落としどころ
シュートは耳を疑った。この少年は今なんて言ったのかと。
久しぶりに弟子から連絡があったので、来てみたら本当に面白い少年がいた。
そこらの大人よりも侮れない知識を持っているので悪ふざけをしたら、出た言葉は10万でいいから他のもっと金になりそうで美味しい料理は教えない。
(試されてるのはこちらか……。確かに面白い)
「どうだろうか?君の借金をこちらで持つし料理ギルドのランクはどうにかして7級まで上げよう。その上でその料理もこちらが買い取りたい。どこかのレストランで働くのも可能だよ。今の冒険者依頼も生活は良くなると断言しよう」
今の政策に対してシュートはいい感情を持っていないが、それは正直どうでもいいことだ。
それよりも気に入らないのが沢山あるのだから。
実力に合っていない虚栄心と自尊心の冒険者とそのギルド職員。富を回すのでなく独占しようとする商業ギルド。
(マルケンという商人は食の大事さを分かってる奴だったな。それに比べて皇太子は、ボンクラと呼ばれてたら急に技術革新をしたと思ったら調子に乗って自然破壊や亜人差別とやりたい放題。そしてこんな年端もいかない子供達に1人前の仕事をしろとかいうやる気を出したボンクラは余計厄介だな)
シュートの脳内で行われてる悪口は続いてく。
精錬技術の秘匿等と嘯きこそこそして暴利を慾る錬金術ギルド、気に入らない弟子を合法的に奴隷に売る鍛治ギルドの職人、その他食を担う人達を食い物にする農業ギルドと不満を並べたらきりがない。
年功序列が行き過ぎて、先達が若者を上手く指導出来ていない自分のギルドも変えていかなければ先は無いとも思っている。
(そして技術開発を強行した結果がモキンでの悲劇だ。それがなければカールは……。いや今は目の前に集中するとするか。少年その知識なのか発想かは分からないが、上に物怖じしないで言える度胸がある癖にギラギラとした野心がない。ベルズに感謝だな、フローレンスにもそのうち会わせるとするか)
「いえ、僕に借金はないですし、身近な人に振る舞うのは好きですけど、商売出来るレベルだなんて自惚れてないですよ。それにパーティーを組んでいますから僕だけ料理ギルドに入るのはちょっと……。それにこの鍋って皆で創意工夫したんですよ。作り始めは僕ですけど」
(中々に手強い。本当に10歳か?そう思わざる得ない位弁が立つ。あまり使いたくない手だがそのパーティーとやらを破壊しよう。そうしたらこっちに来ざる得ないだろう)
「分かった、パーティーという君の気持ちを無視してたな。10万は変わらないが……。メンバーにそれぞれ10万払おう」
どうだ?自分の料理で他人に金が入るのは癪だろう?
どうせ創意工夫とか言っても好きな味付けを言ったくらいの筈だ。
そう考えたシュートの予想は1つ当たっていた。テントでちょっと話した位で3人は、1人で作ってすら未だない。
だけどもう1つの予想は大いに外れる。
「えっ!いいんですか?ありがとうございます♪これから作るのは唐揚げって名付けた料理なん」
「ちょっと待て!それでいいのか?」
ランダウは彼の言動に首を傾げる。
相手の要求を飲んだら疑問を投げかけられた。
もしかしてまだ交渉は続いてるのかと心情を説明しようとしたら3人が口を挟んできた。
「いやいやいや、私達何もしてないよね?」
「僕的にはやっぱりお人好しが過ぎるかな!」
「無欲過ぎるのよ〜!」
(そうだろ、この娘達の反応が普通なんだ。一瞬自分が間違ってるのかとさえ考えたぞ)
なんだそんな事に遠慮してるのかと少しショックを受けため息を漏らす。
香草や肉の選別、唐揚げを作るときの脂肪の話は十分に共同と言えるだろうと。けどランダウが大事に思ってることはそこではない。
「だって、俺がいないときの報酬分けてくれただろ?その時から俺はミスリルの誓いなんだ」
「額がちがうのよ!」
「そこは関係ない。アドバイスしてくれた料理と何もしていない仕事の報酬、どっちが公平に分けるかなんて決まってるよ」
いきなり蚊帳の外にされ仲間割れなのか分からない物を見せられベルズに目をやるもニコニコ笑っている。
シュートがいい加減こちらを無視しないでほしいと思ってた所で決着が付いた。
「これは俺(の冒険者としての未来)にとって3人が必要なんだ!自由になればずっと気になってた事が出来る。これは俺の我儘で迷惑をかけるからそのお金だと思ってくれ!」
「本当に?ダウには私が必要なの?///」
「ちょっと恥ずかしいなのよ……」
「こ、こんなので僕を落とせるなんて思ってほしくないかな!!」
ベルズとシュートが大きな咳払いをして話を中断される。
ようやく纏まった話を蒸し返すのはやめようと唐揚げの話に移る。
料理に使う素材と味付け、メリットデメリットを吟味しないと金は出せないと説明した。
ランダウは手際よく唐揚げを作り2人に食べさせた。
「ふむ、これは美味しいがこの子達が食べないのは女子には受けないと言うことか?」
「苦手な人はいるかもしれませんが、これはデメリットの1つで太りやすいんです。あと胃が弱いお年寄りとかも苦手ですね」
ふむ。そうやってシュートは再び顎に手をやり考えた。
それは様になっておりランダウはカッコいいなと憧れの目で見ている。
そして考えが纏まりベルズを睨みつけ文句を言う。
「ベルズ、何が将来楽しみな可愛い後輩がいるからお金を少し持って来いだ。こういうのは末恐ろしいって言うんだよ。そして金は少しじゃ足りないじゃないか」
そう言ってとある金貨10枚をランダウに手渡した。
その様子をベルズは笑い、バーバラは青ざめている。
ランダウはこの金貨ちょっと大きいかもと気が付いたが他の2人は分かっていない。
「この人はなんなのよ〜」
「どしたのバーバラ」
「これは大きな商売をする人しか持っていない、金貨の上で中金貨と呼ばれる物なのよ!私達が普段見てる金貨は、正式には小金貨と呼ばれるのよ!」
ほとんど使うことのない10ガロの鉄貨、10倍の銅貨と10倍づつになっている。
(ってことは中金貨1枚は10万ガロってところか)
「小金貨の10倍の価値?」
「50倍なのよ〜〜!」
(てことは全部で500万ガロ?そんな訳、じゃあ50万ガロ?あれ??)
「それは唐揚げ含めた代金って訳じゃない。君の……、いや。君達の将来に期待してだよ。もし新しい料理とかを"思いついたら"真っ先に私へ来るようお願いだ。君みたいなタイプは書面や約束も大事にするだろうけど、こういう方が信頼に応えてしまうだろ?」
ゆっくりと堂に入った仕草で話して微笑むシュートをランダウはこれを自分がやったら早口で噛みまくるに違いないとドロシーと部屋でのやり取りを思い出す。
そして役者が違う。ベルズさんやシュートさんみたいな大人になりたいと思った。
「それじゃあ3人の借金を返そっか!」
「いやちょっと待て!借金は無いんじゃ無かったのか?」
「僕のはないですよ?」
「そういう事か。私はまんまと騙された訳か。それでも気持ちが良い、私と話すときは俺でいいよ。それが素なんだろ?」
シュートと料理の話をしながら4人は総合ギルドへ向かった。どこのギルドも24時間営業なのだ。
たまにはひよっこを見ても良いだろう。このランダウの様な掘り出し物がいるかもしれないと思ったからだ。
総合ギルドへ入ると受付のお姉さんが変わっていた。
メリハリのある身体に金髪ロングでアンニュイな空気を漂わせている。
アリーが成長したらこうなるのかもと鼻を広げるランダウ。
借金が返し終わり、7級の依頼を成功させ、戦闘能力試験を受ければ晴れて脱初心者だ。
「これで嫌がらせする奴等を合法的に排除出来るねランダウ君」
「いえいえ、そんな恐ろしいことをって、そんな方法あるんですか?」
「立会人に7級以上のランク持ちがいることを条件に揉め事を衛兵やギルドを使わず対処する法がある」
「決闘みたいなですか?」
「我々のギルドでは料理対決だがね。審査員の多数決や売上、販売個数勝負とやり方は色々とあるが」
(念の為3人には早めに試験受けてもらおうかな……)
こうしてミスリルの誓いは晴れて借金がなくなり4人はシュートにお礼を行って駆け出し亭へと戻った。