初日
「焼鳥3本で1100ガロです」「なんだい、まとめて買ったら安くなるならこっちも一本追加だ」「わかったのよ〜」「ちょっと押さないでよ!!」
想像通りの盛況であった。準備をしていたロバートが既に待っていた客に詰め寄られ、当初の予定より開店時間が遅くなってしまい、余計に混乱を呼んでいる。
勢いに任せて色んな物が売れているので商人達は忙しい想いをしながらも楽しくて仕方がない様子。
バーバラは売り子として大いに役立っているが、ロザリンドにお金の計算をやらすのは危険と判断して商品の受け渡しと行列の整理をしてもらってる。
「はいそこ横入りはダメかな。慌てなくても大量に美味しい料理はあるからお腹を空かせてほしいかな♪」
料理組はと言うと、ランダウは唐揚げ、バーバラは焼鳥、フローレンスはその他のシュートが用意してた料理全般でシュート自身は全体の補助をしている。
ニリンソウのスープは前もって仕込んであり、シュートは時間停止機能付きの魔法袋を持っているので温めるだけだ。
「なぁドロシー」
「何も言わないで下さい。言いたいことは分かってますけど私にも分かんないですから」
「いーや、アタイは言うぞ!明らかに焼く前と、焼いて取り出した数合ってないじゃないか!」
「多分妖精のせいです!なんか変な夢見て、それしか心当たりないの!」
2〜30本に1本程度の割合ではあるが、何故か増えているのだ。
最初は気のせいかと思っていたドロシーだったが、それが何回も重なれば確信へと変わる。
自分の料理だけに集中せず、2人の料理を事細かに見ていたフローレンスも気が付くのは当然であった。
『マスター……』
(スキルレベルが上がって、品質を一定にしようとしてるから数に補正がかかったんだ。しかもスキルボーナスまで。そんなのってあり?)
唐揚も魔法袋から出したら揚げるだけの状態なので、ガンガン減っているスタミナを客から見えないようにこっそりと飲みながらのランダウ。
数時間が経ち、忙しさにも少し慣れ周りを見ると予想外の事が起きていた。
それは昨日パンと焼鳥を交換した店主が、焼鳥を挟みやすいように切れ目を入れて一緒に食べると美味いと宣伝している。
その2つ隣は濃い目の肉を食べた後はさっぱりとしたアイスと謳い、対抗するのでは無くこちらを上手く利用していたのだ。
「シュートさん。食への拘りって良いですよね」
「全くだ。だからこそ私は隣町へと広めようと思った」
「ラムドだとシュートさんに対抗しえる料理人はいないからな♪」
「ランダウ君!ツマヨージの補充頼みたい!残り30セットしかないんだ」
物珍しさもあるのだろう、唐揚げや他の食べ物を親しい人とシェアして食べる、出先で手を汚さずに食べるのに便利等言葉巧みに勧めては買わせている。
人混みを避けるように、そして買ったあとは邪魔だと押しのけられるので、自然と食べ歩きという形になる。
そうすることにより、物珍しい食べ物を持ってる人に尋ねると自慢気に教えるという口コミ効果で、朝8時から営業し、一息付いたのは午後2時を過ぎていた。
「マルケン、子供達に休憩を与えよう。1人ずつならどうにかなるだろ?」
「大丈夫です!ロバート、お前は最後でいいな?」
「勿論です」
「動き回ってるロザリーからいいのよ〜」
「俺も後でいいからドロシーからどうぞ」
「ありがと」
こうして休憩を回した後は、夕飯のおかずにという触れ込みをしつつ、多目に見積もっていた予定数量を大幅に越した売上を達成した。
「お疲れ様!」×全員
「いやぁ〜、面白いように売れたね。参考になったよランダウ君」
「いえいえ、シュートさんとフローレンスさんの料理と、マルケンさん方の腕があってこそです」
謙遜ではなく本心でそう答えたランダウ。ヤマナはにくいねぇ〜。と髪をワシャワシャとやっている。
そんな様子を見ていたドロシーはふと手を握った。
「ダウ無理してない?」
「無理なんて……、うん。ちょっとやりたいことしてもいい?ちょっと苦しくて」
「うん、ダウの辛そうな顔見たくない」
「シュートさん!ちょっと今日の仕込み同席させて下さい!」
「ああ、私の知り合いの厨房を借りよう。昨日話は通してある。既得損益に縛られないまともな奴だから安心していい。まさか売出し初日でなるとは思わなかったが」
「バーバラ、今まで集めてたアレ出して。マルケンさん、もしこれ成功したら今までになくて、しかも独占出来るかもしれないもの挑戦します」
その発言を聞いて湧き上がる商人組。目を輝かせながら、バーバラが出したぱっと見はゴミみたいな物を疑う様子なく観察している。
夕飯を済ませ、向こうの都合がいい時間まで明日の準備をしながらも、どんなランダウが自信満々な様子から、今までよりも凄い物を見せてくれるだろうと気持ちが入っていない。
その知り合いのレストランへと着くまでにその物体の正体を聞いてみるが、作り方自体は簡単なので成功してからと未だに何を作るかさえ教えていない。
着いてみるとゴリラみたいな身体つきをしていて、決して料理人とは思えないような男性が迎えいれてくれた。
中に入るとシュートと同年代らしき男性が他に2人。
「で、このボウズは何を見せてくれるんだ?」
「まずは名乗ったらどうだ?ジャン」
ジャンと呼ばれた男性は軽く手刀を切り、改めて自己紹介をしてランダウの目的を聞いた。
『まるでゴリラジャンとか思ってやがります?』
(やめて……。思ってないから笑わせようとしないで)
『マスターのセンスの無さと沸点の低さがヤベーでやがります』
「ッごほん!パンを作ろうと思います」
こうして取り出したのは、夜営時に焚き火をした際に使っていた木材や植物を焼いた灰、それを水に浸し固形物を取り除く。
さらにそれを蒸発すれば炭酸カリウムだ。
関浩二時代、小学生の夏休みに、叔父にキャンプと言うなのサバイバル体験を一緒にした記憶を元に、分量を思い出しながら複数のパンを作っていく。
それを見たシュートとフローレンスは作るのを手伝い、合計10個のパン生地が出来上がった。
「早速焼きましょう」
「おいおいシュート、俺達を集めといてただパン焼きましたとかだったら怒るぞ」
「黙って見ておけ、正直この子の行動は想像を絶する」
焼くこと数十分、どうなるか知らないはずのシュートが誰よりもドヤ顔をしながら窯からパンを取り出す。
そこにあったのは大小様々とはいえ、通常よりも膨らんだパンがそこにあった。
歓声よりはどよめきが広がる。それは何も料理組だけではない。この世界でパンを食べたことがある人なら誰でも驚くであろう物体がそこにあった。
「アタイが一番乗り♪」
言うが早いかフローレンスが1番膨らんでいてかつ、その中で炭酸カリウムが少ないパンに手を出した。
かなり熱いものの、いつ用意したのか布を使って掴むと弾力があり、簡単に千切れたソレは知っているパンではないことが見て取れた。
「んふぅ♪ちょっと雑味というか、苦味があるけど柔らかくてふわふわの食感が癖になるぅ♪」
釣られて他の人も手をのばすが、シュートやその友人達はしっかりと10個のパンを少しずつ取り、弾力や味の違いを咀嚼して確かめている。
腕はかなりの物ではあるが、そこがシュートに一人前と認められていない壁であろう。
「うむ。これはこれは」「歯ごたえがねえな」「この味をどう消そうか……」「これはパンなのかな!?」「これ食べたらあんな固いの食べれなくなるのよ〜」「こんなの作る材料を独占とか刺されかねないっスね」
『知らねーでやがりますよマスター』
(分かってる、けど止められないんだ!)
「これに焼鳥や唐揚げを挟めば主菜と副菜を一緒に食べられる惣菜パン。おかずそのものの味や、タレを工夫すれば苦味は抑えられると思います。それと唐揚げに似た方法でフライがあるんですけど、豚肉をフライにして挟んだ物をどうしても食べたいんです!!」
そう。ランダウが散々やらかしては学ばないのはこれが理由。
ただ単純に我慢が出来ないのだ。味が濃いものを食べたい、日本の味が懐かしい、今の家族もミスリルの誓い3人のことも大好きだけど向こうに未練が一杯ある。
友達とバカ騒ぎしたい。実家に顔を出して母親の料理や、父が仕事で釣った魚を自分で調理して食べさせてくれたを祖母の趣味にしては大きすぎるビニールハウスで採れた野菜。叔父さんとドライブやアウトドアをまたしたい。
それらが叶わないならせめて口の満足感だけでも。それが隣の屋台の店主が見せた惣菜パンで火が付き、ドロシーの言葉で爆発した。
「よし分かった!ここにいるおっさん達に任せなボウズ」
「早くその混ぜ物の作り方を教えてよランダウ君」
「まぁ待てマルケン。私の記憶が確かならお嬢さん方もその混ぜ物の作り方は知っている筈だ」
「ヨシッ!行くっスよぉ」
「あっ、夜遅くに大事な彼女を外に」
そこまで言いかけて大の大人複数人にガシッ!と掴まれる。
振り向くとそこには表面上は笑顔なものの、燃えたぎったオーラを纏わせているように見えた。
「まだアレ残ってるよなボウズ?」「行くなら置いてけよ」「そして早く追加を用意してくれ」「味と焼き加減の調整、そして惣菜パンとやらの目処を朝方迄にはおわらせるぞ」
まるで新しい玩具を買ってもらった子供のようなテンションで、かなり厚かましいことを2回りも3回りも年下の少年に注文する大人達。
それを見たシュートが、話が違う。恥ずかしいと思わないのかと諌めるが、パンの完成は少年の願いだと反論する。
「そ、それじゃあ炭酸カリウム、膨らまし粉は置いときますんで外に取りに行ってきます」
「おう!なるべく早く戻って来いよ」
「えっ?」
「少なくとも俺等をこんなやる気にさせたんだ。ボウズと俺等がある程度納得するまでは寝れねぇと思えよ」
『あーあ、だから止めてあげやがったのに……』




