過去と謝罪
「フローレンスは私の昔からの友人カールの娘だ。そしてラムドから西口の門から出て、この大陸最西端の街モキンで生まれ育った」
今から7年前ほどにケスオトラの皇太子殿下が技術開発を推し進め、魔法や魔道具に頼らない技術や知識を沢山生みだした。
その中で造船や漁に対する改革も行われたが、ケスオトラから離れたその街では役人達が横柄なこともあり、漁の主要メンバーであった海エルフ達は、今までの自分達を否定されているようで困惑し、一部は多いに反発した。
「あの……。海エルフってどん人達なんですか?」
『しょーじき私も知らねーです』
「元はエルフと同一と言われているけど、海に住むようになって、肌が黒く耳の先端が尖って長い種族だよ。男女どちらも性格は短気単純お酒大好き。得意とする魔法は概ね水、木、無の3つだね」
(その性格って父さんみたいだ)
そう答えたのはマルケンである。40手前である彼と、50歳を越したばかりのシュート位しかその事件を知る者はここにいない。
ちなみにランダウが言った父はドミトリではなく、関浩二の父親であり漁師でもあった。
「カールは私と同じ料理人でね。海の幸が獲れるモキンでキュリ……。フローレンスの母親に一目惚れ。そして何度も話しかけては遂に結婚して、漁の仕事を手伝うようになった」
『ハーフだから耳も長くなく、肌が浅黒い程度でやがりますね』
「フローレンスも産まれてカールは凄い幸せそうだったよ。けどそんな幸せは国の発展のためと言ってシュタイン第1皇子によって壊された」
モキンの漁師達は一枚岩ではなかった。
多数派は、他の街での成果を見てからという保留派。これはフローレンスの両親カールとキュリもこの派閥。
残りは現状維持の保守派と、今すぐに新しい技術をとの改革派が半々程度の割合だった。
話し合いは数カ月も続き、モキン内でも揉めに揉め、役人からの態度に疲弊してイライラが溜まった現状維持派の過激な人達が行動を起した。
「大人達の悪いとこを見せないようにと途中カールは私にフローレンスを預け、そんな時だ。漁師の一部が魚にある毒と、毒草を混ぜ合わせた厄介なシロモノを銛に付けて投げた」
「それでどうなったんですか?」
「役人を庇ったんだよ、あの2人は。そのせいであの娘の両親は死に、明らかな反逆行為に役人達は武力を行使して鎮圧した。主犯達は死ぬ間際に毒を集めて混ぜ、魔法を使い毒の木を作った」
最初は毒の木だと気付く人はほとんどいなかった。
それは故意か偶然かは今となってはわからないが、その毒は遅効性で死ぬ物で、少量なら調子が悪くなる程度のものだったからだ。
そして怪我をした人を運び込んだり、漁師達を1度拘束すること、そして2人の墓を立てて埋葬したり、対処が後手後手に回ることとなった。
「関係者がちゃんと気が付いた時には死亡者がそれなりに出ていて、海にも毒が流れ出てた。それの対処にも沢山の冒険者及び建築ギルドの人達も倒れていった」
「そんなの木を取払えばすぐにっスよね?……」
口を挟むのはヤマナである。だが事は簡単にはいかなかった。
「周りの草花も毒草化していたんだ。切りがないと言うことで、私はそれを詳しく知らないが、何かを流し込み土壌から海へと行かないようにした上で、モキンを封鎖するのが精一杯だった。それ以上は人的被害も、海による被害も多すぎて手詰まりだ」
流し込んだのはセメントであり、モキンをまるで1つの毒畑として変えてしまうこととなった。
それをやったことにより海への毒の被害は抑えられたが、誰も立ち入ることの出来ない死の街へと変貌した。
「ここの魚を食べた人の健康被害。街に住めなくなった人達の補償。食料の減少に物価の高騰。フローレンスの両親がモキンで漁師をしていて死んだのはどこからか広まった……」
「もしかして……」
「そうだ。心無い人達からその事をお前の両親のせいでと言われるようになった。海の幸や塩が手に入らないのはモキンの責任だと」
「そんな……。ヒドい」
ドロシーがそう呟いた頃、一方フローレンスは馬車の中で自己嫌悪に陥っていた。
「アイツに悪意がなかったのは分かってんのに……。パパ、ママ」
体育座りという名前こそ付いていないが、フローレンスの格好はそれである。
膝とおでこをくっつけて昔のことを思い出す。
〜〜ー
「久しぶりだねフローレンス。私のこと覚えているかい?」
「パパの友達ですよね!」
「今モキンは大変だから私の所においで。君のパパとママから頼まれてね」
「はい。分かりました。よろしくお願いしますシュートさん」
「良い子にしてるんだよ。帰ってきたら船に乗せてあげるからね」
「済まないなシュート、ちょっと皆ピリピリしててよ」
〜〜〜
「ほら、仕事と家事ばかりしてないで、休みの日くらいたまには街で遊んできなさい」
「だってシュートさんアタイがいなかったらすぐに家の中散らかすじゃん」
「今日はギルドに顔を出すから大丈夫だ」
「はーい」
「あと、今度新しく店を持つからフローレンス。お前が副料理長をやりなさい。店長と料理長は私がやる」
「えっ?」
そう言って家を出るシュートを見送った後、先日店で先輩がシュートと話してるのを思い出した。
「店長!あのフローレンスなんですけど、俺らの料理に毒が入るとか噂が立ったらどうするんですか?店の奴ですら陰で言ってます」
「お前の言いたいことは分かった。近いうちにどうにかする」
またシュートに負担をかけてしまった。そんな暗い気持ちになって蹲りたかったが、そうすると心配をかけてしまう。
そう思いつ街へと出て買い物をしてるとヒソヒソと話し声が聞こえる。視線を感じる。何を言ってるか知りたくないのに聞こえてしまう。
「ほら、あの女の子例の海エルフじゃ?」「耳が短いから違うんじゃない?」「全く、こっちはいい迷惑だよ」「どの港町も上手くいってるって聞いてるのに……」「あーあ、塩のない味気ない食事は辛いぜ」「なのにあの子料理人として美味しい物毎日食べて」「いいご身分だな」
(うるさい!勝手なこと言わないで!!でも何もい返せない自分も嫌だ)
違う!パパとママはそんなことしてない!悪いのは一部の人なのに!その言葉を飲み込んで黙りこくる。街に出て楽しんだという証拠のために服を買い、気が付くとシュートさんの家に戻り家事をしていた。
「ただいま。楽しめたかい?」
「うん。この服シュートさんに似合うと思って買ってきたよ」
「自分のを買えばいいものを……。でもありがとう」
「恩返しだよ。一人前になったらアタイがシュートさんの面倒を見るから楽しみにしてて」
「ふっ。そんなことをさせたらカールにどやされる。お前は良い子だし大変な目にあった、だから幸せを探しなさい」
〜〜〜
「夢か、懐かしいな。ランダウには八つ当たりしちまったし。うし!謝りに行くか」
そうしてフローレンスは馬車から出ると座って寂しそうに俯いた少年を見つけた。
実際は新しく出来るようになった能力をタエコから聞いてるだけなのだが、暗闇の中で見る背中は哀愁が漂ってるようにも見える。
『前に言ってたゲーム内に物を送る能力出来やがります。爪楊枝と串をゴミ箱に入れた時点で開放してやがったんですけどね』
(えぇ……、その時に教えてよ。で、どんな風に送れるの?)
『今は1つの物を送れます。それは手に持ってるか、魔空庫にある物なら念じれば仮置き場みてーなのに送らさります、ただそれをもう1度取り出すにはゲームを1度開かねーと駄目です。あとそこからゲーム内に送った場合、同じのを3つ無いと召喚出来やがりません』
(ちょっと複雑だなぁ。街についたらなんかで試してみるよ。もしかして変換効率って1:3になった?)
『正解でやがりますっと、例の彼女起きやがりました』
物音に気が付いた振りをして後ろを向き、頭を下げようとするランダウ。
それはフローレンスによって制止され、気まずそうに咳払いした後に彼女の方が頭を下げた。
「悪いっ!八つ当たりで怒鳴っちまった。それをアンタに謝られたらアタイの立つ瀬がねぇ」
90度のお辞儀をした後にランダウの隣に座り、馬車内でドロシーとバーバラに絡んだ事も話して再び謝り、シュートに聞いた昔話をフローレンス目線で聞いた。
「さて、アタイの我儘で見張りの負担増やす訳にもいかないし、皆のとこに行って休むとするよ。お詫びにもならないけど、明日モキンの漁師に伝わる歌を聞いてくれよ。ほとんどの漁師は強制労働で連れてかれたから知ってる人なんてここらにゃいないぞ」
「楽しみにしてます」
ランダウとフローレンスが和解していた間は、シュートが見張りの役を買って出て、ドロシーと一緒に話しながら燃える焚き火で暖を取っている。
「こんなオジサンの愚痴みたいな話なんか聞いて楽しいかい?」
「ええ♪それはもう!」
「最近の若い子はよくわからないな……。私は彼女を我が子のつもりのように思ってる。けど別にカールやキュリの代わりになるなんて思ってないのに……」
「わかります。フローレンスさんならきっと「感謝はしてるけど父親だなんて思ってない」とか言ったんですよね?」
「ああ、よくわかったね。それでいて一人前になったら私の面倒みるとか言い出す始末。そんなことよりも自分の為に生きてほしい物だ……」
「うふふぅ♪十分幸せだと思いますよ?あっ、失礼ですけど奥さんは何人いらっしゃるんですか?」
「恥ずかしながら0だ。若い時にしていたが、まぁ、そのなんだ……。結婚というのに向いてなかったんだ」
「そんなことないです。ダウがベルズさんにニリンソウの話をしてたらこんなこと言ってました。「魚は水を見ない」そうですよ?」
「そうですよ?と、言われてもね……。そもそもあの子は魚を見たことあるのかい?」
ドロシーが夜のおかしなテンションに誘われ、自分の父親よりも年上の人と、修学旅行の部屋ででするような会話をしていた最中、渦中の人物が現れた。
「ドロシーだよな?、昼間は済まなかった。言い訳はしねぇ。アタイがガキだったんだ。もう1人にも謝りたいんだが」
「そんなそんな。私達みたいなのが貴女のシュートさんに馴れ馴れしくしてたら怒るのも当然です。気にしてませんし、何ていうか応援させて下さい♪」
「ちょっ!おまっ。何言って!!勘違いするなよ?!それに何恥ずかしいこと言ってんだよぉ!」
こうしてわだかまりもなくなり夜が明けた。




