【第7話】キメラゴブリン
俺とナホがギルドの前まで到着すると何やら人だかりが出来ている。
不思議に思って近づくと、ギルドの中に居たはずの強面の男たちが集まっているようだ。
そして、その中心にはニーナがいる。
「この集まりは何かあったんですか?」
俺は人混みに割り込みながら、ニーナに尋ねる。
ニーナは暫く俺の姿を探しているようだったが、見つけると「うわっ」と驚いた。
「なになに?この人だかりは?」
どうやら、ナホも入ってきたようだ。
「帰るのがおそーい!遅い遅い遅い!貴方達のために捜索隊を組んでいたんですよ!こんな時間まで、一体どこで何をしてたんですか!」
ニーナが怒ったように叫んだ。
「悪い悪い」とナホが手で謝るポーズをする。
「もう!折角、街中の冒険者さん達に集まってもらったのに、貴方達ときたら、全く悪びれもなく!」
ニーナの説教は10分以上も続いた。
俺達が無事だと分かると、集まってくれていた冒険者達も段々と帰っていき、ギルド前には殆ど人がいなくなった。俺達二人が行方不明なだけでこれだけの人が集まってくれるのは、やはり冒険者の人達は強面だが優しいのだろう。
それにしても、ナホには頭を下げて帰っていく冒険者達が、俺には頭を撫でて帰っていくのは、俺だけが子供扱いされているようで複雑な心境だ。俺の方が大人(だと自分では思う)なのに!
「で、何があったわけですか?」
散々自分の苦労やら俺たちへの愚痴を聞かされた後、ニーナは不機嫌に言う。
「ちょっと、ここではね……。中でもいい?」
「営業時間外だけど仕方ないですね」
ニーナは鞄から古い鍵を取り出し、入口の鍵を開けた。
「どうぞ、適当なテーブルに座ってて下さい。ちょっとギルド長を呼んできます」
そして、そう言うとすぐに走り去っていく。
俺がドアを押して開けると、暗かったはずの室内に一斉に明かりが灯る。これぞ、魔法の世界という感じで、明かりは至る所に置かれた丸い水晶のような物体から発せられているようだ。
「あれは魔石を加工したものでね、日の出ている内は認識阻害の魔術が、日が沈んでからは発光の魔術が発動するようになってるの。ちなみに、一個当たり銀貨二十枚よ」
俺が光る玉に興味を示していたのに気づいたのか、ナホが得意げに説明する。
銀貨一枚3000円なので、約6万。うーん、高いのか安いのかよく分からない。
「おい、二人とも無事だったのか!?心配したぞ!」
ギルド長が大急ぎで扉を開けて入ってきた。続いてニーナも入ってくる。
「二人ともギルド長にも感謝しておいて下さいよ。この人がいの一番に貴方達を探しに飛び出したんですから」
ギルド長は恥ずかしそうに頭を掻いた。
そして「いいよ、礼なんて。ワシが勝手に探しに出ただけなんだからな」と言ってガハハと笑う。
俺達が丁寧に感謝の意を伝えると「お、おう」と照れくさそうに言った。
「それで、何があったんですか?二人でイチャイチャしてたなんてことだったら許しませんからね?」
ニーナはにこやかに、殺意を込めて言う。
俺はブンブンと首を振った。ナホとはそんなやましい関係ではない。健全な友としての関係だ。勘違いしもらっては困る。
ナホの方を見ると少し顔が赤くなっていたが、俺がこの意味に気付くことはない。
「貴女も苦労してるんですね……」
ニーナが呟く。なんの事だろう?
「で!冗談はこのくらいにして話してもらいましょうか」
ニーナにそう言われ、俺たちはギルドを出発してからのことを事細かに話した。森に魔物が殆どいなかったこと、聖魔結界を張るキメラに遭遇し倒したこと、ナホが大怪我をおったことを順を追って話していく。
途中「ナホが悪魔の力で――」というくだりの時に二人が大して驚かなった所を見ると、ナホが悪魔だということは二人には周知の事実のようだった。
「本当に済まない。ワシがこのクエストを勧めたばかりに、こんなことになってしまって!」
話し終わった途端、ギルド長は土下座をする勢いで頭を下げた。
慌てて、俺がギルド長を床から起こす。
「いえ、ギルド長のせいではありませんよ!俺が何も出来なかったせいです!」
俺がそう言うとナホが怒ったように反論する。
「いいや、私の弱さが原因よ。あそこまで見抜けなかった自分が情けないわ」
「ナホが見抜けなかったのは仕方がないよ。地中にいるよく分からない魔物のことなんて見抜けるはずがないんだ。俺がナホのように空を飛べればこんな所にはならなかったんだ」
「元を辿ればワシのせいだ。本当に申し訳ない」
堂々巡りに入る議論。終わらない責任の取り合いを終わらせたのはニーナだ。
「兎も角、今はこんなことを話している暇はありません。責任の所在が誰かよりもキメラゴブリンについて話しましょう」
ニーナの冷静な発言に俺達も顔を見合わせた後すぐに話すのを止めて頷いた。確かに意味のない議論ほど無駄なものは無い。
「キメラか……街が消される可能性もあるぞ……」
ギルド長は具合が悪そうに言う。
「そうですね……。大方、王国軍の研究施設から脱走してきたというところでしょうか……。森の魔物も聖魔結界持ちのキメラゴブリンが一匹で借り尽くしたというのなら、まあ合点がいきます。一匹だけゴブリンが生き残っていた理由は不明ですが。どちらにせよ早急に対処せねばなりません」
ニーナもどうするべきか思案しているようだ。
「キメラってそんなに不味いもの何ですか?」
何気なく俺が質問する。
生物倫理的観点から、生物を改造するのが不味いと云うのは流石に分かるが、街が消されると云うのはよく分からない。悪魔狩りをするぐらいだし、キメラぐらい容認されそうな気がする。
「それは今の国際情勢が影響してるのよ」
ナホが言った。
「今、私たちのいるフランチェスコ王国は隣接するイングラリア王国、神聖帝国と事実上は休戦状態にあるの。でもそれはあくまで『事実上』なわけで、両国ともに戦争を再開できる機会を窺っているのよ。そんな時にキメラを開発してた、なんて事実が分かってみなさい?フランチェスコ王国の戦争準備を理由にそのまま戦争に突入よ」
ナホがそこまで言うとニーナが続ける。
「フランチェスコ王国は少し前の魔王襲来やらなにやらでかなり国力が落ちていますからね。戦争なんて起きる前にこの街を消して証拠隠滅ですね」
なるほど、戦争準備がバレないために証拠隠滅でこの街を消すか……。かなりぶっ飛んでいるが、ここは倫理観も糞もない異世界。有り得そうな話ではある。
「しかし、どうするか……。冒険者全員で森へ行ってキメラゴブリンの討伐と行きたいところだが、情報漏洩の可能性もある。もし、そうなればアウトだ……」
ギルド長は頭を抱えた。
俺以外の全員が沈んだ表情をする。
「はいっ!俺が行きます!」
俺は大きく手を挙げる。
三人ともがポカンと口を開けた。
「ダメよ!貴方一人でキメラゴブリンなんて倒せるわけないじゃない!それに、ただのゴブリン1匹ですら倒せそうに無かったのに!」
ナホはそう言い終わると「ごめん、流石に言い過ぎたわ。でも、事実よ」と付け加えた。
「そうですよ。今回ばかりはローザさんに同意します。キメラゴブリンの危険度はA−相当です。まだ、Eランクの貴方が一人で行くのは自殺行為です」
ニーナまでもが批判する。ギルド長も止めて欲しそうな表情だ。
「何も俺一人で行くとは言ってませんよ」
俺は三人の批判も意に介さず言う。
「ギルド長、貴方と俺で行きましょう。少数精鋭なら情報漏洩の心配もないですし、幸い、俺もギルド長長も聖魔結界の効果は薄い。勿論、ニーナさんが戦えるなら三人で行きたいですが……」
「……確かに結局、そういう結論に至りますよね。やはり、ここにいる四人以外の人を頼るのは得策ではないです。となると、聖魔結界があっても戦えるのはそこにいるシュウ君とギルド長ということになります。あ、私も悪魔なので聖魔結界があっては戦えません」
ニーナは肯定の意見を述べる。
「えっ、ニーナさんも悪魔なんですか!?」
驚いた俺は聞き返した。
「えぇ、そうです。悪魔なんて、ありふれてますよ」
声色一つ変えず、さも当たり前のように答える。
ニーナが悪魔と云うことは驚きだが、戦えないのは想定内。やはり、彼女ならばこの作戦に乗ってくると思っていた!
しかし、ナホはテーブルを叩いて反論した。
「危険だわ!シュウ君はこっちに来たばかりなのよ!それはどうせ二人も知ってるんでしょ?」
「待ってくれナ──ローザさん。俺は今回の事で分かったんだ。この世界で俺が如何に無力かって。だから、強くなりたいんだ。悪魔の力?はまだ上手く使えないからゴブリン退治をしながらギルド長に剣の使い方を教えてらったりして、強くなりたいんだよ」
「強くなりたいですって?貴方にその必要はないの!!私が全部守ってあげる。昔からそうだったでしょう?」
「だから、それが嫌なんだよ。いっつもそうだ。ナホちゃんだけが傷ついて、俺は何にもできない……。俺はナホちゃんの背中を見てるだけじゃなくて背中合わせで戦いたいんだよ!」
俺は叫んだ。三日前の俺ならまず言わないようなくさいセリフを。それでも伝えたかったのだ。もう、守られるだけは嫌なのだと。もう、あんなに痛そうなナホちゃんを見たくは無いのだと。
「…………はぁ、そこまで言われちゃあ、ダメとは言えないじゃない」
こうして、全員合意の元、俺はキメラゴブリン討伐のクエストを受けることとなった。これからどんな事が待っていようとも知らずに……。
今回分かったこと
①強面の冒険者達も優しい
②現在いる国はフランチェスコ王国
③キメラゴブリンの存在がバレると街が消される
④シュウは強くなりたい 以上