好き嫌い
「こんなもんかなっと。うん!おいしい♪皆はどう?」
鍋の中身とマジカルファームを交互に見ていたランダウが試食し、その食材を皿に置いて差し出した。
「僕はお腹いっぱいかな」
「ちょっと無理なのよ……」
「イヤ。やだキモい」
『ダーリンがどうしてもと言いやがるなら嫌悪と吐き気を抑えて我慢して食べやがります』
手に取る以前に目線すら合わせようとしない4人に内心落ち込む。
「そんな邪険にしなくても。何がそんなに」
『「虫は無理!!」でやがります!』
今ミスリルの誓はフィーネと隣国カダーポの国境辺りでラムド近辺では見ない一風変わったモンスターを倒してる。
その中でも調理次第で美味しくなるモンスター一覧というベルズから貰ったメモ通りの料理をしていた。
もし新しい調理法や食べられるモンスターを見つけたら教えて欲しいと頼まれている。
(自分の事を憎んでる女性がいたら渡して欲しいって料理も渡されたけど何かあったのかな……)
今2つの鍋に入っているのは成人男性程大の血吸カマキリのブラッディマンティスというモンスターの腕と、軽四サイズの胴体に脚が付いた大きさの蜘蛛、ポイズンレッサースパイダーというモンスターの脚。
カマキリは海老で蜘蛛はカニの味なのにとブツクサ文句を言いながら1人食べるランダウ。
密かにレッサーでこの大きさなら、これより大きいとなると大味になるのか、それともより美味しくなるのか楽しみにしている。
「私達は私達で女子会しましょ♪」
この女子会はタエコが持ち込んだ単語ではあるが、概念そのものは貴族階級や一般市民関係なく存在している。
『清き華の集いはベルズの料理を食ってやがったとは思うんですが……』
「まさか僕達を鍛えてくれたあの人達とベルズさんがパーティを組んでたなんて驚いたかな!」
ミスリルの誓3人を助けたパーティは離脱したベルズを探すべく故郷である街から訪れていた。
目的はパーティへの復帰とあわよくば結婚しようとの下心込み。
過去にベルズが夜の見張りをする時に料理に夢中で夜が明けたのを紳士だと勘違いしたのだ。
計らずも師弟関係で好感度が上がったのにも関わらず、交際にいけたのは弟子たちであった。
「私はなんとなく気づいてたのよ〜。それにしてもダウが車で言ってたやりたいことってこれなのよ?」
『それなら隠す必要ねー筈です』
「そう言えばベルズさん、ダウと戦ったときに教えたいことが既に知られてるって言ってたものね」
「ねね!それよりもなんで開拓してた人が冒険者って呼ばれたか教えて欲しいかな!?」
「これで何回目なのよぉ〜」
『7回目でやがります』
アカネ達を撒いてからロバートの騒動をひとしきり見てからゴホムの魔法を使ってラムドに戻り、改めて家族や世話になった人達へと挨拶を済ませた。
その際にドロシーやロザリンドはヤマナへ文句を言おうとしていたが、何故かクタクタになっていた彼をこれ以上責めるのは憚られ口を噤む。
シュートやベルズからは他国の食文化を聞いたり、冒険者という職業は本来開拓者と呼ばれていた事を聞いた。
知らないモンスターに慣れない気候や不満足な食事。それらが原因となるイライラが発展したトラブル。ストレスは挙げたら切りがない中、人の手が入っていない土地を探索するというのは苦行以外の何物でもなかった。
そんな中、開拓者一団のムードメーカーの1人が休憩中に綺麗な滝を見つけたと仲間を呼ぶ。
リーダーが彼を褒めると照れ臭そうに、「腹が減って食い物探しに森を冒険したら有ったんだよ」そう答えた。
一団は彼の頬等にある、今までの戦いや旅で出来たのとは明らかに違う治していない新しい生傷に気が付いた。
ギスギスした雰囲気をどうにかしようと、何かないかと疲労を押してわざわざ森へと入ったんだと。
「そうだよ!俺達は人の住む場所を探すだけの開拓者じゃない!!未知なる道を歩いて新しい景色を追い求める冒険者なんだ!」
「2人共熱演のとこ悪いんだけど……。ロザリー寝てるわよ」
『バーバラ。ダーリンの前世ではこのヤカンに水を入れてぶっかけるのが寝てる人を起こすやり方でやがります』
「冷えっ冷えのでやるのよ〜」
「ウソウソ起きてるかな!滝を見ながら美味しそうな果物を食べたら皆お腹壊した話は覚えてるかな」
「今はそこまで話していないのよ〜」
『人が住めるようになってもいざこざは絶えねー。それで色んな所に赴きトラブルを解決する。それを仕事としたのが当時の開拓者改め冒険者でやがるんです』
「ありがとうか……!!ねえあれ!!」
ロザリンドが指差す方へ目線を向けると20を越したゴブリンに襲われている馬車と男女が見えた。
この距離なら走った方が即戦闘に入れるとの判断でランダウは料理を魔空庫へ入れて助けに向かう。
獲物の横取りはマナー違反なので、あからさまな命の危険がない場合は一声かけるのが一般的だ。
「大丈夫ですか?」
「っ!必要ないからヒトは手を出すな!!」
「下等種が私達の心配なんて烏滸がましい!すぐに終わるから友達を黙って見てなさい」
(おおー!なんてクラシックというかベーシックな、自分の種族以外を下に見てるタイプのエルフだ♪ってか今友達"と"じゃなく"を"って言った?)
特徴的な真っ白な肌と長い耳。武器は弓と腰に短剣に加えて棘のある言葉。分かりやすいエルフ詰め合わせセットにランダウはテンションが上がっているのに対し、他の4人はこめかみがピクピクしている。
彼らの戦い方は至ってシンプルである。互いに距離を取り、相手の近くにいるゴブリンを弓矢か魔法で倒すというもの。
信頼が為せる技なのか互いに自分の後ろすら確認せずに自分に向かってくる攻撃を紙一重で躱して背後のゴブリンに当てる。魔法で牽制しては弓矢で、弓矢で牽制したら魔法で。
手玉に取られたゴブリン達はあっと言う間に殲滅された。
「ヒトの子供達。もしかしてフィーネから来たのか?」
「早く答えなさい。私達が質問してあげてるのよ」
怒りが爆発しそうな彼女達を抑える為にも前へ出て答えるランダウ。
この2人はケスオトラから来たシュタインの遣いのようなものである。
正確には少し違うのだが、ランダウに会いたがっているシュタインの元へと連れていくのを目的としているのは間違っていない。
どれだけエルフと自然が素晴らしいかを交えながら、元々の目的は西部諸国にのみ異常繁殖が見られるモンスターの調査。特に危険視しているのが知能が高く人語を使いこなすのもいると得意気に話す。
だが自分達が解決するからボケーッとしてれば大丈夫だとナチュラルに見下すのも忘れてはいない。
会話で大事な事が幾つか分かったミスリルの誓はアイコンタクトで心を1つにした。
「ちょっとその人知らないですねー」
「私達ラムド出身じゃないかな!」
ラムドとは言っていないエルフ2人に対して明らかな失言をしたのだが、気が付いておらず苦虫を噛み潰したような顔をした。
「チッ。使えねぇ」
「これだから下等種は。ただでさえゴブリンと見分けが付かないのにその中から1人を見つけろだなんて」
「ルコ様もなんだってゴブリンのオスガキに執心なんかしてなきゃ……」
「そもそもあの色狂いのせいよ」
文句を言いながらフィーネ方面へと馬車を走らせるエルフ達をあっかんべーしたりと様々な見送りをしてから文句を言い合っている。
「シュタイン皇子には悪いけどあの人達と旅はしたくない。ていうか目的のためなら手段はって感じだけどあんな人達使って大丈夫かな……」
(なんかあの見下し方って白人コンプレックス拗らせた人が白人と結婚して更に拗らせた感じっぽい。しかもモンスター以外の命は奪わないとかなんちゃってヴィーガンも拗らせてるし)
「そう言えば覚醒してる人ってダウ以外は食事にあんまり興味ないのよね?」
『祭りの時に聞いた話だと、ダーリン以外の覚醒者の前世では、一部の物好き以外の食事は栄養素を取るためってだけでやがります。調理や片付けに時間を使うのは勿体無いとかなんとかで決まった食品を買って済ませてやがったとか』
それでも漁業等の改良に着手したのは、人はパンのみに生きるにあらずを信条としている彼ではあるが、食べるに困っていては娯楽は発展しない事は理解しているからだ。
「その割には見たことないワタアメとかあったのよ」
「寂れた街を活性化するのに歴史で習った縁日を再現するのがあるあるらしいよ。マヨネーズの代わりみたいな?」
「えっ!あのワタアメがマヨネーズになるの?」
『そーじゃねーです』
「細かいことは水蒸気自動車で走って消し飛ばすのよ〜」
「そろそろカダーポかな!」
こちらの車はバーバラがメインになって考えた水魔法で動くクリーンな自動車。
制動距離が長いのと小回りが効かないとの難点はあるが、バーバラの魔力なら時速200kmオーバーを8秒で叩き出すというこの世界では他に類を見ないモンスターマシン。
それに乗って国境を超える関所まで辿り着いた。
「皆覚悟はいい?種族に関する言い方は気をつけてね」
「差別なんてしないし、何か言われたら言い返すのよ〜」
「僕も大丈夫かな!」
『私にはそもそも関係ねーですから』
「知らない人の視線よりダウとの繋がりが大事に決まってるわ」
一夫多妻制が基本の世界。でもそれは全ての人々が容認している訳ではない。
女性が男性を選ぶことの多い獣人族を筆頭に、女性を侍らかせているように見えると言った否定的な意見も勿論存在する。
カダーポではそれが特に顕著で、貴族でさえも無闇に側室がいるのは好ましく思われない。
太った貴族の側室が多いとアイツはオークと言った陰口も叩かれる。これは先程出逢ったエルフのように、色んな種族に発情して数だけは多い人間種にゴブリンと呼ぶ風習と似ている。
それを真似していると思っているのも一部のエルフを増長を促す原因の1つでもあった。
それに加えて一部の獣人差別も酷いのだが、食料が豊富でダンジョンも多数あるこの国は手練の冒険者も多く、モンスターの危険も少ないので獣人もそれなりに暮らしている。
加えてこの国にあるノピアという街では複数のダンジョンが街の中にあるという珍しいタイプの場所。
金稼ぎが出来るダンジョンの近くに人が集まるのは自然ではあるが、戦闘力がない一般人からしたら近すぎると猛獣専用のサファリパークが住宅街近くにあるようなものだ。
そんな場所に暮らしているという自負が大きな自尊心へといつしか変わっていった。
加えてフィーネでは薄かった宗教観というのも関係しているのだ。
初めに住み込み始めた移民がたまたま体毛が薄いタイプの人間、ドワーフ、エルフの3種族が多かったせいでそれ以外の種族は排他的。
この世界のドワーフは髭以外は割とツルツルである。
ミスリルの誓の女性陣はロザリンドとタエコ以外の2人は毛深いとまではいかなくとも、産毛以上のモノが生えてきた。ランダウの目に付かないところで涙ぐましい努力をしている。
ちなみにこの人間という言い方はエルフが自分らこそ人間で、それ以外は亜人と言って憚らない上に獣人はヒトモドキやモンスター上がりと言うのも少なくない。
ラムドではドワーフ以外の他種族こそ少ないが、会話が成立すればその相手は人間種の〇〇族といった感覚である。
「お願いしまーす」
「はい、ギルドカードを見せてください。……、とおっていいですよ」
お揃いのアンクレットを見るなりの塩対応はイラッとしたが、予め心構えをしていたのでむしろ肩透かしの方が大きかった。
それから半日車を走らせるとルオンガの街に着いたミスリルの誓。
こちらでは順番を飛ばされるという害のある嫌がらせを受けて日も完全に沈んでしまう。
『宿屋でも何かされるようなら野宿でやがりますね』
「僕はどちらでもいいかな」
「折角だからどのくらい嫌われてるか試してみたいのよ〜」
「えー!もう次の街というか違う国に行きたいくらいよ!」
「宿屋はアテというか秘策があるからまずは夜の街中をぶらついてみようよ」
知らない街を冷ややかな目で見られながら探索するもやっているのは飲食店。こちらを見下さない人は酔っ払いか被り物した人ばかり。
思いの外つまらないなとシュートお勧めの宿屋へ向かった。
(もしかして転生者が営む宿屋!?だってアレにそっくりじゃん)
『ゼッテーに違いやがります』
「どしたのかな?」
「こんなとこに泊まるの?」
タエコを3人が認識するに当たり、ランダウの心の声はタエコへ聞こえるがその逆は無理になった。
どうしてと聞くランダウに、元々ずっと側にいたしダーリンにしか私の声が聞けなかっただけでやがりますとのこと。
なのでタエコが話すと他の3人にも聞こえる。
「ちょっと記憶にあった家に似ててね」
「その人随分と嫌われてたのね……」
「うん。近所の不良に嫌われてたよ」
「ここに泊まるのは勇気がいるのよ〜」
目の前にあるのはボロボロの家屋に罵詈雑言のラクガキ。とある漫画の主人公を想いを馳せ、ドアを開けると2m先には板で拵えた急造の壁。
それを2回繰り返しやっと無人の受付が見えた。
「嫌がらせ対策かも……」
「でも見えないと余計壊されたりとか嫌がらせをされそうじゃない?」
「獣人って魔力だったり身体能力で秀でてるはずなのよ〜。なのにどうしてこんなに嫌われてるのよ」
「自分と違うのが目立つってだけでここまでしなくてもね」
チーン。取り敢えず気になった物を押すロザリンド。
従業員を呼ぶための道具であるので使い方は間違っていないのだが、本人はただ押したかっただけである。
「あっ、はーい。今行きます。あ、ニンゲン様……」
出て来たのは二足歩行で120cm程度の身長であるイワトビペンギン型の獣人。その後ろには150cmあるかないかの黄色い熊獣人だ。
レンゲのように頭の耳と尻尾しか特徴がない、ともすれば日本にいても気合の入ったコスプレと認識される姿ではなく、水族館や動物園で見かける動物そのままである。




