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ようこそ無人××へ!

「う……、う~ん……」


 ほっぺにじゃりじゃりした感触、しょっぱい潮の香り、そして聞こえる波の音。

 目を覚ますとわたしは知らない海岸へと流れついていた。

 ぐわんぐわんする頭をふるふると振って、身体中の砂を払う。


「うぇぇ……思ってたよりついちゃってるな」


 魔法少女のコスチュームは何かと細かい。

 そこかしこにフリルがついているので、手で払うには限界がありそうだ。

 タルトのように積み重なったスカートのフリルを払ってみるも、手でやっていたらきっと日が暮れてしまうと思い、断念。


「リリース」


 いっそ、魔法少女コスチュームごと着替えてしまおうと変身を解除。

 ピンクツインテが真っ黒に戻り、ドレスもわたしの私服へと変わる。

 やっぱりこっちの方が落ち着く――主にスカート丈とか。


「さて、これからどうしようかな」


 運よくトレンダ王国に戻ってきた、なんてことはなさそうだ。

 靴に砂が入らないよう気を付けながら、砂浜を後にする。

 日差しをしのぎたかったので、近くに見えた茂みの近くに行ってみる。


「うわぁ、モリモリしてる。どうしよう……」


 背の高い木の生え茂った森林地帯が広がっていた。

 少なくとも、わたしのいた砂浜に面しているのは全て森林地帯。

 虫が怖い。だから、ここから先は侵入できそうにない。


「誰かいませんかぁ?」


 自分でも情けないと思うような声を出しながら森の中に呼びかけてみる。

 返事はない。というか、こんな生い茂った森から返事があったら怖い。

 身震いしてその場にちょこんと座り、空を見上げる。

 さんさんと照っている太陽がわたしの肌をチクチクと刺す。


「お肌痛くなっちゃうな」


 わたしは日焼けが苦手なタイプらしく、焼ける代わりに赤くなる。

 それがお風呂に入るときに痛いだろうなと思いつつ、でも、この島にお風呂なんてないことに気づいてしまう。

 お風呂どころではない。建物も、人ですらいないのだ。


 ――ぐぅぅ……


「もうダメだ。世界の終わりだよ」


 ついにお腹が鳴きだしたのを感じながら膝を抱える。ああ、おなか減ったな。

 そういえば昨日から何も食べてはいない。

 真上にあった日が少し傾いたころ、ついに空腹感が虫への恐怖を打ち破る。


「木の実とかあるかもしれない」


 のそのそと立ち上がると、慣れない足取りで森の中へと足を踏み入れる。

 足場が悪い。魔法少女に変身すれば足場形成出来るけど……

 いや、やめておこう。

 もしかしたら人がいるかもしれないんだ。

 初対面があの服なのはどことなくよくない気がする。

 わたしだったら可愛いとは思えるけど、世間一般が16歳のフリフリピンクドレスをどう思うか、さすがのわたしでもそれくらいは知っているのだ。


「人はいないなぁ……」


 食べ物を求めての森林探索は続く。

 食べられる草花とかそういう事情は詳しくないけれど、なんとなくで大丈夫。

 最悪の場合、変身すればある程度の毒は浄化できる。だから問題は味と見た目!

 ――と、いきたいところだけど、結局怖いものは怖い。

 だから、どちらかというと木の実よりも、優しそうな人を見つけたい。


「……絶望だ」


 優しい人なんて当然、木の実ですら見つからない。

 それどころか、探しているうちに森林地帯を突っ切って反対側の砂浜へ。

 道中、人の気配なんて微塵も感じられなかった。

 少なくとも無人島であることはほぼ確定したといえる。

 それも、かなり小さい島らしい。


 島流しって本当につらいんだな。

 砂浜に日差し避けになりそうな背の高い木を見つけて、日陰に座る。

 もう服に砂が付くことなんて気にせずに、砂浜におしりをつけた。

 わたし、なんでこんな目に遭っているんだろう。

 なんだか涙が出そうで目元をごしごしすると、目に砂が入る。


「うぇぇ……、うぐっ、どうすればいいのぉ……」


 目元を流す涙ついでに、わたしの心も決壊する。

 砂浜で一人、年甲斐もなく泣く。

 誰かに見られたら恥ずかしいけど、ここには誰もいない。

 日もかなり沈みかけ、空が夕焼けに染まった頃、ようやくわたしは顔を上げる。


「ひっぐ……、おそら、きれい……うぐっ……、ひっぐ」


 空を見上げる。

 夕暮れの海とヤシの木、情緒あふれる組み合わせだけど、今はどうでもいい。

 景色でお腹は膨れないのだ。


「……ん、ヤシの木?」


 冗談だよね、ともう一度上を見上げる。

 なんでヤシの木だと思ったんだろう。ヤシの実があるからだ。

 ヤシの実って、食べられるんじゃなかったっけ?


「ああっ! 食べ物!」


 わたしはバカだ。

 こんなに探していた食べ物は近くにあったんだ。

 いや、今はそんなのいい。とにかく、このヤシの実を落とさなくては。

 幸いにも地面は砂浜、ゆすって落としても割れたりはしないだろう。


「え……、えいやぁぁあ!!」


 揺らす。揺らす。気の抜けた掛け声だけど、わたしは全力です。

 自慢の黒いロングヘアを一心不乱に振り乱し、全身全霊で木を揺らす。

 ああ、今生きてる。少しの高揚感が湧いてきた辺りで、落ちてきた。


「――ふぇ? う、うぅぅぅぅぅううう!?」


 都会ではまず見ない、でっかいクモが。

 さわさわと全身を鳥肌が巡り、わたしはその場で脚をバタバタさせる。

 無理。極限状態だろうと、やっぱり虫は苦手なんだ!

 意味もなく砂浜を駆け巡り、一か所だけ海に突き出た岩場を見つけ、駆け寄る。


「ひぃ……、ふぅ……、はぁ……、はぁあ」


 岩場に腰を落とし、またため息。

 海に沈む夕日を見ながら、わたしはとある決意を浮かべる。

 この島を出よう。


 海はきれい、人がいなくて開放的、空気も多分美味しい。

 でも、わたしはここでは生きていけない。

 都会の夜景もきれいだし、人がいれば便利だし、空気の味はわかんない。

 だから、さようなら大自然。


「変し――ん?」


 変身呪文を唱えようとしたところで、ふと足元に違和感を抱く。

 岩場が動いているのだ。

 ゆっくりと上に動いて、左側にグググと曲がると、わたしを砂浜に放る。


「わふっ! ……え?」


 尻もちついでに呆気に取られていると、さらに驚きの展開。

 岩場だと思っていた場所につぶらな瞳が現れた。

 ゆっくりゆっくりぱちくりさせ、その瞳はじっとわたしを見つめている。


「こ……こんにちはー」


 返事はない。

 ただ代わりに、表情がなかった瞳に苦しみのような色が浮かぶ。

 岩場――もとい何かの顔が震え、連動するように島自体が揺れる。


「え……えぇっ!? これ、もしかして……」


 わたしが無人島だと絶望していた場所は、どうやら無人島ではなかったらしい。

 どうやらわたしは、大きな動物の背中の上に漂流していたらしい。

 どちらにしろ絶望感は変わらない。むしろ増したのだけど、ひとまず――


「うそでしょぉぉぉぉ!!!!」


 夕日に向かって叫んでみた。

 一回やってみたかったのだ。


 ♪ ♪ ♪


「ずいぶんと弱ってますね……」


 おそらくは亀さんだ。

 わたしはどうやら、大きな亀さんの背中に乗っかっているらしい。メルヘンだ。

 島の形と、岩場の顔から何となくそれを察したわたし(かしこい)は、亀さんの治療を試みた。

 魔法少女に変身し、回復魔法をかけてみる。

 一時的に痛みは引いたようで島の揺れは収まったけれど、全快とはいかない。


「……これは困りました」


 回復魔法には限界はある。

 便宜上回復魔法と呼ばれることが多いが、それにも大きく二つの種類がある。

 一般的なのが、傷口に魔力を流し込み、細胞を活性化して治りを早くする魔法。

 もう一つは、傷口の時間を巻き戻し、ケガ自体をなかったことにする魔法。

 わたしはどちらも使えるが、どちらにしろ、この亀さんを全快させるには時間が必要だ。


 これは、わたしの中に一国分の魔力があるとしても同じだ。

 細胞活性化の方は、全体的に弱っている亀さんに使えば消耗が激しい。

 時間を巻き戻す方法もあるが、これも全身――それも、かなり昔の傷だとすると、やはり亀さんに負担がかかる。

 どちらにしろ、全快への道は毎日コツコツ細胞活性の魔法をかけること。

 通院の必要があるのだ。この亀さんには。


「ごめんなさい。でも、わたし、行かなくてはいけないので」

「――――。」


 出来れば全快させてあげたい。

 しかし、限界というものはあるし、わたしだって生きていかなければならない。

 島だろうと、亀さんの背中だろうと、わたしは一人では生きられない。


「さ、さようならっ!」


 つぶらな瞳がこちらを見つめる。

 うう、でもなー。このままここにいても、治療が終わる前に倒れてしまう。

 だから、どっちにしろ仕方ないというか、なんというか……


「た、食べ物とか、あ、ありませんし……」

「――――!」


 亀さんの顔がごそごそ動き、反対側に生えていた木を咥えて戻ってくる。

 ゆっさゆっさと首を振ると、わたしの前に山盛りの果実が落ちてくる。

 ああ、食糧問題が解決されてしまった。


「ひ、人は一人ぼっちでは生きていけません!」

「――――?」


『オレがいるぜ』とも言いたげに首を傾げる。

 そうだよね、キミもいるよね。ごめんね、亀さん。

 うう、寂しくなくなってしまったよ。


「そ、そう! わたし、虫が苦手なんです!」

「――――っ!!」


 亀さんがふんっと力を入れると、島のあちこちから暖かい蒸気が噴き出る。

 同時に、黒い塊が向こうの方を走って、海へと入っていく。

 それを見てなぜか全身を悪寒が走ったことから、その正体が何なのかわかった。

 解決されちゃったよ、虫問題。


「で、でも……、でも……」

「――――?」


 次の言い訳を探さなくてはいけない。

 必死に探している間にも、曇りのない亀さんの瞳がわたしを見つめる。

 うん、わかっていたよ。

 どっちにしろ、わたしはこの子を見捨てられない気がしていた。

 色々な問題が片付いただけでも良しとしようか。はぁ……


「す、末永くよろしくお願いいたします」

「――――♪」


 こうして、わたしの島暮らしならぬ亀暮らしが始まるのだった。

 そういえば、一つだけここにだけあるいいものを見つけた――


「かめのすけさん、お歌、好きなんですね」

「――――?」

「ああ、あなたのお名前です。亀さんというのも他人行儀なので」

「――――♪」


 ――夕暮れ、波の音に合わせて奏でられる鼻歌が結構うまいことである。

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