進路志望書
「お姉ちゃーん、これ書けないんだけど。」
「ノック」
「したし。」
足でコンコン、とドアをつつく妹。
「開ける前にしないとノックの意味ないでしょ…。」
「なぁに、やましいものでも隠してたりするの〜?」
「あんまくだらないこと言ってると、締め出すけど?」
「ごめんごめんって。」
2つ下の妹は、いつものように両手を目の前で合わせた。
「それでね、書くの手伝って欲しいんだけど…。」
ひらり、と一枚の紙が目の前に突き出される。
その紙の上には大きく、黒字で「進路志望書」と書かれていた。
「いや、これは流石に自分で書きなよ…。」
「そんなこと言わないでよ〜。冬休みの宿題あとこれだけなのに、終わんないんだもん。」
ぷーっと頬を膨らませる顔はあざと可愛くて、学校でもぶりっ子やってんのかなぁ、なんて余計なことをふと思ってしまった。
「将来の夢とかさぁ、高校生で決まってる方が少数派じゃん、書く意味がわからないよ。」
と彼女は言う。
「お姉ちゃんの時はどう書いた?」
「えー、覚えてないけど…。」
「しっかりしてよ、二年前に同じの書いたでしょ?同じ学校なんだもん。」
「うん、なんかまぁ、そんなようなものをうっすら書いた記憶だけは残ってるけどねぇ。」
「だからさ。なんかこれ、ちゃんと書かないと再提出になるんだって。そんなの絶対面倒臭いじゃん。」
妹から紙を受け取って見てみる。A4の紙っぺらにマス目がプリントアウトされていて、大体800字と言ったところ。上に例が載っていた。
『私は、教育学部を志望します。理由は…』
そこまで読んでもう辛くなってしまった。確かにあったのだ。私にも、こういう時代が。未来を何も疑わず、ただただ開けていると感じていた時期が。あのエネルギーは、一体どこで落っことしてしまったのだろうか。
「ねぇーえ、聞いてる?」
妹にゆさゆさと肩を揺すられて、はっと現実に引き戻される。らしくない回想なんかしちゃって。疲れているのかもしれない。
「そうだね…。私の時は一応方向性はなんとなく決まってたから、それに向けてそれっぽい事書いただけだと思うけど。」
「そーだよね、お姉ちゃん、小学生の時から将来の夢変わらないもんね。文章書くのも得意だし。」
妹に紙を返す。
「私は特に何も、ないからなぁ。」
そう言って、彼女は天井を仰いだ。
「こんなの、テキトーに書いたって問題ないって。だって私も自分が何書いたか覚えてないもん。つまりはその程度ってことよ。」
「うわぁ、デキる女の発言だ…。」
「将来なんてすぐ変わっちゃうしね。こんな紙っぺらでなんも変わらないって。むしろこういう、どうでもいい文章を書くスキルっての、割と大事よ。その練習だと思ってさ。」
「はーい、じゃ、テキトーに書いてみるよ。」
妹は苦笑を浮かべ、去っていった。
本当に。最近テキトーな文章しか書いてないな、と思った。つくづく自分の放った言葉ってブーメランで返ってくるな。思わず口の端が歪む。大学の課題レポートとか、実習先への手紙とか。
「ま、そのテキトーな言葉を並べることだけで手一杯なんですけどね…。」
ノートPCと向かい合う。やけに白い画面が、眩しかった。