【第3話】ユーリ
気が付くと、朝だった。不味い、全然寝れていない。
着替えなどはもっていないため、そのままの格好でガチャりとドアを開けると、同時にナホの部屋の扉も開いた。
ナホの目にも隈が出来ている。どうやら、お互い様のようだ。
「おはよう、ナホちゃん」
「ああ、おはよ」
ナホはぶっきらぼうに返して、階下へ降りていく。俺もその後を追った。
一階は魔道具店だが、そこから扉で繋がるようにしてリビングダイニングになっている。
キッチンで店長が何かを焼いている。
「二人ともおはよう。昨日は随分と遅くまで話していたようだね」
ナホが店長の方を睨む。
「ふむ、まあ、座りなさい。朝食ができている」
ナホが特に言い返さずに席に着いたので俺も続いて座った。
「今日はリュウ魚の塩焼きとフルブ産の野菜のサラダ、それにライスだよ」
出された料理を見ると、俺が知っているのはライスしかない。
「お米を手に入れるのは凄く苦労するんだよ。紅さんが欲しいって駄々こねるから毎回頑張って手に入れてるけどね」
確かにこの世界の文化レベルはかなり低いからここら辺の地域では米は栽培されていないのだろう。
となると、西アジアの辺りから取り寄せているのだろうか。
「貴方も早く食べてなさい。このリュウ魚もサーモンっぽいわよ」
ナホに言われてリュウ魚の塩焼きを口に運ぶと、仄かな塩味と鮭の味が口いっぱいに広がる。なかなかにいけるな。
「それも大変だったんだよ。紅さんが日本食を食べたいって駄々をこねるから」
店長の苦労話を聞きながら、朝食を食べ続ける。気付けば完食していた。
「ふむ、朝食も終ったようだし、今日はギルドへの登録と軽くクエストでもして来なさい」
俺が食べ終わった頃を見計らって店長は言った。
「クエスト?」
急に出てきたファンタジー用語に俺は思わず聞き返す。
「そ、クエスト。薬草集めやら魔物討伐やら、色々あるわよ。ギルドに登録して冒険者になるとそういう仕事を斡旋してくれるから食いっぱぐれなくていいってわけよ」
ミホの話によると、この世界はやはりというべきか、中世ファンタジー世界のようだ。悪魔もいるんだし、魔物もいて当然でしょ?と云っていたがそう云われれば納得する他ない。悪魔は実際にこの目で見たわけだし。
こんな古びた魔道具店なんて収入が安定してなさそうと思っていたが、どうやらそういうところで稼いでいるらしかった。
「もしかして、ミホちゃんが言ってたSランクって凄い冒険者のこと?」
「そうよ、大正解」
ミホは得意げに金のプレートを見せる。
冒険者にはE~Sまでランクがあり、Sランクはその中でも最上位で10人程しかいないらしい。
ミホちゃん曰く「貴方もすぐなれるわよ」だそうだ。
「それじゃあ、二人とも朝風呂に入った後着替えていきなさい。少し臭うよ」
店長にそう言われると、ミホは赤面して風呂へと走っていった。
その間、俺はこの店の間取りについて説明を受ける。
1階はお店、風呂、リビングダイニング、トイレ、物置の5つの部屋からできていた、2階は応接間と俺の部屋、ミホの部屋、そして空き部屋2つで構成されている。
「店長の部屋はないんですか?」と聞いてみたが、店長は睡眠も食事も必要ないらしく、基本店のカウンターでボーッとしてるらしい。
ミホが風呂から出てくると入れ替わりで俺も風呂に入った。木桶の中に温水を貯めていて、それを掬って体を洗い、最終的にその木桶につかるというシステムだ。
一見、時代不相応でおかしい気がするが、それも全て魔法で解決されているようだ。水を温め、汚水浄化する。それらは全て魔法で賄われていた。
文化レベルが一見低く見えるのは、魔法のお陰で科学が発展しなかったからではないかと俺は思った。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
風呂から上がって着替えた俺達は、店長に見送られ二人で店を出る。ちなみに、服は店長のお古を大量にもらった。これで服は買わなくていいだろう。
「はぁ、大分遅くなっちゃったわね」
鎧に着替えたナホはため息をつく。かなり早起きしたはずが、色々バタバタしたせいでもう昼前になっている。
「貴方、店長に言われたこと忘れてないでしょうね?」
ミホに言われて俺は店長に云われたことを思い出す。
確か、昼間は赤い軍服の奴らが活発に活動するから、目を合わせるなとかなんとか……。
「まあ、覚えてるんならいいわ。奴らは私たち悪魔の敵。教会直属の近衛師団の連中よ。悪魔だと分かったら問答無用で殺されるからなるべく関わらないようにね」
ミホの話しに「うん」と頷く。でも俺昨日、勝手に角が出ちゃったなぁと冷や汗をかきながら。
少し歩き大通りに出た。相変わらず人が多い。
「うわぁ、凄い活気だね」
「まあ、いつも通りね」
心做しか、ミホも少し嬉しそうだ。
「「いい街だなあ」」
前方を歩く人と言葉が被る。赤い軍服を着た人だ。
ミホは不味いという顔をする。
向こうもこちらに気づいたのかつかつかと歩み寄ってきた。
「そちらの方は見ない顔ですね。ローザさんのお連れですか?」
赤い軍服を着た平凡な顔の若い男はちらりとミホを見たあと俺に向かって言う。全く顔に特徴がない、ある意味不思議な人だ。
「ま、まあ、そんなところです」
しどろもどろになりながら答える。
「ほぉ、ローザさんが誰かと連れ立って歩くとは珍しい。彼氏さんですかね?」
男がニヤニヤしながら訊く。
「うるさい、貴方は職務中でしょ?そもそも何で貴方みたいな人がここにいるのよ」
「いえね、少し有望な部下の教育を頼まれましたのでね。それに、ある情報筋からこの街にに『アイビス』がいるという情報もありまして。貴女なら何か知ってるのではないですか?」
男の質問にナホは腹パンで返した。
「知ってても答えないわよ、バーカ」
そう捨て台詞を吐き、俺の手を引いてその場を後にした。
腹パンで一度は地面に倒れた男だがすぐに立ち上がると後ろから笑顔で声をかける。
「知ってることがあったら教えて下さいねーー」
男からの言葉もナホは無視する。
「良いの?あんなことして。あの人ってナ──ローザさんが言ってた教会の人じゃないの?」
俺からの問いかけにナホは小声で返す。
「あいつはいいのよ。ああいうやつだから。警戒してたら、余計にバレそうだしね。まあ、貴方はせいぜい用心しなさい。あの人あれでもこの世界で10の指に入る強さよ」
「えぇ!?」と俺は声を上げて驚く。あんなひょろひょろでMOBみたいな人が!?
「近衛師団一番隊筆頭、ユーリ・エドバス。それが彼の肩書きよ」
よく分からないが何か凄そうなのは分かる。兎に角、MOBっぽいユーリって人には気をつけると覚えておこう。
「ほら、もうすぐそこよ。変なやつに見つから無いうちにいきましょう」
俺たちは早歩きで道を急いだ。
ドンッ
今度はナホが誰かにぶつかったようだ。
「おっと、ごめんなさい。怪我はないかしら?」
俺がナホに追いつくと、ナホの前で小さなおさげ髪の少女が尻もちをついている。
「大丈夫よ。おっと、子供扱いしないでもらえるかしら?」
ナホの差し出した手を払い除けて少女は言う。
何時ものナホなら怒っている所だが、流石に少女相手には怒りを抑えているようだ。
「親御さんはどこかな?どこではぐれたか言えるかな?」
腰を屈めて少女の目線に立って俺は訊く。少しだけ迷子センターでバイトした経験が生きた。
「何かムカつくんだけど……まあいいわ、私は迷子じゃないわ。私のツレが迷子になったの。見てない?ふつーの顔の奴なんだけど」
少女の問いかけに俺は首を振る。一応、ナホの方も見てみるが、彼女も分からないようだ。
まあ、普通の顔なんていう特徴で分かるわけないし、当然といえば当然だが。
「そう。ならいいわ。邪魔したわね」
それだけ言い残し少女は颯爽と走り去っていった。追いかけようとするがナホが止める。
「追いかけても無駄よ。貴方じゃ追いつけないわ」
「いやでも、幼い少女1人で行かせるわけには……」
そう言う俺にナホは腕を差し出した。鎧から出た手の甲部分から血が出ている。
「ぶつかったときに怪我したの?大丈夫?」
「ええ、これぐらい大丈夫よ。それよりも驚くべきは私に傷を付けたということよ。ただぶつかったぐらいじゃ、私は怪我しないわ。おそらく、彼女は意図的にやってる」
「意図的って……。たまたまじゃないのか?彼女悪気はなさそうだったよ」
「少しでも血が手に入れば、その人の犯罪歴やら魔力やらいろいろ調べられるのよ。まあ、私の正体はバレないし良いけどね」
ナホはそう言い、また歩き始める。俺もそれに追従した。
§§§§§§
「あー!ユーリこんなとこにいた。貴方すぐ迷子になる癖やめなさい?」
少女は露店で食べ物を買うユーリを見つけて言った。
「む、そちらでしょう?迷子になっていたのは。全く探す僕の身にもなって欲しい」
ユーリはモグモグと口を動かしながら喋る。
「はぁ、全く、これで一番隊筆頭なんだから驚きよね」
やれやれといった様子で少女は肩を竦めた。
「モグモグ、ん?何か云いましたか?あ、これ欲しいんですか」
ユーリは手に持っていた焼き鳥を少女へ渡す。
「だから、子供扱いするなっての。……まあ、もらえる物はもらっとくけど」
二人は道の端へ移動し立ち話を始める。
「貴女どうしたんですか?制服は。赤いやつが支給されてたでしょう?」
「あぁ、あれ可愛くないから着たくないの」
少女の口には焼き鳥のタレがついている。
「そう、でもその服じゃあ、悪魔の血、目立っちゃういますよ?」
ユーリは少女の口元をハンカチで拭きながら、ニコリと笑顔で言う。
「構わないわ。奴らの血を服に付けるような、簡単な殺し方はしないもの」
そこまで言って少女は思い出したようにポンと手を叩いた。
「あ、そういえば、来る途中に以上に強そうな人に会ったんだった。黒髪でショートヘアの。一応血は持ってきたけど、有名人かしら?」
「ローザさんですね。『銀朱』と言ったら貴女も分かるでしょうか?」
「ふーん、聞いたことはあるような、ないような。殺してもいいの?悪魔っぽかったけど」
「Sランクを殺したら流石に不味いですね。教会と冒険者ギルドが完全に対立してしまう」
「あんな悪魔の巣窟早々と潰したらいいのに。何なら私一人でやってきてもいい?」
「だ、か、ら、貴女がそんなだから僕が付いてきてるんでしょう?隊長にいわれてるんですよ、貴女から目を離すなと。良いですか、あくまで今回の討伐対象は『アイビス』です。分かりましたか?」
「はーい、でも、そんなこと言いながら貴方も別の悪魔殺してるじゃない。靴に血が付いてるわよ」
「なっ!?」と声を上げ、ユーリは急いで自身の靴を見る。
しかし、そこには血の一滴すらついてはいない。
「冗談よ、冗談、さ、『アイビス』探しにしゅっぱーつ」
元気よく歩き出す少女の後ろでユーリは思った。この少女は末恐ろしすぎると。
今回分かったこと
①教会は悪魔たちの敵
②一番隊筆頭のユーリは平凡な顔
③教会と冒険者ギルドは仲ワルイ 以上