追加注文
ルンシバに来て5日が過ぎた。初日が1番の売上ではあったが、どの日も当初の予定数量を大幅に上回っている。
鶏肉と油に小麦粉、豚肉にタレ等の調味料はここでも調達は可能だ。
問題はニリンソウのスープである。ここではラムドより臭みのある獣肉が出回っていることも手伝い、好評なのは良かったが、その1番大事なニリンソウが後2日でなくなってしまう。
「明日迄にはこのパンも完成しそうだし、レシピも十分に売れたから目標は達成してますよね?」
そう言って昨日の余ったパンを魔法袋から取り出し、火の魔法を使って温め直してから頬張るマルケン。
このパンは黒砂糖をまぶしてあり、甘みで苦味を消そうとの味付けだ。
膨らまし粉こと炭酸カリウムの作り方を覚えたが、手順の最適化、値段の付け方に、製法をバレないようにすること。しかもこの数日に作りたい物が増えていってる。
やらなきゃいけない事は料理人よりも多いくらいだ。
「全くもってその通りなんだが、あるのを期待して来る客に出せないのは心苦しい」
「今日行くついでに採って来るっスよ」
「いや、その心配はなくなった」
1台の馬車が門へと近づいて来た。降りてくる男性はベルズである。
こちらを認識し、笑顔で手を振り歩いてきた。
ミスリルの誓いは、ベテランの冒険者である彼に初心者と一緒に行動させてしまった原因が自分達にあると思い、少し気まずさを感じている。
「しゃっす!ベェルさん!あありゃりゃっすたぁ!」
※お久しぶりですベルズさん。あの時ありがとうございました
「ひゃあ!」
「あの姉ちゃんいきなりどしたんスか?」
「昔街で絡まれてるフローレンスをアイツが助けたことあったらしくてな、それからずっとあんなだ」
「人使いの荒い先輩がいると苦労しますよ。この作戦考えた本人が途中参加とか」
どうやら本当は一緒に来る予定だったらしい。
けれどニリンソウ集めの仕事をシュートに任され、やっと予定数量集めたら今度は保険で足りなくなる可能性を考え、ラムドに残って更に集めてから来るように言われたのである。
「そう言うな。これで依頼を完了させたから帰ってもいいぞ?」
どうにか話に加わろうとするミスリルの誓いであったが、シュートがおもむろに、そしてこれ見よがしに魔法袋からパンを取り出した。
バーバラが気に入ってるカレーパンを模した香草ブレンドパン、ドロシーとロザリンドが好きな生クリームとカスタードクリームのパン。
男連中は焼鳥や唐揚げが入った惣菜パンをそれぞれに渡す。
そしてバターたっぷりのパンを自分とフローレンスへ。
バターは既にあったが、生クリームとカスタードクリームはランダウが作り方をシュートとマルケンに教えて完成させた。
「そんなわけないでしょ。わざとらしく新しい物を見せびらかして。当然自分の分はあるんですよね?」
「あっ、ベルズさん。良ければ食べますか?」
そう言って自分の分を手渡すランダウであったが、ベルズはやんわりと断り、これは君が作ったのかい?と質問をする。
「こんな所で立ち話もなんだ。まずは宿へと向かおう」
「こなやーとりベェっずけっす!」
※シュートさんがこんなやり取りするのベルズさんだけです。
シュート、マルケン、ヤマナの3人は気にせずにパンを食べ、他の人はそれぞれのカバンや魔空庫に入れて我慢している。
1番大きな部屋を取っているシュートの部屋へと集まり、やっとパンにありつけたベルズは手に持った瞬間に驚き、口に含んだら険しい顔をしてランダウを見た。
「これはパンの革命、いやそんな生温い表現じゃ足りない……。そして美味しさが損なわれるどころか、食感により増してる!」
「何も嫌がらせで渡さなかったんじゃない。まだここにいるメンバーと、私の知人数人しか知らないんだ。街中で叫ばれたら溜まったものではないからな」
ならそう言ってくれればいいものを……。そんな思いは今晩のパン作りに参加出来ることとなったので消し飛んだ。
そうしてジャン達にもまだ教えていない、炭酸カリウムの作り方を教えつつ、申し訳無さそうに、岩塩があればアク抜きの他にも掃除や色んな物に使える重曹を作れることも話した。
「もう大丈夫だからそんな顔すんなよ。アタイだって塩があることに越したことはねーんだから」
「しかし塩で出来た岩ねぇ。ここら辺には無いんじゃないんスか?」
「まあ、あっても石灰が手に入らないと炭酸カルシウムは作れませんしね」
「石灰が前にダウが教えてくれた物ならきっとあるのよ〜」
石灰の存在はシュートがしたモキンの話を聞きながら当たりをつけていた。
石灰を使って実家の土質を良くできないかと。
勿論マジカルファームから取り出した種の土地には使わず、従来の野菜を植えている所で試すつもりである。
ここルンシバは鉱山が豊富にあり、ドワーフ達が良く使う物以外は安く売られている。中にはタダ同然の物もあるし、この世界のゴミ事情は魔法袋に入れて廃棄が普通である。
ダンジョンが近くにある街の場合は、ダンジョン中層へと廃棄するとダンジョン内に吸収され大変エコであるが、仕事として請け負ったものの面倒臭がった冒険者が浅い層に捨て、それを他の冒険者がゴミを取り出し魔法袋を拾って活用するというブームが起きた。
結果、ダンジョンがゴミだらけになるという社会問題に発展した。
「それならシュートさん。護衛の日数を伸ばすか、最後の2日位は石灰とやらを探しませんか?」
「マルケンの言うことも一理あるが、それを探せるのはランダウ君のみだろ?あとはバーバラさんかな」
「確かに3人のおかげで灰を効率的に出来るからパンのほうも余裕あるからね」
「それなら二手に別れてまずは探す作業に1日費やす。もし見つかったら現物を見て特性も確認した上でさらに2人一組で探すってのはどうっスか?」
こうして石灰探しの準備が整い、今日はランダウ待望のカツサンドが完成しそうであり、ジャンのレストランへと向かうことにした。
パンが膨らむのに慣れていないベルズは興奮しながらも、ランダウは何かを忘れてる気がしてタエコに尋ねてみる。
(なんか塩について忘れてる気がするんだよね)
『マスターの父上と話してた時に、人がいなくなる街のことでやがりますか?』
(そうだ!もしかしたらシュートさん達なら何か知ってるかも!)
同じ失敗はするまいとシュートにこっそりと耳打ちして聞いてみる。
その事なら冒険者活動をしていたベルズが詳しいと、焼き上がるパンを睨んでいるのを遠慮なく呼び寄せた。
「キンテのことかい?あれは悲惨としか言えない状況だったね。前触れがあったとはいえ街の被害は決して小さくなかった」
これはモキンで事件が起こるよりもまだ数年前の話である。
1言で言うなら街に大きなダンジョンが出来た。ただそれだけの話。
地震と魔力の異常な活性化に、空間が歪んで見えるほどの捻じれた港町。
避難はある程度順調に行われ、飲み込まれた場所に住んでいた人達も保障された。
一部の頑固な人達が動かずに、ダンジョンへと飲み込まれ死んでしまったのを除けば十分な成果だろう。
「そうして漁師達は再び海へと出た。が、日数が経つにつれ街の人が行方不明になっていったんだ」
これを重く見た国は様々な調査を行った。大金を払って高ランクの冒険者にも依頼を頼んだこともあった。
けれど結果は振るわず、むしろ調査団が行方不明になるという事態にまで。
人の入らないダンジョンはそのうちモンスターで溢れ周りに被害をもたらすので、定期的に街へと入り駆除をしているが、ダンジョン近郊に商人も宿も食い物屋もなく命の危険がある場所に好んで住む人などいない。
どうにか分かったことは、何日も街で宿泊さえしなければ行方不明にはならないようであった。
「ママが言ってたよ。キンテのことが無かったらあそこまで強硬な姿勢は取らなかっただろうってな」
「ここ近辺の海産物はモキンに委ねられ、プレッシャーも凄かったのだろう。需要が高まっていたのに足元を見るような売り方はしなかった」
漁師なのに値段を釣り上げなかったってことっスね。
そんなことを呟いた者がいたが見事にスルーされた。
「ダンジョンは土地の影響を受けます」
ロバートが空気を変えるように話を元に戻した。
港町から出来たダンジョンだと塩が取れる可能性は高い。
その証拠にダンジョン近辺では所々海水の水溜りが出来ていると目撃情報はある。
ミスリルの誓い全員がキンテのダンジョンに向かう目をしていた。
けどそれを止めようとする者はいない。何故なら、止めたところで燃え上がるやる気に火を注ぐだけだと理解しているからだ。
せめて出来る事はどれだけ危険で、行方不明者がどのようにしていなくなったかを教えてあげること。
それと仕事を隙間なく頼み、他の場所へ行かないように間接的に引き止めて置くことだと大人達は目配せしあった。
その手段の1つとして膨らまし粉の製造だろう。
自分自身では直接商売する気がなく、情報の危険さを理解して秘密裏に動いてくれるランダウの存在はマルケン達だけでなく、料理人に取っても有り難かった。
この事がしれたら確実に森林破壊による大量生産。そして独占して需要を高めながら法外な値段を付ける輩が出てくるのは間違いない。
マルケンはその点自分の利益を優先こそすれ、食事代が高まることを良しとせず、そもそもこれからどんなアイディアが飛び出すかも分からないランダウに見限られるようなことはしない。
「で、僕考えたんですけど、ドヨー丑の日を参考にして、今は秋じゃないですか。明日色んなパンを売り出して、今まで屋台で売ってるのと組み合わせをお客さん自身に選んでもらう買い方。つまりこれです!」
ロバートが魔法袋から取り出した看板にはデカデカとこう書かれていた。
【ランダウ春のパン祭り】
「やめて!!なんでそこに行き着いたの?!せめて俺の名前だけは付けないで!いやほんとまじで!」
『いーしゃねーでしゅか。私気に入ったでやがりまふふ』
(笑ってんじゃん!ちゃんと言えてないじゃん)
「そうだ、パン革命じゃない。これからはパンで騒ぎ立てる時代が来る。パン祭り時代の幕開けだ!」
「ランダウ君はミスリルの誓いとしてに矜持がある。だからそれぞれの頭文字を取ってラドバロ春のパン祭りと言うのはどうだろう?これでランダウ君の名前が表に出ることもない」
「ダウから始まって、第1婦人から第3婦人までの並びで丁度いいのよ〜」
「僕は何も文句ないかな」
乗り気になった皆を止めるのは不可能なのと、自分の名前が一文字だけになったので諦めたランダウ。
今の科学力と自分の知識だけではほぼ不可能である菌の存在も伝えて置くことに。
飲み込みが早すぎるバーバラに修行の合間に教えていたので復習にもなるなという思いもあった。
「苦味は無視できないレベルですし、食べ過ぎると身体には良くない可能性がある膨らまし粉なので、将来的には酵母を使った方がいいです」
糖が好きなこと、適切な気温や湿度でなければすぐに死滅すること、思いつく知識を余すことなく伝えるが、専門でも無ければ伝え忘れていることもあるだろう。
それでもお酒のある世界なら発酵という概念はなくとも、置いておいたらなんか変わるくらいの認識はあるはずだ。それを手助けすればと考えた。
そして現段階での最良とも言えるカツサンドをフローレンスが作り、ランダウへとプレゼントする。
そこへジャンがラムドではまず見ない、ルンシバでも一部のモノ好きしか取り扱わない肉を持ってきた。




