苛立ち
部屋の中に響き渡るゴリゴリゴリとした音。
ミスリルの誓い4人はひたすら乳鉢に入れたディミルの実をすり潰している。
ちなみに、ドロシーが少しゴネたが同室で泊まることとなった。
「そろそろこれが何か教えて欲しいかな」
「効果は試さないといけないけど、毒を除去出来るかもしれない物だよ。ああそうそう、種は潰さないで分けて置いといて」
「さらっとまたとんでも発言よね」
「種はどうするのよ?」
バーバラの質問に現物を見せようと、ルンシバで作っていた植木鉢を魔空庫から複数取り出す。
それは朝顔程の成長をしている植物にオレンジのような実がなっている。
「これにはすり潰したトリカブトや鈴蘭なんかの色んな毒草をそれぞれ肥料みたく入れててさ。1つだけじゃなくて混ぜたのもあるけどね」
「でもそれって全部このすり潰しているのと同じのが成ってるよ?」
ディミルの実が毒を吸い取って成長することを見せ本題に入る。
「皆が作って貰ってる毒消し薬は、動物やモンスターを1度毒を摂取させてから飲ませて効果あるのかを試したいんだ」
(あと皆には言えないけど、こっちで成長させたディミルの実をマジカルファームへ転送したらどうなるかも知りたい)
「うへぇ。残酷かな」
「優しいダウらしくないなのよ〜」
「それやらなくちゃダメ?」
「別に皆はしなくてもいいよ。俺一人でもどうにかなるし、ただでさえ危ない場所に行くからやれることはやらないと」
毒に耐性があるアクセサリーをしていると言っても、完全耐性ではないので毒消し薬の効果を確かめるのは必須だ。
ゲームではありえないが、毒による後遺症もあるかもしれないので自覚症状が出る前に定期的に飲んでおきたいからいくらあっても困ることはない。
薬自体はゲームで量産出来るが、ディミルの種をモキンの街に埋めて育てて毒を除去しよう作戦のために種を取り出すついでである。
「ううん、ダウがするなら私もする。じゃないと恋人とも仲間とも言えなくなる」
「そうやって実験するのがダウの発想の秘訣なのかもよ〜」
「毒や薬を安全に飲ますためには遠くから手足を射抜ける僕が必要かな!」
一致団結したミスリルの誓いは深夜近くまで毒消し薬を作り続けた。
ランダウはタエコがゲームしたいということで途中途中手が止まっていたが、変換出来る薬の数を思えば十分以上あるだろう。
「あのねダウ。先に寝ててほしいんだけど」
「ついに何かするのよ?」
「しないってば!その、寝顔見られたら恥ずかしい///」
「あらなのよ〜」
「うん。そんな可愛い理由なら喜んで先に寝るよ」
『けっ!でやがります』
次の日ギルドに行き、モキン方向の街道で常駐依頼をする届け出を出そうとした。
「風1つ無い良い日だ!夜まで一切吹かないかな」
「ロザリーのこういう事って当たるんだよね」
「それじゃあ皆でギルドに行くのよ〜」
モンスターの強さ的に9級であるランダウの存在を心配されたが、日取りと複数のオークを単独討伐出来る事を3人が証言したことで許可された。
と、そこで修行していた時にバーバラに粉をかけようとしていた30歳前位の男性冒険者が絡んで来る。
ギルド登録して2ヶ月程度でオークを倒せるなんて嘘だ。俺と決闘してその力を示せと。
どう見てもただランダウが気に入らず排除しようとする試みにランダウはと言うと。
「えっ?嫌ですけど?何か僕にメリットあります?受付の人が許可してくれたのを言いがかり付けるなんてあのお姉さんに失礼じゃないですか?それに僕が弓を使って退治してたらですよ、お兄さんの武器は槍ですからどうやって勝負するんですか?」
ぐぬぬぬ。そんな顔をして言葉が詰まり、ランダウはお辞儀をしてギルドを後にした。
「凄い顔してたね♪」
「恨み買ったかもしれないのよ〜」
「元々あの人俺を邪魔者扱いしてたしねー」
「む〜。僕的にはあんなのパパっと倒して欲しかったかな」
「あの位の絡みなら一々気にしてたら面倒かなって。よし!ここらへんでいっか。皆にも単眼鏡をそれぞれ渡すね」
ランダウは少し嘘を付いた。本当は今ある最高の装備で打ち負かしてやりたかった。
10日間は充実していて、良い人ばかりと触れ合っていたせいで余計にもやもやした感情が芽生えている。
けど今それを出したら彼女の前でイキるダサい彼氏のような気がして飲み込んだ。
渡した単眼鏡の使い方を教え、動物の有無や周りへの警戒、そして毒を摂取した動物を覗いたらどう見えるかを試したかった。
初めて使うそれに3人は感嘆の声を上げ、ドロシーが何かを見つける。
「あっちゃー。さっきのオジサン付いてきてる。知らないオジサンもいっぱいいるし」
『マスター!急いで見やがってください!』
タエコに言われ、覗くと確かにドロシーが言った通りの光景が見えた。
なんでそんなに驚いてるのかが分からず訪ねると。
『知らないのに見えてるって事はどっかで会ってやがるんですよ!マスター越しに見て分からないのは2人だけでやがります!!ほぼ全員ルンシバへの行き帰りで一緒だった馬車の人がいやがります』
「皆、下がってて。すぐに戦える準備だけはしててね」
こっちが待ち構えてる事を察した向こうは堂々と姿を表し、ニヤニヤとした笑顔をしている。
なんですか?そう聞くと返ってきた答えは予想通り以下のもの。
「俺達は稼いだ商人から物を掻っ払って売り捌くのが本業の商人だよ。この心強〜い冒険者さんと話が合ってよく協力してもらってるんだ」
「おい余計な、ことでもねーか。どーせ死ぬしな。お前人を殺したことねーんだろ?覚悟がねー雑魚は見りゃ分かる」
「そんなことしたら身分証で引っかかるんじゃ……」
「それには抜け道があんだよ。少年は苦しむ事になるから覚悟しろよ」
「女を抱くのにだって、死ぬのと比べさせたら合意にもなるしな。まずは巨乳から遊んで、飽きたらお前らだ」
総勢10名を超す下卑た男の笑い声が響き渡り、一迅の風が吹く。
身分証は魔力で個人識別しており、法を犯した場合、街へ出入りする際に確認され犯罪者は止められる。
街の門に設置されている魔道具は、設定された犯罪だけがわかるのだが、何故か殺人と窃盗は全てに共通している。
そして殺人ならば止めをさした瞬間が無ければ殺人と認識されない。
つまり失血死や、餓死の状態を作って放置は引っかからない。
地球では先進国の完全犯罪は難易度が高いが、ロウフリアでは目撃者が無く、疑われず嘘を見抜ける魔道具をくぐり抜けさえすれば大抵無罪となる。
何しろ本人を特定する証拠を結びつける技術が未発達だからだ。
そして本人が死んだ場合、その人の所有物は拾った人の物となるので合法的に盗めてしまう。
勿論不自然な事が続けば詳しく取り調べられるが、諍いの多い冒険者は町の外なら喧嘩の末にで終わってしまう。
商人もお金を巡ったトラブルでと言えば逃れられる場合も多々ある。
日本でいう緊急回避と正当防衛が簡単に成り立ってしまうのが現状。
どうして自分達がその抜け道に気が付いたか、国やギルドのお偉方は知ってて対処してないかを、目の前の生意気な少年を絶望させてやろうと長々と語った。
そこで野盗達は自身の変化に気が付く。
こっちは多勢に無勢で勝てる戦い。なのに気持ちが悪い。
目の前の子供は未だに絶望どころか敵意丸出しのまま。
「なあおっさんひとをころすのってえらいのかよ」
「おかげであんたらからもいろいろきくじかんがあってよかったよ」
何故自分達は小さな子どもを見上げているのだ。どうしてこんなにも聞き取りにくいのだ。
「あえ、あんえ」
先程まで饒舌だったのが嘘のように呂律も回らず身体にも力が入らない。
時間は少し前に戻る。こいつ等が長々と語り始めた時まで。
(はぁ?人の努力を盗むのが本業?好きでもない女性をただ身体目当てで弄ぶだって?しかも俺の彼女を?フザケンナよ。それに俺が嫌いなことをもう1つ言った)
ランダウ、否。関浩二は昔から漫画やネットなどで、今の格闘家より昔の武芸者の方が殺す覚悟の差で強くて当然といった意見には否定的であった。
それは自身が格闘技をやっていたからでもある。確かに失われた技術なんかもあるだろう。
それでも負けたら死か再起不能の時代と、負けても何度でも挑戦し、対策し、多くの知識や技術が集まった現代がそう引けを取るとは微塵も思わない。
死を何度も乗り越えた知識と技術は何も格闘技に収まらない。
フグの毒や鰻の血。それらだって幾重にも昔の人が積み重ねてきたものであり、昔の方が優れているというのは伝承において侮辱とまで考えている。
それが許されるのは突出した1人の天才に対してだけがランダウの持論だ。
そして怒りに任せて使った、ランダウが得たスキルボーナスのカスタム。
これはランダウが作った物限定で本人が使用する際に効果を変えることが出来る。
爪楊枝であれば、刺さりにくくなる代わりに折れにくく、仮に薪を作れば火力を少なくする代わりに長持ちさせることが出来る能力。勿論今の例なら逆の効果にすることも出来る。
「何をしたか教えてやるよ。ブシだ」
すり潰した毒草の粉を風魔法に乗せて目鼻口に入れたのだ。
『しかも毒草混ぜ合わせたやつを使って、カスタムで致死性を極限まで下げて、後遺症に割り振ったでやがりますか。マスター余り怒り過ぎねーでください。いくらカスタムでも毒は毒でやがります。ほら、ブシはトリカブトの毒にしか使わねーですとか揚げ足を私が取りやがりますから。』
(ありがとう。でもそれは無理だよタエコ。既にはらわたが煮えくり返ってる)
「俺は確かに人を殺すのが嫌だ。けど俺の彼女に手を出すってんなら死ぬなんて簡単なこと出来ると思うなよ!!死にたいと思っても殺さずに苦しめたやる!!」
無抵抗なのをいいことに1人ずつ腹を蹴っ飛ばした後は魔空庫から紐を取り出して、全員の手足をしっかりと縛り、嘔吐と下痢をしてるのを見て更に服毒させた。
時間が経てば少しは動けるかもね。それまでモンスターに襲われなきゃいいけど。あと生き延びても今までのように生活出来る身体じゃないと思え。聞こえてるかな?
そう言って見えなくなるまで距離を取り、彼女3人の無事を確認する。
「私は大丈夫よ。もしかして毒を使ったの?」
「私の彼氏は心強くて惚れ直したのよ。ドロシーが許せばキスしたいくらいなのよ♪」
「それはダメ!私が先にしたいの!」
自分に対する拒否感もなさそうでホッと胸を撫で下ろすランダウ。
けどまだ気がかりはある。ロザリンドだ。
歩いてる時も上の空で、今だって目が虚ろになってきてる。
と、ロザリンドがランダウに近づく。
「ダウ。んー」
ランダウの頭を掴み、唇を尖らせ顔と顔の距離が迫る。
どうにか抵抗しようとするが、普段あっけらかんとしたボーイッシュな女の子が豹変して、色っぽい表情で迫ってくるのを拒否出来るほどの経験値はない。
あと1cmと触れる寸前、ランダウは抵抗か受け入れかは分からずに目をギュッと閉じた。




