表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

【第2話】アガルタ

「ふむ、まあこんなものだろう」


 店長は自分の足元に目を向けながら言った。


「やっぱり、まだまだね」


 店長に踏みつけられた状態でナホは言う。


 俺はと云うと、その隣でガタガタ震えていた。


 俺が見たものは戦いなどというものではなかった。一方的な殺戮といった方がいいだろう。

 ナホがどんな攻撃をしかけようとも店長はそれ以上の攻撃でもって粉砕する

。だが、そんなことをされても、どんなに殴られたり蹴られたりしても、ナホは笑っているのだ。恐ろしすぎる。

 この力が俺の方に向けば、つまり、二人が少しその気になれば俺は瞬殺だ。目の前に二人の殺人鬼がいるようで、俺の震えは止まらなかった。


「それじゃあ、私は寝るわ。くれぐれも余計なことは言わないでね」


 足元から這い出したナホは、すっかり機嫌は治ったのか、パンパンと服についた汚れを叩きながらそう言うと、震える俺を後目に部屋から出ていった。


「少し、やりすぎたね……」


 店長は何事も無かったかのように席に着いた。

 頭の角は靄となって消えている。


 俺もなんとか席に着くが言葉が出ない。先程から非日常的な光景を見せられすぎて、俺の心は大分疲弊していた。


「ふむ、どこから話そうか」


 店長はもう冷めきっている珈琲を飲んだ。


「私たちが人では無いというのは先程見てもらった通りだよ。所謂、『悪魔』だとか『神』だとか云われる存在が私たちなんだよ」


 俺はコクリと頷く。「神」という部分には少し引っかかるが、人智を超えたものをそう呼ぶのなら彼らはそうなのだろう。


「そして、ここは地球ではない。我々は『アガルタ』などと呼んでいるが、まあ異世界でも何でも好きに呼んだらいい」


 店長がパチンと指を鳴らすと机上に地図が出現した。


「これがこの世界の地図だよ。何か気づくことはあるかい?」


 店長に促され、地図を覗き込む。大分、恐怖は薄らいでいた。


「これは……ヨーロッパに良く似ています……ね」


 恐る恐る答える。


「そう、その通り。この世界は、君らの世界と鏡写しのようになっているんだよ。もっと簡単にいえば、パラレルワールドといった方が良いかもしれないね」


 店長はまた珈琲を啜った。もうカップは空になっている。


「つまり、シュウ君、君は死んでいない。ここは天国でも何でもなくあくまで現実なんだからね」


 「えぇ!?」と驚く気力はもう残っていなかった。ただただ、現実を受け入れる。


「君は紅さんによって、あちらの世界からこちらの世界に連れて来られたんだよ。まるで、一つの水たまりから別の水たまりに飛び移るようにね。世界間の移動を行うと体の傷などの障害は殆どチャラになる。おそらく、紅さんはそれをねらったんだろうと思う。

 まあ、そんな非人間的なことをするには代償がいるがね。罰と言い換えてもいいかもしれない。それが、君も見ただろう?この悪魔化だよ」


 また、店長から靄が出始める。何度見てもおぞましい光景だ。角が生えただけなのにその姿が怖くて仕方がなかった。


「この姿を見て怖いと思えるのならまだ人間だよ。世界間の跳躍はそれを行う度に人間らしい感情が欠如していくらしいからね。さしずめ、君があまり驚かなくなっているのもその影響だろうね」


 確かに言われてみれば、常人ならばトラックに跳ねられたはずが草原のド真ん中にいれば、驚いて、逃げ出して然るべきだろう。

 だが、俺はそんなことはせずにノコノコついて行った。つまり、俺は頭がおかしくなっていたのか!?


「フフフフ、ハハハハハ!!」


 何か気持ちが昂ってきた。笑いが収まらない。今なら何でも出来そうな気がする。


「そうそう、今みたいに気を抜くと角が出ちゃうからね。君も気をつけなさい」


 店長の言葉にハッ我に返る。急いで頭を触ると、変な感覚がした。硬い髪の毛のような感じた。


「俺にも角が……俺も悪魔なのか?」


 俺の問いかけに店長は意味深な顔をする。


「ふむ、半分正解で半分間違いかな。もう片方の角はないだろう?」


 慌てて頭を触るが確かに片方ない。


「もともと、素質のない者が世界間を渡ること自体無茶なんだよ。私のような熟練の者でもそう易々とあっちに行こうとは思わない。時空の狭間に消えかねないからね。それをしてまで助け出された君は余程彼女に好かれていのだと思うよ」


「質問に答えてもらってないんですが」


「おっと、そうだね。つまり、素質のない君が世界間を渡ってしまったから、出る影響も少なかったということだよ」


「つまり、俺は元の世界に帰れるんですか?」


「それは厳しい。先程も行ったように素質のない者が世界間を渡って成功する確率は限りなく低いんだよ。私は80年ほど生きているが成功例を見たのは君で二回、いや、三回目だね」


 質問が終わり、俺は息をついた。再度頭を触ってみるが、いつの間にか角は消えていた。


一先(ひとま)ずは寝なさい。君も疲れているだろう。続きは明日話そう。部屋は紅さんの隣を用意してある」


 店長に言われるがまま、応接間を出て部屋へと入る。机とベットしかない簡素な部屋だが、壁には窓があり外が見えた。

 外はもう薄暗くなっている。


「明日は今日以上に忙しくなると思うから夜更かしは程々にね」


 店長はそう言って扉を閉めた。


 俺は倒れるようにベットに横になる。いつの間にベットメイキングしたのかシーツからはお日様の香りがした。


「郡山、起きてる?」


 壁の向こうから声がする。どうやら、ここの壁はかなり薄いらしい。


「うん、起きてるよ。ミホちゃ──ローザさん」


「……家の中ならミホでもいいわよ。但し、外では絶対にその名を口にしないこと」


「……うん、分かった」


 壁に持たれながら答える。


「悪かったわね。あなたを人外にしちゃって」


 ミホは申し訳なさそうに言うが、意外な謝罪に俺は少し驚く。


「あれしか貴方を救う方法がなかったのよ。ごめんなさい」


「いや、こちらこそごめん。君の力があればトラックなんてどうってことなかったと思うのに余計なことしちゃって」


「そうね、余計なことをしてくれたわ。ホントに。私1人だったら、トラック如きデコピンよ。それじゃあ、お互い様ってことね」


 ミホの強気な発言に俺はクスクスと笑う。


「何よ。何が可笑しいの?」


「いや、君は昔から変わらないなと思って。そういう強気なとこ」


「な!?そういう貴方もその人を小馬鹿にするようなとこ変わってないわよ!何時も私の後ろを付いてきてはボソボソ何か言ってケンカ相手を怒らせてたのを思い出すわ」


「フフフ、そうだね。何時もミホちゃんが守ってくれてた」


「…………うっさいわね……この話はやめやめ。それにしても、一目見て、轢かれそうになっているのが私だとよく分かったわね」


 恥ずかしくなったのかミホは急に話題を変えた。こういう分かりやすいところも昔と変わらないなと思った。


「それに、この姿の時も大人しく付いていてきてくれたし。まあ、付いてきてくれなくても無理やりここに連れてくるつもりだったけど?」


「そりゃあ、長年見てきたからね。こっちでの姿が本当のミホちゃん?」


「えぇ、そうよ。向こうでは色々あってね。変装がてら昔の姿でいたの。そのお陰で貴方に見つかってしまったのだけどね」


「いや、もし今の姿でもすぐに分かったと思うよ」


 胸と身長が変わらないからね。という言葉は控える。


「そう……明日が早いから私は寝るわ。おやすみなさい」


 ミホは急に話を切りあげる。その理由は店長が廊下で二人の会話を盗み聞きでいた事に気付いたからなのだが、勿論俺はそんなこと知る由もない。


「え?急にどうしたの?何か気に触ることでも言った?」


「うっさい馬鹿。もう眠いの」


 ミホにそう言われてはどうしようもない。「そうだね、おやすみ」と返して、渋々俺も布団に横になる。


 結局この日、久しぶりに幼馴染と話せて嬉しかった二人が嬉しさのあまり寝付けなかったのは言うまでもない。



§§§§§§



 二人が話終わるのを確認すると店長は一階へと移動した。世界間の跳躍を繰り返した彼に眠たいという感情はなく、数十年間睡眠は取っていない。


 彼はカウンター席に座ると、火も灯さず暗闇の中、薬草の入った瓶を磨き始めた。


 カランカランと鈴がなって入口が開く。こんな真夜中だというのに来客のようだ。


「アイビス、また面倒を持ち込んだようだな」


 入ってきた大柄で左目に眼帯を付けた男は無愛想に言い放つ。


「もうそんなに出回ってるのかい?」


「あぁ、あっちの世界じゃあ、消えた少年少女って連日ニャースで報道されてる。あんな大勢の前で世界間の跳躍を行うなんざ、流石ローザといった所だがな」


 ヤレヤレと男は首を振る。彼の着ている赤い軍服は暗闇でもよく映えた。


「それに成功しちまったんだろう?一般人の悪魔化に。こりゃあ、また嵐が起きる」


 男は勝手にカウンターの内側に入り、店長の横の椅子にドカりと座った。


「ほれっ。いつも通り、進展無しだが資料だけはもってきてやったぞ」


 無造作に紙の束を机の上に投げる。


「悪いね、毎週、毎週、持ってきてもらって」


「まあ、アンタには返しきれない恩がある。気にするな」


 この後、男はたわいもない会話をし、店を出ていった。


 こうして、また次の日が始まる。

今回分かったこと

①ここは異世界「アガルタ」

②世界間の移動の代償が悪魔化

③ナホは結構よく喋る

④眼帯の男は店長に恩がある  以上

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ