向こうに珍しいものを見つける。
「わぁ、船だ」
近くの海に、船がいくつも並んでいた。
どこに行くでもなく、ただそこに浮いている船たち。きっと人が乗っている。
いつぶりだろうか、わたし以外の人間を見るのは。
少しワクワクするような、でも怖いような気持ちで、海面を使って身だしなみを整える。この辺り、人がいない生活だとどうにも不安になってしまう。
「お、あの島、人いんじゃん! おぉーい!」
「お、おぉ~い!」
観察していると、一番手前にいた船に乗った女性がわたしに気づいてくれる。
手を振られたので返してみたけど、これで合っていたんだろうか。
ここら辺は無人島生活関係なく苦手だ。
しばらく手を振っていると、小さな船がゆっくりとこっちへ向かってくる。
「いやぁ、長いことここらでやってるけど、まさか人がいるとは」
「あの、これって何をしていらっしゃるんですか?」
「ああ、海上マーケットだよ。船で魚介とか果物とか売ってんだ」
そんな世界もあるんだな。
島に流されなかったら、きっと知らないままだった文化なのだろう。
主に新鮮な食べ物や、各国の珍しい物品を売買するマーケットなのだそう。
猟師同士の物々交換から始まり、今では離島の住民や、船旅をしている旅人に向けて市場が拡大しているらしい。
この人は冒険家さんで、月一で、いろんな国の名産品を売っているらしい。
「よかったら見ていく? って言っても、ここに来るのに船が必要か……」
残念そうにする冒険家さん。
いつもなら、わたしも残念と言いたいところだけど、とても興味深かった。
何か替わりになるものはと砂浜を見渡すと、いいものを見つける。
「待っててください。すぐにいきます」
ここに漂流してきたときのロロナアイランドがあった。
家の建築に使った柱をよいしょと持って、オールの代わりにする。
少なくとも船ではないそれを見て、冒険家さんは目をぱちくり。
「かわいい船だね」
「あははは……」
船なのだろうか、これは。
超ミニサイズの小島で、上には満開の花が咲く超こだわり仕様。
なんだか少し恥ずかしい。
「まあ、いいや。どう、買ってかない?」
冒険家さんのお店は、言ってしまえばヘンテコだった。
どこかの国の大きな仮面や、神様っぽい木の像、少し怖いネックレス。
なんだかそんな、とにかく個性豊かな商品たちが立ち並んでいた。
おお、これが海上マーケットなのか……
「これ、すごくかわいいです」
ただ、そんなドギツイラインナップの中にお宝を見つける。
キラキラしたお城の形をしたドールハウス。
細かいところまで作りこまれた造形に、ついつい目を奪われてしまう。
しかもこれ、後ろのネジを回すとシャンデリアがくるくる回る。なんでだろう。
こういう謎な仕様にわたしは弱いのだ。
「こ、これください!」
「はいな。お安くしてあげるよ、4、000ペロでどうだい?」
「4、000……ペロ?」
無人島生活に慣れたわたしから、お金という概念が欠け落ちていた。
頭が真っ白になりながら、もう一度だけネジを巻いて、ドールハウスを返す。
ああ、シャンデリアが回っているよ。
「あっちゃー、お金ないかぁ、残念だね。ま、まあ、また来月来るからさ」
「は、はい。すみませんでした。あははは……」
苦笑いした冒険家さんは、わたしから逃げるように去っていく。
無人島に来て、これほどまでに無力感を抱いたのは初めてだ。
さよなら、わたしのドールハウス、また会える日まで――
「はぁ……」
♪ ♪ ♪
「――と、いうわけで、お野菜を作って売ろうと思います」
「――!」
しかし、わたしはここで終わる女ではない。
あの冒険家さんはまた来月来てくれるそうだ。それまでにお金を溜めよう。
思い立ったわたしは、農業をすることにした。
植物なら王国にいた時に育てていたし、海上マーケットの需要にも合う。
さあ、育てて売って大金持ちだ!
「ですが、畑がありません。かめのすけさん、お願いできますか?」
「――♪」
「ありがとうございます!」
かめのすけさんが身を震わせ、わたしの家のすぐ横に空き地を作ってくれる。
自分で耕すこともできたけど、結局、かめのすけさんの背中の上だし……
家の隣がさら地になったのを確認すると、わたしは魔法少女に変身する。
一番農業に向いてなさそうな格好だけど、建築同様これがいいのだ。
柱のような細い壁を建てて引っこ抜く。手ごろな石と組み合わせ、クワの完成。
腕力強化の魔法を使って、さら地を耕していく。
「養分を撒くのは慣れっこです」
耕したさら地に、養分として魔力を撒いていく。
王国の畑もこうして元気にしてきたなぁとしみじみ。
天球越しに見ていた畑も、こうして目の前にあるとなると新鮮だ。
「うーん、トマトでいいのかなぁ」
正直、わからない。
もう少し甘めの、例えばパイナップルとかそういうやつがいいのかな……
なんて考えていると、トマトファンの方がじっとこちらを見つめていた。
「そうですね。かめのすけさんも好きですし、トマトにしましょう」
「――♪」
「一応言っておきますが、食べたらダメですよ?」
選定理由は、かめのすけさんの好物だから。
海上マーケットで売れるのも大事だけれど、それだけでは続かない気もした。
かめのすけさんに美味しいと言ってもらえるものを作る。
気は長いけど、まずはそこを目標にしてみよう。
「元気に育ってねぇ……」
魔法で水を撒くと、ひとまずはトマト畑が完成する。
後は手間暇かけてじっくり育てていこう。
来月は難しいかもしれないけど、いつかいっぱい収穫して、たくさん売ろう。
そんな夢を見て、のんびり農業ライフが――
「……トマトさん、大丈夫かな」
――始まらなかった。
せっかち農業ライフだった。というか暇だった。
水を撒いて一時間、わたしはトマトが気になり畑に戻ってきていた。
もう芽が出てるかな。虫とか湧いてたらどうしよう。気が気でならない。
「――…………」
「はい、そうですよね。ごめんなさい」
かめのすけさんが、こらえ性のないやつだなと言ってる気がする。
ジトっとした瞳から逃げるように家に入るも、気づけばまた畑に来ている。
わたしに農業は向いていないのかもしれない……
♪ ♪ ♪
「あぅ……、うぅ……、はっ!?」
ギラギラの日差しを浴びてわたしは目覚める。
気づけば、畑の近くで丸まって寝ていた。
そういえば、夜中に少しだけ風が吹いた気がしたから様子を見に来たんだ。
真っ赤な太陽がわたしを照り付ける。今日の太陽はなんか多い。……なんで?
「寝ぼけてるのかな。太陽が一つ、二つ……」
しかし、何度瞬きしても太陽がいっぱいある。
真っ赤な丸いのが、一つ、二つ、いっぱい……。あれ、流石におかしい。
というか、これは――
「……え、早くない?」
お母さんこんなの知らないよ?
ガバリと起き上がって、畑一面に広がったトマトたちを見下ろすわたし(ママ)
昨日の夜まで芽すらなかったというのに、すでに真っ赤な実が熟していた。
「実はトマトじゃなかった、なんてオチなのかな……?」
真っ赤な丸いフォルム。匂いを嗅ぐ。服で表面を拭いて、恐る恐る一齧り。
うん、トマトだ。それも、甘みが強くてかなり美味しい。
流石に農業に詳しくないといえど、一晩でこんなになるもんなのか。
寝ぼけた頭を手櫛で整えながら、キラキラの視線を感じる。
「――!」
「ああ、ごめんなさい。わたしも一つ食べましたからね」
「――! ――♪♪♪」
いつもはもっと遅くまで寝ているのに、めざとい亀さんだ。
手ごろなトマトをひょいとした投げすると、ぱくりとナイスキャッチ。
首をぶんぶん回してご満悦な様子のかめのすけさん。よかった。
「でも、どうして。王国にいた時はこんなことなかったのに……」
王国の畑にも同じように養分を流していたはず。
しかし、トマトをはじめ、野菜や果物が一晩で実ったことなんてない。
どうしてだろう。王国にいた時と分量も方法も同じなのに――
「……あ」
いや、同じじゃダメなんじゃないかな。
だって、わたしは国中の畑を管理してたんだ。
こんな小さな畑一つに、そんなに養分を与えたら……
「そういうことかぁ」
国一個分の魔力を取り込んでしまったわたしにはよくわかる。
そりゃ、急成長してもおかしくはないか……
できれば芽が出て、蕾ができてみたいな過程も見てみたかったなと少し残念。
ゆうに百を超える量のトマトを見て、それから、かめのすけさんを見る。
「――♪」
「まあ、いいか」
今日のところは、口をもぐもぐさせるかめのすけさんが見れたからよし。
それに、悩んでいる暇はない。
明日は海上マーケットに参加するのだから――
ここまで読んでいただきありがとうございます!
広告の下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援お願いします!
本日15時ぐらいにもう一話投稿予定です!