けじめ
往来で複数の男女が言い合っているのを野次馬が取り囲む形となっている。
それを見たロザリンドは気が付いた事があり、すぐに声に出した。
「あっ!1人はこの前男の人とぶつかって喧嘩してたひとかな!」
「よく見ると助けた男の人もいるのよ〜」
「っ!リーダーとミラ!」
「なんだ嬢ちゃん達。顔見知りかい?」
「そうなんです!ちょっと経緯を教えてもらっても?」
『ナイスでやがります』
自分は知り合いでもなんでもないが、少なくともレンゲの反応を見る限り聞いといた方が良いだろうと判断した。
「つまりミラはうちと同じで好きな人が出来た」
「それをたまたま見かけたリーダーさんが咎めてたら、前に騙してた男がって感じなのよ?」
やっと理解した状況も更に進んでいく。既に男2人が胸ぐらを掴み合って一触即発といった感じだ。
「リーダー、ごめん。後でちゃんと制裁は受けるから」
「チッ!しかたねーな。……、おい!ソコの振られ男!自分に魅力がねーのを他人に当たんなよ」
「んだとぉ?何も知らねーのに口出すな!」
「知ってて言ってんだよバーカ。そんなに察しが悪いから騙されんだよ」
矛先が変わり、自由になったのを見た彼女は手を払う仕草をしてさっさと逃げろと合図した。
ただ声のでかい男なんかに負ける気はない。大きく振りかぶった拳をどうするかも決めてある。
元冒険者としての余裕が一瞬で彼女を窮地に追い込まれる。
(なっ!アイリまで男なんかと手を繋いで……)
殴りかかろうとする男の後ろにいた仲間を見つけてしまい動きが止まってしまった。
顔を狙った拳を両腕でどうにか受けたが、身体は後ろに飛ばされてしまった上に追撃しようと迫りくる男。
(ああ、ダメか。結局俺のやってたことって)
目を瞑り、来るであろう痛みに備えていた彼女であったが、何故かその痛みはなかった。
目を恐る恐る開けてみると。
「リーダー!早く逃げて」
目に写ったのは男の腰にしがみつくリンチを受ける前の姿をしたレンゲであった。
火傷痕も無く、レンゲを振りほどこうと暴れる男に対して守ろうとしている見知らぬ男。
そして大きな声で衛兵を呼ぶ少女達。これは一体なんなんだ?あのレンゲは本物か?そんな疑問を思い浮かべる暇もなくくすぐったさと同時に彼女の耳に指示が聞こえた。
「これで痺れとかは回復したと思います。話したいことや聞きたいこともありますけど、取り敢えずは逃げてください。もし何かあればここに書かれている所でランダウの名前を出せばいいですから」
見たこともない紙を手渡され、無理矢理立たされて背中を押された彼女は訳も分からず走り出した。
(なんだ?俺は夢を見てんのか?)
思考が纏まらず、裏切られたという想いが渦巻く最中、逃げる行為は容易く彼女の体力を奪った。
息も切れ、次の曲がり角を曲がったら止まろうと最後の力を振り絞る。
「ってーな!」
「ごめんなさい!ああ、ズボンが破れて脚から血が……」
「俺はこの位の傷残ろうが大丈夫だから男は触んな!」
「1回水で洗ってから治した方が良いですよ。丁度知り合いから水やお湯が出る魔道具を貰って」
「話聞けよお前!俺は子供でも男は嫌いなんだ!」
「初対面に魔法かけられるのが怖いのは分かりますけど我慢してください。それに僕はもう成人してますよ。そりゃ年下のランダウ君より子供っぽいですけど……」
有無を言わさず傷口を綺麗にしてから回復魔法をかけるロバート。
便利な魔法。それは科学技術の発展を妨げるだけではなく、視野を狭くする事もあった。
よく分からない魔法を人から受ける。それは意外と恐怖があるし、契約魔法で人生が滅茶苦茶になった彼女なら余計である。
メニューから選んでフィールドでは攻撃魔法が使えないとかはないし、回復魔法に補助魔法、移動魔法と区別されているゲームとは違う世界だからだ。
すぐに傷口は塞がったが、破れた所から無数の古傷が見えた。それは切り傷だけではなく火傷痕もあった。
息を呑む彼を侮蔑したような眼で見た彼女は立ち上がって立ち去ろうとする。
「ああ!待ってください」
「あん?こんな傷だらけの女ほっとけ。こんな脚の傷で驚いてたら他はションベンちびるぞ?それともその方が興奮すんのか?そんな男は願い下げだね」
「そうじゃなくて……」
ロバートは回復魔法は得意ではない。土属性に適正があるだけなので商売への道へと進んだ。
だがビーグがレンゲを治療するのを目の当たりにして、ヤマナといつかこういった魔法が必要になるかもしれないと密かに練習していた。
そしてその成果はリスカ跡のある夜の女性に使用していたり……。
「えっと古い切り傷は皮膚を増殖させて塞いで……、」
「あっ!こら!触ん、ひゃあん!」
ただの回復魔法の筈なのに、まるで毛先で皮膚を撫でられているかのような感触に腰が抜けてしまいなすがままになる。
せめても抵抗で何かしてくるなら殴ってやると睨み続けていたが、真剣そのものの表情を見て警戒心が薄れていく。
「僕の魔力でどうにか出来るのはここまでです。何があったか分かりませんけど自分を大切にしてください。男だって悪い人ばかりじゃないですから」
「ふん!信じられるか。勝手にお前がやったんだし礼は言わねーからな」
「お礼なんか良いですよ。ただ、その、び、美人な人に傷跡残したら申し訳ないなって」
「はぁ!誰が美人だ?!適当こいてんじゃねーぞ!」
「嘘なんかじゃないです!」
「わりぃけど俺は男を信じねーんだ。じゃあな」
背中を向けて手を振り歩いてく彼女をただ見つめることしか出来なかったロバート。
そんなやり取りを見ていた者が2人いた。
1人はヤマナであり、もう1人はというと。
「あーら。ゴタゴタから助けた私があの子の友達なる予定だったのよね?変わった依頼だこと」
「そうっス。この日のために色々仕込んでたんスけど失敗したっスね。依頼料はしっかり払うから」
「いいのよそんな、大体分かったわ。あの男嫌いの彼女に身体は男だけど心はオ・ト・メ、な私で練習させようとしてたんでしょ?」
筋肉質とまではいかないがかなり体格が良く、それでいて女性物の服を着ている男性でルッソという名である。
冒険者ギルドで書類整理や届け出等の裏方をしており、ヤマナがランダウに頼んで作って貰った闇魔法で周りから見えなくなり音も漏れにくい、簡易閉鎖空間を産み出す魔道具の使い心地を冒険者にしてもらうために相談しに行ったら一方的に気に入られたのだ。
ちなみにその魔道具は女性冒険者から用を足すときや身体を洗う時に便利と評判がいい。
「まっ、今度チャンスがあったらまた頼むっスから」
「そんな悲しそうな顔してないでアタシと良いことしましょ。アナタって本当にアタシのタイプなのよ。宿屋でお酒でも飲みながらね?ほら、まずは先っちょ入れてみない?」
「いや、ほら。冗談キツいっス」
「アタシはいつでも本気よ♪」
それから数日後。ランダウの家に女性達が訪ねてきた。
対応してるのはランダウだが、後ろにはミスリルの誓い全員集合している。
「こんにちは。レンゲさんが凄い心配してましたよ」
「んな訳あるかよ……。ったく、これだから子供でも男は信用ならねーんだ。あのガキだってお世話言っといてそのままさよならするし」
話し声を聞いたレンゲが部屋から出てくる。
「ん。リーダー久しぶり。大丈夫だった?なんか今ブツブツ言ってなかった?」
「お前本当にレンゲか?」
彼氏らしき男と出てきた彼女は、どう見てもリンチを受ける前の姿である。リーダーやその仲間達はどよめいた。
何しろ高級ポーションでも治らないであろう状態になったはずである。
なのに今の彼女はまるで何事も無かったかのように振る舞っている。
「ん。ほら、ここはそのままだよ」
服を捲り治していない場所を見せ、自身が本当のレンゲである事を証明した。
「そうか。その男が治したんだな。で、今日俺がここに来たのはけじめをつけるためだ」
「なんのです?」
「お前には言ってねー!」
ランダウに食って掛かる彼女にドロシーは怒りそうになるが、バーバラに止められ事なく済む。
彼女が魔法袋を漁り出したのはラムドで出回っている一般的な油だ。それをレンゲへと手渡す。
「メンバーの半分はもう使いもんになんねーし。どいつもこいつも男を作りやがって。だからこのグループは解散する。コイツらは遠慮するだろうからレンゲ、お前が俺を好きにしろ。その権利がある」
周りの女性達は思い切った彼女の決断に色々と言うが、決して意見を曲げる事はなかった。
勿論レンゲやミスリルの誓いとビーグも意見するが効果はない。
「ん。なら皆も私からのを受ける。それでお終い。どう?」
「いや、皆は私の命令でやってただけ」「違う。リーダーや自分達を裏切った、そんな気持ちで私達はリンチしてきた。皆どう?」
レンゲの静かな圧に言葉を詰まらせる。周りを見渡すとどうやら同じ気持ちなんだと彼女は嬉しく思う。
「ん。じゃ、ミラから。歯を食いしばる」
ギュッと目を瞑り力を入れて、今まで自分がしてきたことを思い出し覚悟を決めた。
パチン。渇いた音が1つ。これでミラは終わりと淡々と話すレンゲ。
叩かれた本人は何が起きたか分かっていない。
「次はアイ」「待ってよ。ビンタ1回で終わり?だって私達は」
「ん。終わり。もっとしてほしいの?」
「そういう訳じゃ……」
「じゃ、それでいい」
続いて何度もパチンと渇いた音が響き、後はリーダーとナッチの2人で最後となった。
ゴン、ゴン。2回鈍い音がなるが叩かれたのは1人だけ。
「ってー!レンゲ、私だけ違くない?」
「ナッチはあの時1人だけ楽しそうだったからつい」
「アレはレンゲをリンチするのが楽しいんじゃなく、リーダーの役に立ってるから楽しかったんだ!だって私リーダーのこと好きだし」
元仲間であるレンゲを含めたメンバーは全員リーダーである彼女の事は尊敬しているし、好きか嫌いかで言うなら間違いなく大好きだ。
でも彼女の言っている好きはライクではなく確実にラブの方である。
「最後はリーダー」
「おっし!ばっちこい」
殴られようが、それこそ斬られても熱した油をかけられようと受け止める気持ちで待ち構える。
「ん。うち含めて好きな人が出来たからってリーダーのこと嫌いだからじゃない。だから自暴自棄になって投げやりにならないで」
抱きつきながら胸に顔を埋められたたらを踏む。
そして何を言ってるか意味がわからないでいた。
(信じられる女だけで生きていくって約束したのに……。だから皆俺の元を離れたんじゃ)
「リーダーが本当に怖い人なだけなら付いていかないし、うちもこうしてない。どうしていいか分かんないからうちの所に来たんでしょ?」
当初脱退リンチは彼女の発案ではなかった。今はいないメンバーがやり始め、それがいつの間にかルールとなっていた。
勿論いやいややっていた訳ではなく、自分から離れることに対しての苛立ちをぶつけてもいた。
「そうです!私達リーダーがとかじゃないんです!ただ、もう一回信じてみようかなって」
「そうですよ。なんで私達が受ける制裁をリーダーが!」
「分かった、皆好きにしたらいいさ。もう男を騙すのは無しだな。だからもうリーダーじゃなくア」
「ラン兄ならこの部屋です。えーと、ロバートさんでしたっけ?」
話がまとまりそうになった頃アレンの声が聞こえた。




