天球を求めて
「つまりは、その天球とやらを手に入れれば、亀が泳げるようになるんだな」
「おそらくは……」
夜、わたしとハロハロ海賊団は火を囲んでいた。
話す内容はもちろん、かめのすけさんの解呪について。
賛否分かれる提案だと思っていたが、ハロハロさんのおかげで、全員が協力してくれると即答してくれた。
はてさて、問題の解呪の方法――差し当たっては、かめのすけさんをここから遥か西にある魔導大陸まで運ぶ方法についてだが……
「天球があれば、わたしの魔力をかめのすけさんに注ぐことができます」
「そうは言ってもアネゴ、その呪いがある限り、魔力は封じられるんじゃ……」
「でも、一度に封じられる魔力にも限度があります」
「アネゴなら、その限度を越えられる――と」
「はい、おそらく」
おそらく――とさっきから言っている。断言はできない。
これもハロハロさんのおかげだが、国一つ分の魔力を持っているという、妄言と取られてもしょうがない事実を、海賊団はすんなり信じてくれた。
国がかりの封印魔法に対して、国一つ分の魔力を注ぎ込む。
確実に勝てるわけではないけど、同じ土俵には立てている。
問題は、それに必要な魔道具『天球』の入手だが――
「国を作ると言われている道具だな。噂には聞いたことあるけど、それだけだ」
「はい、世界に数えるほどしかないらしく……」
――正直、かなり難しい。
使用者の魔力を広範囲に送り込む水晶のような魔道具『天球』
多くの場合は、複数の魔導士がこれを使い、民や土地に魔力を注いでいる。
魔力は作物の実り、災害からの守護、人々のエネルギーとなり国を支える。
現代において国を作るのなら必須とされていて、その価値は計り知れない。
それを叩き割るような人が中枢に入って、トレンダ王国は大丈夫かな。
「手に入れれば、あとはロロナがどうにかしてくれるんだな」
「入手できれば――」
これこそ、『おそらく』だ。
わたしの中には国一つ分の魔力が入っている。
入ってくるときは気を失った。一気に放出したらどうなるか、それはまだわからない。
でも、かめのすけさんのために出来ることがそれだけなら、わたしは全身全霊を賭して、それを成し遂げる。
「――いえ。入手出来たら、あとはどうにかします」
「そうか。なら安心だ」
二カっと笑い、ハロハロさんは一枚の世界地図を広げる。
古いだけのただの地図ではない。ここに書かれた海は今もなお動いている。
その表面を指でなぞりながら、ハロハロさんが教えてくれる。
「『ラプラスの海図』という魔道具だ。アタシが使えば全て市場の動きが見える」
「そんなもの、どこで……?」
「オヤジからもらったんだよ。しょうもない遺産」
つまらなさそうに呟き、地図に手をかざす。
その瞬間、地図の上を無数の光が駆け巡る。
一つ一つを目で追うハロハロさんを、海賊団のみんなと見守る。
そして、数分と経たないうちハロハロさんは顔をあげた。
「あったぞ、天球。東の山奥の闇市で一つだけ取引されている」
「ホントですか?」
「本当だ。これ使って海の商売取り仕切ってんだ。間違えるはずはない」
山奥の闇市、ハロハロさんが地図を指す。
ここから遥か東に行った場所、こんなところにも市場はあるんだ。
ハロハロさんが言うのだから信憑性はある。
あと気になるのは――
「それで、おいくらほどでしょうか?」
「10億だ」
「じゅ、じゅう……?」
トマト換算するとどれくらいだろう。
一個50ペロだから――ああ、数えていられない!
あまりの数字に目が回りそうなわたしを、ハロハロさんはさらに追撃。
「ちなみに、売約成立済み、3日後に引き渡される手筈になっている」
「3日で10億ですか!?」
「いいや、30億だな、この場合」
果てしない数字だ。
こういった市場で売約に割り込む場合、3倍の金額が必要らしい。
品代、売人への手数料、元々買うつもりだった人への謝礼だそう。
一つ分ですら途方もない金額なのに、これでは到底――
「――と、いうことで、アタシら全員で30億稼ぐ」
「無理ですよ。そんなにトマト作れません」
「トマト? 何言ってるんだ? いいからやるぞ。友達助けんだろ」
「それは、そうなんですけど……」
「そんな顔すんなって。ロロナにはハロハロ海賊団がついてんだぞ」
どん、と胸を叩くハロハロさん。
海賊団の皆さんも、仕方ないという感じだが、乗り気な様子。
ハロハロさんの手を掴み、わたしは立ち上がる。
「世界中の海域の市場を把握してんだ。そのくらい稼げないわけない」
どうやら、この島にやってきた海賊団はとんでもない方々だったらしい。
出会って、友人になって、それからようやくわたしはそのことに気づく。
だから、もう悩むことはしなかった。
「はい。かめのすけさんを助けましょう」
ここにいるみんなが出来ることをすれば、必ず助けられる。
そう、信じて動くだけだ。
♪ ♪ ♪
「かめのすけさん、起きてたんですね」
「――!」
海賊団の宴は終わった。
30億稼がなきゃという前日なのに全員酔いつぶれているのだから逆に頼もしい。
ハロハロさんはわたしと同じ歳なので、お酒はまだ飲めないらしい。
ただ、いつの間にか寝てしまっていたので、そっと家のベッドに寝かせてきた。
わたしももう寝てしまおうと思っていたけれど、窓から起きてる様子が見えたので、かめのすけさんの元へとやってきた。
いつもなら寝ている時間、歌いもしない友達にわたしは訊く。
「頭、乗っていいですか?」
「――。」
返事はなかった。
しかし、波の音が三回聞こえた後、頭を寄せてくれた。
わたしは一度お辞儀をすると、その上へと座る。
「わたし、ここで暮らすの、けっこう楽しくなってきました」
「――。」
「何もないと思ってましたが、家が出来て、畑が出来て、友達も出来ました」
ここも少しずつ変わっていく。
島の景観も、暮らしも、そしてわたしの気持ちも。
いいことなのか、悪いことなのか、わたしにはわからない。
それでも、どうせ変わるのだから、自分たちで変えた方が幾分かはマシだ。
「かめのすけさんの事、今日初めて知りました」
「――!」
「昔のことはわかりません。でも、この島に来てからの毎日が楽しいのはアナタのおかげです。わたしは、それでいいと思います」
「――!」
「だから、わたしはアナタのことを助けます」
かめのすけさんは、ずっと遠くを見つめている。
この瞳でこれまで何を見てきたのかは知る由がない。
だから、これからは同じ景色を見て、共有していきたいと思った。
「海の向こうに行ったら、まずは歌を覚えましょう」
「――?」
「それから、果物の種を買って育てましょう」
「――!」
「約束ですよ。楽しみですね」
返事はない。
代わりに、かめのすけさんが静かに歌いだす。
音のない海に響く歌声、これは紛れもない、かめのすけさんの歌だった。
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